第12話 発進準備
よろしくお願いします。
作文:けん
3/29:ミスってました。次回予告削除。
4/4:推敲
4/17:推敲。13.0と合わせました。
4/21:推敲
5/12:次回予告追加
――三班! OSの搬入急いで!
――予備燃料は第二貯蔵室よ! 間違えないで!
「全く! 世話が焼けるわ」
吉岡ミナは呆れ顔だった。
――あのバカ、教育が成ってないっての!
あのバカとはもちろん、折笠悠平を指した言葉だ。ミナは、艦内紹介を任された悠平の代役。しかし、それを引き受けたことを半ば後悔していた。
「吉岡さーん、予備燃料ってどこでしたっけー?」
だーかーらー!!
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1. 〜武蔵を歩こう~
ハワイ奪還作戦、その出発当日の早朝。折笠悠平・有原ユイ・神崎七海の三人は、海条学園の海側にある艦船ドックの吹き抜けの二階から、ドックの一階で整備中の巨大戦艦『武蔵』を見つめていた。外はまだ暗闇であるが、ドックの中は照明に照らされ、明るかった。
杉谷香奈は、既に去った。
もう昨日のことだ。
彼女はいつもより早く目覚め、いつもより早く朝食を食べ、いつもより早く着替えて家を出て行ったのに、彼女が背を向けた彼女の部屋は、いつもの朝と変わりなかった。
――あれが、生きて帰るという『決意』なのか?
ざわついている武蔵とその周囲を見つめて、悠平はそんなことをふと思うのだ。
「……大きいね。この艦」
ユイの声に、悠平の気持ちは、グッと海条学園に引き戻される。
「そうだな。居住区画を広くとってあるからだ。長距離の航海でも、楽に過ごせるようにね」
改めて悠平は武蔵を見る。出航まであまり時間がないというのに、まだ乗組員はバタバタしていた。陽電子砲の設置は100%ではないし、艦橋に詰める士官を時間割で定めるシフトも、これで正解という確信を持てていなかった。
『巨大戦艦なら、足が遅いはず』
ふいに、七海がボソリと呟いた。
悠平にとっては意外だった。少なくとも悠平には到底、七海が軍事に興味のある人間には見えていなかったからだ。
「君、軍事のこと詳しいの?」
悠平は七海を向いて問う。
「……戦時下の日本にいた」
「戦時下?」
日本が、戦争に加わっていた歴史など、西暦と系歴の両方を踏まえても数える程しかない。
「私もそれしか知らない。私は、詩の中でしか、私を知ることが出来ないの」
詩。
悠平は、再び、あの名を聞くことになった。今度もまた、得体の知れぬ少女の言葉からなのだ。
『風見明日香』またか。
歌を歌っていた少女とは違う、しかしそれでいてさらに、普通の人とは異なった少女の登場に悠平は戸惑う。だが、海条学園のチャイムに急かされた三人は、早足で艦内へと向かうこととなった。
悠平の抱いた疑問も、今は、考えるべき時ではないのだろう。
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甲板上にそびえ立つ巨大な艦橋のふもとに扉がある。そこを入ってしばらく行くと、中央エレベーターにたどり着く。この中央エレベーターは、艦橋頂上の特務室から艦底の対潜装備室までを各階に分けて結ぶ、交通の心臓だ。
特務室から航海艦橋、CICと呼ばれる戦闘艦橋などを順に、10Fから1F、それからB3Fまである。1FとB1Fの区切りは喫水線で、武蔵の乗組員は喫水線から上の区画を『線上』、下の区画を『線下』と呼ぶ。
「ここからが、居住区画だ」
エレベーターが、『1F』を示し、左右に扉が開いた。天井からは『乗組員居住区画』と書かれたボードが下がっている。三人がエレベーターから降り、背後の開閉扉が閉まったところで、悠平は案内を始めた。
