第十一話:友との語らい
―――自分一人だけ先に飛んでいく、その背中に、言い知れない不安と、そして何より、寂しさを感じたから。
『だから、王国に帰るのか、ここに留まるのかって話だ』
村の皆が勤める先の会長とタクミは知り合いらしい。だから、僕達も話し合いの邪魔はせずに聞いていた。
立ち聞きをしたということは、まあ、少し後ろめたいことだったけれど。
『帰りますよ。ただ、すぐにってわけじゃないですけど』
でも、そんな事を言われると、私たちだって、聞かなかったことには、出来ない。
タクミがロルナンに帰るという事は知っていた。それが、そう遠くはない話だということも。元々分かっていて、それでも尚、溢れ出る感情を止められないのなら。
…彼を止めようだなんて思いはしない。でも、友達だけの間で話し合うのは、普通の事だろう?
◇◇◇
「ちょ、ちょっと二人とも!急に何!?」
森の深くへと二人に担がれたまま移動して、約二分と少し。ようやく口から手を離された俺は、二人にそう問いかける。いくら何でも行動が謎すぎて、その動揺から声も僅かに荒げながら。
「急に、じゃない。むしろ遅いくらいだよ」
「本当は、壁を壊したあの時…違う。はっきりと、私たちが、友達になった時には」
だが二人の答えはこんなもの。何がしたいのか分からない俺は、まだ二人の事を理解できていないという事なのか。しかし、それを知らなければこの状況に対応なんてできはしないのだ。
「遅いって、だから、何が?今絶対しなきゃいけない話だったの?」
これに関しては、間違いではないだろう。…可能性は低いが、話し合いでは無いという事態を除けば。
二人の表情を見ても、明るさというものを感じ取ることはできなかった。やはり重要な事を話すつもりなのだろう。それも、村の皆にすら聞かせることがはばかられるような内容だ。
―――それを考えると、やはりそれを話そうとしている相手である俺がその内容に心当たりを見つけられないというのがまずいよな。でも、二人がこんな表情をする理由ははっきりとしない。
そう、こんな…嫉妬と寂しさを共存させたような表情をする、理、由………!
まさか、と。
その程度の、不確かな考えでしかないし、もし違っていればただの自惚れでしかないのだが…それでも一つ、あり得る可能性に思い当たった。
まさか、二人は、俺がこの国から出て行く…二人と離れ離れになる事を
「タクミは」
俺の思考は、カルスの発した言葉で一度打ち切られる。
「タクミは、王国?の所に行くんだよね。それは、何時ごろなの?」
「え、あ」
やっぱり、気にしている事はそれなのだろうか。
「何時、って言われても、はっきりとは答えられないけど…今日とか明日とかじゃあないよ。皆の生活がどうなるかを確認せずに出て行ったんじゃあ、壁を壊した人間として責任がなさすぎる。だから、それを確認するまで、かな。リィヴさん本人は信頼できるけど、商売がどんな風に続けられるかは分からないし」
言葉数が多くなったのは多分、本音を…いや、カルスの質問に隠された本当に聴きたいだろう事から視線をそらそうとしているから。だがそれを自覚しているのなら、きちんと答えなければいけないのだ。
「タクミは、王国の町に帰るんだよね?」
「う、うん」
「そしたら、ずっとそこに住むの?」
「………どうだろう。俺が住んでいた所はあるけど、俺自身の家じゃあないからね。帰った時にその家に入れるのかどうか、って心配もあるよ」
これは事実だ。レイリとエリクスさんの家に住まわせてもらうことになったが、実際の所ロルナン側から見れば俺は既に故人だろう。となると、二人がどう行動するかもわからない。
ふと、レイリは他の誰かとコンビを組んだのだろうか、という思考が脳裏を過ぎる。その瞬間胸中に重く渦巻いた感情は、嫉妬と呼ぶべきなのだろう。醜い感情だが、俺はレイリが俺以外の誰かをコンビとして扱う姿を考えたくないらしい。
