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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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夢の中で女の子を殺す話

作者: 三隅 凛

 ナイフを持っていた。何処を刺すかは決めていないし、決まっていない。仰向けになっている彼女の腹に座る。苦痛に歪む顔と、ほんの少し漏れた悲鳴に、思わず膝立ちになってしまった。よく考えてみたら女の子のお腹に座るなんて失礼どころの話じゃない。大人しい男子がする事ではない。少なくとも現実では経験がないし、多分今後もない。夢の中ではどうしようか。なんだかんだで、一旦退いても途中から座ってたりする事が多い。大人しい男子は何処に行ったのか。

 少し目を瞑って(あるいは夢の世界を全部黒くして)、今日は幾らか紳士的に振る舞う事に決めた。彼女の左側に胡坐。必然的に目の前にある左腕から傷つける事になる。手の平の生命線をナイフでなぞる。皮肉みたいで楽しい。しかも結構長い。夢の中でしか生きられない癖に。今度は薬指を切り落とす。少し力が要るが、多分現実よりも容易い。ナイフも結構鋭いとはいえ、小振りなのに。今度はもう少し広い範囲。中指の腹から先程切った生命線に引っかかりつつ手首まで到着、その後も骨に到達しない程度の深さで一直線にナイフを走らせる。服に血が付くか付かないかくらいで止める。そういえば、今日の彼女は白いワンピース。腕の方も脚の方も短めでちょっと際どい。噴き出した血が腰元を濡らしている。結構な出血量。もう少し浅くしておけば良かった。後悔してもしょうがない、続けよう。両方の鎖骨をなぞる。今度は少しだけ血が滲む程度の浅さ。指で圧迫して少しだけ出血量を増やす。舐め取りたい願望を、舌を伸ばして唾液と血が混ざったのを見ながら未遂で済ます。自分の血と味は違うのだろうか。彼女の血なら何度も飲んだ事があるのに、味が思い出せない。不快に思った記憶は全くないので、気が向いたらまた舐めたり飲んだりしよう。次は何処にしようか。首は駄目だ、直ぐに死んでしまうかもしれない。身を乗り出して、鎖骨の下にナイフを突き立てる。悲鳴。このまま引き抜くか、動かしてから引き抜くか暫く迷ったが、そのまま引き抜く事にした。今度は悲鳴らしい悲鳴は上がらなかった、残念。白いワンピースが着々と赤く染まる。決めた。今日は首から上は一切傷付けない。彼女の右手に自分の左手の指を絡める。所謂恋人繋ぎ。振り払うなんて真似はしてこないが、握り返してくる事もない。右肩の出血量的に、右手を握る事が出来ないのかもしれない。持ち上げて、肩の傷口の上で離す。少しは止血になるかと思ったのだが、手が傷に当たる瞬間は出血量が増した。長い目で見たらマシになってる事を祈ろう。どうせ死ぬけど。視線を少し彷徨わせて、考える。今日は下半身にも手をつけないでおこう。ナイフの血を自分の服で拭って、臍がありそうな所に刺す。今までと違って臓器に届いている異物に、とうとう彼女は叫び、身を捩じって抵抗してしまう。刺さったままなのでそれで少し悪化し、悲鳴はより高くなった。十数秒後には叫び声は荒々しい息遣いに代わり、身体は呼吸に合わせて動く。ナイフを引き抜く前に縦々横々、と口遊みながら右手を動かす。名残り惜しいが、まだ刺したり切りたい場所がある。大量に出血している腹部に左手を押し当てる。流血の感触に混乱する。止血しないといけない、まだ彼女が死ぬのは惜しい。腹の傷口を塞ぐ為に跨る。血が一気に出る感覚を味わう。直ぐに股と太腿が血で染まる。彼女の血塗れの右手に自分の血塗れの左手を重ねる。これで手の甲も真っ赤だね、と笑いかけてみる。返事はない。その右手に指を絡め、肩の傷からずらす。軽く当てていただけの手はあっさりと動いた。肩の傷に左手の中指を突っ込む。最後まで入れるのは無理だから、腹いせに指を曲げる。次は人差し指も。中指と人差し指を付けたり離したりして遊ぶ。彼女は悲鳴を上げない。でもまだ呼吸は聴こえる。指を引き抜いて、彼女の頬に触れようとして、止めた。顔は綺麗なままにして置こうと決めていたんだった。今日殆ど見ていなかった彼女の顔をじっくり眺める。目は虚ろといった感じで、一応目は合っているのにそんな感じは全くしない。鼻水くらい垂れてないかなと思ったけれど御都合主義なのかそんな事はなかった。いや、でも何度も見た事あるし、それに幻滅した事なんてないから今日はそういう気分だっただけだろう。口は少し開かれていて、泡は吹いていないけれど唾液が結構口周りに。血を混ぜたくなるが、今日は我慢。このまま死ぬまで見届けてやろうかと思いながら、右手のナイフを動かしてしまった。彼女の胸の中央からナイフが生えている。もう少し理性を大事にしよう。呼吸音が聴こえない。多分死んだ。後は現実に戻されるまで彼女を眺めておこう。血の色よりも肌色の方が多いかと思っていたが、僅かに血が優勢だった。

