第二十話:生存報告
暫く歩くと、冒険者風の人たちが少しずつ増えてきたのが分かった。この近くにギルドがあるらしい。
歩きながら何となく街路樹を見上げてみる。
葉の色は新緑と表すべき黄緑色だった。海沿いを歩いて来た時はもう少し濃い色だったので、このあたりは少し成長は遅めなのだろうか。昨日は夕日の赤色に染められて気がつけなかった事だが、季節感が合って少し気分が良い。
「タクミ?こっちこっち!」
「行き、過ぎ」
「え?」
斜め後ろから二人の声が聞こえたので振り向く。すると、二人は既にギルドの前で立ち止まっていた。俺は木を見上げながら歩き続けてしまっていたらしい。………二十メートルくらいは歩いていたかもしれないな。
「ごめんごめん。ちょっと木の方に意識奪われてた」
「何で…?まあ良いや。早く入ろう」
カルスの困惑したような視線を避けるようにギルドの中へ。まだあまり人はいないが、受付には何人か人が集まって依頼を受けているようだ。
「じゃあ…二人は、コンビ組む?」
「うん。とりあえず詳しい話をギルドの人から聞いて来ようって思ってるけど」
「もう少し、詳細な、説明」
まあ、俺自身もぼんやりとしか知らないことも多いもんな。
二人を受付の方へと送りだして、一応依頼掲示を確認。【白金牛】に関する理由は、五分ほどで見つかった。王国のギルドほどではないが、ザリーフと比べると少し乱雑な並べ方だ。
「…でも、とりあえず場所が遠くなったってことはなさそうかな?同じような物も有るし」
【白金牛】というものが何処に住んでいるのかは分からないけれど、まあ牛なのだから、内陸に住んでいる筈だろう。
…さて、相手は中位忌種なんだから、あるていど緊張して行かないと駄目だよな。
「タクミ」
「終わった」
「え?もう終わったの?」
ロルナンで登録した時も、そこまで長時間の手続きが有った訳じゃなかったと思うが、ここまで早かっただろうか?説明を受けて、名前を彫って…。
まあ、二人が終わったというのだから、終わったのだろう。俺は依頼用紙を手にとって、二人を誘う。
「【白金牛】の討伐、行こうか」
「うん。コンビも組んだんだからね」
「そもそも、今日は帰らないと、伝えてある」
…そう言えばそうだった。
受付嬢さんの所へ行って、ギルドカードを見せつつ【白金牛】の依頼用紙を渡す。
「【白金牛】の討伐ですね。護衛依頼は…出ていないので、乗合馬車で向かって下さい。陽三刻か陽七刻半に町の北門から出発です…あ、少しお待ちください」
「え?」
カルスとラスティアさんのギルドカードを、恐らくは先程見たばかりだからだろう、簡単に眺めた受付嬢さんは、俺のギルドカードを見た途端、何かを思い出したかのように奥へ入って行った。
どうしたのか気にはなるが、とりあえずこの時間を有効活用させてもらおう。
「どうする?乗合馬車の時間」
「陽三刻って、もう少しでしょ?どのくらいなのか分からないけど、…お昼ご飯食べられそうにないよね」
「あー…急いで何か買えば良いかもしれないけど、夕方についてもその日は討伐しに行けないしね」
「遅く出て一泊、翌日の、早い時間で終わらせる」
ラスティアさんの案が一番だろう。三人で意見をまとめると、ちょうどいいタイミングで受付嬢さんが帰ってきてくれた。
「タクミ・サイトウさんは、王国からお越しになられたという事で良いんですよね?」
「あ、はい。…事故みたいなものではあるんですけど」
「報告は上がっています。王国側に生存報告が少し前に出されていますね」
「本当ですか!?」
驚いた。が、ギルドが一つの組織だという事は分かっていたのだから、俺からもっと早くその方法に思いついておくべきだった。もしかしたらザリーフの受付嬢さんが気を効かせて出してくれたのかもしれない。
「…驚きになられた、という事は、王国側からの手紙は受け取っていないという事でしょうか?」
「手紙、ですか?いえ、特には何も」
「…ザリーフのギルドに送ってしまったので、再度こちらまで取り寄せるとなると三日くらいはかかりそうです。申し訳ありません」
「そう、ですか…。あの、手紙は誰からのものですか?」
「タクミ・サイトウさんのコンビである…レイリ・ライゼンCランクだった筈です」