そうやって、ここにはいない誰かの事を考えていたのが悪かったのだろうか、二人の視線は少し厳しくなる。
「戻るのは、分かる。でも、そのままなの?」
「そのまま…あ、もう戻って来ないのか、って事?そんなことないって。…というか、皆とこれだけ暮らしておいてあっさりお別れとかできる性格してないからさ、俺」
「そう」
ラスティアさんはその一言だけを言って、再び黙る。その視線は静かで、こちらの心を見透かされているような気すらする。
一方カルスの視線には熱がこもっている。意地でも俺の本心を聞き出そうとするような構えだ。
ラスティアさんはいつも通りと言えばいつも通りだが、カルスのそれは時折見える、その本能や戦闘形式、普段の人格などと比べれば正しく反対というべき熱さだ。
「タクミはさ、ちょっとずるいよ」
「え?」
突然の言葉に少し呆然とする自分がいた。
ずるい。ついぞ言われたことのない言葉だが、ここで耳にすることになるとは。
「だってさ、僕達の知らないことをいっぱい知ってて、さっさと先に行っちゃうじゃないか」
「先に行っちゃう、なんて」
知らないことを知っている、ということはまあ、分かる。だが、先に行くとはどういうことか。
「今日だってそうだよ。あのリィヴって人との話し合い」
「リィヴさんとの、話し合いが?」
話し合いの事を思い返して、しかし何か問題があったとは思えなかった俺は、それより少し前、ギルドの中で二人に行った言葉について思い出していた。
そう、確かあの時、俺は二人に対して、話し合いは苦手だから手伝ってくれと頼んだのだ。だとすれば、カルスが言っているのは、それを勝手に進めたことか?それは確かに俺が先走っていると言えるし、二人にはやきもきさせてしまった事だろう。
「手伝いを頼んでたくせに、なんだかんだと話を進めていくし、妙に親密そうだし」
「…あれ?いや、俺リィヴさんとは親密って言うほどの仲じゃあないよ?」
結構ぎこちないくらいだと思っているが、カルスはそのあたりどう解釈していたのだろうか。
だが、何時の間にやらラスティアさんの目まで俺を訝しげに見つめていた。…傍から見ると親密そうだったりするのだろうか。それか、無意識の内にそんな風に話していたのか。
こちらを傍観していたラスティアさんは再び動き出し、僅かに数歩、こちらへと詰め寄り、その俺より少し低い身長で、珍しく僅かに怒っているらしい声音で俺へ口を開く。
「リィヴさんに会ってから、タクミは、ずっとリィヴさんの話、ばっかり。必要かも、しれないけど、少しくらい嫉妬するって事ッ!」
その声は、ラスティアさんの大声を出し慣れていない喉を壊しかけるような大きさ。向こうの皆にも届きそうなその声に、俺は大きく動揺し、続いて、どこか嬉しく感じている事に気がついた。
友人を怒らせておいて嬉しく思うとか、俺は随分と厭らしい性格をしているらしい。だがその思いに嘘はない。
「タクミの話だったらさ、その王国にある街より、僕たちと過ごした時間の方が長いじゃないか。なのに帰る帰るって言い続けられたら、僕たちだって悔しく思うよ!」
「その町に居る人たちと別れて、なんて言わない。でも、私達の事をないがしろにされるのは、…いや!」
―――ここまで言われて、黙っていられる訳もない。
「何でさっきから黙ってばっかりなのさ!そんなに答えられない事なの!?」
「俺だって!」
だから、二人の声に負けないよう声を出して、俺も自分の思いを正直に打ち明けるのだ。
「俺だって二人と別れたいって思ったりしてないッ!でも、ロルナンに居るのは俺のコンビなんだ!彼女に、レイリに俺が死んだって勘違いされたまま終わりたくないし、あの町に暮らしてるいろんな人と再会したい!…あの町は、俺にとって二度目の人生が始まったに等しい場所なんだッ!」
―――本心。正しくそれだった。
