第三話:生活計画
少しの間、思いのほか暴れる心臓を抑えつけて受付嬢さんの帰りを待つ。少しというのは、一つ一つの量は多いものの、そもそもその個数さえ計算し終える事が出来れば同じように報酬を求められる筈なので、そこまでの時間はかからない筈だと判断したからだ。
そして実際、受付嬢さんは五分もかからず帰ってきた。
「いやー、一気に換金しましたからね、そうは見ない金額になりましたよ」
「本当ですか!」
「はい。銀貨九十七枚です」
「きゅじゅなッ!?」
「落ち付いて下さいね」
受付嬢さんにそう言われたので、深呼吸して落ち着こうとする。
…九十七枚か、以前ロルナンで参加した瘴気汚染体との戦いの報酬も多かったが、いくら何えもこんな額じゃなかったぞ?
ギルドと協力している赤杉の泉の様な宿は銅貨一枚で泊れてしまうし、この報酬で九百七十日生きる事が出来るんだが、…いや、本当にいいのか?何処から出てきてるんだよこの金。どう考えても普通の方法でギルドに貯蓄が溜まらない…?
「この場で全てお渡ししても問題ありませんか?」
「…ということは、取っておいて貰えるんですか?」
「はい。手数料として銀貨一枚程頂きますが、よろしいでしょうか?」
「…お願いします」
流石にそんな大金を持ってふらつきたくはない。
「とりあえず銀貨を二十枚ほどは手元においておきます。なので、残りの七十七枚から手数料を引いて下さい」
「了解しました。ただ、お預かりした金銭はここ以外のギルドで受け取ることはできません。転居の際はお気をつけて下さい。また、お受け取りする際はギルドカードを提示して頂ければ問題ありませんので」
「分かりました。それでは」
転身し、ギルドの外へと歩く。銀貨一枚もあれば町への入場に十分だとは思う。勿論、二十枚では全員が町に入れるわけではないのだが、族長を含めて何人かを町へと連れてきて様子をうかがう必要が…魂光を隠す為に全身を覆える服を買うべきかな?
俺がこの後の行動について考えていると、目の前にやけに白い服を着た、目立つ丸眼鏡を光らせる男が立っている事に気がついた。
「―――神に、興味はおありでしょうか?」
「…まあ、それなりに」
言ってから、ああ、この人は聖職者なんだなと思った。というか、聖十神教の人だろう。聖教国の国教だった筈だし、外国人らしき俺に話しかけてきたということも非常に納得できる話だ。
神に興味があるというのは事実だ―――というか、アリュ―シャ様という女神に一度ならず出会っているのだから、興味が持てないなんてことはありえない。
何故だか周りがざわざわし始めたのだが、何かあったのだろうか?
「それでは、私たちの教会へいらっしゃいませんか?いろいろと、興味深いお話が出来ると思いますよ?」
アリュ―シャ様は、フィディさんの話だと聖十神の眷族に当たる神だ、ということだった。詳しい話を聞くことはできるのだろうか?
「分、かりました。でも、今は少し急いでいるのでまた後に」
「いえいえ、すぐにでも行きましょう」
「あ、あの、本当に急いでて」
皆の所まで戻るのに、そこまで長い時間を駆けるわけにはいかない。しかしこの人、かなり強引だ。宗教家って皆こんな感じなの?
しまいにはこちらの腕を掴んできた。ここまで来るとこちらにも苛立ちが湧いてくる。意図的に抑えるようにはしていたが、…宗教を広めるのに人に迷惑かけるんじゃないよ!
「おいあんた、ちょっとそのくらいにしとけよ」
「新人に対して無茶苦茶されるのは困るんだよなぁ…?」
…俺が言った訳ではない。
「…おやおや、少々興奮してしまいましたね。何分、有望そうな若者だったもので」
「俺たちも聖十神教は嫌いじゃない。だが、いくらなんでもこんな若い奴に単独で勧められる宗教じゃないよ」
「はは、すみません。いや、無理やり話しかけてしまってすみませんでした。興味があったら来てください。私はこの町の西方で教会を開いているから」
「分かりました。少しの間忙しいですが、余裕が出来たら向かいます」
と言っても、出来る限り早くレイリ達と再開したいので、王国の方に向かう手段を探す方に重点を置くが。
「あの、ありがとうございました」
「良いって良いって。ほら、なんか急いでたんだろ。時間は守るべきだぜ」
「ああ、礼も特に要らねえよ」
俺を聖職者の魔の手から救い出してくれた二人にもう一度礼を言って、外套を数枚購入、腕にかけるように持って町の外へと向かう。
途中、門の所で先程の衛兵さんに会ったので、身分を証明できない人が町の中に入る時にはどのくらいのお金がいるのかを―――ギルドカードをなくした時の為と誤魔化しながら―――訊いた。
答えは銀貨一枚。ということは、手持ちの金で町に入る事まではできるわけだ。
…少しばかりの危険は伴うが、戦える人は冒険者になるというのも有りか?…いや、ギルド提携の宿でも冒険者以外は高額だろう。
…しかし、忌種と戦うほどのランクでなければ町の中での仕事なんだよな?だったら報酬は少なくても危険はないだろうか?いや、まずは族長と相談だな。
