8-現
その大きな音でわたしの体はビクリと跳ねる。心臓が破裂したかと思った。
「ひひ」
不気味な声。気持ち悪い音。
ガン――と再び鈍い音がなる。何か重たい物を床に叩きつけているような――音。
――なに、なに、なに。
わたしは教壇の下でブルブルと震えていた。
教室に入って来たのは――先生ではない。生徒でも関係者でも――ない。
姿は見えない――というか恐怖に体が支配されて動けない――けど、きっと今後ろにいるのは――。
「不審者!」
香苗の声だった。
それから直ぐにガンガンと大きな音が立て続けになった。
わたしは咄嗟に教壇から身を出す。
「あ、危ねっ――!」
「香苗!」
「柚子逃げろ!」
いくつか机が倒れる。同時に香苗も転がった。
ガタガタと鳴り響く轟音。一瞬耳が感覚を失った。
「――痛えなっ、この野郎っ!」
香苗が俊敏に体を起こす。何が起きているのかわからない。
「ひひ」
暗闇が嗤う。
窓際。まるで教室の闇を固めたような人影。
――誰?
「何してる柚子! 早く逃げろ! 職員室に逃げ込め!」
香苗の怒声と同時に人影がグニャリと動く。
男――。
フード付きの黒いパーカーに身を包んだ――男が、笑っていた。
「だ、誰――! 何が――」
正直混乱している。
この状況は――何だ?
男は飛ぶように香苗に近づき、何かを降り下ろす。
ガン――という金属音と火花が散った。
「だから危ねえつってんだろ!」
香苗は咄嗟に後退し、男の暴力を避けた。
男が降り下ろしたのは――消火器、である。
「なんで消火器持ってんだよ! 何がしたいんだアンタっ!」
香苗の問いに男は答えない。ただ笑った。
変質者である。
わたしはそこで漸く状況を把握した。わたしたちは今、学校に浸入した変質者に襲われているのだ。
――なに、それ。
今まさに目の前で起きている事態を理解できない。あり得ない。日常の出来事ではない。
これは――何だ。
「柚子!」
香苗が叫ぶ。
男が目の前に迫っていた。
男は腕を振り上げ、手に持った消火器を今まさにわたしへ降り下ろすところだった。
――いや!
わたしは恐怖で体が動かないどころか声も出なかった。
怖くて、怖くて、ただ瞳を閉じた――。
「この野郎っ――!」
鈍い音がした。しかし痛みはない。わたしは瞳を開く。
男はいなかった。
いや教室の入口に横たわっていた。男の代わりにわたしの前には香苗がいる。香苗は肩で息をしている。
どうやら香苗は男に体当たりしたらしい。
「柚子――柚子!」
「あ――うう」
返事をしたくても声にならない。
怖い。
怖いよ。
「大丈夫だから早く逃げて。こいつはあたしが食い止めるから、その間に先生呼んでき――」
言い切る前に、香苗はわたしの視界から消えた。
「なぐったほうが――早い」
舌足らずな口調で男はそう言った。香苗はその言通りに殴り飛ばされた。
わたしは脱力し、尻餅をつく。気を失いそうだった。
――なんだよ。
――なんだよこれ!
「か、かな――」
「――今のはムカついた」
香苗はふらふらと立ち上がり、男を強く睨む。
――ダメだよ香苗、逃げて。
――死んじゃう、死んじゃうよ。
「ぶっ飛ばしてやんよっ――!」
香苗が駆ける――。
男が身構える――。
わたしはそれを――止められない。
――いやあっ!
「――何してるっ!」
誰かが叫んだ。
わたしは――そこまでの記憶しかない。




