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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第四章:聖教国と神の子孫
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第十話:不安

「なら、合流は四日後という事で。私達は三日後の時点で再びザリーフへと戻ります。何かお話があれば、その時に」


 正式な話し合いの時には一人称を『僕』から『私』へと変えるらしいリィヴさんと族長との話し合いは特に問題も起こらず終了した。

 給料は確約できないにしろ、最低でも月給銀貨七枚ほど。確約できない理由は、まだ商会の運営も盤石とは言い切れないから、多少の上下は生まれるだろうと推測しているからだそうだ。但し、これは村の皆と元々の従業員達の間に差がある条件ではない。族長もそれを聞いて安心したようだ。


「それでは、少しゆっくりとして行って下さい…とはいえ、こんな何もない森の中では休めもしないかもしれませんが」

「いえ、御心遣いありがとうございます。私どもも、今は急ぎの用はありません」


 歓待の用意、一応できてはいたが、そもそもしっかりとした住居がない以上、完全に清潔な場所を用意することも難しかった。だが、リィヴさん達はそれでも受けてくれる様子。

 ―――まあ、それも四日後か五日後には終わる。

 希望的観測としか考えていなかったことだが、リィヴさんは村の皆全員の家を用意してくれるらしい。勿論、立派な一軒家とまではいかないようで、いわゆる社員寮の様なものらしいのだが…どちらにしたって非常に助かる。

 だが、何でリィヴさんはそんな建物も持っているんだろう?数か月でそんなに稼いだんだろうか?

 お金の話だから聞くに聞けないけど、新しい店も構えて、次の商売を始めるって言うのは相当金がかかる筈。まあ、多少の融資とかはしてもらっているのかもしれないけど、それにしたってかなりのペースで稼がないといけなかったんじゃあないだろうか。

 俺から見ても人格が少し変わったように見えるし、努力を重ねたんだろうけど。それにしたって凄いな。やっぱり家を出て自分一人で生きるって決意した人は凄い。


「おいタクミ、お前はどうするんだ?」

「え?」


 そんな事を考えているちょうどその時にリィヴさんが話しかけてきたので、動揺して少し呆けた顔をしてしまう。

 だからだろう、リィヴさんは溜め息をつき、俺の事を肘からゆったりと曲げた左腕で指さし、


「え?じゃないだろ。お前、ロルナンから出たくて聖教国に来たわけじゃないんだから」


 そのけだるげで少し粗野な話し方の方が、俺としてはリィヴさんの姿としてしっくりくる。…いや、今はそんな事を考えている場合じゃないよな。


「…えっと、それはつまり」

「だから、王国に帰るのか、ここに留まるのかって話だ」


 やっぱりその話か。俺が聖教国へと流れついたのは事故…原因に関しては事件かもしれないが、とりあえず事故だったわけだ。だから、基本的には。


「帰りますよ。ただ、すぐにってわけじゃないですけど」

「…村人全員の生活を確認してから、という所でしょうか?」

「うわッ」


 突然背後から声を掛けられて少し驚く。聞き覚えのある声に振り向けば、そこに居たのはローヴキィさん。

 昼間の交渉は、恐らく彼女の実家の商売を邪魔してしまったのだろうと考えている俺にとっては、少し面と向かって話しづらい相手でもある。


「勿論、私たちの商会の方で生活の安全は保障させていただきますよ」

「あ、はい。お願いします…あの、商会に直接働かない人は、ある程度自由に働けるん、ですよね?」

「一応、どこかの商会に勤めるという話であれば就職先の報告をしてもらうことにしようと思っていますが、別の業種であれば止める理由はありません。例えば、冒険者の様に」


 少しほっとする。これなら、腕っ節の利く人は冒険者などに、頭脳派の人には商会に、といった住み分けも可能になるだろう。


「ローヴキィ、例の書類をとってきてくれないか?鞄に入れたままだった」

「了解しました会長」


 リィヴさんの一言で、ローヴキィさんは鞄が置いてあるのだろう場所へと移動していった。

 …でも、何だかリィヴさんの発言が、少し突拍子もない様な?


「タクミ」


 その言葉は、今までのどれよりも重い響きが伴われていた。

 うっかり背筋を正してしまうような、間違いなく重大な発言をするつもりだと聞かせる相手に分からせる声色。こんな声も出せるのだと思考の端で思いながら、視線をすぐリィヴさんの方へ向けて、どんな発言にも耐えられるように待機しておく。


「王国は今、少し危険な状況にある」

「危険な状況…?」


 言葉としては単純だが、その意味するものを詳細まで理解しきることは難しいように思えた、危険と言ったって、その分野は多岐に及ぶからだ。商人であるリィヴさんが言うのだから、経済的なものかとも思ったが。


