第八話:仕事とパニック
今回から初仕事です!
「………ああ、すまん。そういやまだ飯食ってなかったんだよな。ついつい長話しちまってたよ。飯は…まだ冷えてねえ、か。やっぱ熱い内に食った方がうめえもんな。じゃあ俺は、さっさと帰ることにするわぁ、じゃあなっ!」
と、こんな具合でボルゾフさんは出ていった。赤杉の泉に泊っているのでは無く、どこかにある家に帰ったのだろう。
今はとにかくご飯を食べよう。いい加減に空腹が限界だった。
◇◇◇
翌朝。睡眠中にアリュ―シャ様と出会う事も無く、普通に目覚めた。今日は早速ギルドに向ってどんな仕事を受けられるのかを確認、もちろん、すぐに出来そうな仕事であれば引き受けようと考えている。但し、
「ボルゾフさんの言い方から考えると、Fランクって最初から忌種ってのと戦わなくちゃいけない感じなのだろうか…?」
正直不安である。Fランクというのは既に忌種との戦闘が可能な強さらしいことも窺えたけれど、武器が無い、魔術も使ったことが無い、そして何より忌種を見たことが無い、なんて無い無い尽くしの状況でフラッと戦っていいものではないと思うのだ。武器を使いこなすのは無理だろうが、だから丸腰で行きましょう、なんて愚の骨頂。
つまりは、何らかの得物を確保する必要がある、という事だが。
「俺って、今無一文…それどころか、借金があるんだった…」
こんな状況で武器を買うのは無理がある。そうでなくても武器という物は相当高額なのではないだろうか?別に日本刀の値段なんて調べたことは無いけれど、安い物でもきっとウン十万はすると思われる。武器が無いのでそんなに簡単に稼げはしないだろうし…
アレ?そもそもこの状況って大丈夫なのだろうか?何か対策を打たないと武器を買うどころか、寝床に困るレベルになるのでは…。
………これ以上一人で考えても埒が明かない。とにかく一度ギルドに移動してどんな仕事があるのか確認しなければ。
「そうと決まれば早く移動しよう。今日の朝食は何だろうか…」
まだ余裕があったかもしれない。
◇◇◇
本日の朝食はオムレツ風卵料理にどこか和の気配を感じさせる鶏肉料理(山賊焼き?)そして衝撃の白米でした。今日に限って食器が見るからに箸だったので違和感は感じていたのですが、皆さん何も言わず黙々と食べるので、後からおやっさんに小声で聞いたのです。『これは何ですか?』と。おやっさんは、ただ一言『米だ。』とおっしゃいました。日本食は存在するようです。
…さて、そろそろ思考を現実へと戻しましょう。
今は朝食も取り、ギルドへと移動して仕事についてミディリアさんに聞いていたのだ。『Fランクで受けられる仕事って、どんなものがあるんですか?』と。
『え?そうねえ…弱い忌種の討伐を中心に、行商人たちや、稀に貴族なんかからの護衛依頼とか…ああ、外壁近くを回って、忌種が入らないように見張る仕事…これは衛兵隊との合同ですね。他にも多少はあるけれど…、大まかに言えばこんな感じでしょう。まあ一応、低ランクのほとんど戦闘には関係ない仕事や依頼も受けられるけど、別に必要は無いでしょう。』
と、こんな感じで、ボルゾフさんの言う通りの内容で、武器が無くてもどうにかなりそうだったので少しホッとした。まあ、普通なら低ランクの仕事は受けない、というニュアンスが伝わっては来たのだが。
しかし、そのあとの一言がいけなかったのだ。
『あ、でもとりあえずタクミさんには忌種の討伐を受けてもらう事になるわよ』
『ええっ!?』
