第5話 女軍人
よろしくお願いします。
作文:けん
俺は!
やっと!
先輩から!
「逃げてきたっ!」
1. ~能力者校舎~
悠平の前に現れた山崎将は息切れしていた。
時に、系歴百二十七年。四月の三笠は今日も晴れ。
折笠悠平と将は、非能力者の通う『海条学園A校舎』の前にいた。
「悠平、三年生の、教室の、前を、通るのは、良い。でも、俺を、置いてけぼりに、するな」
息が上がった将は、勘弁してよ、とでも言いたげに肩を落とす。
「まあ、多少はいいじゃん?」
そう言って悠平は、A校舎から道路を渡って反対側の、能力者が通うB校舎へと歩き出した。
今日は、海条学園作戦司令部の新しい常勤教師の発表、そしてもう一つ大きな発表が能力者校舎であるらしい。悠平達は招かれているというわけだ。
「しかし、ここはいつ見ても飽きないな」
能力者校舎に入るなり、悠平が誰ともなく言った。能力者の魔法で描かれた絵画には仕掛けも多く、校内の様子は、かつて流行った魔法学校の映画そのものだ。
「あそこが講堂?」
将がひときわ大きな扉を指差した。あそこは、交響楽団が全員で音合わせをする際にも使う。悠平や交響楽団の生徒には馴染みの深いところだ。今日は、ここで集会が行われる。
「おっ」
悠平と将が来た時間は少し早かったようだ。講堂では、海条学園の能力者生徒が昼休憩のイベントを開いていた。客席の前方はほぼ埋まり、ステージ上の生徒は能力を使った大技を披露して盛り上がっている。
「あれが、物質転送魔法か」
「おおー!火が出たぁー!」
「すげー、あれを消せるんだー……」
将は横で一人、大盛り上がりだ。何度もここを訪れている悠平は、普段から見慣れているので驚きは少ない。
が、
悠平は来る度、決まって一つの条件を満たす人を探すのだった。それは、地球上でも、かなり珍しい能力を持つ人間。
「終わったー。すげぇなぁ」
今日も発見できなかったな。
能力というのはある程度学校に登録はされているが、他者が正確に『この人はこの能力をもっている』と判断できるようなものではない。日々少しずつ、本人でさえも気がつかない程度に変化するものなのだ。よって、いつ、その珍しい能力を持つ人間が身近に現れるかは分からない、というわけだ。
「悠平、座ろうよ」
気が付くと、先程まで騒いでいた能力者生徒達は次々と、講堂から退出していた。そして入れ替わるように、今日呼ばれた責任者生徒達が着々と座席に座ろうとしている。
おう、と悠平は返答し、『A校舎生徒』と貼られた座席の区域へ向かう。
……その時のことだ。
横を、退出しようとする能力者生徒が通過する。
その中に、
黒髪の女子生徒が、
荷物を手に持って、
荷物を手に持って?
そうじゃない。手なんて使っていない。
「君は、物を浮かせられるのか?」
普段、悠平が持ち合わせている気遣いの思慮は、彼が科学者としての本能を呼び覚まされるともはや頭にはない。
「もう一度聞く。君は物を浮かせることができるのか? 飛ばすことができるのか?」
黒髪の女子生徒。見知らぬ制服ながらブレザータイプの制服を着ているところを見ると、好戦的な戦術系の科目ではなく、生活科やせいぜい電探の、おとなしい生徒なのだろう。どこの学校なのだろうか。
彼女は不思議そうに、しかし力強くパッチリとした目でこちらを見ている。
この目……。
「ゆうへーい、早くしろよー」
遠くから将が呼ぶ。悠平は一瞬だけ振り返り、待つように言った。
「そう、もう一度聞くけど、君は」
あれ?
