第六話:勝利
「なんだその動き…どんな流派か知らねえが、そう何度も受け止められるようなもんじゃねえぞ!」
カルスの対戦相手が怒ったように…口元がつりあがっている事からして実際は喜んでいるという事が分かってしまったが、とにかくそう言った。
対するカルスは全くの無言。目もほんの少しだけ開いたままにしている。
「あれって例の本能?ああやって使えるんだ…」
俺は族長からダメだしされて以来、本能に関しての事をあまり考えないようにしていたのだが…そもそもカルスは合格していたのだ。受け流したり回避したりにはとても有用そうだとは思っていたが、あの槍の一振りを受け流すような事まで出来たとは、驚きだ。
男はその後も槍を振る。縦、斜め、突き。
昔は槍と言えば突く物だと思っていたが、どうやら一番勢いが乗るのは振った時らしい。穂先に遠心力がかかるからだろうと、俺はニールンさんの動きを見て判断した。この人も槍を振っているし、実際の所は常識だったのかも知れない。
カルスはその槍を短剣で滑らせるように受け止め、そこで得た動きを使い、更に身体を回して行く。その姿は、土俵の中心を太陽と
して自転を続けつつ公転する地球の様でもある。
ただ、カルスに攻め手が欠けるのも事実かもしれない。カルスの武器が短剣だと分かっているから、相手はあまり近づかず槍のリーチで攻撃を重ねるのだ。浄化の力を使ったりせず注目を避けた方がいいと考えているだろうし、どうこの状況を打開するつもりなのだろうか。
気にはなる。実際見たいのだが、一度ラスティアさんの方へと視線を戻そう。こちらに長い時間集中しすぎた。
ラスティアさんはどうしているだろうと再び視線を向けたまさにその時、ラスティアさんの土俵から砂が飛び散った。
何が有ったのかと見れば、相手の男性が跳躍したらしい事が分かった。但し、先程の土の跳ね方は相当に素早かった。男性の跳躍速度よりずっと。だとすれば、少なくとも男性の跳躍以外の原因で引き起こされた現象だということは分かるし、男性の跳躍が、むしろそれに対処、恐らくは回避した結果だろうということも分かった。
「だとしたら、ラスティアさんの魔術…なんだよな?」
俺の立ち位置だとラスティアさん側の土俵の方が遠いので、人が多いこともあって起句は全く聞き取れない。だが相手側には少しずつ余裕が無くなってきてもいるようだ。かなり優勢、なんて言い変えてもいいかもしれない。
―――いや。
『グハッ!』
そんな声をあげて、跳躍した勢いのままにラスティアさんへと近づこうとした冒険者が吹き飛ばされた。
そのまま土俵の外に倒れる男。ということは、つまり。
「勝者、ラスティア・ヴァイジール!」
『おおお』と冒険者たちがどよめく。俺も同じ音を口からこぼしていた。
最後の魔術は風を操ったんだろうか?俺の『操風』にも似ている魔術だが、勢いとしてはあちらの方が強そうだ。
だが、戦闘試験に勝ったということは相手のランクと同じ程度にまで上がれるという事なのだろうか?相手の動きはエリクスさんほどでは無かった気がするからDランクだろうか?俺と同じだ。
存外あっさりと勝ちを収めてしまったラスティアさんから急いで視線を外し、カルスを見る。すると、どうやら僅かに構成に回っているらしいことが分かる。具体的に言うと、先程までは土俵の中心を軸として回っていたのが、今は相手を中心として回り始めている。
必然的に相手の動ける範囲は狭まる。折角の槍のリーチも、活かせないのならむしろ使い辛いだろう。実際、相手の男は悔しそうにはが見していて―――どこかで見たことのある顔だ―――槍を足元へと捨てて、殴りかかる。
形の変わらない槍を受け流すことより、関節で向きが変わり続ける腕を受け流すことの方が難しそうだとは思ったが、短剣の届く範囲に身体を近づける方が危険なのではないのか?