『ああ、やっぱり言い忘れてたみたいね…。今回のランクアップって、正規の方法だし、ちゃんとした手順を踏んでいるけど、一応『異常』ってことになるのよね。本来は依頼のこなし方とか、回数なんかを総合的に鑑みて(かんがみて)昨日の試験と同じような事をするの。だからこういう場合は、間違った実力では無いってことを証明するために、そのランクで最も基本的な忌種を狩ってくることになっているの。ああ、町の近くの森の奥の方にでも行けば多分いると思うから、今日中にお願いね』
なるほど。まあ、なんでそんなことになっているかの理由は分かった。確かに妥当なものだと思うし、何より実力を見るには分かりやすい。良い規則だと思う。ただ…。
「………俺、武器、持ってないんですが?」
「あ」
…。
「あ、あ~、そう、だった、ね。うん。着の身着のまま、無一文だったもんね…。
ど、どうする?」
「ど、どうするって言われても…俺、魔術使ったこと無いですし、今日中にやらなきゃいけないなら素手で殺さなきゃいけないんですが…。と言うか、…実戦経験なんて、皆無でして…」
初めての実戦が、素手。なかなか体験できるものではないだろうが、そもそも体術で戦おうとでもしない限り必要はないと思う。というか、純粋に危険行為である。
「さ、さすがにそれはどうかと…。そ、そうでした、武器を貸し出すことは、できます、ただし、かなり質が悪い…いえ、もう切れ味なんてほとんどないくらいです。剣を使っても、ただの薄い金属の棒を振ってるだけになるかと…」
「う~ん、それは…」
無いよりはある方がマシだろうけど、剣とかの切れ味頼りじゃあ意味は無い感じだろうし、何を使うべきだろうか?…何を使っても、経験が無いなら大差ないという事実には、この際目をそむける。
「そう、ですね。何か、切れ味頼りじゃない、…鈍器のようなものはありますか?」
例えば、ハンマーとかであれば、質の悪さとかあまり変わらないのではなかろうか?
「う~ん、確か、メイスとかが幾つか転がってた気もするなぁ…はい、分かりました。いくつか持ってきますので、少し待っていて下さい」
「了解です。よろしくお願いします」
と、ミディリアさんが奥の方へと向かったので少し休憩。何だかかなり動揺してしまったが、少しずつ落ち着いてきた。武器が借りられるのであれば、ひとまずのところ問題無い。いや、結局のところ武器なんて使った経験は皆無と言っていいほどなわけで、何を使っても変わらない気はするが。
『ドガッ!ガッ!ゴゴゴゴズッ!ドゥオンッ!』
!?い、今、急に、ミディリアさんが向かった方からすごい音が!
『う、うわああ!ミディリアさんが、ミディリアさんが保管庫を!あの混沌とした空間を、再び開きやがったああ!!』
『なんてこったい…このままじゃあ、半年前のあの惨劇がまた起こっちまうっ…』
…あれ?何!?何が起こってるの?みんなざわざわし始めたし、ちょっと普通じゃないよね?というか、さっきまで何人もいた職員さんが既にいなくっている。
『お、おい!誰か、誰かあれ以上ミディリアさんを進ませないよう抑えていてくれえ!俺達でガーベルトさんを連れてくるっ!あの二人なら、きっとミディリアさんを止められるっ!』
『判った!それなら私たちが!君たちで、早くっ!』
『んん?何?私ちょっと中に用があるからさあ、邪魔しないでくれないかなあ?』
『い、いえ、そのう…』
『だ、大丈夫だ、いくらミディリアさんでも、女性には手を出さない筈だっ!だから、話術でどうにか時間を稼いでくれっ』
『わ、わかったわ。ミディ…えっ?いない…』
『う~ん、どこだっけか…こっちでも無いし…ああ、これも違う…』
『なん、て、ことだ、たったこれだけの間に、もう、ほとんどミディリアさんの姿が見えない…。』
『あ、そうだった、奥の方にまとめておいたんだったよね、だったら…あの辺掘っていけば、たぶん見つかる』
『おいおい…これ以上は、さすがに見逃せんぞ?』
『…お父さん?』
ギルド長まで出張ってきたあ!?
