第十二話:案内と依頼確認
結局滞在時間が延びに延びたリィヴさん達が朝早くに出発して、数刻。俺とカルスとラスティアさんの三人は、昨日と同じように町へと向かっていた。
しかし今日は、昨日とは違うこともする。具体的には二つ。中位忌種の討伐依頼の確認と、リィヴさんの商会に所属するものの、冒険者としても活動することを選択した人たちの案内だ。
一つ目に関しては、もし王国に戻るにしても少なくない日数は生まれるので、その間にこなせる仕事はこなそうという、一種のもったいない精神から来るものだ。これに関しては、同じくDランクになった二人と協力して何体かを倒そうとも考えている。
二つ目に関しては、単純に、やる事がない日に出来ることは済ませてしまうおうというだけの事だ。そう表現すると一つ目と理由は同じかもしれない。
という訳で、俺は手持ちの銀貨を全部―――少しずつ引き出したので、合計二十枚ほど―――渡して、皆を連れて町へと再び出向いた。
道を歩くと、心地よい風が吹いてくるのが分かった。海が近いからだろうし、ちょうど小春日和と表現するのが良い程度の陽気だからというのも有るだろう。
そう言えば、俺は一度死んでから、ほとんど海の近くで生活していたんだな。潮の香りをかぐのにも、いつの間にか慣れているのが分かる。
感覚的には陽三刻頃に、ザリーフ前の門に到着。
ギルドカードを見せて町の中へと入った俺達は、皆が無事に通過できるか少し遠巻きに眺めていた。
「問題とか、起こらなければいいんだけど…」
「皆暴れたりしないよ?」
「…そういう、事じゃ、ない」
ラスティアさんが何かに気がついたようなので、どういうふうに考えたのか聞いてみる。
「そもそも、どこかに住む場所が、ある筈の人たちが、身分を証明するものを、何も持たず、十人以上で、同時に来ている事が、怪しい」
「うん。…何で時間をずらそうとか提案しなかったんだろ」
「タクミ…」
二人から可愛そうな人を見る目で見られている気がするが、最近そんな事が増えたのであんまり応えない。慣れてしまったら終わりだとは思うが、実際こんなものだろう。
とはいえ。
「ああ、訝しげには見られてるけど問題はなかったんだね。ちょっとずつ通過してこられてる」
「というかタクミ、もし止められてたらどうするつもりだったのさ」
「………まあ、なんとかするんだよ、何とか」
「…もう少し、計画的に、動こう?それとも、私が、考える?」
そこまでしてもらうのは流石にまずいとラスティアさんに伝える。何故か悔しそうな顔をしていたのだが、母親的なポジションに着かれても双方困るだけだろう。
そうこうしているうちに、一人、また一人と門を通過して、こちらへと歩いてきた。
先程のラスティアさんの発言にはかなり納得している俺としては、ここですぐに再集合するとかは少し怪しい。
なので、両腕を胴体の前へと差し出し、そのまま平泳ぎにも似た動きをすることで『ちょっと広がっておきましょう』というニュアンスを伝えようとする。
「…?なんだ、何が言いたい」
だが先陣を切ったグベルドさんには伝わらなかったようだ。久しぶりに会話するなぁ、と思いつつ、一応意図を説明する。
「いえ、門をくぐってからすぐ再集合するのって怪しいかな、と思ってまして」
「もともと集団なのは分かっているんだから、変に分散するよりはずっとまともな行動だろう。何も考えていないと思わせておいた方が良いぞ」
確かに、と俺は納得して、結局全員一か所に集める。
「えーっと。この後は冒険者ギルドに移動して、登録作業を行ってもらうことになります。実際ギルドカードを受け取る事が出来るのは明日なので、今日来たうちの半分の人には、ザリーフの宿で一泊してもらいたいんですが、希望者はいらっしゃいますか?」
そう言いながら俺が手を挙げる。希望を示すのなら挙手をしてくれという意思表示だったわけだが、先ほどとは違いしっかり伝わったらしく…全員が手を挙げた。
―――予想外である。
「みなさん、宿泊希望、ですか…。えと、でも、村の皆の安全とかを考えても、半分くらいは戻ってもらった方がいいのかな、とか考えてるんですけど…」
「…それもそうか」
そう言って手を下ろしたのは六人ほど。…待機している人の中にも戦える人はいる。例えば、ナルク夫妻はこちらへ来ていないし、俺達が帰ることだってできるだろう。
だが、流石にもう少しは減らしたい…というか、どうして皆ここまで積極的なんだろうか。
俺がそう考えた時、隣からカルスが俺の耳元へと顔を近づけてきた。
「…タクミ、多分皆、町が石造りの建物ばっかりで驚いて、そのまま自分達もそこに泊まりたいって考えてるんだと思う」
「…都会の空気に呑まれた、とか、そんな感じなのかな…?」
カルスは首をかしげているが、何となく俺には理解できそうだった。
俺としては以前皆と住んでいた村の木造建築何かの方が温かみが合って好きなのだが、どちらが一見して文明の香りを漂わせているかと言えば、石造りの方だろう。木で家を建てるのだって様々な工夫がいるが、石は重厚感が違う。
ともあれ、また止まる機会ならあるのだと説得して、十人に戻ってもらえることになった。この時点で陽四刻を過ぎたあたり。何故こんな事で一時間も費やしているのかと少し呆然としつつ、ギルドの方へと皆を案内した。
◇◇◇
「これかな」
「カルス、見つけた?見せて」
「こっちにも、もう一枚」
カルスとラスティアさんが見つけたらしい依頼書を受け取って、依頼掲示から離れつつ眺める。
皆を冒険者登録の列に並ばせて、俺達は想像以上にやる事がないという事に気が付いていた。当然だ。子どものお守をしている訳ではないのだから。多分、冒険者としては先輩だから、という意識が強かったのだろうが、ある程度の情報を伝えれば、皆自分で行動できる。
今まで探していたのは、中位忌種の討伐依頼だ。これに関しても、個人というよりはギルド名義での物なので、厳密には依頼というよりも正しく冒険者の仕事というべきだろうが。
片方の討伐対象は、【白金牛】。白金という事は、プラチナだろうか?
