5月の雨と、君の嘘
◆
僕の名前は、影野晴真。
現在進行形でボッチを貫いている、華の高校一年生だ。
……僕だって、別に孤高を気取りたいわけではない。
入学式の朝、風邪をひいて39度超え。
そのせいで、自己紹介も初日のイベントも全部すっぽかし、
気づけばクラスの輪に入りそびれていた。
僕の高校生活は、
名前の通り、影が差すようなスタートから始まったのだ。
クラスでの僕は、どこにでもいるモブ男子。
そんな評価がいいところだろう。
クラスメイトと話すことはできるけれど、
本音を言えるほどの友達はいない。
そんな “ 曇り空 ” みたいな日々の中で――
ひとりだけ、気になる子がいた。
彼女の名前は、空野ひかり。
快活な性格で、クラスのムードメーカー。
彼女が笑えば、クラスの雰囲気は明るくなり、
彼女が落ち込めば、慰める声があがる。
笑ったり、落ち込んだり、
喜んだり、怒ったり、
まるで天気みたいに表情がころころ変わる子だ。
僕とは正反対の、光のような人。
そんな彼女には、幼馴染の男子がいる。
一緒にいるときの彼女はとても魅力的で、
周囲は「両想いだよね」と噂していた。
彼女のことを思うたびに、
なぜか胸がざわつく、
そんな日々が続いていた。
◆
桜が散り始め、
花びらが風に押されて地面を転がる、
そんな曇り空の日。
掃除当番で校舎裏の集積所へゴミ袋を置き、戻ろうとしたとき――
ふと、人の気配を感じて足を止めた。
視線を向けると、空野さんが立っていて、
緊張した表情で、ある一点を見つめている。
(空野さん? どうしたんだろう?)
僕もつられて視線をずらす
すると、そこには
彼女がいつも一緒にいる幼馴染の男子と
同学年で一番かわいいと噂されている女子――朝倉さくらさんが向かい合っていた
告白の場面だった
幼馴染の男子が何かを伝え
朝倉さんがはにかむように笑い
彼はガッツポーズをして喜ぶ
――その瞬間
空野さんは逃げ出すように駆け出した
振り向きざまに見えた
彼女の泣きそうな横顔
気づけば僕の体は動いて
彼女を追いかけていた
学校の敷地を抜けて
通学路から外れた小さな公園
その中でブランコに座る彼女を見つけた
周囲には霧雨が降り始め
粒子のような水滴が視界をぼやけさせている
まるで
彼女の悲しみが霧に溶け込み
その姿を隠しているようだった
僕がゆっくりと歩み寄ると
彼女は
僕とは反対側の空を仰ぎ見ながら
ぽつりと言った
「君は……、同じクラスの影野君?
あー、やっぱりあの時見られちゃってたかー」
「確かに、あいつと私は幼馴染だけどさ。
別に私は、あいつのことなんか、なんとも思ってないし」
「相手の、さくらちゃんも、とってもいい子でさ。
私と違って、めちゃめちゃかわいいしー
……あいつめー。
なかなか見る目あるじゃんかー」
笑っているはずなのに
彼女の声は震えている
僕は何も言えず
ただ聞くことしかできなかった
彼女の方が ” かわいくて素敵な人 ” だと思っていても
それを言えるほど
僕たちはまだ親しくない
霧雨が頬を濡らす中
彼女は何かをあきらめたように小さく笑った
「あはっ……。
……こんな雨じゃ、本音も隠せないや」
振り向いた彼女の頬には
一筋の雫が流れていた
それを見た瞬間
――彼女を好きだと
――彼女を守りたいと
僕ははっきりとそう思った
◆
季節は廻り、青葉が風に揺れる頃。
あの日から、僕は彼女に笑顔を戻したくて、
少しずつ話しかけるようになった。
そして、彼女を守れる自分になりたくて、
外見や性格を変える努力を始めた。
初めてワックスを使った日は、
髪が固まりすぎて彼女に笑われたけれど、
その笑顔が嬉しかった。
曇りがちだった彼女の表情が、
少しずつ晴れていくのがわかった。
そしてその度に、
僕と彼女の距離も近づいているような気がした。
ある日、学校の外で、
彼女と偶然出会った。
彼女は、淡い色のワンピースにカーディガンを着ており
その姿は、どこか春の日差しのように柔らかい雰囲気で、とても彼女に似合っていた。
対する僕はジャージ姿。
どう見ても釣り合っていない。
僕を目にした彼女は、
最初は嬉しそうに顔をほころばせたけど、
僕の服装を見て、苦笑いに変わった。
「……ねぇ、晴真くん。
今度の休日、ちょっと時間ある?」
その流れで、僕たちは
初めて外で遊びに出かけることになった。
◆
デート当日。
駅前で待ち合わせたあと、
彼女に手を引かれて向かったのは、彼女の行きつけの美容院。
「前からその髪、気になってたんだよねー」
プロに整えてもらった髪は、
自分でも驚くほど “ カッコよく ” 見えた。
次は、オシャレな服屋。
「あたしがカッコよく、全身コーディネートしてあげる」
彼女が選んでくれた服や靴を身に着けると、
鏡の中に写る僕の姿は、まるで別人のようで、とても驚いてしまった。
買い物のあとは、クレープを食べ、
帰るのが名残惜しくなった僕たちは、
カフェで少し休憩した。
「……なんか、こういうの、いいね。
また、いっしょに遊びにいこーね」
その笑顔は、太陽みたいに輝いて見えた。
◆
次の月曜日。
学校に入った瞬間、周囲の視線が変わったのがわかった。
いや、違う。
変わったのは僕の方だ。
「あの人、だれ?