「レイリの!」
俺の横で成り行きを見守っていた二人が『お?』と興味深そうに近寄ってきた、が、今はもう少し詳しい話を聞きたい。
「はい。手紙そのものは数週間前に書かれた物でした」
「…という事は、生存報告が出るよりもまえですか?」
「はい、そうなります」
…成程、先に書かれていた手紙が、俺が生きていると分かった事で聖教国にまで送られてきたという事だろう。宛先を指定せずに送るのは難しそうだから、ミディリアさんに渡していたのだろうか。
…どちらにしろ、今すぐに受け取ることはできないようだ。
「今から【白金牛】の討伐に行ってきますので、その後に受け取る事にします。三日後にまた、ギルドに訪れればいいんですよね?」
「はい。今日の家にはザリーフへと手紙を再度請求しておきます」
「お願いします。………じゃあ二人とも、行こうか」
そう言いながら振り返ると、二人は何とも表現が難しい顔をしていた。
「…どうしたの?」
「いや、やっぱり嬉しそうだなって思って」
「口、笑ってる」
「…あ」
嬉しいとは思っていたが、ここまで顔に出ているとは思ってなかった。まあ、嫌な気なんて当然、しないのだが。
「とりあえず、良かったね。タクミからも手紙?だしてみたら?」
「うん。とりあえずレイリからの手紙を読んでからにするけど、その後はすぐにでも」
「…本当に、嬉しそう」
「…うん。すごく嬉しい」
◇◇◇
レイリからの手紙があるという事で高まった気分が落ち込んだ、とは言わない。言わないのだが。
「いくらなんでも、詰め込み過ぎなんじゃあ」
「いっつもこんなもんだから我慢しとけよ!」
「あ、すみません」
馬車内のあまりの密集状態にうっかり口を着いてで田口が近くの冒険者に聞こえていたらしく、苛立ち交じりの声で怒鳴られてしまう。彼もまた、この馬車で精神を痛めているのだろう。
こちらから視線を外して先頭を向いた男性の鎧の角が肩に当たった。傷などはないが、痛い事に変わりはない。
「二人とも、大丈分…じゃなさそうだね。顔色も悪いし」
さっきよりずっと声を潜めつつ、近くの二人へ話しかける。人ごみに酔っているのだろう二人の顔入りは悪い。これではとても、これから何刻もの間馬車の中で揺られ続ける事は出来ないだろう。
「降りる?」
「…いや、駄目だよタクミ。もう町からも随分離れたし。これから歩きで帰ってたら、何時まで経ってもたどり着かないし」
「きっと、半分は、越えた。まだ、まだ、耐えられる」
「…売りだと思ったら、すぐに言ってね。移動はしないから」
出来ないという面もあるが、まあ、どちらにしたってやることは変わらない。
馬車の端の方まで押し込まれて、身動きが取れなくなった事に気が付いてからもう…四刻は経った筈だ。
夜中に付くとすれば、後三刻か四刻程だろうと、夕焼けに染まる空を見詰めつつ考える。
さて、もう少し耐えるのだ。
…そう考えてから四刻。
「―――もう無理」
「…倒れ、そう」
「は、早く宿に行って休もう?」
【白金牛】が潜むという丘で下りた俺達は、町というよりは少し大きめの村と表現するべき場所の門の前でこんな会話をしていた。
俺たち以外に馬車から下りた冒険者はそこまでいなかった。彼等のランクが俺達と比べてどのくらいかは分からないが、仕事の場所は遠くなのだろう。
二人に肩を貸して歩く。傍から見れば非常に奇妙な光景なのは間違いないだろうという自覚もあるが、まあ、友達なのだから助けあうのは当然だろう。何も考えずに肩を貸した時点で断わる方法などは無かった。
今回は多少金がかかっても仕方がない。お金は有るから、近場の宿に入ってしまおう。
◇◇◇
「…大丈夫そう?」
カルスの部屋からは、余り物音がしない。ベッドに倒れ込んでいるんじゃないだろうかと少し待っていると、奥の方から『…あんまり、良くない』なんて声が聞こえてきた。
俺自身の経験上、こういう形での酔いは数十分もあれば回復する。もう少しで治るだろうと、俺はラスティアさんからも同じような反応が返ってくる事を確認して、自分の部屋に入った。
来週は試験、再来週は検定の為の勉強と、更新が遅れる時期が長引きそうです。夏休みになればまだましだと思いますので、ご容赦ください。