 あ。結局座ってた。


 髪に手を伸ばし、指を絡めて、引っ張る。音が響く。強くやりすぎてしまった。女の子の髪を衝動に任せて扱ってはいけない。とはいえ彼女のリアクションは殆ど変わらない。当然だ、先程まで首を絞められていたのだから。こんなに噎せ返っている彼女を見るのは久し振りだ。右手の人差指に絡まった数本の髪を眺める。どうしようか。現実だったら小瓶に入れて保管なんて真似も出来るのだが、夢の中だとそうはいかない。ここには小瓶がなんてないし、何より目を覚ましたら終わりだ。髪は勿論、少女も人殺しも居なくなる。勿体ないし申し訳ないが、パッと手を離して床に落とす。二、三本の予定だったのに随分と引き千切ってしまった。首に手を添える。いつもの事だが、彼女は殆ど抵抗しない。髪以上に遠慮なく、力を込める。顔色と表情が変わった。夢の中でも色彩はある。尤も、現実で首を絞められたら多分こうはいかない。赤くなるのか青くなるのか黒くなるのか白くなるのか分からないが、大層酷い有様になるだろう。夢の中では大抵赤か白だ。そして御都合主義的に、彼女の顔は美しいまま、苦しみ、息絶える。手を慌てながら退かす。慌てる必要性のなさに気付きながら、少女の首元を眺める。白い肌に手の痕が赤くべっとりと付着している。血だ、と錯覚する。顔はより一層白くて、汗と唾液がいい具合に艶を出している。官能的だ、なんて思った後に自分がそんな大層な感覚なぞ理解出来そうもないガキである事を思い出した。