いない。
漫画かよ。
「ゆうへーーい」
腑に落ちない表情で、悠平は将の方へ向かう。
使役飛行能力を持つ人間を見つける初めてのチャンスだったのに。
惜しいことをした。
そう、悠平は思うのだった。
--------------------
2. ~ハワイ奪還作戦~
能力者、非能力者を問わず、各科の責任者が集められた集会は、それから30分ほど後に始まった。
<……続いて、新しく赴任されました常任顧問の先生に挨拶をしていただきます>
その声に合わせるように、新しい顧問の先生であろう人物がステージ壇上に上がった。だが、それはまるで中学生のような訳のわからない女の子だった。
「おい、あれ……」
どこかで真広の声が聞こえた気がする。しかし、なんとも不思議な雰囲気を持つ人だな。
やっぱり何かの能力で……
「私はこの四月から海条学園作戦司令部の顧問を務める、八神ちひろだ!よろしく頼む」
えっ。
悠平は思わず思考が停止してしまった。その女の子、つまり八神ちひろは、想像以上に大人びている。もっとも、顧問を務める限りは大人ではあるのだろうが。
「簡単な挨拶で恐縮であるが、早速私は諸君らに伝えねばならない」
「それは、ハワイ奪還の作戦だ!」
ええっ。
場内がどよめく。そして、生徒達の目はすぐに期待感に満ち溢れたものに変わった。
八神はスクリーンの電源を入れ、太平洋の海図を画面上に示す。
「この作戦は、我々国連軍の、ミッドウェー及び日付変更線上の防衛を強固にする為に実行される。そして、海条学園はこの作戦に二隻の艦艇と共に参加し、敵基地を叩く!」
そのハキハキとした物言いからして、彼女は軍の出身なのだろう。
と言っても繰り返すように、彼女の見た目はどう見ても中学生なのだが。
「私が先日、次期作戦司令部の責任者を選抜した。既にそれは諸君らにも伝えられていることだろう。この作戦には、この春三年生となった前任の責任者生徒と共に、次期責任者の二年生生徒諸君にも参加していただきたい」
生徒はおおっ、と声をあげた。
三ヶ月前まで、ハワイの近くに三笠はあった。だが、防衛戦に敗れたため、ハワイを失うことになったのだ。防衛戦には当然海条学園も参加しており、生徒達はリベンジの時を待っていたのだった。
「この集会が終わって後、次期作戦司令部の二年生責任者生徒はこの校舎の三階、ブリーフィングルームへ集合するように。他、各科の責任者においては、司令部生徒から伝達された作戦内容を、確実に配下生徒へ伝えること。私からは以上だ」
八神は壇上から降り、凛とした足取りで座席へと着く。
悠平は胸の高鳴りを感じながら、拳を握った。
できるんだ。実戦ができるんだ。
--------------------
3. ~ヨーヨー作戦~
「それでは、今回の作戦の詳細を、ここで確認しておきたいと思います。申し遅れましたが、私は、生活科の松崎佑莉と申します。よろしくお願いします」
B校舎の二階、ブリーフィングルームには佑莉が先回りしていた。手には、大きなパネルスクリーンと連動したタブレット端末を抱えている。喋り方は、いつもの演劇調だ。
「松崎、あまり堅苦しいのはやめにしないか」
八神は気だるそうに椅子に座りこむ。佑莉は少し照れたように苦笑いをした。
「すみません。敬語は私の悪い癖でして」「ああ、そうね」
しかし、この新しい顧問の態度は何なのだろうか。先ほどの凛とした構えとは一変している。いかにも、『女軍人』という感じだったのだが。
悠平と同じく、皆も驚きを隠せないで、ただポカーンと佇んでいる。この顧問と松崎がいつ知り合ったのかという疑問なんて、集まった責任者生徒の頭からは消えていた。
「それでは、説明を始めさせていただき……」
「ちょっと待て」
この場の空気を八神は察したのだろう。口を開いた佑莉を制止し、ゆっくりと立ち上がった。軽く背伸びをして皆を見渡す八神。
「第一印象ってのは、結構大切なんだ」