レイリはコンビで、友人だ。きっと俺は生きていると信じてくれている筈だし、俺はそう信じている。だからロルナンへ帰るのだ。
最後の言葉の意味が二人には伝わりようがないのではないのか、そう少し冷静になった頭で考えたが、今更説明するのも馬鹿らしい。自分で自分の言葉を汚すような真似はするまい。
「………分かったよ。じゃあ、行けば?」
「…え?」
「うん。タクミが、私達の事、考えてくれるのは、分かったから」
「え、い、いいんだ」
正直、少し困惑している。結局俺の言葉は、言い訳と、カルスの言う所の『帰る帰る』というものでしかない筈なのだが。
今までの勢いが嘘かの様に、二人はあっさりと俺がロルナンに向かうことを許してくれた。
それとも、もしかして呆れられたのだろうか?もしそうだとしたら非常に辛い。もしかしたら八方美人のように受け取られるのかもしれないが、俺は友達の間に優劣など付けたくはないのだ。
俺がそんな事を考えているうちに二人は皆が滞在している場所へと戻り始めた。俺は焦ってその背を、『先に行っているのは二人じゃないか』と思いながら追いかける。
「ちょっと待って二人とも!いいの?そりゃあ帰ってくるけど、俺行っちゃうよ!?」
「タクミはどうしてほしいんだよ…僕も困るよ?ほらはっきりして」
「タクミは、そういう所が、まだまだ子供」
ラスティアさんのその言葉で静かに心を折られかけた俺は、向かった先、声が聞こえていたのだろう村の皆にさっきまでの口論の様な話し合いについて茶化された。
最も、それは二人も同じだったので、少しやり返せた気持ちにも慣れたが。
◇◇◇
夜、リィヴ達が帰った後の森の中で、カルスは短刀を振っていた。
白銀の光が奔り、目の前に会った木が切断され、倒れる。
長い時間をかけて積もった腐葉土の上に落ちはしたが、やはりその音は大きい。
そこに近づく人影二つ。
片方の少女の名は、ラスティア・ヴァイジール。男性の名は、カルスに短刀の扱いを教えた教官であるクリスティク・ウチーニャだ。
「やっぱり」
「修行は構わんが五月蠅いのは簡便だ。いちいち木を切るんじゃなくて素振りでもしてろ」
カルスはかなり離れた所でこの修行を行っていたが、やはりばれるときはばれるものだと考えていた。
「分かりました。申し訳ないです」
「俺はもう寝るからな。修行は人に迷惑かけちゃいけねえんだよ」
そう言って足早にクリスティクは立ち去る。言葉こそ荒々しいが、怒鳴り付けることなく、注意するためだけにここまで来たのだという事を考えれば、弟子に対する思いやりも透けて見えるという所だ。
その背を見送りつつ、カルスの視線はもう一人へと向いて行く。
「…見られたね」
「予想しやすいし、起き上がるとき、物音が立ったから。村の皆も、何人かは気付いてる」
「うげ」
「…焦ってるの?」
ラスティアはカルスに問いかける。
「ちょっとは、かな。今でも力にはなれる筈なんだけど」
「無茶をしても、体を壊すだけ。…タクミについて行こうとするのなら、まずは、怪我をしないようにしないと」
「ああ、確かにそうかも。せめて村の皆からは文句を言われず出ていきたいしね」
「―――そう云う意味では、私の方が、危ない」
「…まあ、多分大丈夫だと思うよ。根拠なんてないんだけどさ」
ラスティアは無責任な発言を軽くとがめるような視線をカルスへと送るが、カルスは素知らぬ顔だ。
二人はゆっくりと元来た道を戻る。
実力はある。後は付いて行く意志と、実行する時を見誤らない事だけ。
―――先へ先へ、予想も出来ない軌道で飛んでいくものについて行くためには、その先に行く事ではなく、同じ時、同じ場所から旅立つことが必要だ。
二人は既に決めている。これから先の事を。
だが、それをタクミ・サイトウが実感するのはまだ、少し先になるのだろう。
月曜・火曜は家に帰れそうにないので、執筆そのものが出来そうにないです。申し訳ありません。