だが、流石に俺より経験を積んでいる冒険者だ。そのくらいの事は当然計算済みで、腕の動きに合わせようとしたカルスの脇腹へ、前傾していた姿勢を横向きへと傾けながらその勢いを利用した蹴りを放つ。
カルスも咄嗟に反応はしたが、回避したり受け流しきることはできなかったようだ。どう考えても蹴りの勢いで押される形で体を動かされる。心なしか顔つきも苦しそうだ。蹴りの進む方向へと足を動かしていたから勢いは弱められているだろうとも思うが、やはりここに来て一番大きな一撃を貰った形になる。苦しくないわけがない。
男の側は完全に徒手空拳に切り替えたらしい。
「あれだけ対抗出来ているならもう忌種討伐可能って判断されてると思うけど…いや、カルスは妥協したりしないタイプだよな」
カルスの動きは蹴りを食らった時歪んだものの、既に今まで通りの優雅なそれへと変わっている。
拳や蹴りは受け流すことより避けることは選んだようだ。相手側から近づいて攻撃しないといけないという状況を利用することで、自分からはあまり近づかず、一定の距離を保つ。その間の動きで相手を槍から少しずつ離して行く所など、俺では思いつけないことだろう。
相手もそれは分かっていて、自分の取れる手段が減る事、カルスの誘いに乗って自分から攻めに行く事、この両方を嫌っているらしい。だが、そうなるとある程度動きも予想しやすくなる。一度この状況を脱却しようと思えば、カルスとは逆の方へと大きく移動することが必要だとは思うが。
「…ああクソッ!」
だがカルスはその動きにくらいついて行く。カルス自身に訊かない限りは推測でしかないが、あれは村の皆が特性的に使える生命の感知を応用しているのではないか?
移動した瞬間に、目で見るより早く自分の体を動かして追いかける。実際の所そういう技術なのだろうと俺は思った。
「お前からもっと攻めてこいよ!男だろ!?」
相手側のあの発言は十中八九挑発だが、カルスは応えた様子がない。というか、あの状態のカルスは基本的に何も喋らない。俺もそうだった気がするから、本能を利用している時は皆そんな物なのだろう。
その後も跳躍を続け、ついに槍の近くに戻った男性。カルスが接近してくるまでの一瞬で再び槍を拾い、接近してくるカルスへと突き出した。
思惑としては、接近する時は追いつくために息をいを増しているし、回転の速度も落ちているから、その軌道上へと槍を突き出せば受け流せない、当たらなくても動きを止められる。そんな風に考えたのだろう。
だが。
その槍の刃先を右側に回転しながら避けたカルスは、穂先の付け根、柄から金属が横側へと広がった、刃となっていない所を左手で握り、後方へと引くようにすることで、相手の方へと身体を急加速させた。
槍と相手の体の間で先に一回転。右手の短剣を相手の首元へとそっと添える。これで決着だ。
この場の注目が全てカルスの試験へと向いていたため、先程より大きな歓声がわきあがる。
相手の敗因は槍に頼った事。更に直接的に言えば、槍を避けられる事までは予想してもそれを利用されるとまでは考えていなかったこと…だろう。こうして客観的に見ているからまだ分かるが、俺があの場に立っていたら同じような判断を下しそうだ。
二人とも受付嬢さんの所に呼ばれている。かなり褒められているようだが、大げさなんて事は決してない。既に忌種を討伐している先輩冒険者に勝ったのだから、当然なのだ。
一段落したら、俺からも勝利を祝福しに行こう。
そう考えて、何だか浮かれた空気のまま二人の方へと歩いて行った。
少し離れた所で、先程負けた二人の周りに何人もの冒険者が集まっているのが見えた。悪い雰囲気はなく、せいぜいが負けた事を少し茶化されているくらいの様だった。こんな形で実力を示すシステムを採用している以上は嫉妬を強く持つ人は選ばれない筈だと思っていたが、彼等もさわやかなタイプの様だ。…いや、カルスの対戦相手の方は茶化しに対して怒っているようでもあるが。それすらも仲間内ではいつもの事なのだろう。
と、ようやく思い出す。あの二人は昨日、俺を教会の人から助けてくれた人だ。こちらも、少しほとぼりが冷めた頃合いを見計らってお礼を言いに行くことにしよう。
振り向けば、もうカルスとラスティアさんの姿はない。ギルドカードを受け取りに行ったのだろうと考えた俺は、少し小走りにギルドの中へと戻った。
本格的に投稿が遅れそうです。六月ごろまで不安定になると思われます。書き続けますので、これからもご愛読お願いします。




