第七話:行動決定
きょろきょろと首を振って二人を探せば、受付からギルドの奥へと入っていく所だった。これでは追いかけようもない。ギルド内の売店にでも行って時間をつぶすことにしよう。
とはいえ、陳列された商品に差は見られない。ギルド間では国境を越えて同じ商品が使われているようだ。帝国までは分からないが。
とはいえ、全ての商品について知っている訳ではない。陳列された商品は一通り確認していく。
鞄に、武器、防具なんかもある。やはり鎧などは体のサイズと合わせ辛いからかあまりない様だが、ナイフなどはその反対に多く用意されているようだ。
と、少し離れた所に草が置いてある事が分かった。乱雑に積まれているという訳では決してなく、籠に種類別でおかれている。商品名を見れば、簡潔に『薬草』、『毒消し』などと書いてあり、『薫煙炊き』、『香草』なんて物も有った。
『薫煙炊き』というものが何をするためにあるのか、言葉どおりな気がしてもイマイチ理解しきれなかったが、とりあえず今の俺には必要のないものだろうと思い他の物を見る。
置いている物と言えば、基本的には忌種と戦うための道具、その中でも基本的なものだと言っていいのだろうか?他の冒険者が持っている様な武器がここにあるとは思えない。ギルド長の斧なんか、凄く大きかったことも覚えているし、ボルゾフさんやエリクスさんの武器もこんな売店においてあるとは思えない。恐らくは鍛冶士から直接買っているのだろう。
いま必要だと思えるものがないことを確認した俺は売店から出て、ギルドの中の椅子に腰かけながら考えた。
武器。俺は持っていないし今の所必要だと感じる機会も無かったものだ。だが。
「魔力にも、限りはあるわけだしなぁ…」
瘴気の壁を壊したあの日。魔術の使用が危ぶまれるほどに俺の魔力は枯渇していた。目的を果たした上での枯渇状態ではあったが、もしもあの時、壊した壁の向こうから忌種が襲いかかってきていたら。
…考えるまでも無く死んでいただろう。武器のかわりになりそうなものなんてなかったのだから。
そしてこれは、当然ながらあの時に限った話などでは無い。
魔力が尽きて、目の前に敵がいるという状況は、今からだって何度も起こるだろう。何か武器の扱いを学ばなければいけない。今更だが、そんな風に考えるのだ。
もっとも簡単なのは、村の教官達に教えを請う事だ。今も修行は森の中で、忌種との実戦を交えながら継続されている。俺がそこに参加することはできる…のだが。
『術理掌握』の力が有ったって、少ない期間で一つの武器を使いこなす事が出来るのか?
完全に習得して、免許皆伝なんて言われ方をする程にまで鍛え上げようとは思っていない。俺は魔術士として戦うつもりでいるからだ。だが、最低でも目の前の敵一体を…殺せる程度の腕前がなければ話にならない筈だ。
「となるとやっぱり、本腰を入れて修行しなきゃあ駄目だろうけど」
王国に戻ってレイリ達と再会したいって気持ちは強いしなぁ…。過ごした日々なら村の皆との時間が圧倒的に長いけど、それでも帰りたいと思うのは最初に出会った人たちだから、訪れた町だからなのか。
ともあれ、俺自身の精神的問題として長期間の修行は望めそうにも無い。
一般的な剣でいいのだ。いや、出来れば安全を確保することに向いた武器なんて物があれば良いと思うけど、そこまで変な物を求め続ける気も無い。
言い方は悪いが、ある意味で魔力が回復するまでのつなぎである。
それでとどめをさせる程度の実力を持つことは目標だが、魔術の威力を剣で越えられる気はしていない。魔術本来の使い方を知った今、昔は草むらを薙ぎ払う程度の威力だった『風刃』も、森の木々を深々と斬り裂くまでに至った。この時点で以前相対した【人喰鬼】の体にも深手を負わせることが出来るということだ。
剣で同じ結果を求めようとした場合、目指すべきはエリクスさんの領域…今の魔術を使っても追いつける気がしない速さと、それを制御して剣を振るう技術。同じような才能を感じさせるレイリに、シュリ―フィアさんからも称賛されていたボルゾフさん。
あの動きには到達できる気がしない。諦めはあまりよろしくないものだが、魔術という得意分野を伸ばして行くべきだ。
