第五話:戦闘試験開始
太陽が海と遠くの山の堺へと沈もうとする少し前を見逆らい、町を出る。
少し前にリィヴさんと出会った。今日はあの町に泊まるらしい。ならばこちらで詳しい話を纏めてからの方がまだ話を通すこともできるだろうと判断して、族長の元へ戻ることにしたのだ。
「外の食べ物は味が違うね」
「全体的には、味が濃い」
「あー…。今まであんまり意識してなかったけど、確かに村で食べた料理はちょっと味付け薄めだったかも」
というよりは、素材そのものの味が薄かったのだろうが。決して資源は多くなかったのだから、当然である。
果物の芯をポイッと草原に投げ捨てたカルスは、それ以外にもまだまだ果物を持っている。
「皆は喜んでくれるのかな…もしかして、森の中でもう見つけてたり」
「あったとしても、数種類の、筈。それだけあれば、知らない味を、見つけられる」
一つ一つの量では無く、種類その物を重視して選んだ果物達を三人でそれぞれ抱えながら、ようやく森に到着。暗くなったから少し白い光が強くなっているかとも思ったが、昼間と同じ程度にしか感じられない。子どもたちが寝てしまったのかとも考えたが、むしろ街道を通る人から見つからないように森の奥に隠れたのだろう。
そう考えると、町まではかなりの距離がある筈の街道を少人数で歩いているというのも奇妙に映った事だろう。これからは少し歩いた後、街道からは外れることにするべきだ。
と、垂れさがった蔦をくぐった先で皆と合流する事が出来た。
「帰りました。一応、御土産です」
「昼間のうちに仕留めた忌種がなかなかの数になったぞ」
俺と族長の発言が被った。俺は隣に立つ二人と目を合わせ、次に族長と再び目を合わせた後。
「…取引のまねごとでもしてみます?」
「まあ、いずれ必要になる技術だろうな。よし」
「あ、はい。…俺もあまり経験はありませんが」
この場合は俺からいろいろな知識を見せていくべきなのだろう。だが、こんな取引などやったことはない。精々が先程購入した時の値段を思い出し、それと忌種の討伐報酬を頭の中で計算することくらいだ。
その後も結局あまり益になることはできなかった。内容そのものが、実際の商売では通用しないのだろうと素人目にも分かる様なものだったからだ。何処までも俺の未熟さと、先を見ないことが原因だ。何度反省してもこれだということは、自分へと厳しくできないという事だろう。…誰かに協力してもらった方がいいかも。
ああ、レイリは少し、俺をカバーしてくれてたんだな。そうやって最終的に軽い寂寥感を抱きながら意識を浮上させる。
目を開いた先は木々の中でも分かる程度には明るく、木漏れ日も合わせて、意識がもうろうとしていた時の少し沈んだ気分を一瞬で吹き飛ばしてしまった。惜しむらくは、hんせいするべき所まで少し薄まってしまったことだ。いや、まだ少しは覚えているのだが。
朝食は昨日の果物と、森の中で捕まえた生き物の肉を調理したもの。何本も木を切り倒してスペースも確保したので、調理も休憩も、勿論食事もとる事が出来た。
…後で怒られたりしなければいいけれど。意外と深い森だから、大丈夫だよね?ばれないよね?
「今日はどうしましょうか」
「二人のギルドカードとやらは、今日受け取りに行くんだろう?それと、出来れば彼…リィヴ君に、私たちの働き口があるのかどうかを訊いてみて欲しい」
「分かりました。それ以外にも働く場所を斡旋してるような場所も探してみます」
だが、やはりリィヴさんの所が良い…というか知り合いの所が良いよな。何処に連れて行かれるかもわからないのだから。
今日は、昨日と同じで二人と移動だ。他に誰かついてくるということはなかった。
街道を歩いて町に向かう。町から出るときは途中で街道を外れるつもりだが、町に行く時、町の前で街道以外から歩いて来る人がいたらそちらの方がずっと警戒されるだろう。
到着した町で、衛兵さんに呼び止められる。つまり、身分証明が出来ないのなら銀貨を一枚払え、ということで…。
「タクミ、まだ」
「ギルドカード、貰ってなかったよね…?」
「…あー」
昨日のうちに気がついてしかるべき失敗をして、少し懐の寒さを感じながら町へ入った。
「二人がギルドカードを貰ってる間に、俺は忌種討伐の報酬を受け取ってくる」
「うん」
「すんなり、終われば、良いけど」
「あー…戦闘試験っていうのが有るかもしれない」
もしもあれが魔術士に対する物なのであれば、カルスには無いかもしれないがラスティアさんにはあるだろう。
「戦闘試験って?」
「戦う、の?」
「そう。最初から忌種と戦えると判断された時に、もう少し強い冒険者と戦って、実力を判断するみたい。俺も一度経験してる」
エリクスさんは強いんだよなぁ…。本当に。今でもすぐ倒される筈。
