第二十四話:討伐依頼の危険
森の中へと運びこまれ、横たえられる。左腕で胸のあたりを探ろうとしたらピリッとした痛みが走って、動かない事が分かる。どうやら何時の間にか左腕にも傷を負っていたらしい。
なので、右手を胸へと当てる。すると、硬質の感触が。
―――あ、そうか。
その感触に安心を得る。それそのものにも傷は有れど破損はないらしい。…本当に命を救われたな。あれからかなり経つけど、無くさずに身に着けておいてよかった。
…このプレストプレートに命を救われた、というのはつまり、レイリに命を救われたというようなものだろう。彼女がコンビで良かった。俺も彼女からそう思ってもらえるように頑張ろう…。
「タクミッ!」
「…え?」
「そこで動かず待ってて!すぐに片付ける!」
切羽詰まった表情をしたラスティアさんの一喝で意識が正常に戻る。どこか混乱していたようだが、…冷静になった。そう、まだ戦いは何一つ終わっていないのだ。
視線を動かしてラスティアさんが言った方向を見れば、先程の【白金牛】の群れが近くまで迫ってきているらしい事が分かった。既にラスティアさんとカルスは合流し、戦いを開始している。地上と空中に狙いを定める相手が増えたという理由からか、二人とも追い詰められてはおらず、どちらかというと優勢のようだ。
…血を動かせるのは、一頭に付き傷口一つ、か。
ここから見ている限り、そう見える。
カルスは既に本能を利用した回避を重ね、至近距離で移動と攻撃を繰り返すことにより迂闊に血液による攻撃をさせないようにしている。その間にも【白金牛】の体には傷が生まれており、もしも全ての傷口から血を噴出させる事が出来るのならすぐにでもやっているだろうと思わせる状況。しかしそうではないのだから、間違いないだろう。
一方、本能による回避を行えないラスティアさんは先程と同じく、空中から魔術による攻撃を繰り返す。
…昔レイリと少し話した事があったように思えるが、やはり魔術士二人で遠くから単純に攻めるより、カルスやレイリの様な近距離戦のできる人と組んだ方が良いんだろう。その証拠として、既に一頭倒された。
これで残り三頭。一頭が少々勇み足となっているラスティアさんの背後へと血を回しているのが見えたので、視界の外にいる以上ばれない筈と思って『風刃』で斬り落としておく。
突然の事に驚いたその【白金牛】の首へと、相手をしていた個体から急いで離れたカルスが短刀を差し込み、息の根を止める。すると、離れたカルスを追うように血を伸ばし始めているのが見えたので、『風刃』でやはり切り落とし、そこをラスティアさんが『切開』で体をほとんど二つに割る様に切り開く。
残り、一頭。俺の傷も少しずつ塞がってきたらしい。流れる血に勢いはなく、しかし身体の活力に衰えは無い。血を作る能力も上がっているのだろうか。
ともあれ、近くの木に手をかけつつ立ち上がる。
ここから見える戦いの内容としては、既に余裕…というか、ほとんど勝つ直前のような状態だ。
…少々情けない話ではあるのだが、まだ少し、休ませてもらおうかな?傷がふさがるまで、そこまでの時間はかからない筈。
木から半身をのぞかせてそんな事を考えていると、ふいに背後から
『ヴオ』
………そんな、何かの荒い鼻息のような音が聞こえた。
恐る恐る、振り返ろうとする俺の背後から再び『ヴォ!』と、今度は些か興奮しているような雰囲気の音と、蹄で地面を掻く時特有のリズムのある衝撃が伝わってきた。
「ちょ、やば―――ッ!」
痛みから悲鳴を上げる両足を無視して、無理やり横方向へと跳躍。と同時に、俺が先程まで体重を預けていた木は根元からへし折れた。
そこにいたのは、紛れも無く【白金牛】だ。だが、もともとあの群れにいたすべての個体はあちら側にいた筈。なら何故こちらにいるのかと、突進を繰り出してきた個体がもともといたであろう方角を見ると、
―――総数として十二。それだけの白金牛の姿が。
「…やばい」
忌種として、普段から人を襲うという特性は奴らも持っている。草原の外にいて、帰って来た時に俺達を発見したのか、それとも、草原の中から回り込んでここへと現れたのか。