 夢はいつも、殺し終わるまでは続く。これも御都合主義の賜物だろうか。夢が醒めるまでは、死体を眺める為の時間。


 幅は小柄な人が二人立って入るくらい、深さは(自分の身長が現実と同じだったら)二メートルくらいの水槽。その中に彼女は立っていた。安定感抜群の脚立が水槽の前にある。周りを見渡したがホースは無い。どうしたものかともう一度少し視線を彷徨わせたら、水槽から一メートルと少し離れた所に溜め池のようなものとポリバケツが置いてあった。手間暇かける方向性らしい。不安気に水槽の中にいる彼女を数秒眺めて、溜め池に向かう。今日は珍しい殺し方をする日みたいだ。どれくらい珍しいかと言うと、五回は上回っている筈だが二桁行ったか自信がない、前回の記憶はそれなりにあるがそれより前どんな感じだったかが殆ど思い出せないくらいだ。因みに、前回は最初から水が張ってあってお手軽仕様だった。溜め池の水は透き通っていて、現実でも飲んで問題ないくらいだと直感が告げている。ポリバケツのサイズは十リットルくらい。八割くらい水を汲んで持ち上げてみる。どうも今日は腕力に夢補正が掛かっていないみたいだ。少し捨てて、水槽まで向かう。脚立に上って、バケツを傾ける。淡々と繰り返していると、いつの間にか水槽の半分くらいまで水が溜まって来た。全く疲労はない。久し振りに意識して彼女を見る。自分の目の位置より少しだけ上に彼女の頭がある。苦しむまでの時間が長いからか、いつもより不安そうな顔をしている。服は可愛気に欠けたキャラクターがプリントされてるTシャツとホットパンツ。左手はポケットに、右手はシャツを握ったりポケットに入れたりと少し忙しない。あまり不安がらせるのも可哀相だ、早く水を入れよう。気が付いたら、彼女が爪先立ちになっていた。耳に水が入らないようにね、と声をかけておいた。年に一度は体験する嫌な事だ、なくなればいいのに。水が彼女の身長を上回り出して少しすると、立ち泳ぎで頑張っていた彼女が水槽に掴まる、という楽な方法をとり出した。振り払おうと思ったが、水が溜まるまではそのままにしてあげよう。淡々と、彼女の居る水槽に水を注ぎ入れてきたが、そろそろ本番だ。彼女の頭に水を掛ける。水が少し溢れた。バケツを投げ捨てる。予想より大きな音が響いた。濡れた髪を梳いてやると、不安げに見上げてきた。今日はこれで、大別して「不安気な表情」にあたる顔を見るのは最後か、と少し感傷に浸った。まあまた見る機会もあるだろう、と数秒で諦めがついた。両手で彼女の肩を掴む。少し躊躇いを見せたが、水槽から手が離れた。少し力を込めて、頭まで水に浸からせる。数十秒すると、息を吐き出してしまって、もう一度顔を出そうと腕を伸ばしてくる。肩を思い切り掴む。この殺し方が一番、彼女の抵抗する姿が見られる気がする。両手を退けると、彼女が浮かび上がって来た。水槽を掴み……という程の力は入っていない、手を添えている程度だ。肩は激しく上下している。唾液が垂れるのにも一切気を払わず、顔を赤くして呼吸をしている。水、少しは飲んだと思われるのだが、どうも大した量ではないみたいだ。背中をさすってあげると、僅かに視線を上に向けたた。可愛い。その手を離して、今度は右手を頭の上に、左手はまた右肩の上に置く。さっきよりも早く、彼女の身体に力が入った。次いで、息を吐き出している。閉じられていた目が見開かれる。この体勢だと、どうしても覗き込む形で眺められないのが残念でもあり、新鮮でもある。たまにはこういうのもいいな、くらいに思っているから、彼女が溺死する頻度は低いのかもしれない。口から出る水の泡が、彼女の顔を隠す。今度はもう助けない。意識的に無抵抗でいる事が出来なくなってきている彼女を逃がさない為に、力を込める。

 ……そろそろかな、と頭から手をどかし、肩に腕を廻して、抱えるようにして顔を水面に上げる。右手で息と脈を確認すると、さっぱりだったので死んでいるのだろう。髪を撫でて顔をもう一度眺める。両手を離すと、ゆっくりと彼女は沈んだ。現実だったらどうなるんだろう。少し急いで脚立から降りて、久し振りに彼女を正面から見る。今更だけれど、スカートに類する格好だったら際どかったなぁ、と思いながら水槽の周りの歩いて彼女を眺めた。


 彼女はちょこんと女の子座りしている。今日は長い紺色のワンピース。座ったまま擦り寄る。向かい合って話をする……にしては近過ぎる。右手に持っていたマッチを擦ると一発で着いた。何処から燃やそうか悩む。取り敢えず彼女の表情を確かめる。相も変わらずぼんやりとした無表情。まだ、怯えは感じられない。手に押し当てようとして思い留まる。……服を燃やしたい気がする、ので肘辺りから。じわじわと、ワンピースの袖が燃える。肌には直接火が当たらないようにしたが、燃え移る内に皮膚も焼けている。苦痛に彼女が顔を歪める。身を乗り出して、顔を近づける。彼女の眼球には何も映らない。夢に邪魔な物が入る事はない。高い声。火は少しずつ広がっていく。立ち上がってもう一本擦って、落とす。新たに背中に入った火には、彼女は耐えきれなかった。身体を床に擦り付けて、消火に励んでいる。頑張って、と声を掛けておいた。彼女は無抵抗を心がけているから、消火には結構な時間が掛かった。涙で顔が濡れている。でも涙程度じゃ消火にはならない。無駄に水分使っちゃったね、と話しかけながら、もう一度マッチを擦る。今度は先程燃えた方とは逆の肩に。じわじわと服が燃えていく。今度は露わになった肩に押し当てる。暫くして、肌が赤くなったり黒くなったりして消えた。……人はどんな風に燃えるのかなんて、現実で経験がないから知らない。例の如く、御都合主義だ。

