第15話 空の飛び方
5/18に投稿すると宣言したので、ギリギリですが、できたての14話です!
ハワイ奪還作戦はまだまだ続きます。
作文:けん
時に、系歴百二十八年五月。
海条学園の戦艦"武蔵"は、八神艦長の下、特務艦として『ハワイ奪還作戦』に参戦していた。
「艦長、指揮権を僕にください」
悠平は、八神を見つめるというよりむしろ、睨む。そこには、懇願の想いも込められていた。
「先生は、相手がルド・フォンシュトランであると確信して、そう仰りました。この魔法科学の時代、科学者は、科学者にしか倒せません。先生の仰った通り、相手がルドならば、僕が、科学者として対峙します。そして、倒します」
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1. 〜指揮権〜
「指揮権は、私にある。それは変わらない」
八神は淡々と言った。
「君に指揮権は渡さない」
と、続ける。
「だが、君の意見は仰ぐことにする。折笠、CICへ来い。奈津子が代理だ。上がれ」
そこまで言うと、八神は座席エレベータを作動させた。艦長席がゆっくりと沈み、一つ下の階のCICへと降りていく。
――この緊急事態に?
悠平は驚き、八神を止めようとしたが、彼女はもうCICへと降りてしまった。両手を肩の高さで広げ、半ば飽きれたポーズの悠平。
だが、一番驚いたのは奈津子だった。少し怯えた表情で艦橋まで登ってくると、声を震わせた。
「あの……にげ、ますか」
「にげ、ませんか」
奈津子は二言言って、艦橋の皆をぐるりと見回した。
「いや……やっぱり! に、にげ、にげますよね?」
もう一周、奈津子は見回す。
「いえ! にげませんね! に、にげませんよ!」
またもう一周。
「宮内さん、任せますから」
大地が優しく言った。
「まかせる!?」
この奈津子の慌てぶりを見ていると、艦橋の面々は、不思議と気持ちが落ち着いてきた。
「じゃあ、副長、任せますんで」
悠平の気持ちにも、焦りはなくなったようだった。彼はエレベーターを使い、八神の待つCICへと降りた。
奈津子も、ようやく自分の役割を理解し、その優秀な頭を少しずつ回転させ始めた。ただ、まだ焦りは隠せていなかったが。
「てきの位置をさぐります! り、りょうげん、ぜんしん!」
奈津子が震えながら指示したのは、ハワイ基地への接近。
武蔵は速度を上げ、敵の懐へと飛び込んでいった。
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2. 〜科学者~
「私と同じ考え。奈津子もやはり悪くないセンスをしている」
戦闘指揮所<CIC>へ悠平が降りると、八神は、CICの艦長席に座りレーダーを見つめていた。
悠平が何も言わないでいると、彼女が先に口を開いた。
「君ならばこの状況をどう打開するのか、聴かせてくれ」
今もなお、被弾する武蔵。しかし、レーダーの表示は歪み、弾道の捕捉はできそうもない。
「僕ならば、」
悠平は、表示の歪んだレーダーを見つめた。
「僕ならば、撤退します。今すぐ、この海域から」
「戦闘を止めろと言うのかね?」
八神は少し笑っていた。
「はい。この艦では、勝てません」
魔法科学的な性能で、武蔵は劣っている。悠平はそう判断した。
「私は考えろと言ったんだ。その判断なら、私にでも考えられる。愛結と香奈を艦外に追いやってまで、私が君に期待するその意味が分かるか?」
プレッシャーをかける八神。自分が救世主とならねばならないことは、悠平にも分かっていた。
だが……
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3. 〜重力反転装置〜
<右舷高角砲大破!>
<敵魚雷、右舷艦底部に被弾!>
<左舷内火艇格納庫で火災>
「消火班、急げ!」
敵の懐に飛び込む目的は、ただ一つ。あえて攻撃させ、敵の位置を特定することだ。しかし武蔵が攻撃を受け、いくら乗組員が傷つこうとも、敵の姿は見えず、ただレーダーに反応もなく直撃するミサイルと魚雷に、艦は疲弊していくのみだった。
「副長、潜りませんか?」
艦長と機関長を欠く武蔵の艦橋は、一応副長に指揮権はあったものの、同学年の生徒のみで構成されており、上下関係の差はさほどなかった。
「もぐる?」
<それはできない! >
通信機を通じて会話を聞いた悠平は、間に入った。
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<どういうことですか?>