どちらにしろ、『飛翔』で距離を取ろうにも痛みで複雑な軌道を描くことは出来ないだろう今の俺には、奴らを傷つける事で返り血を流させないという事が必要だ。
「タクミッ!」
草原の方からの声に顔を向ければ、カルスが焦ったような顔をしてこちらへ走ってきている。その背後で【白金牛】が死んでいるから、あっちは大丈夫なようだ。
と、カルスが両手を上へあげるような動きを繰り返すのが見えた。
「―――『飛翔』!」
全力で上へと飛び立ち、…しかし右足の先に痛みが走る。先程返り血により貫かれたのは太もも、つまり、今のは…
「角かッ…くそ」
右足の裏と靴をやられた。あの角は突進の威力だけで特に固定されてもいない物を引きちぎれるくらいの鋭さと硬さがあるようだ。
血を操る能力がなくても十分に恐ろしい相手だ。まず離れよう。
…空中にいれば安全、というのは本当に、唯一の救いみたいなものだな。
だがまあ、それだけで良いなんてことはない。ずっと空中にいては、これだけの数を相手にした場合カルスへの負担があまりに大きすぎる。
あの距離にいる以上カルスとラスティアさんだけは上手く逃げる…なんて甘い事は通用しない筈。実際にカルスは既に声を出してしまった。間違いなくばれている。
ならばまずは三人で合流する。
まだかなり痛いものの、最初に受けた傷そのものは血がにじむ程度に収まってきた。貫通した場所から考えて、骨にまで届いている可能性も無きにしも非ずと言った感じなのだが…いや、今はそれを気にしている場合じゃないな。少なくとも『飛翔』している間、足の痛みは最低限に抑える事が出来る筈だから。
「タクミ、大丈夫!?」
最初に声を放ったのはラスティアさんだ。あまり大きな声を出すことに慣れていないからだろう。声はかなり荒れてきている。
「俺は、大丈夫!それより、一回離れよう!二人でカルスを抱えて距離をとらないと!」
「わか…った」
俺がそう言うとラスティアさんはどこか辛そうな表情でそう答えて、カルスの所へと降下する。勿論俺もついて行く。
カルスも俺達の会話は聞こえて来たらしく、両の腕を上へと真っ直ぐに上げる。俺が右腕を持って、ラスティアさんが左腕。
森の中から突進してくる個体は見えたが、どうやら余裕を持って上へ逃げる事は出来そう。
…さて。
「何処に行く?」
「…森の深い所へ。群れで、突進を繰り返すなら、入り組んだ場所の方が、まだいい」
「…次は一撃で殺せるようにしないと。相当厄介だね、あれ。…タクミ、もう傷治ってるの?」
「あ、ああ、うん。まだ完全にじゃないけど、一応動けはする筈」
「…そう言う、魔術?でも…」
訝しげなラスティアさんに、ある程度誤魔化しつつも説明を。
「魔術というより…能力、というか。体質?」
「…どちらにしても、危ない事は、しないで」
「う、うん」
ラスティアさんの声も、視線も、冗談など当然混じっていない本気の物。
俺だって危ないことはしたくないが、必要なら躊躇はしない…と言いそうになったが、どう考えても火に油を注ぐ行為なので自重する。
次からは何か別の方法を考える事にしようと決めて、ふと足元を見る。
「…やっぱりまだついて来てるね」
「ギルドの人も、しつこいとかそんな事言ってたっけ?…タクミ、そろそろ下りる?」
「うん。このあたりなら森から出るのにも時間はかかりそうだからね」
速度を上げて、森の中に着地。まだ治りきっていない足の裏に雪が当たって独特の痛みを感じるが、しかし今はそんな場合ではないと再度『飛翔』。
「カルス、奴らの突進、避けられそう?」
「数体までなら問題なく。…でもさ、あんなにいたら流石に厳しいって」
「だよね…それに、一撃で殺さないと厳しいから、そこも考えないと」
「…だったら、考えが、ある」
「「…何?」」
ラスティアさんの考えを二人で聞いて、それを完遂するまでに残された時間は本当にわずかだった。
―――しかし、完遂。
【白金牛】の方に罠等の概念があるのなら、確実に警戒して近寄って来ないのではないかとも思われるような轟音・光景だったが、それならそれで好都合。遠慮はしなかった。
…一網打尽にしてくれる。




