海条学園V.S.海条学園
よろしくお願いします!
作文:けん
いつからだろう。西暦を中心に回っていたこの世界の歴は、いつの間にか『系歴』にすり替わっていた。
メディアが報じることなく、政府発表もない。それどころか、ほとんどの人間は、疑問さえも感じていなかった。もちろん一部では、都市伝説のひとつとして、『西暦を中心としたキリスト教世界が終わりを告げ、神の交代が起こった』などと囁かれたのだが。
この世界は、この数十年で大きく変わった。火星へ進出した人類は、かの星で独自の発達を遂げている。
地球でも、変革が起きている。日本列島を含むアジアと、アメリカの間にある太平洋には今、かつてはなかった人工の島がたくさんある。その上、世界は四つの勢力に分断されている。マルツ、ネクサス、ヨルムガンド。火星移民人との混血の中で生まれた新人類・魔法能力者の勢力達が、それぞれの目的を叶えようと、地球上において抗争を繰り返している。元の人類は、国連軍を組織して対するしかなかった。
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<……準決勝、海条学園-B v.s. 海条学園-A。開始まで後四分です>
ここは、太平洋に数多く浮かぶ人工島の中でも、ひときわ大きい島『三笠』。ここは、『マルツ』と呼ばれる勢力との戦いに備え、若者たちが日々訓練に励む軍事学園都市。国連と同盟関係にある『ネクサス』の若者も多い。
「総員点呼完了。作戦配置に問題なし」
三笠の大都市から、西へ数キロ。小さな島がたくさん浮かぶ海がある。それは、ちょうど日本の瀬戸内海のようであった。
<時刻、一三〇〇。第16回軍事演習大会準決勝、開始>
島の影に隠れるように、数隻の軍艦が錨を降ろしている。旗艦と思しき戦艦の側面には、『海条-B むさし』とのマーキング。
「第七駆逐艦隊、第二作戦海域へ前進。作戦を開始する」
旗艦・武蔵の戦闘艦橋。その中央奥には、艦長と思われる若い女が、手すりに手をかけて前かがみに立っている。細身かつ長身で、長い黒髪をポニーテールにまとめ、艦長帽を深くかぶっている。年齢はおよそ高校二年生辺りなのだろうが、風貌だけを見れば完全な大人だ。
「隔壁の閉鎖を確認。機関、防水モードに切り替える」
他よりも小高い艦長の所から見て左下。一般人には理解不能な計器類の並ぶ機関制御席には、これも高校生と見られる、腕まくりをした若い男が機関長として座っていた。少し長めの髪は少しくせ毛で何本か飛び出している。身長は170センチ前後といったところか。腰の横には何本もの工具をぶら下げている。
「了解。これより本艦は、潜水航行に移行する。総員配置につけ」
女艦長の指示により、艦橋の証明は赤い光になった。作戦開始だ。
「注水完了。下げ舵20」
武蔵はゆっくりとその船体を海へと沈めていく。ひときわ目立つその艦橋が海中へ完全に入ると、武蔵のいた海域には魔法円が広がった。
「潜水航行への移行完了。潜水艦行動をとる。下げ舵そのまま」
よし、と機関長の男子生徒は拳を握った。
この潜水航行技術が実用化できれば、海条学園だけではなく、国連軍にとっても大きな利益となる。艦長に具申したのは正解だった。
「愛結は焦っているだろうね。旗艦が突然消えるなんて」
艦長の横には副長が立っている。艦長よりも背は低く、髪は同じくらい長いが結び方が違う。そして少し茶髪だ。
愛結とは赤崎愛結のことで、同じ学校の海条学園Aチームの指揮官だ。海条学園生徒きっての名将だが、今は敵。そして、武蔵艦長の学園内ライバルでもあった。
「長距離レーダーが解禁されたら、駆逐艦隊が一気に敵前へ飛び出す。それまでに我々は、潜水で島々を迂回し、敵艦隊の背後へ回る」
駆逐艦隊は言わば囮だ。この対戦は同じ学校故、お互いを知り尽くしている。それだけに、これまで隠してきた新しい潜水航行技術は相手にとっても想定外であろうから、大きな武器となる。
「……開始から一時間経過。長距離レーダーの使用が解禁。敵位置のおおよその把握が可能です」
