第十九話:炊き出し
それから数十分、皆がそれぞれの家を決め始めた。
この敷地内には、合計十六軒の家が建っている。家族ごとに家を分けるのは当然として、余りは三軒。
余裕が生まれたので、とりあえず使わない家は町から遠い三つにしようということになった。…正確に言えば、話し合いで決まったのは二つで、残り一つには俺が住む。
と言っても、それもいつまでの事やら。
そんな事を考えつつ、馬車から下りてから背負っていたリュックサックを床におく。
家具はいらないだろう。結局、今までの通り食事は皆で摂るのだから…とれるよな?禁止されたりしてないよな?
これに関しては族長もうっかり聞き忘れていた気がする。後で聞いておこう。
…でも、やっぱり皆と別れるのって、寂しいよな。もっと気軽に合えるようになれば良いのに、なんて思うけれど…飛行機や新幹線なんてないから、長距離を移動するのは、ほとんど別れるってことと同義だよなぁ。
勿論、二度と会えないなんてことなどは無いのだ。絶対に何度だってこっちへ訪れる事になるだろう。王国と聖教国の間の国交が良かったのは僥倖だ。
「一度の移動に一カ月くらいかかるかも知れないけど…そのくらいじゃあ止めようなんて思えないしね」
聖教国に冒険者として向かう依頼なんかがあったら、レイリも一緒に来られるかもしれない。そしたら、カルスやラスティアさん達と、互いに知り合える。
全員違う性格してるけど、不仲になるってことはないだろう。なんだかんだで皆、相手の事をよく考えられるから。そういう意味では俺が一番怪しいくらいだ。
―――さて、いい加減に外に出よう。
何をするでもなく突っ立っているのは流石に馬鹿らしい。悩むより先に行動だ。
扉を開ければ、すっかり日が暮れていた。家に入る少し前で、太陽は既に半分森の向こう側へ沈んでいたが、今は空まで完璧に黒。夜だ。
月一刻過ぎ、と言った所だろう。家を出て、町側へ…つまりこの家々の中心へと向かう。正確には全く違うが、イメージの問題として村と考えておこうか?住んでいる人間は変わらないのだし。
村の中心には、以前ほどのものではないにしろ、広場の様なものがある。そこと町の中心側にも家は並んでいるので、何かをしてもそこまで見とがめられることはないだろう。
何故俺がそんな事を考えているかと言えば、そこでソウヴォーダ商会の皆が炊き出しの様な事をしていたからだ。
「お、来たかタクミ」
ひときわ大きな鍋に近づくと、脚立に登って具材を中に入れていたリィヴさんがこちらを見つつ話しかけてきた。
「あの、どうしたんですかこれ?随分と大がかりな」
「いや、町に来たのがこんな時間じゃ、食材の確保も何もないなって思ってな。歓迎の意思も込めて、炊き出しでもやろうって考えたんだ。翌朝もだが。…ああ、考えたのは僕だからな?」
別にそれを疑ったりはしていないのだが、何故か少し必死そうなリィヴさんの顔を見てると、小さく笑いが漏れてきた。
「あ、あはは…でも、ありがとうございますリィヴさん。雇ってもらって、こんな立派な家を用意してもらって、その上給料も良いだなんて」
「給料とかに関しては、そこまでおかしな数字じゃない。正式な商会員としては、平均的な数字だ。まあ、家に関しては…ちょっと特殊な手段でな。これはまあ、今回の事とは何ら関係なく手に入れてた」
「はあ…。でも、これで皆の生活も何とかなりそうです。安心しました」
「お前が保護者みたいな立場だって言うのも変な話だがな」
「そういう事じゃ、ないんですけどね…。
あ、関係ない話になってしまうんですけど、この町のギルドってどこですか?」
違う物は違うがどう答えればいいのか困りそうだった質問を誤魔化すように、別の質問をリィヴさんへと向ける。
「ん?…部下には冒険者がいないからはっきりとした事は言えないが、中央大通りの中心あたり、西か東かに合ったと思うぞ?仕事を受けるのか?」
「必要になると思いまして。ありがとうございます」
「お前もそこまで頭悪そうじゃないから、こっちで雇っても良かったんだが…まあ、今は無理だろうな。ただ、手伝いでも少ないが報酬は出る。気が向いたら頼む」
「そう、ですか。…確かに今は厳しいですね。ですが、近い内にお手伝いはしますよ!」
リィヴさんとこんな話をしていると、どんどん村の皆が集まってきた。少し前には族長も来ている。
それを見計らってか、リィヴさんは脚立から降りて皆が集まっている方へ。俺もそちらの方へと歩いて行く。
集まった皆の後ろ側でリィヴさんの話を聞いていると、トントンと俺の肩を誰かが叩いてきた。この感覚、何度か感じた事があるものだと思う。
「どうにか、脱出、してきた」
「ラスティアさん。元気だった?」
「ちょっと、疲れた」
そういうラスティアさんの顔は、僅かではあるが確かに疲れているように見える。そんなに厳しい監視だったのだろうか?