「ここが、武蔵の居住区画だ。この艦が"西暦の武蔵"に比べて大きく広いのは、この居住空間を生み出すためだったと言っていい」
二人を先導して悠平は歩きだした。左右に、各々の部屋へ入るための扉が立ち並んでいる。初めのうち、その扉たちの間隔はゆったり広々としていたが、次第に中央エレベーターから遠くなるにつれ、間隔は狭まり、そのうち通行路の幅まで狭くなってきた。
「見てわかると思うけど、中央エレベーターから近い方の部屋が、各科の責任者だったり、その交代要員だったりと、艦橋に詰めることの多い乗組員の部屋だ」
悠平は、ユイと七海をそれぞれ見た。ユイは電探の長として、七海は、通信の交代要員として艦橋に詰めるケースが多い。つまり彼女たちは、この辺りの部屋へ割り当てられることになるのだろう。
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艦橋に詰めることのない乗組員は、エレベーターから遠く部屋が狭いかわりに、二ヶ所にある食堂と、各部署への距離が近い。
「食堂のメニューは日替わりだ。短い航海なら、三笠から持ち込んだ食料で料理を作ることができるけど、長い航海となると補給が必要になる」
三人が入ったのは、二つある食堂のうち『第二食堂』と呼ばれる艦尾方面の食堂だ。艦内には弁当の移動販売や小型のアイスクリーム製造器、飲料を売る自動販売機等もあり、食堂を利用するか否かは自由。しかしそれも、長期航海となれば補給次第。西暦時代の戦艦よりも少ない乗組員とはいえ、600人以上が乗り込む武蔵では、艦内の食糧事情を管理する『主計科』の役割も大きい。
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武蔵には、非番の乗組員や偵察機のパイロットなどが使用する、体力の維持を目的としたトレーニング・ルームがある。さらに、乗組員の憩いの場としての展望室や、将棋・麻雀・花札など伝統的なボードゲームをするスペースもある。しかしそれは、航海を快適に過ごすための『オマケ』にしかすぎない。
「最後は艦橋だ」
そう。武蔵の全ての機能を制御しているのは、天高くそびえ立つ艦橋であるのだ。
「ここは、航海艦橋だ。作戦外の航海中では、各科のリーダーは基本的にこの艦橋に詰める」
悠平の説明を聞きつつ、ユイは、レーダーパネルのある席にゆっくりと腰をおろした。
「ここが、私の席?」
「そうだな」
海条学園の戦艦を確かめるかのように、ユイはレーダーを少し操作してみる。
――悪くない。
ユイは、海条学園の電探を少し侮っていた。侮りすぎていた。
――でも、こんなんじゃ……
いや、"思っていたよりも"まともな設備だっただけだ。桜尾学園にこれを持ち込めば、未開人のように嘲笑われるだろう。
――それは、言いすぎかな。
「申し訳ないな。こんなもので」
声がした。ユイだけではなく、悠平も驚いた。
振り向けば、八神ちひろ。
「海条学園のレーダーは残念な代物だ。こんなんだから、潜水航行作戦も成功させてしまう」
ちひろは、艦橋の後方にある艦長席に気怠そうに座った。しかし、彼女が眼を瞑った刹那の後、表情は一変した。そして、ユイを見つめ、こう付け加えた。
「だがな、海条学園には、人の力がある。確かに演習では、より優れた道具を持つ者が勝つだろう。しかし実際の戦において最後に頼りとなるのは人間だ。人間の力だ」
だから、私はこの学校に来た。
ちひろは、『凛』を演じた作戦発表の時とも、普段の気怠そうな時とも違う、真っ直ぐな眼をしていた。ユイは、ちひろから全てを感じ取り、悠平も、この童顔の女軍人が、凡人でないことは理解した。
突然、通信機が音を立てた。