 適当に擦ったマッチを投げ出しながら、後ろにあるポリバケツを持ってくる。適当に投げたマッチは少しだけ彼女の胸を燃やしたらしい。ポリバケツの中身は灯油かガソリンか分からないけど、そんな感じの液体。目を閉じた方がいいかもね、と言いながらバケツを傾ける。座り込んで頭を少し下げている彼女の全身を濡らす。夢だから大丈夫だろう、とあんまりな危機管理で、特に離れずにマッチを擦って、手を離す。今までとは訳が違う、全身を包む炎。実際、こんな距離で人が燃えていたら熱いどころじゃ済まなさそうだけれど、何故かじんわりと温かい程度にしか感じない。こんな炎じゃ流石の彼女も無抵抗なんて言ってられない。身体全体を動かして苦しむ。手足が無駄に暴れるのを眺める。


 薄暗くて体育館くらい広い空間。その中央に食卓の椅子がある。そこまで把握した瞬間、視界が椅子に座っている者と同じ位置になった。脚を組んでぼんやりと白い世界を眺める。床はあると認識できるが、壁があるのか良く分からない。あの子を殺さない夢は久し振りだ。何も初めてではない。緩やかに、異常事態を思い出す。あの子が死ぬ前に、殺さずに夢が終わるのは初めてだ。腕が縛られているらしい。逆に殺されるのだろうかとちょっと楽しみになったが、いつまで経っても彼女は現れない。あの子、最初からあんなにちゃんと無抵抗を貫けたっけ、と想起不能な記憶を辿る。いつの間にか組んでいた筈の脚も縛られている。何の夢だろう。どうせ夢ならあの子に会いたい。

 目覚ましが鳴る。憂鬱に引き摺られ、夢の世界が消えた。


 眠った時と同じ体勢だった。目の前に彼女が居た。ちょっと近すぎる。気恥かしいけれど、そのまま動かずに話しかける。何でこの前は死ななかったの。いつも通り、彼女は反応しない。儚い無表情で、ぼんやりしている。諦めて上半身を起こすと、横を向いていたのが仰向けになった。遠慮せずに馬乗り。特にリアクションなし。流石、慣れてる。

 首をゆっくりと絞めてやる。皮膚や血管を引っかいてやりたいという欲求が湧いたが、実行には移さない。移せないのかもしれない。明晰夢ではあるのだが、全てが自分の思い通りにいくかは分からない。そもそも、まともに考える事はそう出来ない。大体が結構な興奮状態だし。

 彼女は逃げないように苦しむ。そういえば。いつからこうやって彼女を殺してきているのだろう。記憶に何かしらの異常が起きていない限り、一年前とか二年前なんて話ではない。物心つく前なんて事は流石にないと思うが。

 気紛れに両手の力を緩める。彼女は緩慢に動く。逃げる、というにはとてものんびりとしている。だからまた力を込めて絞めてやった。彼女が顔を歪ませる。次があったらちゃんと逃げるんだよ、と語りかけてみた。君はいつも抵抗しないんだから。こっちは思うだけに留めておいた……筈だけれど、夢の中だから自信がない。もしかしたら夢も現実も関係なく、興奮しているから正常に判断出来ないだけかもしれないが。生理的な逃避願望が表立ってくる。腕を掴んでくる力が皆無に近いのは単純に力が入らないからか、意識的に押しとどめているのか分からない。その手に少しだけ歯を立てる。小さく上がった甘い声につられて、口を離して、手を緩めてしまう。目が合った。彼女が薄らと微笑んで、噛まれた手を撫でている。

 良く分からない、処理出来ない感情が膨れて溢れる錯覚。数秒、全力で首を絞めた後、また緩めてしまった。彼女はいつも通り噎せている。

 最近変だね。笑っているところなんて初めて見たよ。そう呟いた声は予想していたより大きくて、淡々としていた。彼女はもう一度微笑んだ。良く分からないけれど、ぞくぞくする。色んな願望が衝動的に浮かんだので、いつもと同じものを選んだ。

