prologue:朽ちた世界の真ん中で
2014/07/27 プロローグ時点ではまだ「SF」出てません。すみません^^;
「うわ、こりゃひでえ。しかも、あっちいなオイ」
玄関先から声が聞こえる。鳴り響く蝉しぐれに負けじと馬鹿みたいに大きいそれが、友人の声だと頭の隅で認識して、しかし僕はその場から動こうとはしなかった。友人を迎え入れる気力も体力もなかったからである。
しばらくしてガサガサとビニールが擦れる音ともに気配が近づき、そしてとうとう僕の肩の上に手が乗った。
「おーい、差し入れ持ってきてやったぞ。他にも色々ドアノブに引っかかってたぜ。まあ、見た感じ、冷蔵庫に入れなきゃならんもんはなさそうだな。ほとんど乾物、缶詰ばっか。っつーか、クーラー入れるからな!!」
やかましい声に僕は顔をやっと上げる。ずっと同じ体勢でデスクにいたので、体中が軋むようだった。骨の髄まで痛むようで顔を顰める。ぼやけた視界には一面の白と僅かな黒が滲んでいた。手探りで眼鏡を取ってかければ、それらが無造作に散らばっている原稿用紙であると分かった。思い出したように文字が書かれているものと、黒いインクでぐしゃぐしゃに塗りつぶされたもの。用紙自体が破かれているものもあり、デスクはそれで埋まっている。視線を巡らせれば部屋中がそんな有様で、原稿用紙で床から何から全てが覆い尽くされていた。それらがクーラーの風に煽られてどこかに飛んでいく。
台所で差し入れの整頓をしている友人に精一杯の力を振り絞って尋ねる。
「……何日ぶりだ?」
「俺は先週ぶりに来たぜ。……ちなみにアパートの大家のばあさんが二日前に昆布置いてってるみたいだぞ」
声の出し方はこれで正しいのだろうか。あまり自信がない。これ以上ないほど掠れている。それに先週、友人が訪ねてきたということだったが自分の記憶にはない。
「咽喉、渇いた」
「じゃあ、スポドリ飲め。投げるから受け取れよ~」
デスクに座ったままの僕に友人はペットボトルを投げた。上手く受け取れずに椅子のすぐ下に落ちたのを、のろのろと拾い上げてキャップを開けた。パキリと小気味いい音がして、それをそのまま煽る。キンと冷えたそれで、ゴクゴクと咽喉が鳴る。口の端から、僅かに漏れるその液体が少し気持ちいい。
「少しは目、覚めたか?」
友人は友人で台所のシンクに寄りかかって、缶コーヒーか何かを飲んでいた。
友人の問いに僕は答えることができなかった。まだぼんやりとして、何があったのか思い出せない。ひたすらモヤモヤとする。
デスク横には窓があり、少しファンシーな水玉模様のカーテンがかかっていた。何となくそれが鬱陶しく思った。手を差し伸べるがなかなか力が入らず、布の上を手が滑る。しかし、次は縫い目にひっかけるようにして、手を払った。
「あっ」
カーテンがシャッとレールを滑り、一瞬、視界が眩んだ。しかし目を眇めて見上げれば、そこには白々しく照る太陽と、馬鹿みたいに青い空があった。