第9話 父と子
よろしくお願いします。
作文:けん
〜改稿メモ〜
11/1:第二パート追加
11/2:微調整
11/4:追加
11/5:追加
11/7:追加
11/8:追加
11/11:第三パート追加
11/16:追加
11/17:9.5と分割
12/3:微調整
12/7:改稿メモを前書きへ移転
1/8:9.5のパート分けが変わったので、こちらの前書きも変更しました。
5/20:推敲
1. ~海条学園の朝~
「珍しいな。この時代に新聞なんて読んでるやつがいるとは」
香奈は悠平を見つけると、近づきながら声をかけた。朝の挨拶を交わしながら、香奈は悠平の近くにある机の上に座る。
時に、系歴百二十七年四月下旬。朝練の行われている音楽室で、折笠悠平は朝刊を開いていた。
「ラジオと同じですよ。一部のコアなファンがいれば、コンテンツとしては一応成り立つんです」
紙を一枚めくり肩を回しながら、悠平は淡々と答えた。
「古い映画みたいなものか。一時の流行が過ぎても、古参が今でも支えているとかなんとか」
「ファンの有り難みとはそういうものですよ」
朝の折笠悠平は時々、妙に知的になる時がある。むしろ、普段その知的さを隠しているとも思えなくない。事実、頭は悪くないし。
悠平は軽く伸びをして、更に新聞をめくる。知能的には頭が冴えている、と思うのだが、どうもボーッとしがちだな、といつも感じる。
ふと悠平は、新聞の三面に気になる見出しを見つけた。
<三笠海軍第七十三艦隊 帰投へ>
「ねぇ、杉谷さん」
「こういうのって、軍事機密じゃないんですか?」
新聞の三面を取り出し、見出しを指差しながら香奈に見せる。すると、彼女は軽く微笑んだ。
「良い質問だね」
まるで教師のような言い方で、香奈は机から立ち上がった。
「いいか、ハワイ奪還作戦の概要を思い出せ」
「この艦隊は主力じゃないってこと?」
「そう。陽動だからむしろ、情報はオープンな方がいい」
朝の予鈴が鳴った。悠平は新聞をたたみ、鞄に押し込む。
「そうだ、その艦隊にはちょうど」予鈴が鳴り止みかけた時、香奈が口を開いた。
「うちの父さんがいる」
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2. 〜帰投~
<……第七十三艦隊は、ーー○○入港する。旗艦・長門は四番ドッグ、島風は……>
新聞のニュースを悠平が見てから、早三日。そろそろ五月にさしかかろうとしている四月下旬。三笠イチの大きさを誇るここ、三笠ゴトウ軍港では、帰投する大艦隊を迎えるため、その乗組員の家族らで賑わっていた。
「お父様はどの艦に?」
六番ドッグの目の前を若い番号の方向へと進みながら、悠平は香奈に尋ねた。
「長門の艦長だ」
機嫌が『可もなく不可もなく』な時のトーンで、香奈はぶっきらぼうに答えた。杉谷家の母・侑子や悠平は諸々の荷物を抱えているが、彼女は何かと手ぶらである。
「すごい。旗艦の艦長なんて」
「艦隊司令は別だけどな」
三人は五番ドッグの目の前を歩く。
「そりゃそうですよ」
「ちなみに私の伯父だ」
えっ。
悠平は、五番ドッグのちょうど真ん中にて驚きのあまり立ち止まった。
「つまり父さんの兄貴だな」
この家系、凄過ぎである。
悠平は今まで、このようなことを気にしたことがなかった。というより、気にしても香奈が答えてくれなかったと言うべきか。
悠平は苦笑いして再び歩き出す。
「あ、長門が来たよ。ちょっと走ろう」
侑子の声を聞き、三人は軽く駆け出した。海に目を向けると、遠くの巨大な長門の艦影が浮かび上がって見える。
二連装の主砲は第二次世界大戦時の姿から引き継がれたもので、一門に統一されていた前時代のフォルムを廃している。航空機全盛の時代から大艦巨砲主義へと回帰したこの時代にふさわしい巨大戦艦だ。
「大きな艦だなぁ」
港へ到着し、ひとまず錨を降ろした長門。乗員を降ろした後、整備のためドッグ入りされる。
接舷した艦体の右舷側からタラップが降ろされ、そこを続々と乗組員が下っていく。人並が随分少なくなってきた頃、見た目からして重役であろう、艦長服を着た二人の男がタラップを下りてきた。
「あの髭面が我が家の父だ」
「杉谷祐武」
タラップを下りる二人を見て、香奈が指を指すように言った。二人が下りきると、もう一つの家族、おそらく香奈の伯父一家であろう、彼らが、髭面でない体格のガッチリした筋肉質の男に近寄っていった。
「二人はここで待ってなさい」
そう言い残し、侑子は彼らの元へと駆けた。髭面の祐武と挨拶を交わし伯父家族と別れると、侑子・祐武は香奈・悠平の元へと来た。