CICでは、奈津子の声が通信機から響く。
「潜水航行には海水を注入するタンクが必要だ。新しい装置を組み込んだ武蔵に、そのスペースはない」
悠平は、そう言って通信を切り、八神を振り返る。そして、速記でメモを記した。
「リスクを冒しても構わないのであれば、やれることはあります。それでも、よろしいですか?」
歪んだ表示のレーダーをチラと見てから、八神にそのメモを差し出す。
「構わないよ」
メモを受け取って満足そうに笑い、八神は艦橋へ戻る準備を始めた。
「君も艦橋へ戻るのか?」
八神は悠平に尋ねる。
「艦の指揮権を持っているのは貴女ですから。僕は機関室で、機関技術科の指揮をとります」
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4. 〜Orikasa-Sugitani ver.01〜
「奴等は我々の位置を掴みたいようだな」
武蔵の映る画面を見、副官はそう分析した。
「到底、人間のわかる場所ではあるまいに」
ルドは攻撃続行の指示を下した。
マルツ軍の攻撃は精度こそ高くはないが、大きな威力を持っていた。数分間攻撃を武蔵に加えると、武蔵は横転し始めたのだ。
「沈むのか?」
副官は懐疑する。
「そうは思えない。全艦、警戒体制を緩めるな」
再び攻撃続行の指示を出すルド。
その時。
「これは……!?」
副官の声に、一度視線を外していたルドは画面を振り返った。
横転し、艦底を露わにした武蔵は、天空へ魔法陣を飛ばすと、そこへ向かって"落ちた"。
まるでその空間だけ重力が逆さまになっているかのように、上下がひっくり返ったまま浮かぶ武蔵。空を向いた艦底部とその下、いや、その"上"の海水面に開いた魔法陣が、船体全てを支え、武蔵は飛んでいるかのように見えた。
「次元潜行中の我々は平行境界面を越えたその先にしか攻撃できない。相手は科学者か?」
ルドの眼は既に軍人としてだけではなく、科学者としての輝きも帯びつつあった。
「空飛ぶ戦艦など初めて見た」
副官も驚きを隠せない。
「こいつが空を飛んでいるとは到底言えん。こんな不格好なものに、空中戦艦の名は与えられないだろう?」
フッと笑うルド。
「我々には航空母艦がある。戦闘機で叩いてはどうだろう」
副官は部下に目配せした。ン、とルドは了承して唸る。
しかしそのタイミングで、武蔵に動きがあった。
「待て、内火艇だ」
逆さまの世界の中、武蔵からは内火艇が飛び出した。小さなその船は武蔵の正面、艦首に背を向けてその逆さまの空間に留まった。
「何をする気だ?」
ルドと副官の乗る次元空洞内航行戦艦<アテナ>の艦橋員、皆が武蔵とその内火艇に注目した。
すると、その二隻の前に巨大な魔法陣がまた一つ生じた。それは、空間転移の印だ。
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5. 〜作戦〜
1:<重力反転装置・OS-01>を使用して武蔵を安全な空間に移動させる(敵は何らかの方法で次元空洞へ潜行可能な兵器を用いている。魔法科学原理を踏まえ、相手が洋上艦と仮定すると、敵がどの次元に居ても空中で被害を受けることはない)。
これまでのところは、悠平のメモ書き通りに進んでいる。
「内火艇を出せ。ジャンプ用意」
内火艇<あきつしま>が、逆さまの武蔵から飛び出す。内火艇と艦首の前方に魔法円が開き、空間転移の準備が完了した。
「あきつしま、準備はいいか」
内火艇には、電探の太田大輔・通信長の松崎佑莉・航海長の高橋大地・そして、戦術科から一名が乗り組んだ。
<こちらあきつしま。問題ありません>
佑莉が返答する。よし、と八神は頷いた。
「これより、あきつしまを次元空洞内へ押し込む。総員、対ショック用意」
空間転移へ向け、カウントダウンが始まる。空間転移の舵取りは、大地の交代要員が務めていた。
「5.4.3.2.1…ジャンプ!」
交代要員がレバーを倒すと、武蔵と内火艇は、二隻揃って魔法陣へと引かれていく。
「ジャンプ中止!」
前後に連なるように魔法陣へと引き込まれた二隻。武蔵が発生させた魔法陣の中へ内火艇が入った段階で、ジャンプは中止された。すなわち、空間転移能力、つまり次元空洞内を飛び越える能力のない<あきつしま>だけが、次元空洞内へ取り残されたことになる。
これが、悠平の作戦だった。
――頼むぞ、大地。
つづく
ありがとうございました。
次回は真広側か悠平側、先にできた方を投稿します!