 体感で一分くらい、全力で首を絞めた後、ゆっくりと緩める。彼女は眼球すら動かさない。いつも通りの、安定した安心と達成感が生まれる。殺さずに居たらどうなっていたかは、とても気になったけれど。


 黒いワンピースを着て、女の子座りの彼女。その前に、ナイフが邪魔するように置いてあった。トップクラスでありきたりな状況。

「邪魔とは心外だ。むしろ、二人を結びつける為に存在してやってるようなもんなのに」

 今日はナイフが喋るらしい。珍しい。疲れている時に多かった気がする。

 特に何も考えず、ナイフを手に取る。彼女はぼんやりと此方を見ている。歩み寄りながら、何処を刺すか考える。

 決められずにナイフを回したりして途方に暮れていると、彼女が目が合った。 

「どうしたの?」

 ナイフを落とす。意識的に呼吸しないと窒息する気がして、頑張って息を吸ったり吐いたりしている。 ナイフが喋ったんじゃない。目の前の、彼女が喋った。初めて。

 頑張って呼吸をしていると、彼女が悪戯めいた笑顔になった。長い付き合いだし、此方の動揺の理由が分からない程ではないだろう。その為に今まで黙っていたのかもしれない。いや、悲鳴や呻き声はかなりの頻度で聞くけれど。

 何処をどんな感じで刺すか決められなくって。酸素過多なのか酸素不足か分からない状態で、声を出した。笑顔か幾らか優しくなって、彼女の口が動く。

「何処でもいいよ」

 今度はそんなに驚かなかった。もう一度、ナイフを手に取る。また少し悩んでナイフが揺れる。一回、手の平で回してから決めた。左手で頭を確りと固定する。微笑みが崩れない彼女の頬を、口の端から目の下真で斜め上に切る。左右両方の頬が切られて、いつも通り、無表情を装った苦し気な表情になる。口裂け女の成り損ない、みたいだ。綺麗だけれど。次の場所はもう決めている。左の太腿。ギリギリ、ワンピースに血が付かないくらいの際どい位置から膝の上まで一筋の縦線を入れる。もう少し深くしても良かったかもしれない。膝は綺麗なままにしておこうと思ったが、ナイフから垂れる血が数滴付いてしまったので滅茶苦茶にしてしまおう。脛から膝上の傷まで、さっきより深く切り上げる。膝には横にも切れ込みを。同じ深さになるように、膝に更にバツ印を付ける。右側の、無傷な膝と比べると何だか愉快だ。右の膝も汚してやろうと、ナイフを押し付けて血をつけてやった。傷つけないようにしたけれど、少しくらいは切れたかもしれない。

 かなり控えめに悶える彼女の頬は、傷のないところも血が付いていた。左手で傷口を押して更に血を出させて、頬の肌色に伸ばしていく。涙を拭いながら、両頬を赤色にする。林檎どころじゃなく赤い頬。何ていうんだろう、やっぱり血のように、だろうか。ようにではなく血だけれど。涙を浮かべる彼女を見て、珍しい願望が湧いてきたので、忠実に従う。最初やったように顔面を左手で押さえる。身体が強張るのを感じる。いつもこんな事しないもんね、と笑いかけてみた。表情は変わらず、控えめに痛みに苦しんでいる感じだ。ちょっとくらい嫌がられても楽しいのに。ナイフの切先を近付けると、痛みに耐える為だろう、きつく目を閉じた。と、いう事は今から何処を刺すのか分かっていない。左手の親指で瞼をこじ開ける。無理矢理開けられた瞼の下の目と頬の強張りから察するに、今度は意図が通じたようだ。右目は閉じてていいからね、と出来るだけ優しい声を出してやる。乱暴にやってしまったらしく、睫毛が数本抜けた。さて本題だ、ナイフを近づける。眼球に突き刺す。本当は綺麗に抉り出して眼球だけ眺めてみたかったのけれど、ナイフのサイズがそれなりにあるから、断念。水晶体を砕いてぬるりとした眼球を貫く感触。勿論現実で経験ないが、多分此処まではっきりと感じる事はないだろう。引っ張ると眼球が付いてくる。神経みたいな管は眼窩から少しだけ飛び出して、ぷつりと切れた。ナイフから丁寧に眼球を引き抜く。粗方貫いて潰れてしまったけれど、綺麗に濡れて光っている。360度全部の角度から眺めて、名残惜しいが眼窩にまた押し込む。幾らか上下に切ってしまったので、収めるのは楽だった。少し眼球の位置がおかしいけれど。きつく閉じられたままの右目はどうしようか、と。そういえば、彼女の悲鳴がなかった。右目の瞼を押し上げてみると、全く動かない。口元に手の平を翳す。呼吸なし。これは、眼球に刃が触れてすぐ死んだ、くらいだろうか。我ながら眼球に興奮しすぎた。始めて喋った彼女の声がしないのを怪しまないなんて。