「あ」
思考に没頭しているうちに、二人が出てくる所を見逃していた。既に二人は受付を越えて、こちらへと向かってきている。
どうやら俺が思っているより時間は経過していたらしい。先程まではかなり冒険者でごった返していたギルド内も、かなり閑散としている。
「終わったよタクミ!」
「ディーランク、だって。タクミと、同じ?」
「はは、ギルドに入った時点で俺と同じかぁ。…先輩としての面目が立たないな~」
「タクミは先輩って感じしないし」
「落ち付いてる、年下、って感じ」
「え?」
年下って。…うわ、凄い複雑。
「Dランクか。でも、ほんとにもう忌種と本格的に戦っていくことになる訳だね」
「今でも忌種とは戦ってるし、楽勝じゃないか」
「…多分、そこまで簡単な話じゃ、ない」
「うん。今までに倒してきた忌種は精々がEランクくらいで討伐するべき忌種だからね。…中位忌種の討伐って事に、なるんだよな?」
「タクミも、分からないの?」
中位忌種がどのようなものか、俺自身は理解できてない。【人喰鬼】は中位忌種だったが、瘴気汚染されていたから実際の戦い方は分からないのだ。
「中位忌種の討伐依頼を受けるより前に皆の村に流されたからね…。俺とコンビ組んでたレイリって女の子がいるんだけど、その子は俺と出会った時にはDランクだったよ。…ああ、経験談とか訊いておけばよかった」
俺がこういうと、二人は僅かに首をかしげ、訝しげな視線を送ってくる。そう言えば、レイリをはじめとしたロルナンの人たちについての話を今までした事がなかったような気がする。
「気になるなら、依頼掲示でも眺めながら話すよ。…二人がコンビを組むのにも、良い指針になるかもしれないし」
二人はなんだかんだで、俺を含めてではあるが、いつも一緒に行動するようになった。同じ村出身、実力も近いというのならコンビとなるには良い相手だろう。よく考えたら、魔術士と剣士というのは少し形が違うにしろ俺とレイリのコンビにも通ずる所がある。
コンビのシステムや、ロルナンで起こったことについて等を話しながら、どんな依頼があるのかを見ていく。
驚くべきことに、ランクと依頼内容によってある程度分別が為されているのだ。
…いや、それが本来あるべき姿なのかもしれないが。
Dランク複数名向けの中位忌種討伐依頼はすぐに見つかった。詳しい事は書いてないし、少し遠出になるということもあって即日出発を命じられる様な事も無かったらしい。
ロルナン以前は何をしていたのか、という二人からの疑問をはぐらかした俺は、どちらにしろ近い内に受けなくてはいけないだろう依頼書を眺めつつ、一つの提案を二人に出す。
「昨日の、リィヴさん。そろそろ話をしに行った方がいい頃だと思うんだ」
明日の朝は少し仕事があって、そのあと昼過ぎ、遅くても夕方には一度ザリーフを出るとリィヴさんは昨日言っていた。
「一度、って言ってたからこれが最後の機会ってわけじゃない。でも、早い内に離しておかなければいけない話の筈だからさ」
「良いよ。でも、今何処に居るのか分かる?」
「昼食時間ももうすぐだ…。昨日リィヴさんを見つけた宿。あそこは食事処が外にまで広がってたでしょ?だったら多分、あそこで食べるんじゃないかな」
荷物も有るだろうし、それを持ってずっと移動はしたくない筈。だったら宿で昼食を済ませて、その後荷物を回収、移動すると考えた方が自然だろう。
「じゃあ、行こうか。…あの、出来たら手伝ってね。俺あんまり話とか得意じゃないからさ」
「分かってる。タクミは、知り合いだからって理由で、少し心を開かせて」
「僕たちの方が、皆の得意な事とかも分かっている筈だからね。タクミと比べて分かることも多いし」
「あ、ありがとう」
そうやって方針を固めてギルドを出ようとした時、ギルドの端からそっと、こちらを見ている人影があることに気がついた。…あまり見つかりたくない相手だ。
この町に来た初日、俺に話しかけてきたあの男性。聖十神教の人。
気が付かなかったふりをして、そっと出ていく。行かない訳ではないのです。今は少し忙しいだけなのですと心の中で言い訳をしながら。
次回更新は土日です。




