第二十二話:【白金牛】発見
馬車を降りて、一息つく。
…非常に寒い。
「余分な服も何枚か着てきたけど…、肌寒いのは変わらなかったか」
「ねえタクミ、ここからまだ寒い所に行くんだよね?…体動くかな、ちゃんと」
「魔術は、使える、けれど…慣れない」
「…慎重に行こうか。とりあえず二人とも、体を冷やさないようにね」
二人とも着替えの服は持っていた。北に進むという時点で寒くなるのは分かっていたから、春になって少し薄手に変わっていた服も冬物だ。まあ、追加でフードなどのパーツを付けた様なものだったが。
…草原になっている所は少なくとも積雪は無い。少しばかりは暖かいのではないかとおもう。勿論希望的観測でしかないのだが、いざあそこで戦おうとする分には問題ないのではないか?
もう馬車も行ってしまったのだから、俺達がやることなんて一つだ。
「…もしも寒さが危険な程だったら帰るってことでいい?」
「あ、それで良いと思う。今更何もなしで帰りたくないけど、危ないんだったらいくらなんても無茶しちゃ駄目だし」
「私も、問題ない。…歩いているうちになれるとも思うから」
「―――行こう」
そう決めて、樹上に雪を積もらせた森の中へと入って行った。
地面そのものにはほとんど雪は積もっていなかったが、気温としては雪が解けずに残る事が容易なほどなので、地面を踏みしめるたびにミシミシと霜柱が折れる音が聞こえてくる。その音を聞くたびに、祖母の家に冬に行ったら広い範囲が霜柱で埋め尽くされていて、それを見て楽しんで、最終的に飽きて踏む事が楽しくなったりした事を思い出した。
…変な事を考えているな。全く。
「あとどのくらいなの?」
「…一刻はかからないと思うけど、どうだろう?」
「…今までが大体半刻。…ほとんど一刻くらいかかる」
最初の頃はもう少し会話もはずんでいたが、少しずつ二人のテンションが落ちてきた。中位忌種が住む山に向かっているんだから低位忌種の十体や二十体出てきそうなものだが、そんな事はなかった。肉体的な疲労は生まれただろうが、それ以上にこの変わり映えのしない状況のせいで少々士気が落ちているのだ。
…帰りにしようかとも思ったけど、先にやってしまうか?
俺は二人に『ちょっと待って』と言い、近くの木の根元へ走る。二人は怪訝そうな顔をしているが、まあ、その表情ももう少ししたら驚きに変わるだろう。
「あー…あんまり近寄らないでね、とりあえず、そこにいて」
「えー?…まあいっか」
「木に、何か、するの?」
「まあ見ててって…ッ、ヨイショッ!」
比較的太い、簡単に折れてしまったりはしないと確信を持てる物を見つくろって全力で蹴り込む。すると、俺が蹴ったこの森ではごく一般的な針葉樹は、想像よりも大きく揺れた。幹が軋むような音はしなかったので、まあ大丈夫だろうと俺は上を見上げ、
―――顔面で雪の塊を受け止める。
「うぐ…」
樹上から雪を落とすことは完全に成功したというのに、それをやり始めた俺が落ちてくる雪の存在を軽んじるという謎の状況。
完全に上を向いてしまったので、顔に乗った雪の重みにより俺は後ろへ倒れた。
「ちょッ、タクミ!?大丈夫!?」
「埋まった…!?」
「う…あはは、ごめんごめん。ちょっと計算違いだった」
「もう…って、それって確か」
「…雪」
「そうそう。【白金牛】の討伐が終わったらさ、これで遊ばない?…まあ、時間が余ってたらなんだけど」
「えーっと、それって楽しいの?」
カルスはそう言いながら雪に指先を触れさせ、『つめたっ』と驚く。その近くでラスティアさんも雪を手のひらに乗せて握ったりしていた。
「たとえば、ラスティアさんが今やってるみたいに雪玉を作って相手にぶつけたりとか」
「…痛そう。これ、結構、硬い」