外套の代金で二枚消えた銀貨を見ながら、最大十八人、誰を町に連れて行くのかをぼんやりと考えながら走った。
全力で走って十五分。誰にも見られていないことを確認して『飛翔』する。誰にとがめられるという訳でもないだろうが、何故か空を飛ぶことに対してあまり人から知られたくないような感覚があった。魔術なのだから、多くの人が…とは言わないまでも、使える人は多そうでも有るのだが。
あまり上げたくない例だが、例の邪教の司教だってそうだ。…ああ、この国なら邪教の情報も多いかもしれない。大っぴらにされていないかもしれないけど、調べられるのならば調べよう。
町の前に通り過ぎた森の中から、人が出てきた。白い光を放っていたので目を凝らせば、どうやらカルスらしい。
「タクミーッ!どうだったー!?」
「町には入れたーッ!でも、一度で皆が入るのは難しそうー!」
カルスの目の前へと着地、皆が何処に居るのかを訊く。
「森の中だよ。忌種もいるけど、これだけの人数がいれば対処も簡単だった」
「ああ、戦えなくても浄化の力を使える人は増えたもんね」
この町へと向かう間にも修行は続けていて、結果としては村人のうち六割は浄化の力を自由に操れるようになった。更に言えば、他の全員も既にその片鱗を見せていたり、子どもだから参加していなかったりといった状況。いずれは全員が浄化の力を操れるようになるだろう。
森の中へと歩いて行けば、遠くの方に白い光がぼんやりと、しかし大きく灯っているのが分かる。あれは浄化の力では無く、単なる魂光だろうと辺りを付けて、近づいて行く。
「おお、帰ったかタクミ君。どうだった?」
「タクミ、町はどう?」
族長とラスティアさんからそう訊かれ、それに続く様に皆が質問をしてくる。興味津々と言う感じだ。
分かる範囲では質問に答える。聖教国がどんな国なのか、ということについてもだ。
今思えば、フィディさんが聖十神教についての知識を持っていたことについても納得だ。聖教国内の集落だったから、その教義は伝わっていないわけがないのだ。
一段落ついた所で、俺は族長に報告を始める
「町に入る場合、一人銀貨一枚です。先程ギルドへ提出した銀貨は九十七枚、ここには、とりあえず十八枚を持ってきました」
「そうか…。全員が入ることのできる額は揃っているが、その後どうしようもないな」
「腕っ節の立つ人なら、俺と同じで冒険者としてやっていけると思います。頑張れば、村の全員が暮らしていけなくもない程度の稼ぎを叩きだすことも可能かとは思いますが…」
「…そこまで簡単に稼げるというのも怖い話だな。だが、女、子供だけを残して行くわけにはいかない」
「となると、冒険者以外の職にも就く必要が出てきますね」
所で、俺はこの世界にどんな仕事があるのかという事をイマイチ把握できていない。前世ではニートだったし、今背は即冒険者だった。宿の経営と商会、それに衛兵くらいか?
…この選択肢で安全と、まだ参加しやすい物を探すとなると、商会員になることか?だがしかし。
「商会と言ったって、何らかのつながりがないと入れませんよね…。とりあえず、俺はリィヴさんに話をしてみます」
「ああ、頼む。…調べなければいけないことは他にもある」
「何でしょう」
「すぐに変わる様なものではないから心配する必要も無いとは思うが、村の皆がきちんと外の文字を読めるか、だ。タクミ君のギルドカードを読めた以上問題はない筈なんだが、読めない字も有った」
「俺の名前は遠い国の物なので、このあたりで使われている訳では無いですよ?」
村の皆は、きちんと文字の勉強を受けている。面倒くさがったりした結果、難しい字を掛けないという人はいるものの、読みは完璧だ。…俺も字は書けないけれど。
外には学校なんてないので、字を読める人は思いのほか少ない。商会員くらいであれば全員読める筈だが、少しのアドバンテージにはなるだろう。
ちなみに、だが。俺が先程買った外套は五枚だ。最大五人を連れていくことが出来る。
「よし、娘とカルスを連れて町に入ってくれ。冒険者の登録をしてきてもらいたい」
「…はい。分かりました」
結果としては二人だけ。まずは様子見と言った所だろう。だがしかし、族長はその後、続けて何人も町に入ると目立つだろうから、一日に数人ずつ入れるという方針を打ち出した。新しく入る人が数人だというだけで、稼いだお金で食料を買い皆へ届けることは可能だが、子どもたちは大丈夫だろうか。…いや、大丈夫だろう。充分に守りきれる人がそろっているし、森もまだまだ浅い場所なのだから。
「じゃあ行こうか、カルス、ラスティアさん」
「うん。…ああ、何だかドキドキするな」
「…ちょっと、警戒」
二人を連れて、町へと再び向かう。…しかし、そうか。
「二人とも冒険者になるのか、同僚だな」
「なんかそれ、違うんじゃない?」
「同業者、ってだけ。勿論、友達だけど」
「あ、あれ?…よし、行こう!」
「「誤魔化した…」」