「折笠悠平です」
悠平は、深々と頭を下げた。
「話は聞いている。そんなに畏る必要はないよ」
髭面の祐武は艦長帽を取り、少し笑った。
「顔はお母さん似だが、声は大悟にそっくりだ」
悠平を見つめて笑う祐武。悠平の父・折笠大悟と母・美里とは、祐武は同期の親友であったのだ。
「ずっとお会いしたかった」
そう言って悠平が手を差し出すと、祐武も大きな手を差し出し握手を交わした。
「私もだ。君が生まれた時のことを今でも覚えているよ。あれ程嬉しそうな大悟は滅多に見ないからね」
そう。折笠大悟は、この青年が生まれたその日に戦死した。日本にある海上自衛隊の新人研修航海で、マルツ軍の攻撃に遭ったのだ。これは俗に言うマルツとの『ファーストコンタクト』である。そして、祐武は数少ないファーストコンタクト戦生き残りの一人だ。
「お母さんは元気かね」
「相も変わらず多忙なようですが、体調は」
折笠美里は、日本では有名なバイオリニスト。毎日が多忙な日々である為、息子と共に三笠へ来ることはせず、悠平を杉谷家に預けたのだ。
「さ、お二人さん。積もる話はあとにして、行きましょ?」
侑子が明るく言った。「それもそうだな」と祐武は苦笑いし、四人は港近くのバス停へと歩き出した。
「すっかり立派になったな、香奈。まるで娘夫婦を見ている気分だった」
バス停への短い徒歩。改めて香奈を見つめた祐武が、そう切り出した。
「身長は伸びてはいないが」
『どういう意味だ?』と言わんばかりの表情で、香奈は返答する。こう二人の会話を眺めると、香奈と祐武はかなり似ているのが悠平にも分かった。
「私が長年夢だった英国海軍も先を越されたのだ。立派になるというのは何も、見た目だけではあるまい」
祐武は楽しげに笑う。それを聞いて、香奈も同じように笑った。まるで親友のような親子関係だ。
「それもそうだな」
ほらね。
香奈、祐武さんと同じこと言ってる。
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3. ~杉谷家にて~
「こうやって家で食事をするのも、久しぶりだな」
第七十三艦隊帰投のその夜。杉谷家では久々のご馳走、『スキヤキ』であった。
「いただきます」
誰ともなく香奈が手を合わせる。それを見て、三人も手を合わせた。父親が帰ってきたところで、普段から一家の主の"様に"振舞っている杉谷香奈に変わりはない。
四人で会話を交わしながら、鍋をつつく。
「そういえば、海条通りの親父さんは元気だったかね」
祐武がふと口を開いた。
「肉屋の親父さんはもう引退なさったけど、まだ元気だったわ。今は息子さんが継いでるのよ」
「そうか。一年半も経つと、商店街も変わるものだな」
何気ない会話を聞くだけで、悠平は心温まるものを感じた。自分が感じたことのない『父親』という存在、そして一家団欒。この新鮮な感動に思わず笑顔になる。
「ところでだ。悠平君」
ひとつふたつと具材を食し、一段落したところで祐武が箸を置いた。
「お父さんについて、知りたくはないかね。25年前の、ファーストコンタクト」
――僕は頭の何処かで、この言葉を待っていた。
そう、悠平は感じた。
「話して……くださるんですか?」
悠平は慎重に、言葉を選びながら返答した。
25年前のファーストコンタクト。テレビでの報道はもちろん、学校でさえ教えてくれない出来事だ。
「話すより見せた方が早いがな。夜遅くて良いのならいくらでも教えてあげよう」
食事が終わった後、悠平は自分の部屋へと戻った。香奈のお下がりである学習机の横に、透明な収納用ケースがある。一番大きな引き出しに、悠平が日本から三笠に持ち込んだ私物があった。
父さん……。
<日本の自衛隊学校で戦術科を専攻、杉谷祐武・霧島美里とは親友であり、常に行動を共にしていた。24歳時、海上自衛隊への内定を決め、かねてより交際していた霧島美里と婚約。卒業後結婚し、二人の間に息子の悠平をもうける>
これが、悠平の知る父親・大悟。そう、彼は父親を、文字や写真でしか知らない。
いや、『でしか』というのは少々言い過ぎだろう。なぜならば少なくとも、悠平は自らの父の『遺品』は持っているのだから。
悠平はその『遺品』である腕時計を見つめた。時計の針はちょうど25年前、ファーストコンタクトが起きたとされる時刻を示したままで止まっている。大切に箱に入れ直し、肩掛けの鞄に滑り込ませた。
――祐武さんとの約束、どうして、午前0時なんて遅い時間なのだろうか。
つづく
次回もよろしくお願いします。
作文:けん