「まあ、今は自由時間だしね。今日の内にやる事なんて、多分ないと思うし」
「明日は、どうする?」
「…この町のギルドに行って、【白金牛】の依頼を受けてみようかな。ラスティアさんは?」
「私も、そうしようと、思う。多分、カルスも」
なら、明日の行動は決定か。
「多分、ここから更に町一つ分くらいは移動するんだと思うから、ここに戻ってくるのは明後日だよ?大丈夫?」
「流石に、そんな事で不安には、ならない」
「そうそう。それに、前は僕達、泊まれなかったからね」
近づいてきたカルスが会話に参加する。俺はその時、一つの閃きを得た。
「…ねえ二人とも、明日ギルドに行ったらさ、【白金牛】の依頼をどうこうする前に、コンビを組まない?」
「コンビ?」
この二人なら丁度いいだろう。カルスは接近、ラスティアさんは魔術で遠距離。二人の息は有っているし、同じ村出身の友人で実力も近いとなれば、組まない方が珍しいくらいだとも思う。
「コンビ、って…あれだよね?前にタクミが、僕達と話した時の」
「…レイリ?という子と組んでるって、言ってた」
「そうそう。コンビで受けると、危険度がぐっと下がるからね。報酬は半分だけど、楽になるなら二倍働いたっていいし」
忌種を、特に中位忌種なんかの強い物と戦おうと思えば、コンビは組んでいるべきだと思う。
個人の自由だが、今回の場合こんなに近くに条件のいい相手がいるんだから、是非とも。俺としてはそう思う。
「…僕はそれで良いけど、ラスティアさんは?」
「私も、それでいい」
「じゃあ、明日の朝にギルドで手続きしよう。…あ、リィヴさん達がご飯配り始めた」
村人たちの列に並んで、お皿を受け取る。村から持って来られるだけ持ってきたものだが、結局人数に対して最低限の枚数しか確保は出来なかった。粘性の高い瘴気に押しつぶされたりした結果、浄化してもわれていて使えなかったり、あるいは端的に、重くて持っていくことができなかったりした結果だ。
元々新しいものを作ることはできなかったそうなので、減っていくばかりだったそうだが…皆にとっては思い出の品だろう。それが無くなっていくのが確実というのも悲しい話だ。俺に出来る事は、これを壊したり傷つけない事だけ…。
なんて考えながら腰を下ろす。村人が集まって食事をとることに変わりはないが、今となっては順番というものが無くなってしまった。族長の定位置は有るが、それ以外はてんでバラバラ。
村での日常生活とは違って、より一層みんなで力を合わせていろいろな事に立ち向かったからかもしれない。
三人で族長からは少し離れた所に座りつつ、茶色のスープを眺める。
一センチ大の具材がたくさん浮かんでいる光景は、どこかスープカレーをほうふつとさせるものだが、スパイシーな香りは調理中もしていなかったので、別の料理だろう。
「…おいしい」
ラスティアさんの感想を聞いてカルスと二人で飲んでみれば、見た目には合わない魚介系だ。思ったよりはあっさりとした味付けである。
この町の特産なのだろう野生動物から切り出した肉も非常に美味だ。食生活はこれで、安泰と言えるかもしれない。
…さて、明日は早いぞ。
◇◇◇
「よし、行こう」
朝食をとる前に準備を済ませて、二人と合流。荷物を持ったまま朝食を頂く。これも美味だ。
ラスティアさんももう族長やニールンさんに許可をとってきたらしい。後、ここに来る途中に出会ったナルク夫妻…というよりはフィディさんから、伝言として『中位忌種って強いんでしょう?頑張ってね?…僕もやりたかったなぁ』と言われたらしいのだが、フィディさんはここ最近外で暮らしても大丈夫だったからってちょっと体に負担を掛ける事に楽しみを見出してる節があるから少し不安だ。
ともあれ。
「じゃあ、行こうか」
「「うん」」
二人のコンビ登録と、初めての異常のない中位忌種討伐。前者はともかく、後者に油断は許されない。強くなった自身は有るけど、慢心は抜きにして行かなければいけない。
時刻は未だ、陽二刻。依頼に縛られない限りは自由に労働時間を選ぶことすらできる冒険者としては相当に早い出勤だと自覚しながら、三人で町の中心へと歩き始めた。
最近投稿が遅くてごめんなさい…。