金属なら堅そうだ…いや、実験器具に白金耳ってあったな。あれは捻られていたし、そこまででは無いのだろうか?
どちらにしろ、体が金属で出来ている忌種というのは初めての相手だ。単純に考えても、攻撃は通りにくそうである。
魔術だって効きは悪そうだ。同じ中位忌種なんだし、体が硬いという特徴を持っているのならあの【人喰鬼】程の身体能力を持っている訳ではない筈だ。
「これは、やっぱりもうちょっと内陸の方で討伐するみたいだね。山に住んでるって書いてあるし」
次にラスティアさんが受け取った依頼書は、どうやら海に出没する忌種の討伐を依頼する物らしい。緊急度が高いのか、ギルド以外の名義でも依頼されているようだ。
…船を襲うのか。
「これ、リィヴさんの仕事の邪魔になるかもしれないし、どうにか討伐する?」
俺がそう提案すると、ラスティアさんは首を横に振り、
「今の私達は自由に船に乗る事が出来るような金額は持っていないし、行商が行われ続けている以上、この忌種はいつも現れるという訳ではない筈」
と答えた。結構納得できる話だ。いつもいつも船に乗れるだけの金額を確保するのだって簡単なことじゃないと思うから。
「成程。だったらリィヴさんの船に護衛として乗り込めば大丈夫そう」
「…ねえ」
カルスの言葉に耳を傾ける。何故か少しの間静かだったのだ。特に俺とラスティアさんで海の話をし始めた時から。
「僕、泳げないんだけどさ。大丈夫かな?」
「…あー」
よく考えたら、俺だって水泳は苦手だ。落ちるだけなら、そこから『飛翔』したり、以前司教を追うために船を加速させるとき使った『操水』なども使えるから、どうにかなるとは思うけど…。
「ラ、ラスティアさんは」
「…」
視線の先でラスティアさんはそっと目を反らす。何が言いたいのかは分かった。分かった、のだが…。
「ね、ねえカルス?」
「…何?」
「もしかして、何だけどさ。村の皆って、泳ぎとか習ってない?」
「うん」
「あー…そっかぁ」
別におかしな話じゃない。海には近寄らないようにしていただろうし、川も泳ぐには流れが速く、また浅すぎる。
外に出ることを考えていた族長だって、水泳の練習場所までは作ろうとしていなかっただろう。
だが、今となってはかなりの問題点だ。何せ、リィヴさん達の商会はその主な取引内容を島々と聖教国の間での貿易にしようとしているのだから。
そこに雇われる皆には、不測の事態に備えて水泳の技術だって求められているんじゃないのか?
俺と同じことに二人も気がついたのか、少し気まずそうな顔をしている。
「そ、それについてはほら、またリィヴさんが来たときに話そう、ね?」
「「…うん」」
この場の空気をうやむやにした俺は、その後、少しずつ戻ってきた皆を宿に案内して昼食をとり、帰る人と宿泊する人にわかれて行動を開始した。
俺は宿泊側だ。皆にある程度の作法というか、これはこう使う、という程度の事を伝えなくてはいけないと考えたからだ。
食事を頼む方法に、部屋の使い方など。完全に伝えきった時には夕飯時だった。
疲れた俺は、そのまま部屋に入って泥のように眠った。
お、お久しぶりです…。どうにも最近忙しく、執筆の時間がとれていませんでした。
今週はまだましなのですが、速度はしばらく遅いままかもしれません。