 幾らか白くなった耳に口を寄せる。おやすみと囁くべきかおはようと嘆くべきか迷った。


 木製のバッドを両手に持っていた。実は余り好きじゃない殺し方。その所為か、ポピュラーな暴力にしてはする機会が少ない。彼女が居ない、と後ろを振り返ると鼻が掠る距離に居てたじろいだ。一歩下がって距離を取る。彼女は動かずぼんやりしている。……肩とか当たらないのが夢らしいなぁ、と思いながらもう一歩後退る。

 何処がいい?

「何処でもいいよ」

 今日は顔には一切手を付けないから、安心してね。

「どっちでもいいのに」

 少しだけ呆れたような声。まあ、どうせ殺すんだし安心しろというのも可笑しな話だ。それに、今まで撲殺で頭を狙わなかった事はないし。

 バッドで突く、という珍しめの攻撃を腹に。彼女が遠ざかる。驚いた? と尋ねながら一歩近づく。此方を見上げながら、咳き込んでいる。

「いつも脚だったから」

 そうだったっけ? と首を傾げると頷かれた。……何年も話さなかった彼女が、前回から話し出しているというのに、既に自然と受け入れられている。幸福な事だとも思うし、勿体ないような気もする。喋るようになった彼女は、それでも抵抗しない。止めて、助けて、なんて言われたら全部投げ出しそうな気がする。逆に徹底的に苦しませて殺しそうな気もするので、言わない方が身の為になるかもしれない。自分の感情なんて良く分からないものだ。夢の中では特に、沢山湧いて仕方がない。

 何度やっても刺激的なのは、彼女を苦しめて殺す事だけなのだろうか。安定した安心と異質な高揚は、こうやって、潰れて骨が見えるようになるまで様々な角度から殴り付けるような事をしなければ同時に味わえないのだろうか。人付き合いとしては最悪だ。けれど、普通は片方だけだろう。彼女だけだ。彼女だけが、全てを満たしてくれる。満たされずに苦しめてくれる。赤い身体と白い骨を眺めていると、吐き気を催すくらい感情が湧いてくる。

 横たわり、荒々しく呼吸をする彼女の傍へしゃがみ込む。もう少しだから我慢してね。ゆっくりと此方へ眼球が動く。綺麗な瞳孔。一度、綺麗に抉ってみたいとも思うし、そのままの方がいいとも思う。今回は最初に言った通りに、顔は一切手を付けない。頬の涙を拭いたかったけれど、手は大体血塗れだから止めておこう。いつの間にこんなに血塗れになったんだろう。直接触れてはいない筈だけれど。比較的、肌色の多い腕にバッドを振り下ろす。一瞬呼吸が途切れて、また再開。呼吸音は不規則なのが、彼女の死期が迫っているのを告げている。瀕死の彼女と目が合った。どうしたの? と尋ねても、荒い呼吸が続くだけだった。少し待とう。

「……訊きたい事、あるんじゃないの?」

 瀕死の割にははっきりとした声。こういうところも御都合主義だろうか。……訊きたい事、沢山あるに決まっている。何で話すようになったのか、笑うようになったのか、積極的になったのか、死ぬ前に夢が途切れたのか、今まで話さなかったのか、生理的な苦しみ以外何も感じないような振る舞いなのか、いつからこうしているのか、この夢は何なのか、彼女は何なのか。呼吸音が小さくなっている。しゃがんで、彼女の唇に近付いて尋ねる。

 今、幸せ?

