第10話 眠る歴史
今回も、よろしくお願いします!
作文:けん
〜改稿メモ〜
12/4:ボツ案のころの台詞が残ってたり、色々ミスがあったので直しました。
12/6:設定ミスがありました
12/7:改稿メモを前書きへ移転。次回予告を追加しました。
12/18:次回が少し変更になったので、予告と後書きを変更しました。
1/8:誤字があったので、直しました。そして、パート分けを調節しました。
1/11:杉谷祐武の日記を微調整。記名の位置を変えたぐらいです。
3/2:初期案の腕時計のくだりを追加しました。
4/21:誤字を直しました
5/20:推敲
時に系歴百二十七年五月一日、午前零時。杉谷祐武・杉谷香奈・折笠悠平の三人は、海条学園に向かっていた。辺りは当然だが真っ暗であり、外を歩く人もあまり見られない。
「父さん、海条学園に何があるって言うんだ?」
誰もいない夜道なのだ。少し不安げに香奈が言った。香奈も、ファーストコンタクトの事を聞くのは初めてなのだろう。
「今に分かる」
三人は海条学園に到着した。暗闇にぼんやりと浮かぶその校舎を横目に、祐武は海条学園の旧校舎へと向かった。これには、ここまで割と冷静であった悠平も、少し不安になった。
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4. 〜旧校舎図書室~
古びた北校舎。普段は立ち入り禁止になっている場所だ。そこを奥へと進むと、月明かりに照らされて、薄輝く扉があった。
「ここだ。図書室」
祐武に導かれ、二人は旧校舎図書室へと入った。中には無数の本があり、カウンターと思われる所の近くには返却用の棚が置いてあった。祐武は上から三番目の段を、まるで指で埃を取り除くかのように軽くなぞった。
<"やまと"旧乗組員 戦術科 杉谷 祐武>
埃の取り除かれた木の板から、微かな文字が書かれたパネルが浮き上がった。その文字だけ、妙にデジタルな様相。
<同伴者をエントリーしてください>
次々とパネルが起き上がり、辺りが少し明るくなる。祐武は<同伴者:2人>と入力し、二人の同伴者を振り返った。
「君達が"やまと"旧乗組員の関係者であることを証明しなければならない。指紋認証、それからDNA鑑定の為に髪の毛が必要だ」
何故、そんなことを証明しなければならないのだろう。悠平は、この下に何があるのか、図りかねていた。香奈との間に、若干の沈黙が走る。
「――仕方ない」
まず素直に従ったのは、香奈だった。少し痛みに備える表情をして、直ぐに髪の毛を抜いた。それを見て、悠平もならう。
<"やまと"旧乗組員 家族 杉谷 香奈>
<"やまと"旧乗組員 遺族 折笠 悠平>
二つのパネルが起き上がった。
「君たちの名前は登録されている。近しい家族だからな。DNA鑑定は何故か長年義務付けられている。俺は指紋だけでも十分だと思うのだが」
そう言って、『エントリー完了』のパネルをタッチする祐武。すると、カウンター内の床が開き、下へと降りる階段が現れた。
やばかろう。
そう悠平は思った。この下に何があるのだろう。旧校舎を訪れること自体、海条学園の生徒にとっては不安で仕方のない事なのだ。こんな怪しい図書室からこんな怪しい階段を降りる事など、考えたくもなかった。
「さて……行くか」
何の躊躇もなく、祐武は階段を降りて行く。思わず、悠平と香奈は顔を見合わせた。
さすがの香奈も、父親には勝てないようだ。
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5. 〜二人にとっての父の艦〜
長いな……。
最初はまっすぐ下りだった金属のこの階段も、次第に螺旋構造をとるようになった。三人はこの間、ずっと無言である。祐武は懐中電灯を持っているが、後方の悠平・香奈には、先導する祐武の他に見える物はない。時計の明かりを一瞬だけ灯し、時刻を確認する悠平。もう一時を回っている。本当に幽霊が出そうな時間だ。
悠平が螺旋構造に目を回してきた頃、周囲にはある変化が訪れていた。それは、音だ。
「海、ですか?」
そうだ、と祐武は返した。海岸を思わせる波打ちの音が、次第に大きくなっている。しかしすぐに、
「いや、正確にはそうではない」
と、祐武は自らの言を撤回した。
「ここは――」
螺旋階段は最後の段を終えた。一際大きな扉に手をかけ、祐武はさらに続ける。
「人の手で造られた海だからな」
コンクリート製の湿った床と、錆びた扉の擦れる音が耳に入る。
扉が、開いた。
巨大な、鋼鉄の、かたまり?
