蛙の子は蛙
俺は石川権蔵。八年前に妻と娘の奈津美に逃げられてから、この闇金会社の『ニコニコ金融』の社長になった。今は、最近よく言われるオレオレ詐欺をしている。
今日は新しい社員が来るはずだが、もう五分も待たされている。
「すいません、遅れちゃいましたぁ!」
元気な声がしたと思ったら、小学生くらいの女の子が入って来た。
「お嬢ちゃん、ここは遊び場じゃないよ」
まあ、駅ビルの四階にあるから女の子が入って来ても仕方ないといえば仕方ない。
「あのぉ、ニコニコ金融の石川社長ですよね?」
「あぁ、そうだが。いいから帰りなさい」 今は夜の七時。親御さんも心配するだろう。
「いや、そうじゃなくて、新入社員の戸倉佳奈子です」
ペこりとお辞儀をする女の子。そうかそうか、この子が新入社員だったのか。
「って、えぇぇ!?」
「あ、あのぉ。どうかしましたか?」
「戸倉さん、履歴書に帝都大学卒って書いてあるけど?」
「はい、去年に卒業しました。証拠もありますけど」
そう言って生徒証明書を提示する。確かに本人のようだ。でも……
「でも、大学出てそんなにちまいのは……はっ!」
言ってから、気付いた。俺の『ちまい』という言葉に反応して殺気を出している。常人の俺でも分かるくらいに闘気の渦が見える。
「失礼、取り消します。それで、戸倉さん。本題に入りますよ」
戸倉さんを椅子に座らせて、自分も向かいに座って書類を机に広げる。
「ウチはまあ、やってることもアレだってのは分かって頂けてると思うんですけどね」
「あのぉ……」
話を切り出した途端に、戸倉さんが口を挟んだ。体調でも悪くなったのだろうか。
「お茶とか出ないんですかねぇ?」
「まさかの社内で下剋上!?」
社長にお茶をいれさせる新入社員なんて初めて見た。
「はい、どうぞ」
それでも俺はお茶と、茶請けに煎餅を渡してやった。どんな待遇だよ。
「それで、続けますよ。 当社は[バリボリ]に電話対応を主とした[ボリボリ]なので、最近はアポイントメ[バリバリ]なんかも[ズズーッ]して……る……」
「え? あ、続けて下さい」
「……じゃあ、実際に応対の練習を。まずは俺がお手本をやるから」
そう言って俺は、未被害者リストから適当に選び、ボタンをプッシュした。
Prrr……ガチャッ
「あ、もしもし? オレだよオレ。ん? そうそう、タカシだよ。あのさぁ、実は先輩に連帯保証人にされて今50万必要なんだよね。だからさ、うん、そうそう。番号は●●だから。ありがと、おう。じゃあまた」
ガチャッ
「まあ、こんな感じかな」
「なるほどぉ。さすが社長さんだねっ」
片目をつぶってピースされた。何なんだ、この新入社員の態度のデカさは。
「じゃあ戸倉さんもやってみて下さい。とりあえず他の社員が相手なので」
戸倉さんに二、三言アドバイスをして、受話器を渡してプッシュしてやる。
Prrr……ガチャッ
「はろぉ! じすいずオレ! うんと、オカーネ振り込ーめ。朝めーしはこーめ」
ガチャンッ
「君向いてないわ」
「うぅ……。緊張すると英語になっちゃうんです」
「いや、だからって! 実の息子から英語で電話かかってきたら驚くでしょ!」
「大丈夫です! 今度こそはしっかりやりまっする!」
「ごく一部の人にしか伝わらない語尾はやめなさい!」
俺は戸倉さんにアポイントメント商法についての手本を見せることにした。
Prrr……ガチャッ
「藤沢信行様ですか? おめでとうございます! ●●金融との合同案により、藤沢様にハワイ四泊五日の旅が当選致しました! 詳しい説明は当社で行いますので、●日の●時に事務所までお越し下さい。えぇ、よろしくお願いします」
ガチャッ
「まあこんなところだな。質問はある?」
「あのぉ、今のはどういう仕組みなんですかぁ?」
すると戸倉さんは、机に突っ伏してお茶をすすりながら質問してきた。
「まあ、『当選致しました!』とか言って会社に呼び出して、不利な契約書を書かせるんだよ」
「こんな豚小……もとい薄暗いところに来てくれますかね?」
「うん、来る。来るからとりあえずやってみて」
目から大量の塩水が流れ落ちた。やだな、泣いてないよ。
Prrr……ガチャッ
「ぱんぱかぱぁん! おめでとうございまぁす! あなたはグレムリンと行く火星旅行二泊五日の旅に当選しましたぁ! え? そもそも応募した覚えがない? チッチッチ。ウチを嘗めたらあかんぜよ。この広い地球で実権を握るであろう組織、それがこのニコニコき……」
ガチャンッ
「君は経理に回ってもらおうかな」
「そんな! どうして!?」
「そこで心底驚いた顔をしないで欲しいよ。だってグレムリンと行く火星旅行二泊五日の旅って何!? 何でUMAと火星に行くんだよ! つーかグレムリンとロケットに乗ったら間違いなく悪戯されて帰って来れないだろ! しかもこの会社に世界の実権とか回ってこないから!」
「一つ一つに丁寧なツッコミありがとうございます」
戸倉さんは俺がツッコミを終えると、読んでいた新聞から顔を上げた。
「俺のツッコミ聞いてた!?」
「聞いてましたよ? あ、宝くじ一等当たった。二等もだ」
「え?」
「あ、この会社やめます。どうせ潰れるし」
「え? え?」
「まだ理解出来ませんか?」
そう言うと戸倉さんは内ポケットから何かを取り出した。
「警視庁捜査一課の村岡奈津美です。証拠もあるし、現行犯逮捕ですねぇ」
笑顔で取り出したのは警察手帳とボイスレコーダー。さらに変装をしていたらしく、顔からマスクをペリペリと剥がした。 その顔は、八年経った今でも分かる、愛娘の素顔だった。
「まったく。しっかり働いてよね、お父さん」
奈津美はぼやきながら、俺の手首に手錠をかけた。
「すまん……」
こうして愛娘と八年越しの感動の再会を果たした俺は、闇金業から足を洗い、月一で奈津美と会えるようになった。
「……なあ奈津美」
「何?」
「そのネックレスどうしたんだ?」
「先月に買ったの」
「じゃあ、あのテレビはいつ買った?」
「先月だねぇ」
「じゃあ、あのシステムキッチンも?」
「先月だよ」
「……実は先月俺の口座から五百万おろされて……」
「あ、買い物行かなきゃ。じゃあまたね」
「おい……金返せ……返して下さい!」
「じゃあ、行ってきまーす。また一ヶ月後にね」
「理不尽だ……。いや、本質的に理不尽じゃないけど、なんか理不尽だ……」