<……こちら海条ドック管制塔。三英連合艦隊は作戦を開始した。海条学園の作戦開始時刻も10分前に過ぎている。海条学園の艦橋、速やかに状況を報告されたし。繰り返す。こちら、海条ドック管制塔。連合艦隊は――>
回線の混乱が無いためか、七海が通信をとる前に管制塔と繋がったようだ。通信機からは、出航準備を手伝っていた、選抜漏れした生徒の催促の声が鳴り響く。
「こちら艦橋。艦長へつなぎますか?」
七海が淡泊に答えると、<お願いします>と返答がきた。七海はちひろを振り返り、通信を艦長席へ渡したことを知らせた。
「艦長八神だ。各科の準備が終わり次第、責任者は艦橋へ戻るよう通達してある。間もなく。 どうぞ」
<……了解。艦橋及び艦内の配備完了次第、折り返し通達されたし。 どうぞ>
「その必要はない」
八神はその一言を言って通信を切った。その理由は分からない。
すると、艦橋の扉が開き、松崎佑莉が入ってきた。
「報告です! 通信及び電探の整備、乗組員の配備が完了、です」
『御苦労』と八神は、艦長帽の鍔に目を伏せる。
「報告。機関のチェックと整備、機関士の配備も完了ー。まったく。手を焼かせるんだから」
続いたのはミナだ。働かない機関士達をなんとか動かし、半ば無理やりとはいえ準備を終えたのだ。
「ほうこく。しー、あい、しーのせつびのチェックは完了しました」
「報告! 航海科、空間転移航法のマニュアル、及び航路図の確認を完了!」
続々だった。『間もなく』と言った艦長の言葉は間違いではなかった。しかしその報告の間も、八神は艦長帽に視線を潜らせ、ひたすら『御苦労』と繰り返すのみ。
「報告。陽電子砲設置は遅れていますが、一発ならば、なんとか……」
最後は、山崎将だった。疲れなのか、フラフラとしている。
構わん、と八神は即答した。
「これで、各部の配備は万全か」
八神は艦橋内を見渡した。副長である宮内奈津子は頷き、万全であることを知らせた。
そして八神は、艦内放送のマイクを取り、艦長席から立ち上がる。
「間もなく、本艦は発進準備に入る。総員、配置につけ!」
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2. 〜時は満ちた……のか?〜
ドックのゲートがゆっくりと開いた。もう朝だ。朝日がドック内に射し込み、航海艦橋の乗組員達は、眩しさに目を細めた。
「ドック内に注水する。ドック作業員は全員退避」
ブザーはサイレンに変わり、先程まで武蔵を整備していた作業員達は、一斉に二階へと散る。すると、ドックの両サイドからは海水が流れ込んできた。
「水位、喫水線を間もなく越えます」
メーターを読み上げ、悠平はそう報告した。海へと直結するこのドックからそのまま発進するには、まずドック内を海水で満たさねばならないのだ。
「越えました」
悠平の声を聞き、八神は頷く。
そして艦橋の皆は、じわりじわりと高まるエンジンの予熱作業音に耳をすませた。
サウンドは頂点に達した。
いよいよだ。始まりだ。
「機関始動!」
「まわせっ!」
機関室と繋がったマイクへ向け、悠平は思いきり叫んだ。
エンジンの起動音が高まる。
高まる。高まる。高まる……
消えた。
「どうした?」
悠平は思わず声に出した。
「機関室、状況報告」
八神が冷静に通信する。
<わ、わかりません!>
機関士達は慌てている様子で、何が何やら分かっていないようであった。
「システムチェックを1からやり直せ! 全部だ!」
航海長の高橋大地も珍しく声を荒げた。
「直ぐに空間転移しなければならないのに!」
高橋の怒りは焦りからだった。
「慌ててはダメですー。それでも急いで、正確にやらなくちゃエンジンは回らないよっ」
佑莉がゆっくりと諭すように言ったが、悠平の心中も穏やかでなかった。
この状況……どうすればいいんだ??