艦長から見て右側に座る、女メガネ通信士の声が上がった。それを聞いて艦長は頷き、副長とアイコンタクトを交わす。この長距離レーダーはエネルギー反応で敵を識別するもので、細かい分析はできないものの、洋上であればこれまでにないほど広範囲な電探ができるとされる。
「レーダーに感」
敵艦がいると思われるエネルギー反応がキャッチされた。モニターには赤いモヤとなって表示されているため、細かい艦種などを分析することは出来ない。
「駆逐艦17号が近いか。真広!」
「了解。やってやるぜ」
艦長の呼びかけに答えるように、通信機の向こうからキザな男の声がした。それは、半自動で動かせる駆逐艦・冬月を一人で操るパイロット、神崎真広の声だった。
冬月は敵艦隊に一番近い、『井島』と呼ばれる小さな島の裏側に隠れていた。レーダーが解禁され、当然冬月も発見される。だが、水中にいる武蔵は、対潜ソナーを使わなければ発見出来ない。そして、学園が潜水艦を持たないことを知る敵は、対潜ソナーを備えてはいないのである。
「冬月、発進する!」
冬月は井島から全速で飛び出し、敵艦隊の中央へと飛び込んだ。後続から自動駆逐艦春風・磯風が追随するように飛び込む。武蔵は冬月の報告を待ちながら、敵艦隊の後ろへ回れるよう迂回していた。
「……敵艦隊。駆逐艦12、巡洋艦5、戦艦2」
真広は懸命に敵の攻撃をかわしつつ、武蔵に報告を送る。追随艦磯風は攻撃によって既に降伏旗を揚げ、『撃沈』扱いとなっていた。
「敵艦隊はその場に留まったまま我が方へ砲撃。進撃認められず。旗艦、中央後方」
艦橋に響く弟の声に、副長は不安そうに拳を胸に当てる。彼女は神崎レイナ。真広の姉だ。だが、不安は的中する。冬月は何度も砲撃を浴び、規定の被弾数を越えてしまった。降伏旗が揚がり、レーダー上の冬月には『撃沈』と表示された。
やるか、と艦長は立ち上がった。
「浮上する。注水タンクブロー!」
敵艦隊は動いていない。
しかし、その目は残った春風に向いている。
「敵艦隊、依然として春風に砲撃中!」
やりたい放題だ。
全砲門開け!奴らを仕留める!
「撃てぇ!」
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西暦で表すと何年だろうか。系歴では百二十六年。太平洋上のほぼ日付変更線の上に浮かぶ軍事学園都市。『三笠』で行われる軍事演習大会は、今年で十六回目を迎えた。
一年生中心の海条学園・Bチーム。リーダーはBチームに二人だけ所属する二年生の一人で、旗艦・武蔵の艦長、杉谷香奈。その鋭い戦術眼と高い人望で、国連イギリス海軍からも注目を浴びる秀才だ。彼女の指揮でこのチームは、準決勝まで勝ち上がった。そして準決勝では、同じ学校の二・三年生中心のチーム、海条学園Aチームと対戦。旗艦武蔵の、洋上艦と潜水艦の両方を切り替えて行動できる画期的な技術をここで初めて投入し、自力で勝る相手をアイデアで打ち破った。
その技術を開発したのは機関長の折笠悠平である。彼は一年生ながらこの軍事演習大会で技術者賞を受賞し、期待の人材として世間で注目を浴びた。
決勝。海条学園Bは、同じ三笠の桜尾学園と対戦。だが、手の内を知られた海条になす術はなく、敗れた。
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この物語は、その一年後に始まる。
時は、系歴百二十七年。
舞台は、四月の海条学園だ。
つづく
このダブトラですが、二名による共作なので、担当している人は話によって違います。
前書きで書かれる役職『作文』とは、本文の元となる文章を書いている人です。
役職『文章監督』とは、作文係が書いた文章に修正を入れる係です。
担当者による、物語のテイストの違いも楽しんでいただければと考えております。
また、改稿した際は、できるだけ、後書きに改稿内容をメモしたものを書き記しておきます。
(本当は、改稿なんてしないように作品を作るのが一番なのですが)
次回も、よろしくお願いします。
(けん)
次回:第1話『いつかみた日々』
作文:けん
〜2015〜
2/7:リニューアル