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魔法少女は諦めない  作者: たぬき人形
第一章 魔法少女プログラム
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始まる新学期

需要はあるのか?

 とある県に存在する。横凛市。

 横凛市立神楽小学校の一人の少女が、空より落ちてきた虎柄のウサギっぽい何かと遭遇した時、この物語は始まることとなる。


◇◇◇


 横凛市中央に位置する、楔区。お世辞にも栄えているとは言い辛いが、都心まで一時間半ほど電車に揺られれば乗り換えも少なく移動出来る。それに、栄えているかどうかというのは、育児や生活に適していないと判断する材料にはならない。

 電車で四十分も移動すれば大抵のものは手に入る繁華街もあるし、日常生活に必要なものは遠出しなくても大抵のものは手に入るし、また育児施設も充実している。娯楽施設は繁華街に比べ不足している感は否めないが、特別生活に困るようなことではない。

 そんな楔区のとある住宅街の一角に位置する、青い屋根の二階建ての一戸建て。その一戸建ての二階に位置する子供部屋にて、部屋に鳴り響くグエーグエーグエーという音により今、一人の少女が目を覚ました。

 体を起こした少女は、閉ざされたカーテンの隙間より差し込む光に、うっすらと目を細めたあと、枕元でグエーと音を出し続け短い手をバタつかせている目覚まし時計へと手を伸ばす。

 九歳の誕生日に、当時この動物にはまっていた少女に一人部屋と共に両親から与えられたペンギンの形をした目覚まし時計。いつもありがとうと心の中で礼をのべ、ペン子と名づけたそれの腹部を優しく押し、今日の仕事の終わりを教えてやる。


「ふあー」


 ぼーっとした頭で、自らの腰近くまで伸びる長い髪に二度三度と手櫛をいれ、最低限の身だしなみを整えると名残惜しみながらもベッドから出ると着替えを始める。

 時折眠い目を擦りながらも、クローゼットより白のパーカーと黒のショートパンツを取り出すと、チェック柄のパジャマを脱ぎ、着替えを始める。

 四月とはいえ、まだ肌寒い。パジャマを脱ぎ、寒さに一度震えた少女は、素早く着替えを済ませ、自身の部屋を後にする。

 盛大に跳ねている寝癖を直す為に、少女は階段を降り洗面台へと向かうのだった。


「おはよう。椿」


「おはよう。お母さん」


 少女、如月椿きさらぎつばきは、髪についた寝癖を直すと、母親の待つリビングへと足を運んだ。まだ幼さを残す顔の作りの椿だが、クリッとした大きな黒い瞳、血色の良い唇に、寝癖の直った艶やかな長い黒髪。美少女と表現するに値する少女だ。

 椿に良く似た容姿の母親、如月結きさらぎゆいは、笑顔で椿をリビングに迎えると、手元の料理へと意識を向けた。椿も幅広い年齢層の男性が見とれてしまうような笑顔を浮かべ母親に挨拶を返すと、自分の席に着いた。

 もちろん見とれてしまうのは、特殊な思考を有するものだけではないと一応記しておく。

 テーブルに用意されている食器は二人分。椿の家は父親、母親、椿の三人で生活しているのだが、用意されていた食器は家族の数よりワンセット少なかった。


「お父さんは?」


「もう出て行ったわよ。最近、忙しいみたいなのよ。ご飯できたわよ。持ってってくれる?」


「うん。わかった。お父さん大変そうだね」


 スクランブルエッグの載せられた皿と、味噌汁の入ったお椀を自分の分と母親の分を運ぶと、椿はここには居ないもう一人の大切な家族へと思いを馳せる。

 椿ぐらいの年齢の子供は第二次性徴。思春期を向かえ、父親を毛嫌いしたりするものだが、椿にその様子は欠片も見られない。さらには少しばかり寂しそうな表情を浮かべていることから判断するに、この少女は父親のことが好きなのだろう。


「そうね。私からみても大変だとは思うけど、本人は重要な案件を任されたってやる気満々で全然苦にはなってないみたいよ。はい、ご飯」


 今はここには居ない夫。朝早くから働きに出かけた如月優介きさらぎゆうすけの姿を想い、苦笑する。


「ありがと。それならいいんだけどね」


「大丈夫よ。優介さんなら、椿の写真を見るだけで元気百倍なんだから」


「お母さんがキスでもしたら元気何倍になるんだろうね?」


 椿は母親の言葉に満足そうに頷くと、二人の中を冷やかした。結婚して十年になるにもかかわらず、二人の中は熱々だ。椿の言葉に軽く頬を朱に染めた結は、大人をからかうんじゃありませんと、椿の額をつつく。