◇◇◇
ギルド長の声が聞こえてから数分。もはや何を言っているかもわからない程の騒音が部屋の奥から響き渡り、反対にこちらにいる冒険者の方々は、俺も含めて皆一様に黙りこくってしまった。しかし、今回の騒動を起こしたきっかけ、やはり俺だろうと思う、であれば、やはり収拾を付けに言った方がいいだろう。いや、自分一人がいたところで何も変わらなそうなのだが、いわゆる一つの『けじめ』というやつである。
というわけで、扉の前までやってきた。近づけば近づくほど、中からの異常な気配が感じ取れる。音がどうだとかではなく、純粋に身の毛のよだつような感覚、とでも言えばいいのだろうか?とにかく、ここまで来て止まっている訳にも行かない。ひとまず扉をあけて、中の様子を確かめてみる。そこに有ったのは数多の物体、食糧に衣服、剣などの武器に果ては建材まで、数えるのも馬鹿らしくなるほどの量が床を丸ごと覆い隠していた。
一歩、足を踏み出す。何か踏み潰してしまわないように、足先で物をどかし、スペースを確保する。
「あっ!ダ、ダメですよ冒険者さん!今こっちに来るのは危険ですから巻き込まれないうちに外に出て下さい!」
周囲の喧騒に声がかき消されてしまわないように、自然と大声を出す。
「それがですね!この騒動、たぶん俺が原因なのではないかと思いまして!」
「………」
うッ!す、すごいうらみがましい視線を向けられた!それも話しかけて来た人だけでなく近くの職員さんたち全員から!
これが数の暴力か……………。
「って!こんなどうでもいい事考えてる場合じゃなかった!ミディリアさんを探さないと。……一体何処にいるん」
「ああ、ここにいたのか、タクミ君。いやはや………探したよ」
振り返ったその先には、無数の鈍器を抱えたまま頭部に大きなたんこぶを作ったミディリアさんと、その彼女を片腕で抱えるギルド長の姿があった。
「ああ、分かっているとも、そんなに心配そうな顔をせずともね。この騒動が起きたのは初めてではないし、君はきっとこんなことになるとは露にも思っていなかったに違いない。大方うちの娘が暴走して、本来三人以上の人員ですべき倉庫の業務を一人でやってしまった~、なんていう、毎半年恒例ともいえる状況になってしまっただけなのだろうけれど…」
「え、え~っと、…き、今日中に忌種を討伐しなければいけない、と言われて、武器が無い事を話したら、ミディリアさんが、貸せる武器があるとおっしゃったので、お言葉に甘えようと思っていたのですが………」
何だろうか、この穏やかな表情とは裏腹に、少しの刺激ではじけてしまいそうな、こちらの危機感をあおってくるような気配は…。
「ああ、分かっているとも、君に今日の中にこなさなければいけない忌種の討伐指令が下っていることは、ギルドマスターである私自身も知っている内容だ。どこかから着の身着のまま流されてきた君が武器を持っていない、と言う事も、まあ推測はできる。だがね、君の場合、特に今回の対象、低位忌種【小人鬼】あいてには武器なんて必要ないだろう。強いて言うならば、討伐照明の為に右耳をはいでおかなければならない以上、ナイフなどいるかもしれないが、君は魔術が使えるわけだし、な。万全を期すことは正しいが、必要以上の労力を伴う必要は無い筈だよ。
…やれやれ、これではただの愚痴だな、ほら、早く行ってしまいなさい。ここに長居していては、この惨状の間接的な現況が君だと知った家の構成員たちに何をされてしまうか分かったものではないぞ」
「え、で、でも、こんな状況で今更出ていくのも…」
「元凶そのものはうちの娘なのだから、こちらで収拾はつけるよ。この後は折檻の続きをするつもりだしな。さあ早く行きなさい」
そう言い残してアケイブスさんは階段を上って行った。自分のお願いのせいで折檻を受けるミディリアさんやギルドの構成員さんたちに申し訳ないやら、こんな状況でも自分のやることを優先せざるを得ない現状のやるせなさやら何やらで精神へのダメージも大きいが、仕方がない。
「………失礼しました………」
そして扉の外、先程までいた受付へと戻る。
結局武器を借りられず、それどころか単純に大迷惑をかけただけ、構成員の皆さんは少数しか受け付けに戻っていないらしく、作業効率がガクンと落ちているのが見ているだけでも分かった。こんなことなら、もっと早く聞いておけばよかった。それこそ道の確認なんてしていなければ、あの場ですべきことを聞けていたと言うのに。
しかし今さら、後の祭りだ。後悔先に立たず、くよくよしていても仕方がない。都合のいい考え方だが、この指令を確実に終わらせることでせめてもの償いとしよう。
「…行くか」
ミディリアさんは町の近くの森、と言っていた。パカルさんの船に乗ってこの町に向かう最中にいくつか森があるのも分かったし、人がいなくなったところで魔術を作っていけば…なんとかなる、かなあ?