両手を上げ、『わかるかな』と八神は笑う。意味が分からない、という人がほとんどだった。はっきり言って悠平にもわからない。さっきは見栄を張ったということなのだろうか。もうどうでもいいや。
「まあいい。松崎、出来るだけ簡単に頼む」
松崎は頷き、タブレット端末の電源を入れた。画面に表示された海図には、初期配置として、ジョンストン島に『三笠海軍第十一艦隊』と『三英連合海軍第二艦隊』、さらに『人型決戦兵器-01β』が配置されている。
「ジョンストン沖に配置されている部隊は、常識的に考えれば主力艦隊となります。しかし、この作戦では、その考え方を覆します。彼らは、陽動艦隊です」
画面がスクロールされ、リシアンスキー島沖の海図が映し出された。そこには、『海条学園特殊作戦部隊』と配置されていた。
「我々海条学園はここ。この海域には自動駆逐艦春風・雪風と、本校の戦艦武蔵に特務艦として待機していただきます」
画面に『BB-MUSASHI』と『AD-HARUKAZE』『AD-YUKIKAZE』が表示される。よく考えると、これらの艦はすべて昨年悠平たちが軍事演習大会に使ったものだ。
「それでは、詳しい説明は八神先生から」
言い切った、という表情で佑莉がタブレット端末を八神に渡した。八神は頷きゆっくりと、けだるそうに立ち上がる。
「簡単に済ませるよ。この作戦の肝となるのは武蔵だ。つまり、武蔵で基地を殲滅する」
画面に『武蔵改装予想図』が表示された。
武蔵の艦体がズームアップされる。第一砲塔の三連の砲のうち、一つは『陽電子衝撃砲』と書かれた砲塔に改造されており、画面上で強調するように赤く輝いている。
「……陽電子砲」
将が呟いた。八神はそれを聞き、小さく頷く。
「そうだ。陽電子衝撃砲、人によってはショックガン、ショックカノンとも言うかな」
「つまり、陽動で敵艦隊を引き離した後、ロングレンジで基地を叩く」
「それだけだ」
八神は面倒そうに歩きだし、ブリーフィングルームから退出しようとした。
「ああ、そうだ。杉谷」
何かを思い出したように立ち止まった八神。
「作戦のメンバー、それからこの学校で一番の砲術士。選抜して提出するように。再来週までだ。詳しいことは書類に記す。作戦は、三週間後に実行」
そう言って、彼女は扉の向こうへ消えた。
陽電子衝撃砲。そして、それを一番上手く操れるこの学校の生徒。
悠平は思わずフッと笑った。なるほど、そうか……
--------------------
4. ~ダイ~
「あれからもう三ヶ月になるな」
マルツ、ハワイ島基地。鉄に囲まれた司令官室に、低く野太い声が響き渡る。
「奴らがここを狙っていることは分かっている」
低く野太い声。腕まくりをしたそのたくましい腕にはいくつもの傷が入っていた。彼の名を、ルド・フォンシュトランという。マルツ軍の太平洋方面作戦司令長官だ。
「と、言うと?ルド、何か情報を掴んだのか?」
隣には、彼に長年付き添ってきた相棒の副官がいる。彼の本当の名を知る者はいない。
「内偵だよ。ある情報筋が連中のハワイ奪還作戦を掴んだらしい」
「ハワイ奪還作戦……」
「連中も懲りない奴らだ。どうあがこうと、我らが常に上を行くのは当然の話……何より奴らには、」
「優秀な科学者がいない。そうだろう?」
副官が笑った。ルドが敵の科学者を嘲る時、それは戦いの完勝が約束された瞬間だと言っていい。軍人で科学には素人の自分にはよくわからないが、科学者出身のルドこそわかる、何らかの根拠があるのだろう。
「さすがは、私の副官だ。ダイ、君は優秀だよ。おまけに、三笠のことに詳しい」
薄暗い司令官室の中、ハワイ島の海図を前に、二人は笑う。モニターには、『BB-MUSASHI』『AD-HARUKAZE』『AD-YUKIKAZE』と示されていた。
つづく
ありがとうございました
次回もよろしくお願いします。
(けん)