「うん、幸せ」

 それは良かった。彼女の息が止まる。顔は綺麗なままだ。ほら、言った通りにしたよ。 


 久し振り。そう声を掛けると僅かに彼女の顔が傾いた。四日振りは彼女にとって久しくはないらしい。まあ否定は出来ない。こっちは寂しくてたまらなかったのだけれど。

 今日は素手だな、と周囲を確認してから。身動きが取れない事に気付いた。両腕と両足は縛られており、かろうじて立っているが、歩く事も出来ない。最近は異常事態ばかりだったので、少しは慣れた。殺してくれるのかと思うと胸が躍るが、彼女は一向に動かない。

 どうしたの? と尋ねると首の傾きが更に深くなった。今日は喋らない日なのだろうか。こういう反応も殆どなかった事を思い出した。本当、最近どうしたんだろう。幸せか不幸せかわからない仮説が思い浮かんだ。殺されるだけじゃ満足出来ないのだろうか。じゃあ何で殺してくれないんだろう。

 何もしないの? 尋ねると彼女は何か閃いたとばかりに目を輝かせ、項垂れた。首を差し出した、と言った方がニュアンスが近い。成程、今日はそういう殺し方か。首を差し出す彼女に軽く頭突きして、頑張ってしゃがもうとするが、膝は少ししか曲がらない。殆ど全身縛られているのかもしれない。諦めて、彼女を巻き込んで倒れる。緩やかに床に転がる。首じゃあ即死じゃないか、と彼女の眼球を舐めながら文句を言う。眼球の舌触りは蕩けるようで、涙の味は塩分控えめ。睫毛がくすぐったい。二の腕に噛付くと、小さな悲鳴が鼓膜へ届く。まだまだ耐えて貰わないと困る。不規則な、意味のない高い声。今日は喋ってくれないの? 視線が合う。言葉は返ってこない。まあ、今日はそういう日なんだろう。少し不安だけれど、安心感もある。彼女は複雑な感情を抱かせてくれる。対話は諦めて、再開。血を吸って、肉に噛付く。嗚呼、そうだった。彼女の血肉の味。少し甘い。現実で経験のない味覚。現実の血に、中毒性のある調味料を混ぜたような。一度顔を上げて、蛇みたいに動いて噛み付く部位を変更する。服を脱がすのも捲るのも難しい状態なので、出来れば露出しているところがいいのだけれど、今日の彼女は露出が控えめ。どうしようかとずるずると移動していると、歯に彼女のシャツが引っかかって、それが大袈裟な音を立てて破けた。こういうところは御都合主義らしい。腰から噛み付いていき、中央に辿り着く頃には死ぬだろうか。それなら途中で止めないと。臓器が見えてきた辺りで止めれば、他の部分も味わえるだろうか。骨で歯が止まるまで頑張って噛み付いていたら、異常に息苦しいのに気付いた。嗚呼そうか、口も鼻も塞がってるからなぁ、と一度顔を上げて噎せ込む。味も匂いも心地いいから、呼吸が必要な事を忘れてしまっていた。深呼吸を繰り返す彼女の腕が動く。どうしたんだろう、と背中が数回撫でられるまで思っていた。優しさに喜ぶよりも、そんな余裕があるのかという興奮が勝った。それと、背中を撫でられる程度の反応は昔からあった事も思い出した。腿を覆う布を歯で破って、思い切り肌に噛付く。控えめな悲鳴。喉を滑る血と肉の感触。顔だ、顔を見ていたい。蛇を意識してはいるが、芋虫のような動きになっていると思う。彼女の身体に這い上がると、目的通り彼女の顔が目の前に。予想より近い。副産物として、呻き声が増した。やはり重いのだろうかと思ったが、腰と太腿辺りにべっとりと張り付く感触。傷口を確りと刺激してしまったみたいだ。止血になってると有難いんだけど。流石に此方に構う余裕はないのか、眼球も動かさない。高揚したまま、頬に歯を当てるがそれ以上する気が起きない。絶対美味しいんだけど、まあ、女の子の顔だし。軽く噛んで(無反応だった)、肩まで移動する。右肩を軽く噛み千切る。顎が一切疲れていない事に気付いた。彼女の身体の上で方向転換するのは床を這うより難しい。無意識下の抵抗すら彼女は止めようとする。時々身体が痙攣するように跳ねては、それを押さえようときつく目を閉じる。左肩の骨が見えるまでは生きていて貰いたい。呼吸音と呻き声に注意しながら、齧る。血塗れの骨が白くなるまで、血を舐めた。今日はまだ彼女は死なない。随分頑丈だなぁ。骨の白さに恍惚と達成感を感じる。芸術品を作り上げた時の達成感に近いものだろう。彼女の身体の上から降りる。少し痛かった。