「ほら、馬鹿やってないで食べるわよ、今日から五年生なのに、新学年初日から遅刻なんて嫌でしょう?」


「はーい。頂きます」


 スクランブルエッグへと箸を伸ばし、柔らかな卵から口にした。胡椒が良く利いた椿好みの味に思わず笑みがこぼれる。


「お母さんのスクランブルエッグがあれば、私は満足です」


「毎回言ってるわねそれ。どんだけ私のスクランブルエッグが好きなのよ」


「三食スクランブルエッグでも私はいけるよ!」


 全国の職業主婦の皆様が楽が出来ると喜ぶ発言をし、満足気な表情で卵を咀嚼する愛娘に、結は苦笑し、そんなメニューでいいなら、私、堕落しちゃうわねと呟いた。

 それから、三十分かけゆっくりと結の作った食事をとると、椿は結に長い黒髪をツインテールに結わいてもらう。


「ありがとう。ごちそうさまでした」


「いいえ。お粗末様でした」


 髪を結わいてもらった椿は満面の笑顔を浮かべお礼をのべると、自分の使った食器を軽く水洗いし、シンクの中にある水の溜められたタライへといれ、自分の部屋へと鞄を取りに戻っていった。母親はその後姿を笑いながら見送ると、キッチンに移動し洗い物を開始した。


「いってきます」


 鞄を背負い、再び一階へと降りてきた椿は、玄関からキッチンにいる母親へ元気に挨拶をすると、学校へ向かう。今日という日が、椿の人生を大きく変える出会いをもたらすことを、この時の椿は知る由も無かった。


◇◇◇


 通いなれた通学路。普段、その道を通る時に椿の頭の中にあるのは、今日はどんな事が起きるだろう。今日の授業は難しいかな?友達と何を話そうといったことである。

 しかし、今椿の胸には不安と期待が渦巻いていた。

 どこの学校にもあるクラス替えというイベント。地域によっては毎年行う小学校もあるが、椿の通う横凛市立神楽小学校は、三年生と五年生に上がる際に行われている。

 椿は今日、五年生となる。つまり、クラス替えが行われるのだ。

 椿の通う小学校は三クラス。少ないといえば少なく、他のクラスの人間でも遠足やら、運動会で多少は関わりを持ちはしたものの、今まで話したことがない人間がいないわけではない。


「つーばき!おはよー!」


「きゃっ」


 後ろから掛けられた声と、肩を叩かれたことに驚いた椿は小さく悲鳴をあげると、可愛らしく頬を膨らませると椿をびっくりさせた犯人へと振り返る。

 そこにいたのは、茶色いセミロングの髪をした黄色いパーカーにジーンズ生地のショートパンツといった動きやすい服装の快活そうな少女。

 悪戯が成功したことがよっぽど嬉しいのか、口元に手をあて椿を見て少女は笑い続けている。


「もう。くーちゃん!酷いよ」


 少女のあだ名をよび、椿は抗議の声をあげるが、くーちゃんと呼ばれた少女。工藤胡桃くどうくるみに悪びれた様子は一切無い。


「新年度初日から親友が下を向いて歩いてるんだもん。元気付けてあげるのが、親友としての私の役目でしょ?」


 小悪魔という表現がピッタリの笑顔を浮かべ、椿の腕に自らの腕を絡める胡桃。気を使ってくれた親友の心遣いに嬉しくは思うものの、ほかにも絶対方法はあるよと溜息をつく椿。


「ん?どうかした椿?」


「ううん。なんでもないよ。ありがとね。くーちゃん」


 不満はあるものの、親友の心遣いに文句をいうのもはばかられる。結局、椿はこの事をすぐに忘れることにし、胡桃とともに、春休みのことを話しつつ学び舎へと足を運ぶ。

 周りを歩く男子の視線を集めながら。


 横凛市立神楽小学校に何事も無く到着した椿と、胡桃の二人は今、昇降口前に立てられた板に貼り付けられたクラス分けを見ていた。

 比較的早く二人の名前は見つかり、椿と胡桃はお互いが同じクラスだったことにハイタッチをして喜ぶ二人。

 二人のクラスは五年一組。

 椿には自覚はないが、椿と胡桃は学校でも上位に入る容姿をしている。その為、同じく五年一組に所属することになれた男子生徒は、心の中で、よっしゃーと拳を天に突き上げ、この一年で絶対仲良くなってやるという気持ちを込めた熱い視線を椿と胡桃に向けていたりする。

