第二十七話:手紙
こうして一つ一つの行動が明確になってくると、少しは不安というものが減ってくる。俺は多分予定を立てるという事がどうやら苦手なのだろうが、出来る限り習慣づけて行こう。
―――手帳とか、あるのなら買ってみようかな?
少なくとも、こんな事を考えるくらいの余裕は生まれているようだ。
そして、八刻もの間馬車の中で揺られて、ようやくフィークに辿り着いた。門の前で衛兵にギルドカードを見せて中に入り、御者さんにお礼を言って別れる。向かう先はギルド…と言いたい所だが、少々問題が。
「…じゃあ、私、お父さんに、謝ってくる」
「…今回は、ほら。連帯責任みたいなものだと思うしさ、皆で行かない?」
「…まあ、多分僕も怒られると思うしね。族長も見逃さないと思うんだよな…」
という訳で、族長の元へ謝りに行くことになった。
家の中にラスティアさんから入ろうとすると、しかし、何故だかニールンさんに止められてしまった。一瞬、きちんと言った通りの日にちで帰って来なかったから罰として締め出されたのかとも思ったが、ニールンさんの態度は少し慌てた様なものだった。
ラスティアさんにも思い当たることはないらしく、何だろうかと首を捻っていると、そこまで時間をかける事も無くニールンさんが一言。『入りなさい』と告げた。
中で待ち受けていたのは、まあ当然というか、族長だった。新品の黒い服を着ているように見える。ふと見た先のゴミ箱には黒っぽい褐色に汚れた服が入っているようなので、新しい服に着替えている途中だったという事だろうか。まあ確かに、着替えを待ってくれとか、着替えながらとかでは叱るのにも格好は付かないだろう。
…と、俺を含めて三人とも、絶対にお叱りが飛んでくるものだと思っていたが、族長からの言葉の内容は叱責といわれるような物では無かった。
窘めると表現するのが一番近い様な内容は、簡潔にまとめると…『もうすぐ大人なのだから、何時までも縛りつけようとは思わない。だが大人なのだから、自分で行ったことくらいは守れるように成れ』というものだろう。
―――もしかするとラスティアさん以上に俺にとって深い言葉だったような気もする。年齢という意味では三人のうち、俺が言い訳のしようがないほど上なのだから。
「自己管理と自己責任。その二つが取れるようになってから、ようやく自分が大人だと言えるのだ。あまり浮ついたままでいるなよ」
この場に俺達三人がいるから、というだけの理由では無く、どちらにしろ俺達を含めた若い人間にはこの言葉を伝えるつもりだったのだろうと思う。少なくとも今、族長は俺達一人一人の目を見つめながら、じっくりと教え込むように話して行ったのだから。
それぞれがその言葉を受け止めながら、族長の家を出る。なんだか不思議な気分だったが、今はギルドに行くことにする。仕事の帰還日程は今日中だし、日帰りが出来ない訳でもない距離で日程の遅れが出るというのは、もしかしたらギルド側に心配をかけてしまうかもしれないから。
―――というのが表向き、というか、二人に伝えた内容だ。だが、俺自身が『これは嘘くさい』と考えてしまったからだろう、二人にもあっさり見抜かれていた。
―――まあ、正直に言えば、レイリからの手紙を呼んで、速く変身を書きたいというのが目的だ。報酬受取とかはもう後で良いと、そんな風に思っている俺はいる。
二人は『やれやれ』という表情をしていたり、或いは少し、…嫉妬にも似た感情を滲ませてもいたように見える。後者については思い上がりかもしれないが、例えば、引っ越してきた新しい友達が、昔の友達に手紙を書くのを楽しみにしていたとすれば…ちょっと妬ましいかもしれない。
俺は二人の事もかけがえのない友達だと思っているが、会いたくても会えない事と、早く生存を伝えたいという欲求から、レイリと会おうとする事に関してはかなり積極的だった。反省…というと少し違うと思うが、二人との時間も大切にしなければいけないな。
会えないなんて事はないけど、簡単には会えなくなってしまうかもしれないのだから。
二人が王国について来てくれればどんなにいいかと思ったこともあるが、村の皆と離れるのは辛いだろうし、ラスティアさんなんて族長の家の一人娘だ。村から出るのは正直無理だろうと、俺は思っている。
…ラスティアさん自身が頼めば或いは、といった具合だが、彼女自身がそれを望んでいないだろう。
