1-夢
太陽が上り始めると、隣の男が消火器を勢いよく投げつけた。ヒュウと風切り音を響かせながら飛んでいく消火器は、やがて太陽にぶつかり破裂した。
太陽は、破裂した消火器から出る白い粉に覆われてその身の炎を徐々に失っていく。
ジュウ――なんて消火音が聞こえた気がしたけれど、何万光年も離れているのだから聞こえるわけがない。
いや、何万光年も離れているのだろうか。わからない。キロにするとなんキロなのだろう。
遠いのだろうか。遠いのだろうな。
そもそも消火器で火を消した時に、ジュウなんて音がするのだろうか。消火器を使ったことがないので、やはりそれもわからない。
巡る思考は耳元で鳴ったシャッター音にかき消される。音のする方を見ると妹が携帯電話を太陽にかざし写真を撮っていた。
「すごい」
妹が高揚気味に写真を撮る。
わたしは再び太陽を見た。
先程より炎が薄れている。地に注ぐ光量がゆっくりと減少し、空の色が濃くなっていく。目を細めると炎の下のごつごつとした肌が見えた。
隣を見る。消火器を投げつけた男の姿がなくなっていた。
逃げたのだろうか。
しかし太陽に消火器を投げつけて問われる罪などあるのだろうか。あるのだとしたら、やはり男は逃げたのだろう。怖くなったのだ。もし計画的犯行ならば次の動作に移ったのだろう。
どちらにせよこの現状を引き起こした人間はもういない。
「姉ちゃんも撮っておいたら?」
そう言って妹が携帯電話を差し出してきたが、わたしは自分ので撮るよと言ってジャケットのポケットから携帯電話を取り出し、カメラアプリを起動させて太陽に向けた。
瞬間。
モニターの中の太陽が、揺れた。
――落ちる。
わたしはモニターを食い入るように見る。
小さな四角に切り取られた小さな太陽が、モニターの上部から一気に下がってくる。そしてモニターから太陽が完全に外れた刹那、
轟音が鳴り響いた。