◇◇◇
昨日の夕方と同じ道を通って門の前へ。一昨日それとなく身分書を持っているかどうか聞かれたため、門番の方に質問したところ、『その日の間に同じ門から帰ってくるならば、顔も覚えているので問題ない』、との頼もしい言葉が帰ってきたので何ごとも無く外に出ることはできた。
そして現在。草原の真っただ中。
見晴らしも良く、万が一にでも人に当てたりすることは無いであろうこの場所で、魔術の訓練を始めることにした。
というのも、だ。
一昨日の夜、夢の中でアホみたいに『ファイア!』とか言ってたわけだが、気付いたのだ。
『実は火って、使い勝手悪くない?』と言う事に。
何せこれから向かうのは森、一度の誤射から大火事になりかねない。コントロールなんてできる自信は無いし、生きている相手に当てても、火傷を負わせる程度で、すぐに止めとはいかないのではないだろうか、と。夢で他に試した魔術、例えば『サンダー』、これも火事になる危険性はあるし、『ウォーター』、は………、どうやって攻撃するのか、自分では分からなかった。
と言うわけで今回やろうとしているのは、『ウインド』とか、『ウインドカッター』とか、とにかくそんな感じの、空気を纏めて刃を作るイメージである。それならば被害は最少ですむだろうし、副次効果として目に見えない、という利点もある。
…一体どちらが副次効果なのか、と言う疑問も浮かんだが、考えないようにした。
とにかく一度試してみる。
「え~っと………風を纏めて、薄くして、狙いは地面に…『ウインドカッター』!」
………
風景、変化なし。
少しばかり草が揺れただろうか?それを考えれば風を纏める工程とと狙いを定める工程は上手く行っていると見るのが妥当だろう。
つまり問題点は風の塊を薄く、刃に加工する工程だ。ここができないなら意味がないので、解決策を導きだささないといけない。
しかし、出来ない理由はなんとなくわかる。おそらくは自分の中で風の刃と言う物のイメージがまとまっていないからだ。
もっと精細に、一つのほころびも無く脳内でイメージを組みたてられるようにしなければいけない。ただ、今回難しいのは風の刃、と言う物に心当たりがない事だと思う。鎌鼬なんかは近いとも思うけれど、あれは空気中に真空の空間ができて~などと、正直今よりもイメージが難しい。
こんなに難しいとは思っていなかった。けれど諦めるわけにはいかない。
「今は悩まず何度も実践する方が大事だよな…」
そう考え、何度も練習を繰り返すことにした。幸い、太陽の昇り具合から考えて今はまだ10時頃。これならばきっと問題なく終わる。
とりあえず風そのものをしっかりと感じるところから改善してみようと思う。
「ウインドカッター」
結論を言えば………まあ、そこまで簡単にはいかなかった。




