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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第四章:聖教国と神の子孫
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第八話:雇用を目指して

 町を歩いて、昨日リィヴさんが泊まっていた宿を探す。そこまで遠くはなかった筈だが、やはり昼間と夕暮れ時では少し雰囲気が違う。慣れない道だということもあって、少し迷いそうになってしまった。

 だが数十分もしないうちに到着。早めに食事を済ませていたと仮定すると危険なころ合いだったが、外からでもリィヴさんの机に料理が運ばれてきた所が見えた。どうやら問題ないタイミングで到着できたらしい。


「あ、リィヴさん。こんにちわ」

「タクミか。ここに泊まることにしたのか?」

「そういう訳ではないんですけどね」


 しれっと隣のテーブルに三人で腰かけ、料理を注文する。


「リィヴさんって、島の方で商売をすることにしたって言ってましたよね?」

「ああ。それがどうした?」

「いえ、今の商会って、確かもう少し内陸の方の町にある筈ですよね?地理的には問題ないのかな、と。興味本位ですみません」


 何となく浮かんだ疑問をそのまま口にすることで会話を続けていく。

 そんな俺の疑問に対してリィヴさんは、特段答えに詰まる様子も無くあっさり答える。


「ああ、そのための事務所をこの町か、あるいは島の方に作ろうって話だよ。…ああ、昨日の仕事がな」

「成程、そういうことだったんですか…今までの事務所はどうするんですか?」

「潰すのは勿体無いにもほどがある…というか経済的にあり得ない。だが人手が足りていないからな。…面倒だ」


 そう言って口を閉ざしたリィヴさんは、かなり苦々しげな表情を浮かべていた。面倒、という言葉を選ぶあたり窮地に陥っている訳ではないのだろうが、発生せずとも良い負担を背負いそうになっているという事だろうか。

 …提案するのなら、今しかないだろう。


「リィヴさん、足りない人手はどうやって補うおつもりですか?」

「…いよいよ話し方が妙になってきたなお前。

 今の部下もほとんどがそうだが、またパコールノスチ家に頼りになるさ。…だが危険もある」


 パコールノスチというと、ローヴキィさんの家だろう。派遣会社の様な事でもやっているのだろうかと、何らかの書類らしきものへと視線を落としている彼女を視界の端に捉えながら考えた。

 …危険というと、派遣社員ばかりで経営を成り立たせないといけなくなることだろうか。まあ確かに、あまりしっかりとした会社には思えないよな、そんな経営方針じゃあ。

 商売というものが信頼を第一としていることくらいは俺にだって理解が出来ることだ。

 それを考えれば、俺が今からリィヴさんに提案しようとしている事こそ信頼の足りない事柄でしかない様な気もするが…ここで躊躇するといつまでも切りだせやしない。


「だったら、村の皆の内から何人か、雇いませんか?」

「…何?」


 一緒に机に座ったまま自分たちが介入できる場面を探している二人には悪いが、少し展開を速める。性急過ぎるのは危険だが、今はきっとチャンスだ。


「不安に思うのは分かります。リィヴさん目線では正体不明でしょうから。ただ、皆は充分、こちらでやっていける実力を持っていると思います」

「…根拠は、いや、まず、文字は読めるのか?」


 やはり気にするよな。人手の足りなくなった事務所、いや、恐らくは元の本拠地を任せなければいけない相手だ。実際に上に立つのは昔からの商会員だろうが、だからといって簡単に選べるようなものではない筈。


「全員、蛇足かもしれませんが子どもも含めて」

「交流の閉ざされた村にしてはやけに発達しているな…計算は?」

「大人は四則演算まで可能です。少数も分数も理解しています」

「何ッ!?…そうか、分数まで」


 リィヴさんの反応を鑑みるに、分数を理解しているのは優秀さの証明になるという事だろうか?もしかしたら、まだ使われるようになってから時間がたっていないのかも。王国や聖教国に限らず義務教育制度なんてなさそうなアイゼルでは、そういう知識の広がりだってずっと遅くなるよな…。

 全くもって僥倖だったわけだ、皆がある程度の知識を身に着けていたことは。現に今、リィヴさんはかなり乗り気だ。こちらに聞こえない程度に何かを呟いているのが分かる…もしくは、乗り気だとこちらに思わせるためのブラフか。

 俺はてっきりそう思っていたのだが、リィヴさんが口元を撃出て隠し、俺の注目をその腕によせることでそれ以外から意識を外そうとしたのが直感的に分かった。リィヴさんの真意を探ろうと視線を合わせようとしたが、リィヴさんは少し遠くに行っていたローヴキィさんを見るばかり。

 腹心の実家との関係を良好に保つことも必要、という思考だろうか?リィヴさんは俺がローヴキィさんごと二人を見ている事に気が付いていないようだが、ローヴキィさんは確実に気が付いている…なぜなら一瞬視線が合って、うっすらと微笑まれたから。恨みを買うと怖そうだ。