最初は、この目の前にある巨大な物が何であるか、悠平には理解が出来なかった。
「私と大悟は、共にこの船に乗っていた」
そうか、これは船だ。
悠平が生まれる前の時代のフォルム。多くがコンピュータ化されたこの艦は、戦うためではなく『護る為』の艦であった。
「これが、"やまと"だ。日本の、護衛艦だ」
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回想. 〜17年前~
<日記 年:K110 月:10 日:29
護衛艦"やまと"は、新人研修航海にて、米国からの帰路についている。非番であった13時~22時の間に、ハワイ米軍基地に立ち寄り、燃料の補給を行ったそうだ。当直となる22時~6時の間に、本艦は日付変更線を西向き通過する見込み。天気・波、共に荒れ模様。引き継ぎ完了次第、以降は航海日誌に記すものとする。
杉谷祐武>
これで良し、と。もう夜10時か。そうだ、ご飯まだだったな。
祐武は船員室のベッドから降りた。この部屋は同期の折笠大悟と相部屋であるが、彼は現在当直なので、艦橋に詰めている。
そろそろ大悟は当直が終わった頃だろう。久々に、食堂で食うか。
「杉、杉!」
食堂へ行くと、やはり大悟は居た。当直を終えたためか、機嫌がやたらに良い。祐武を見つけてすかさず近寄ってきた。
「なあ、聞いてくれ」
「今日はえらく機嫌が良いんだな」
そう。大悟がこんなに機嫌の良いことは滅多にないのだ。祐武は、定食を見ていた視線を少し上げた。
「ちょうど当直も終わったしな。で、大ニュースだ」
「もったいぶるなよ」
大悟は精一杯間をためて、ためて、そして一気に言った。
「子どもが生まれたんだ!」
「美里にか?!」
大悟は嬉しそうに頷く。
「やったな! お前もようやく、父親になったか」
祐武は大悟の肩を叩いて笑った。
「男の子だ、名前は決めた」
「ユウサク、か?」
祐武が、お椀のお米を食べながら言う。
「いや、ユウヘイにしようと思う。悠長の『悠』に、『平』」
大悟は空中に指で『悠平』と書き、そう言った。
「香奈と仲良くなれればいいが」
折笠大悟と杉谷祐武は同期であるが、年齢は祐武の方が一つ上で、既に一歳の娘・香奈と妻・侑子がハワイに移住している。数年後に、沢山の日本人を住まわせる人工島がハワイ沖に出来る計画で、杉谷家はそこで暮らす予定なのだ。
「その件だが、我が家はハワイに行かないことにしたんだ。すまないな。どうも美里との折り合いがつかなくて」
大悟は手を合わせて謝罪のポーズをとった。
「そうか……構わんよ。気軽に会えなくなるのは寂しいがね」
祐武は腕時計を見て、ゆっくりと立ち上がる。
しかしすぐに、異変に気がついた。
「参ったな。時計が止まってる。さっきまでは動いていたのに」
祐武の使う腕時計は電波式だ。たまにはこういうこともある。しかし、これを直すには再起動をしなければならず、手間がかかるのだ。
「じゃ、俺の使えよ。電波式じゃないけど」
大悟は自らの腕から時計を外し、祐武に差し出した。
「良いのか?」
「ああ、しばらく非番だしな。再起動は俺がしておくよ」
祐武は『ありがとう』と言って、時計を腕につけた。大悟はそれを見て、
「じゃ、当直頑張ってな」と笑った。
「うん。大悟、ゆっくり休めよ」
祐武も手を軽く上げて微笑み、食器を持ち、そして大悟の元を去った。大悟は軽く敬礼で返し、食券売り場へと歩き出す。
しかし、あいつが父親とはね。
艦橋へ向かう通路を歩きながら、祐武は思う。
子育て、下手そうだけどな、大。
祐武は苦笑いし、艦橋入口の前へ立った。
「杉谷、入ります!――高橋航海長、交代のお時間です」
「おお、しっかり頼むぞ」
祐武は艦橋に入り、先輩の航海長と交代した。計器は全て良好な数値を示していたが、艦橋から見る視界は悪い。相も変わらず、雨粒が強化ガラスを叩く。
「進路そのまま。ようそろ」
艦はゆっくりその足を踏み出し、着実に日本へと、長い海の道を歩んでいく。
引き継ぎを終え、祐武は軽く息をついた。
その時だった。
「レーダーに感! 未確認落下物体、本艦へ接近!」
レーダー士の声が突如響き渡った。艦橋は慌ただしくなり、
「避けられるか?!」
と焦った艦長が叫ぶほどであった。
「取り舵いっぱい、回避行動!」
"やまと"はすぐに艦首を左に向けたが、物体の落下速度はそれ以上ある。
祐武の耳に、艦橋乗組員の悲鳴が響き、一瞬、全てが闇に包まれた。
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6. 〜海底にそれは眠る~
「それからどれくらい経ったのか分からない。しかし気づいた時には、私は、いや、この艦の乗組員全員が"やまと"から投げ出されていた」
祐武は、二人を右舷側へと案内した。すると、艦橋後方へ刺さった、マルツの槍型兵器と見られる落下物体がよく見えた。
「その後、マルツの人型兵器が飛来して、アメリカを占領した。そして、日本の海上自衛隊は、"やまと"をそのまま持ち帰って調査しようとしたんだ。しかし、この艦は、それを拒否した」
祐武の言葉に、香奈は、
「この船に、意識があるって言うの?」
と不思議がった。
「それは私にも分からない。だが、この艦はただの沈没船のスクラップではない。それは断言出来る。ここにわざわざこうやって『保存』されているんだからな」
悠平は、槍型兵器が刺さった艦橋後方を見上げた。
ここで、父さんが……。
「――折笠、悠平君」
「私はこの目で、大悟が海へと沈んで行くのを見た。親友が目の前で死んでいくのに、何もできなかった」
祐武は視線を落とし、拳を握った。
「君もハワイへ赴くのだろう、だが、これだけは肝に命じておいて欲しい」
祐武は悠平を振り返り、まっすぐな視線で親友の息子を見つめた。
「ハワイ奪還作戦は、これまで防衛戦ばかりだった我々にとって、一つのチャンスだ。しかし、これは戦争に勝利するためのチャンスではない」
祐武は、香奈の方へも向き、さらに言葉を強めて言った。
「我々の最終目標は、一刻も早いマルツとの講和だ。三笠海軍も、海条学園も、民を護るためにあるのだ」
つづく
ありがとうございました。
次回は少し変則的で、初の共同作文です。
次回:内示
作文・設定:ダブトラ企画。