 もちろん椿はその視線に気づくことはなく、胡桃は気づいていたが今は椿と共に喜ぶのに忙しいので無視していた。


「不安はなくなったかね?椿くん」


 前倣まえならえの先頭のように両手を腰にあて、同学年にしては豊かな胸のついた上半身を反らせ偉そうに話す胡桃。


「そのキャラにどうやってツッコンだらいいのかわかんないけど、本当によかったよ。知らない人ばかりだったらどうしようって不安だったんだ」


「喜んでもらえてなによりだよ」


「ごめん。先に教室行くね」


「待って止めるから、逃げないで!」


 下駄箱へと向かい、さっさと靴を履き替え、その場を去る椿。胡桃は詫びながらその後を追う。五年生の教室のある四階へと向かう為に、階段を目指し進んでいる椿は焦る親友に背を向けたまま、小さな舌をぺろりと出した。


「待っててばー」


 そんな親友の声を聞いた椿は、早く親友が追いつけるように、その歩むスピードを緩めるのだった。


◇◇◇


 五年一組の教室に着いた二人は、黒板に書かれた出席番号順にという文字を読み、席に着く。椿の出席番号は八番、胡桃の出席番号は九番。席が近いことに喜び、二人は席についていた。

 二人が仲良く話していると、ホームルームの開始を知らせるチャイムが校舎に鳴り響く。時計の文字盤の時刻は八時四十五分。

 チャイムが鳴り一分程経過すると、黒板のある方の扉が開きピシッとスーツを着こなした女性が出席簿を持ち現れる。靴音を響かせ木製教卓まで歩いていくと、女性は持っていた出席簿を置き、座っている生徒達に背を向けチョークを手にし、文字を書き始めた。


「はい!注目!」


 書き終わり、黒板にバンッと手をあて注目を集めた女性だが、思いのほか強く叩きすぎた様で、叩いた方の手を背に回し生徒の視線より隠しぷらぷらと振っていた。教卓の正面に座るクラスメイトにはその行動は見えていないようだが、窓側に座る生徒には見えておりその姿に椿と胡桃を含む数名の生徒はクスクスと忍び笑いをする。


「えっと、今のが見えてたものは忘れるように!」


 窓側に座る生徒に、すこしばかり赤く染まった顔をしつつ視線を向けると、忘れるようにいう女性。その表情に男子は数名胸をときめかせた。


「私の名前は椎名美里しいなみさと。この五年一組の担任を務めます。これから一年よろしくね。じゃあ、みんなも自己紹介してくれるかな?出席番号一番の人からお願いね」


 ビシッとした服装とは裏腹に、気さくな雰囲気で自己紹介をした椎名にクラス中から拍手が贈られる。椎名の自己紹介を見ていた椿は、楽しそうな先生が担当となったことを喜び、楽しくなりそうなこれからのことを考え、笑みを浮かべ、始まった自己紹介に耳を傾けた。

 自己紹介は順調に進み、あっという椿の番となった。


「はい。次、如月さん」


「如月椿です。えっと、これから一年よろしくお願いします」


 椎名に促され、椿は今まで自己紹介をしていったクラスメイト達同様席を立ち、自らの名前を口にしたのだが、緊張のあまり言おうと思っていた台詞が頭から吹き飛んでしまい、簡単な挨拶をすると、はにかみながらお辞儀をして、席に付いた。そんな椿の様子を微笑ましく見つめ、胡桃は恥ずかしそうにしている親友からクラスメイトの視線を逸らせようと、椎名に促される前に席を立つ。


「出席番号九番!工藤胡桃。趣味は体を動かすこと。みんな一年間よろしくー」


 無理矢理テンションを上げ、ピースサインとともに自己紹介。少しばかり恥ずかしい思いはしたが、胡桃の企みは見事に成功し、クラスメイトの視線を集めることに成功する。胡桃の自己紹介に拍手の沸く教室を見回し、やりきったと満足気な表情をして席に着く、胡桃。彼女の行動により、他の生徒の緊張感も和らいだのだろう。その後、胡桃に引っ張られたのか、おかしいなテンションの生徒が数人混じりはしたものの、順調に進み、自己紹介は終了した。

 その後、然したるハプニングも無く教科書の配布、始業式などを終え、その日は解散となった。

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