第7話 歌うたい
今回もよろしくお願いします。
作文:けん
ちゃらららー、ちゃーちゃー、ちゃちゃー。
ちゃらららー、ちゃーちゃー、ちゃちゃー。
ちゃらららー、ちゃーちゃー、
「……黙れ」
ちゃちゃー、ちゃららー、
「黙れと言っている」
ピアノの向こうから彼女は睨んだ。
「ちょっと歌うくらい良いじゃないっすか」
音楽室の机に頬杖をつく悠平。
「そこは歌う部分じゃないだろ」
「そっちかよ」
「そういうことだ」
杉谷香奈は再びピアノに向かう。悠平は頬を膨らませて、手元の設計用紙に目を落とした。
時に、系歴百二十七年。四月。今日は少し雲がかった昼間であったが、夕方からは晴れ間がのぞき、すっかり日が落ちた今は星が瞬いている。
サルベージ、改造、空……
陽電子砲……?
渦巻くアイデアに呼応するように、鉛筆が紙と擦れる小気味のいい音が鳴り響いた。タブレット端末が主流のこの時代、悠平のようにわざわざ紙を使って設計をする人など珍しい。
能力者……
「折笠。出番だ」
悠平を夢中にさせた設計用紙を妬むように、香奈が口を挟んだ。
「最後の部分。ピアノとバイオリンの掛け合いから」
そう言って香奈は手元のスピーカーのスイッチを入れ、交響曲の音源を流し、それに合わせてピアノを弾き始めた。幼い時から悠平が聞き続けてきた、日本の誇る交響曲。その最終楽章。童謡として馴染んでいるメロディをモチーフにしている。三笠でも定番の曲だ。もっとも、クライマックスに合唱を入れるのは海条学園オリジナルであるのだが。
徐々にテンポを速め、組曲はクライマックスにたどり着こうとしていた。長い旅路の果て、目的地を前にした冒険船のように。
"レ ラレレ レドレ"
"レ ラレレ レレファ"
メロディを口ずさむ悠平。
交響曲はクライマックスにたどり着いた。迫力のあるオーケストラとピアノの掛け合い、それに呼応するように伸びやかなバイオリンの音色が加わる。そして……
二つの星が 一つになって
人々はただ 星空に願う
大いなる 愛がいつか
あの大空で きらめくように
交響曲はクライマックスを越え、余韻を残し、静かに幕を下ろした。香奈は再生を停止し、大きく息をついた。
「……歌、上手くなったよ」
え、褒めた?杉谷さんが俺のこと褒めた?
悠平は驚き、言葉が出ず、杉谷香奈をただ見つめていた。
「何か……悪いことでも言ったか?」
香奈は少し間を置いたが、またいつもの冷ややかな声に戻り、楽譜を抱えて椅子から立ち上がった。
「……ミナとの約束があるんだろ、早く行け」
そう続けて、香奈は音楽室から、ひと続きの交響楽団倉庫へと消えた。心なしか、その声は沈んでいるようにも聞こえた。
悠平が音楽室から出る。
……全く。自分が不愉快極まりない。
『嫉妬したら恋だよ』
ミナの口癖が頭に浮かび、香奈はため息をついた。
私としたことが。
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「ここ、角度は上げた方が良い。エネルギー伝導の効率はもう少し良くなるわ」
悠平の作った試作飛行機関を見るなり、ミナはその問題点を見抜く。さすがだ。
「じゃあ、こっちはどうですか」
悠平は隣の部屋へと案内した。そこは少し天井が高くなっており、床に小さな機械がセットしてある。機械の直上にはフラフラと魔法円が浮遊しており、辺りに異様な雰囲気を振りまいていた。
「だめでしょ」
ミナは一目見て即答した。
「そりゃ飛べるよ、そりゃ飛べるけどさ……」
呆れ顔かつ、少し怯えた表情で、ミナは悠平を見つめた。
「危ないじゃん」
「良いんですよ、これで」
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もしかしたらまだ、学校にいるかもしれない。
機技研でミナとの約束を終えた悠平は、杉谷香奈を探し、音楽室の方へ戻ろうとしていた。
文化部校舎の三階。合唱部室の向こうに、交響楽団の倉庫・部室がある。悠平は合唱部室の前を通りかかった。
ああ 遠くで君の声が聞こえる
それでも私は行かなくちゃ いけない
二人だけで笑った あの幸せ
二人だけで泣いた あの日
ああ 永遠に語り継ぐ あなたを
もう一度 時空を超えて 時を超えて
出会うもの その時が来るまであなたに
サヨウナラ
「……綺麗な歌ですね」
「悲しい歌、だよ」
「誰の詞なんですか?」
「風見明日香って人の歌詞なの」
暗闇の中の、見知らぬ女子生徒と会話する。こんな時間まで、残っている生徒がいるとは珍しい。その女子生徒は電気を点ける気が無いようだし、そもそもこちらに背を向けているので、顔は見えない。三年生である可能性も否定できないので、悠平は敬語で話す。
「風見さんって、どんな人なんですか」
「私も知らない」
その女子生徒が背伸びをしたのが見える。
彼女はこちらに背を向けてピアノの前に座っていた。
「そろそろ私は帰るよ。さよなら、折笠君」
ガタン。
そう、確かに彼女は、こちらに背を向けて、ピアノの前に座っていた。
自分がまばたきをした覚えもない。
だが今、その女子生徒は消えているのだ。何かが閉じる音と共に。そして、
初めからいなかったかのように。
つづく
今回もありがとうございました。
日常回の予定でしたが、少し変化がありましたね。
余談ですが、劇中の交響曲には元ネタが存在します。また、メロディを悠平が追っかける台詞がありますが、それは♯や♭を反映しておりませんので、弾いても元ネタには辿り着き難いかもしれません 笑
次回は第六話の続きです。
次回:第八話『警告』
作文:きすけ
文章監督:けん
次回も、よろしくお願いします。