 何か遺言はない? 初めての試み。弱々しい笑い声。釣られて笑ってしまった。また死ぬのに、遺言なんて。結局、今回は何も話さず彼女は死んだ。まだまだ身体は温かいまま、傷つけた部分は寧ろより温かいくらいだったので、暖をとるように傍らで丸まって、死んだように眠る。


 そういえば、心中した事がない。彼女とは長い付き合いで何度も何度も殺してきたが、一緒に死んだ事も自分だけ死んだ事もない。夢の中で死んだらどうなるのだろう。彼女だけが死ねば只のリセットだが、自分が死んでしまったら。自分と彼女がほぼ同時に死んだ場合は? 別にどうという事もない、夢なんだから普通に考えれば現実になんの影響もない筈だが、そもそも普通は何年も繰り返し、同じ人間を殺す夢なんて見ない。もし自分が死んだら、ずっとこの夢が見られなくなるとしたら。彼女に会えなくなるとしたら。

 頬が彼女の指に撫でられる。慌てて、大丈夫だよ、と笑いかける。泣きそうな顔でもしてたのかと思っていたが、どうも泣いていたらしい。彼女の指に光沢が増していた。

 やってみようという囁きと、定型から外れるなという警告が脳内で右往左往している。まあこの世界も脳内なのだが。悩ましくて、彼女の方を見る。どうしよう、と声を掛ける。彼女は愛らしく首を傾げた。それもそうだ。

 一緒に死のうか。尋ねた声は予想を遥かに上回って淡々としていた。

「そうしよっか」

 はにかみながら答える彼女が幸せそうだから、リスクがどうとか考えていたのが嘘のようにその気になった。後ろを向くと、小振りなナイフが二振り。明晰夢なだけある。さっきより少しだけ近い位置で寝転がって、片方を彼女に手渡す。

 調子に乗って、少し顔を寄せる。彼女の笑みが深くなる。戸惑っているのかもしれない。

 少しずつ切っていくんだよ。そう言いながら、彼女の右肩をナイフでなぞる。

「知ってる」

 明るい声が返ってきた。それもそうか。何度も何度も殺されているんだから。同じように、肩に痛みが走る。僅かに切れただけでこれなら、この後どうなるんだろうか。まあ大丈夫だろう。

 始めての行為に、これだけで死ぬんじゃないかという程興奮している。でも、そんな理由で死んではいけない。出来るだけ同時に死なないと。急かすように頬を切られた。御返しにこっちも切ってやった。やっぱり顔を傷つけるのはどうしても遠慮が出てしまうな。潰したくなる時もあるが、基本的には綺麗なままにしておく方が好きだ。心臓を抉り出したい衝動で震える手で、腹部を数回切り裂く。彼女が背を丸めているので、収まるまで待っていたら不意に左肩を切られた。痛くて、やり返したくなった。でも彼女は左手でナイフを握っているから、右肩にしておく。骨を見ようと躍起になって抉っていたら、腹部に痛みが加わった。抱き寄せるように背中を軽く切る。二人分の血液のほんの少しが目に入る。視界が幸福で満たされた。

 久々に目が合った。おやすみなさい、と囁き合う。そろそろ、二人とも自分の意志で声を出す事も出来なくなるだろう。力が入らない手で、ナイフ越しに触れ合う。死にながら彼女を殺す。夢中で。

割と「何で?」を放置した物語になりました。

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