「折笠、機関室へ行け。伝導管をチェックしてこい」
ちひろは、悠平の心を読んでいたかのように言った。
「了解」悠平はすぐに、中央エレベーターへと向かい、そこから機関室へ走る。
悠平が艦橋を出た。すると、八神は少し余裕を見せ、笑う。
「皆、リラックスだ。エンジンが動かなければ、この艦は瀕死の狸同然。待つんだ。時が来るのを」
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3. 〜発進可? 不可?〜
機関室は想像を絶する慌てぶりだった。
この武蔵、船体は軍事演習大会で使ったものをリファインしたのみであるが、使役重力反転装置を積み込んだ為、エンジンは全くの新設計となっている。これまでの伝統的なシステムを排し、魔法力を重視したデザインは、やや冒険的過ぎたのかも知れない。一応のテストは行って発進に挑んだものの、結局は、それがこの失敗の原因だった。
「一度バラしても良い! なんとか直せ!」
悠平は、そう叫びながら工具を手にした。エンジン音の消え方からして、魔法力伝導のトラブルだろう。それは八神もわかっていた。『DANGER』と貼られた扉を開け、悠平はエンジンルーム内部へと入る。
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艦橋の乗組員は、機関室からの報告が途絶えても動じず、『リラックス』を意識して待っていた。
しかしその気楽な不安は、佑莉が受け取った入電によって、華麗にも消え去ってしまうのだ。
「三英連合艦隊旗艦『長門』より暗号入電……<シンシ ヒ ニ ミラレタリ>」
紳士、火に見られたり。すなわちそれは、英国海軍がマルツに発見されてしまったという意だ。それも、作戦の当初予定よりも大幅に早い時間にである。となると、連合艦隊は今すぐマルツと戦闘状態にに入らねばならず、武蔵がこれ以上遅れては、艦隊の無駄な損害が増えるのは間違いない。
「機関室、状況を報告せよ」
八神はそれでも、平静を保ってはいた。しかし、海条学園の生徒達は、気が気ではなかった。高橋大地は、自らに言い聞かせるように空間転移航法のマニュアルを小声で読み上げていたし、将に関しても陽電子砲のマニュアルと、同じであった。
<っ……こちら機関室! 『魔法力伝導管の破損あり。起動の為の電力が足りない』とのこと!>
機関士は右も左も分からない状態で通信を返す。
「でんりょく?」
奈津子には活路が見えた。
電力なら、なんとかなるのではないか?
そう思ったのはちひろも同じで、そこからの動きはやはり早かった。
「松崎、管制塔と連絡」
「了解、つなぎます!」
<何ですか?>
「吉岡か?」 <そうですけど>
八神はここにきて、ようやく艦長帽の鍔から視線を上げた。そして、艦長席から立ち上がり、全校に達する。
「海条学園の生徒諸君、武蔵の発進は、三笠海軍の命運に関わる。起動の為、しばし海条学園の全電力を停止し、電力を供給していただきたい」
「よしおかさん! でんりょくきょうきゅうのしきをお願いします」
<はーい>
ミナはここにきて、ちひろの次に落ち着いていた。
ちひろは、視線を通信席から航海長の高橋へと移す。
「高橋。リシアンスキー島を経由する時間が無い。直接ハワイへジャンプできるか?」
高橋は驚きもしたが、覚悟はしていた。「はい!」と返しパネルへ向かう。
「山崎!」「はい!」
「陽電子砲の発射準備。一発で良い、なんとか撃てるか?」
将は少し怯んだ。しかし、やらねばならない。避けられない運命なのだ。
「何とかやります!」そう言った。
<こちら吉岡、電力供給の準備完了、ケーブル設置完了>
その報告と同時に、悠平は艦橋へと帰ってきた。『御苦労。折笠』と八神は労う。
吉岡ミナは天才ではない。しかし、秀才ではあるのだ。
電力供給メーターはグングン上昇してきた。そして、最大値へと達する。
「魔法力伝導開始、エネルギー充填!」
エネルギーの充填が始まり、再び、エンジン音が高まってきた。エンジンに点火したらその力でもって素早く海上へと前進、そのまま空間転移航法を行い、ハワイ沖へ到着する。という流れ。
発進、そして空間転移航法の全てを担う高橋大地は、手に汗を握りメーターパネルを見つめた。
「エネルギー充填、80……85……90……95、100!」
「まだだ」点火レバーを握りかけた高橋を、艦長が制する。
「エネルギー、臨界点を突破」
艦長は、そこで初めて深呼吸をし、全員を見回した。
「総員ベルト着用。対ショック用意。転移座標確認」
「確認。ハワイ沖、ポイントA-701の海域」
「折笠……行けるか?」
八神の声に、悠平は心臓の動悸をより強く感じる。そして静かに頷き、計器を見つめ直した。
「行けます!!」
「秒読み省略、メインエンジン接続!」
八神は声を張り上げた。
そして大地がレバーを倒す。
エンジンに、火が入った。
「点火!!」
吉岡さんがあれだけ頑張ってくれた。海条学園の皆が協力してくれた。そして、香奈を助けねばならない。
行くぞっ!
「発進!」
つづく
小ネタが割と多かった11話でした。
次回:12.0『居残り組』
⇒神崎真広側ストーリー最新話
作文:きすけ
(けん)