 だがその上で、ローヴキィさんは一つ、頷きを返した。それは明らかに、何かを了承したのだという事が分かる動きで。


「よし、まずは実際の実力を見せてみてくれ。そこの二人も彼等と同じなのだろう?」


 あまりにあっさりとリィヴさんがそう口にしたことに、違和感を抱くことはなかった。


「…タクミ、ちょっと、早すぎ」

「僕計算の方自信ない…」


 二人は耳元でそんな事を言ってきたが…どうやって実力を見せるのだろうか。計算をするとなると、ここでは暗算になってしまうが。


「二十三掛け三十五、割る五、引く二…どうだ?」


 23×35÷5-2?…最初の掛け算が異様に厄介だ。暗算では正直厳しいのだが、ヒッさんが出来るような物はないし、どうすればいいのか。


「「百五十九」」

「…成程」

「え?」


 俺が悩んでいたことなど露知らずといった表情で、二人は同じ答えを出した。リィヴさんの反応からして、それで正しいんだろう。

 まさか、ここまでの計算能力だったとは。小学校程度の問題なら楽勝だと思っていたが、ずっと使っていない知識だから俺の記憶は錆びついていたらしい。


「皆も、このくらいなら、簡単」

「僕も分かったから、多分大丈夫だと思いますよ」


 二人がリィヴさんへと話しかける。リィヴさんの表情は、…何と形容するべきか、強いて言うのなら先の不安をすべて取り払われるような幸運を目の前にした人間の表情だろうか?実際そのままなのかもしれないが、過剰にも感じられる。


「労働状況は高品質、高待遇を約束する。その代わりに村人たちを僕の商会以外で働かせない様に出来ないか!?この知識と聡明さ、是非独占したい!」

「え…?」


 これがリィヴさんが商人としての顔を強く見えた時の姿なのだろうか?当惑する俺を余所に、リィヴさんは俺たち三人に全力で頭を下げていた。

 俺は二人と肩を組み、後ろを向いて小声で話し合う。


「…良い、ことなんだよね?」

「リィヴさんの部下も辛そうじゃないし、元からちゃんとした職場だろうとは思うから、良い話だよ。…良い話過ぎるって事だけが問題点」

「あまりに、あっさり過ぎる。…そこまでのもの?」


 そう。もしかしたらそれだけの待遇を用意してでも確保したい逸材だったって可能性はある。それに関してはまともな感性も情報も持っていないのだから判断はできないが、本当にそうだとすればまだ分かる。

 だが、商売そのものは現状でも成り立っている訳だ。そもそも他に多くの商会が乱立している今、例え村の皆を全員雇用したって他の商会に有能な人材が行かないなんてことには決してなる筈がない。既に多くの人が働いているのだから。


「あの、リィヴさん、もう少し詳しく説明お願いできますか?正直、そこまでしてもらえる理由が分からなくて」


 だから質問する。流石に安心できなかった。

 俺がそういうと、リィヴさんは少し考えて、口を開いた。


「計算が出来ること自体は、そこまでの理由じゃないんだ。だが、村全体で学習をして、それを続けることが出来ていたという勤勉さと計画性は素晴らしい…いや、素晴らしすぎる。そちらこそが重要な部分だ」

「計画性…ですか。確かに真面目という評価にはなりそうですが」

「村単位で生活を続けながら、しかし学習もこなしていたというんだろう?…それに、この二人はタクミと一緒に居る事から考えて、冒険者志望ってところだろう?」

「はい。さっきギルドカードを受け取りました。デ、Dランクって言われました」


 カルスがDの発音を直しながらそういう。リィヴさんはそれに驚いた様子で。


「登録時からDランク…となると、確か相当に有能だったな。君は?」

「私も、Dランク」


 ラスティアさんも同じランクだという事を知って、いよいよリィヴさんは目を丸くしたという表現の方が正しいだろう表情を浮かべる。


「二人とも、か。タクミ、彼等は村の中で上位の実力を持っていたりするのか?」


 リィヴさんが俺の事を『お前』では無く『タクミ』と呼び変えている事に少し驚きながら、俺は正直に返す。


「実力的に上の方ではありますが、二人が一番強いのかと言われれば否です。大人の方が強い人も多いですよ」

「つまり、学習、生活、鍛錬、その三つをこの水準で継続していたわけだ」


 リィヴさんの言葉を聞いて、俺も今更ながらに皆の凄さを感じた。壁に囚われていたがいぇに、本来の村では存在していた仕事が幾つか無くなっているということも関係しているだろうが、それにしたってみんな熱心に行動していた。

 それはきっと、族長の持つ一種のカリスマが故だ。


「これだけの人材、手放しておきたくはないな。…但し」


 その先に続く言葉を予想する。本来は村人たち全員まで雇う必要はないのだ。必要な人数だけ雇えば、それで話は終わりなのだから。

 しかし、


「村の人間と一緒に生活させないと、その形が失われてしまう…?」

「ああ、そういうことだ。…あまり話に割り込んでくるなよ」


 うっかり口をついていた言葉は、しかし的を射ていたらしい。注意された俺は少し黙って、リィヴさんの話を聞いておくことにした。


「村人全員で移動してきたというのなら、全員を受け入れた方がそちらとしても助かるだろうからな。…何より、以前の店以外にもこれからは人手が必要になってくるんだ。必死に働いてくれる相手の方がずっといい」


言い訳にもなりはしませんが、唐突にやらなければいけない事が増えまして、六月中旬頃までは忙しいままかもしれません。出来れば気長にお待ちください。一週間に一本は確実に上げます。


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