え?と思ってラスティアさんの手元を見ると、どうやら本気で力を加えて作られたらしい雪玉が。
全力投球でやる、という前提だとすれば…確かに凶器になりそうな危険を感じる。
「そこまで固めずに、後、当てられれば問題ないくらいの強さで投げるんだ」
「…まだ想像できないんだけど。まあいっか」
「とりあえず、今は【白金牛】」
手を一度叩いて、ラスティアさんは場を締めるようにそう言う。
…うん。場の空気を変えるためにやったけど、空回りした感は否めないな。ちょっと真面目に行こう。
―――高校生くらいの年齢で雪合戦やったかな…?もしかしたら子供っぽ過ぎたかも。
◇◇◇
「…もう少しで平地に出る…かな?」
「多分あそこだと思うよ、カルス。木も生えてないみたいだし」
「…なら、少し離れて、様子見」
という訳で、迂回するように移動。東側に逸れていくと、北側にも少し木が生えているような場所に出た。
「…あそこからなら見える?」
「とりあえず行ってみよう。【白金牛】がいるかも知れないから、慎重にね」
「当然」
という訳で、木々がまばらで雪の積もった場所へ進む。草原の方は、やはり雪が積もっていないので、このあたりは少し教えられた場所とは離れているという事になる。勿論相手は忌種、なんだかんだと言っていきものだ。決められた場所にのみ居るという訳ではないが。
「うん。このあたりには大きい生き物居ないね。とりあえず、落ち着いて観察できるんじゃないかな」
「ありがとうカルス。これで一安心だ」
そう。カルスは生物の位地をある程度感知できる。それは忌種に対しても例外ではない。この場合、非常に役に立つ技術だ。…俺も魔術として教えてもらったけれど、精度ではかなり下だから。
草原の方を見れば、少し遠く、魔術などはまだ届かないだろう距離に白い毛皮に金色の角を生やした生き物が群れているのが見えた。一番大きな群れだと、十五頭ほどいるようだが、ほとんどは五頭くらいで一つの群れになっているらしい。
「攻撃しようと思ったら草原に出なきゃ駄目、か。おびき寄せる方法も無いし、危ないけど出るかぁ」
「…僕には無理だけど、二人ならやりようは有ると思う。まず『飛翔』している間は、返り血がどうこうって話は有るけど近づけない筈だし」
「上から、狙い撃ち」
「…それが一番かな」
基本的に頭が回らないのは本当に欠点だな。最早改善できないと諦めかけているのが更にいけないのだが。
そのあたり、ラスティアさんは勿論、カルスもきちんとできている。最近は年齢相応というか、はっちゃけた姿ばかり見ていたような気がするけど、村で初めて会った時とかむしろ凄く真面目な人だと思ってたし。
「だったら、ある程度端の方にいる相手が良いよね。飛んでるとなると、注目はされてしまうだろうし」
「だったら、あのあたりとか?」
「あー…確かにちょっと離れてるね。行ってみよう」
その群れは六頭で構成されているようだ。上手くいけば何の被害も無く仕留められるだろうし、そうでないのならやはり苦戦する数。一頭だけを相手にして練習をしたかった所だが、出来ないことは仕方がない。
草原の中にのこのこ入って行って他の群れまで巻き込む事が、言うまでも無く最悪のパターンだ。
「じゃあ、カルスは一回待っててね」
「うん。確認するべきは返り血と、あとどのくらいの動きが出来るか、だから…そうだタクミ、一体くらい残ったら、こっち側に『飛翔』したまま移動してくれない?どのくらいの速さで動けるのかがそこで分かればどうにかなると思う」
「分かった。じゃあラスティアさん、行こうか」
「うん。『飛翔』」
「『飛翔』」
木々の間から飛び立って、群れへと近づく。
中位忌種【白金牛】との戦いの火蓋が切って落とされた。