「帝国との国境付近が少々きな臭いらしい。具体的には、帝国軍の兵隊やらなんやらが集まり始めてるって話だ」

「それって、その、つまり戦争…?」


 あり得ない、なんて言えやしない。もうずいぶんと前の事で記憶も薄れかかっているが、ロルナンの町に来たばかりの頃クリフトさんがぼやいていた事をなんとなく覚えている。

 王国側の貴族と癒着しているかもしれなくて、…凄く強い兵隊がいるんだったか。仮にすべて真実だとすれば、状況はかなり危険。俺は背筋を冷たい汗が流れている事に気がついた。

 だが、そんな俺とは逆にリィヴさんは冷静で。


「不安がらせて悪いが、確実な話じゃない…周知の事実なら、あの時お前に話聞いてた衛兵も、お前の事を冒険者じゃなく亡命者だとでも思っただろうからな」

「…不確実だとして、一体その噂は何処で手に入れたんですか?」

「ん?何故それが気になる?」

「リィヴさんは、意味のない所で嘘をつく人じゃないと思うから」

「…まあ、な」


 俺の言葉に対してリィヴさんは、簡単な返事と、目を背けて頬をポリポリと書く動作をし、そして話す。


「ローヴキィの親はこの国でもかなり大きな立場を持っている。その男から、失言という形で飛び足した情報だ。但しかなり前の話で、今の状況は分からん」

「そんな…」


 俺はその状況を、かなり不安に感じた。それが分かったのか、リィヴさんは少し軽い口調で話し始める。


「まあ、国中が戦うような状況になってないのは確かだけどな。もしそうなりゃ、聖教国だって王国に力を貸すし、情報はもっと広がってる。

 さっきも言ったが、王国からの亡命者が全然いない事を考えれば、酷くても辺境での争い程度」

「…ロルナンとは、かかわりがないでしょうか?」

「戦場にはなりようがないな。但し、海戦が始まれば軍港に早変わり、なんて可能性はある。…ああ」


 リィヴさんはそこで一度言葉を切り、こちらへと視線を送る。


「とりあえず、冒険者が徴兵されるような段階じゃないぞ。安心か?」

「安心です」


 思わず口をついた言葉に驚き、間抜けな動作ながらに口を手で押さえてしまう。それを見るリィヴさんの表情は、どこかニヤニヤしている物であり…。


「ま、そうだろうな。ロルナンには大事な大事なレイリちゃんがいるんだもんな」


 などと言ってくる。

 確かにレイリは大事だ。だが、何故それをからかうように言ってくるのか。…まさか、恋仲か何かと勘違いしている?

 それこそまさか、というやつだが…話題が重くなったことを察して無理やり明るい方法に転換しようとリィヴさんが考えたのなら、無理やりその条件を押しとおそうとしてきたという可能性もある。

 何故だか頬が熱くなってきたような感覚を感じながら、それを無視するように思考を進める。

 俗っぽいが、これは一種の交渉なのかもしれない。俺がここで動揺することによって、リィヴさんは俺に対する弱みを握れるのだ。

 俺がここに残る事、或いは、早くから王国に帰る事、そのどちらかで産まれる何らかの利益を狙っているに違いない。不確定要素ばかりな気もするが、ここは動揺を見せずに対応しよう!


「はい、そうですね。レイリやエリクスさん達がどうこうされる、というのも想像しにくい所はありますけど、やっぱり心配です」

「だろうな。まあ、どちらにしろ近い内に見に行ってやればいいさ」


 何故だかリィヴさんの口ぶりが上から目線になっているような気がする。そのうえ口元の笑いも消えていない。…まさか、ここまでの考えをすべて読まれている?今の俺はまんまと弄ばれているような状態なのだろうか。

 非常にしてやられたような気分になったが、リィヴさんは楽しそうだ。悪意というものが感じられなくて、不満を口にする気も失せてしまう。


「そうしますよ。というか、リィヴさんはこの回の中心でしょ、こんな端に居ないで、中心で族長たちと話して来てください」


 俺はそう言って、無理やりリィヴさんの身体を中心の方へと押して行く。視界の端には、リィヴさんに言われた書類だろう物を持って、同じように中心へと向かってくるローヴキィさんの姿も見えた。

 俺は再び中心から離れて、木々を切り倒したことではっきり見える空を眺めながら一つ、ため息をついた。

 陽はかなり傾いている。

 俺はふと、リィヴさんが来るより先に一度は帰ってきていた筈のラスティアさんとカルスの姿が見えないことに気がついた。

 少し集団の中へ意識を集中するものの、やはり、いない。


「あれ…?」


 俺がぼんやりとそんな言葉をこぼしたまさにその時、背後からのびてきた白く細い二本の手に口を押さえられ、そのまま、今度はもう少し太い腕に抱きかかえられて森の中へと連れて行かれた。

 やばい!そう思って何か行動を取ろうとするも、起句は唱えられないし、いつの間にか関節の動きを固められていて、もがくことすら出来なくなっていた。

 だが気付く。その四本の腕が全て、うっすらと白い光に包まれている事に。

 それはほとんど必然的に、今俺の事を浚っているのが誰なのかを如実に示していた。

 ―――だが何故、ラスティアさんとカルスが俺の事を。


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