「なにも、問題は、ない?」
「勝てなくても、実力があるってわかれば良い筈」
「そっか…。だったらあんまり心配しないようにするよ。じゃあタクミ、またね」
「また」
「うん、またね。…さて、と」
二人が昨日と同じ受付嬢さんの元へと向かったことを確認して、俺も別の列に並ぶ。その先に居るのは男性の構成員さんの様だ。今俺がいる列が端の方で、二人が並んだ列は中心だ、という事を考えれば、やはり受付嬢というのはギルドの顔としての側面を大きく持っているのだろう。実際、整った容姿をしていたように思うのだが、…いかんせんその感覚は微妙だ。可愛いとか、綺麗とか、思ったりはするけど自信がない。
そうやって思考を脱線させているうちに、何時の間にやら自分の順番に。
忌種の強さはそこまでのものではない―――最も強くて岩亀蛇程―――だったため、これで俺のランクが上がったりすることはない筈なのだが、しかし俺一人だけの手柄にするっていうのも少し気まずいようにも思う。
…もし二人が忌種の討伐に参加できないと、戦闘試験なしで判断された場合は、俺から何か言ってみるべきだろうか?Dランクにどれ程の発言力があるのかも分かりはしないが。
換金を済ませた頃には、二人の姿は既になく…『ああ、戦闘試験に行ったんだな』と主和差得られた。俺も随分と突然連れていかれて動揺していたっけ。二人は一応、俺が先に話していたから大丈夫だと思うけれど。
そういえば、と。俺自身の戦闘試験について記憶を遡ってみると、観客が集まっていたようにも思う。ならば俺も観戦できるのだろうか?人と人の戦いを見るというのも趣味が悪い様な気もしたが、まあ命の危険はないわけだし。
一部の冒険者が何やら話しながらギルド横の壁にある扉から出ていくのが見えた。恐らくはあそこから試験場に行くこともできるのだろうと考えた俺は、報酬がしっかりと鞄に入っている事を確認してその人の流れに乗った。
「同時に二人だってよ」
「へぇ。有望な奴が増えるのは良い事だ」
間違いない。そう確信して扉をくぐると、そこは既に屋外だった。入り口側とは壁で遮られている。
冒険者たちの頭と頭の間から二人の姿が見える。それぞれ別の、土俵にも似た場所へと上がって直立不動。まだ対戦相手は来ていないということか?
…先に二人に教えていたという事実はあるにしても、変にごねたりせず静かに待っている姿を見ると、ああ、精神的に成長しているよなぁ、と思う。俺なんか、エリクスさんが待機しててもまだミディリアさんに何か言ってたと思うし。
その数秒後、冒険者たちが僅かにどよめく。驚愕の事態が起こったというふうでも無いので、二人の対戦相手が現れたという事だろう。俺はもう少し人が少ない場所を探して歩く。
ギルドから逆側に、人波をすり抜けるように進んでいけば、ようやく良い場所にたどり着けた。
『始めッ!』
それと同時に戦闘試験が開始された。
ラスティアさんの相手は細身の剣を―――刃は潰された筈なので、細い金属棒だが―――持った男。鎧が身体を覆っている部分は非常に少ない。胴体だけという訳では無く、体中に分散されている。関節以外なのは間違いなさそうだが。
カルスの相手は、先程の男よりも厚い鎧を着て、金属部分が多い槍を持った男だ。俺が知っているやりを使う人なんてニールンさんくらいのものだが、彼女の槍は…和風というべきなのか、気の棒の先に金属製の小さな穂先が付いている形だ。
だが、今カルスへと踏み込んでいく男の槍はもっと金属で覆われているらしく、重さは増しているだろうがそれ相応に破壊力を増している事が容易に想像できた。
ラスティアさんの方へと視線を向ければ、既に何かしらの起句を唱えたのだろう、相手の足元の砂がまるで流砂の如く蠢いている事が見て取れた。壁の中で水路を作った時の魔術に近いものだろうと想像を付け、戦況その物を見る。
まだ始まったばかりで、双方共に無傷だ。僅かに後退して魔術を使っているラスティアさんは勿論、相手側も移動し辛そうにしてはいるものの、動けなくなったり転んだりということはない様だ。
だがしかし、あの関節部分を覆わず金属部分を繋げた鎧は…恐らく、と言った程度だが、移動速度を上げることを目的としているように思える。だとすれば、素早く動けない現状はラスティアさんに有利になっているとも言えるだろうか。
今度はカルス側の試験を見ようとラスティアさんから視線を外したその瞬間。
『どよッ』と、今度は確かな動揺と共に冒険者たちがうめいた。ラスティアさん側で何か劇的な事が起こるとは思えなかったのでカルスの方を急いで見つめれば、
そこには、舞うようにゆったりと回転するカルスと、槍を思い切り地面へと叩きつけてしまったらしい男の姿が有った。
投稿遅れました。申し訳ありません。