…ああ、とりあえず今は手紙について考えよう。少なくとも、永遠にお別れなんて事にはならないのだから。
ギルドの中に入り、受付嬢さんにギルドカードを提示しつつ、話しかける。
「Dランク冒険者のタクミ・サイトウです。王国から俺宛に出された手紙は届いていますか?」
「少々お待ち下さい」
俺の手からギルドカードを受け取って、いつものようにギルドの奥へ入って行った受付嬢さんは数分ほどで戻ってきた。
その手には、一枚の白い封筒も。
「Cランク冒険者レイリ・ライゼンさんから、Dランク冒険者タクミ・サイトウさんへと宛てられた手紙ですね。こちらとなります。ご確認を」
「―――はい。ありがとうございます」
何の気なしに差し出されたそれを、いつの間にか少し震えている手で受け取って、一歩下がる。すると、俺の後ろで事の次第を見守っていた二人が俺の肩に手を掛けて、後ろに下がらせるように引いた。その時ラスティアさんは、俺の手元からギルドカードを取ってもいる。
「【白金牛】の討伐依頼を終わらせて来ました。報酬の支払いをお願いします」
「はい。承りました。お二人での討伐ですか?」
「いえ、私達と、今手紙を受け取った、タクミ・サイトウとで、討伐しました」
そう言ってラスティアさんは、俺から取って行ったギルドカードを含めて三人分、提出した。
「…確認しましょう。それでは、証明となる【白金牛】の角もご提出ください」
俺はここまでの会話を聞いて、少々急ぎ足でギルド内の机に向かった。
二人の意図が分かった気がしたのだ。だが、二人はそれを言葉にしなかったから、俺もまた、二人の好意に感謝しつつ黙って行動する。
糊か蝋か、と言った物でふさがれた封筒の口を開けて、中の手紙を取り出す。
四つ折りにされたそれを開くと、中には細かい文字でびっしりと書き込みがされてあった。
一瞬で、俺自身には読めない記号の羅列だったそれが、見慣れた日本の文字列へと変わっていく。
…俺が生きているという事実が伝わる前にレイリが書いて、送った手紙。
ほんの少しばかり不安を感じたものの、それ以上の期待で、俺は手紙を読み始めた。
『 タクミ・サイトウへ、
風流な挨拶とかは苦手だからとりあえず。生きてるな?
そりゃぁ、この手紙を読んでるんなら生きてるだろうけど、五体満足か、とか、酷い病気はしてないか、とかも含むぜ。
王国内にいるのか?それとも外国か?とりあえず、帝国なら早めに逃げろよ。
さて、突然だがアタシは今引っ越し中だ。兄貴と一緒に、王都方面に向かってる。
実際の所家財道具とかはおいて行ってるが、すまん。タクミが今戻っても家には入れない。
服とかも、ギルド側じゃあ流石に預かってもらえなかったから、こっちの荷物に入ってる。
ああ、さっき王都方面に向かってるって書いたけど、王都にいるとは限らねぇからな?家そのものは王都の近くにある街かもしれないし、依頼でどっか行ってるってこともある。その辺はまあ、お前の名前を出したらギルド側が教えてくれると思うけどな。
依頼は受けてるか?
アタシ以外に友達は出来たか?
―――いや、その、何だ。
早く帰って来いよ。
タクミが生きている限り、アタシのコンビはタクミだけだ。
逆にアタシが生きている限り、タクミのコンビはアタシだけ。ほかの奴に譲る気はない!
…タクミも、そう考えてくれてるよな?
いや、悪ぃ。変なことかいちまった。
本音なのはまあ、そうなんだが…そっちの都合が良い時期で良い。但し、絶対に帰ってくる事。
レイリ・ライゼンより』
―――――――――ああ。
帰る。絶対に帰るとも。
すぐに、とはいかないが。しかし近い内に。
だがまずは、俺からもレイリに手紙を書くことにしよう。もしかしたら次に来るレイリからの手紙は、俺の手紙を読む前のものかもしれないが…それでも構うまい。
だが、片道何日もかけて手紙のやり取りをするというのはなかなか歯がゆい所があるな。地球でも、昔の人はこうやっていたのだろうが…如何せん、早く相手の意思を知りたいという欲求が疼いてしょうがない。
俺自身が今まで思っていたものよりも、王国へと帰るまでの時間は長くはならないだろうな。恐らく、俺個人として『問題がない』と思った時点で王国へと帰ることになるだろう。
ほんのりと、涙腺から暖かいものが滲んできた気がした。