なんかカッコよくない?」
「どこのクラスだろう?
私たちと同じ一年生だよね?」
ひそひそと話す声が聞こえる。
居心地を悪く感じ、急ぎ教室に入ると、
騒がしかったクラスメートたちが、一斉に静かになった。
自分の机に座ると――
「え?
あの席って、なんか地味な男子が座っていたとこだよね?」
「たしか…、磯野くん? だったっけ?」
教室内にざわめきがよみがえったとき、
空野さんが嬉しそうに声をかけてきた。
「へっへーん。
影野くん、どーよ?
生まれ変わった気分は。
影野くん、もとがいいからさー。
磨けば光ると思ってたんだよねー。」
その笑顔を見て、
僕の胸は熱くなった。
◆
それから数日、
僕の周りは少しだけ騒がしくなった。
廊下で声をかけられたり、
落としたプリントを拾ってもらったり、
今までになかった出来事が増えていった。
そのたびに空野さんは、
嬉しそうに笑ったり、喜んだりしてくれる。
僕は、彼女が笑顔になってくれることが
なんだか嬉しくって、
でも、少しだけ胸がざわついた。
そんなある日。
僕がシューズボックスを開けると
そこには一通の “ 白い封筒 ” が置いてあった。
「どうかしたの?」
僕は、一緒に登校してきた空野さんの目に
それが触れないよう、
上履きだけをそっと取り出し、木製の扉を閉じた。
そして、何でもないように伝えた。
「ちょっと、靴が奥に入り込んでてさ。
取るのに手間取っちゃった。」
彼女は「そっかー」と納得してくれた。
その笑顔にほっとしながら、
僕も何事もなかったかのように靴を履き替え、
いつも通りの朝を演じた。
さっき見た “ 白い封筒 ” の存在が気になっていた僕は
一限終了後の休み時間に、
トイレに行くふりをして教室を抜け出し、
シューズケースから封筒を取り出して中身を確かめた。
差出人不明のその手紙には、
僕を好きになったことと、
今日の放課後に「校舎裏の花壇のそばにあるベンチ」で待っている、
ということが書かれていた。
放課後になり、
僕は空野さんに「用事があるから先に帰っていて」と伝え、
ラブレターに書かれていた “ 待ち合わせの場所 ” へ向かった。
校舎裏の花壇のそばにあるベンチ。
そこには、一人の女子がぽつんと座っていた。
僕が近づくと、彼女はぎこちない笑顔を浮かべながら、ゆっくりと立ち上がる。
「影野くん……あの、ずっと言いたかったことがあって……」
深呼吸のあと、
彼女は震える声で僕に想いを伝えた。
その告白の言葉が終わるか終わらないかのうちに、
視界の端で、誰かが立ち尽くしているのが見えた。
空野さんだった。
彼女は驚いたように目を見開くと、
次の瞬間には視線をそらしてしまう。
「……っ」
そして、まるであの日と同じように
彼女は踵を返して走り出した。
「ごめん!
後で、絶対返事をするから!!」
僕は慌てて女子にそう告げ、
空野さんの後を追った。
曇り空の隙間から差し込む夏の日差しが、
胸の奥をじりじりと焦がしていく。
彼女を追ってたどり着いたのは、
あの日と同じ公園。
空野さんはブランコに座っており、
彼女の姿を木々の影が包んでいた。
「なんで、追いかけてきちゃうかなー。
告白されるなんて、君もやるね。
相手の女の子、かわいくて、いいかんじだったじゃん」
うつむいたまま、
彼女は言葉を続ける。
「別に私は、君のことなんか、なんとも思ってないしさ。
たしかに、最近ちょっと頼れる感じになったかなーって思ってたよ?
なんだ、相手の女の子も、なかなか見る目あるじゃんー」
彼女は僕に顔も見せてくれない。
だから僕は、
その背中に向かって言った。
「空野さんは気づいていないかもしれないけどさ。
僕のクラスには、とても魅力的な女の子がいるんだ。
快活な性格で、クラスのムードメーカー。
彼女が笑えば、クラスの雰囲気は明るくなり、
彼女が落ち込めば、慰める声があがる。
笑ったり、落ち込んだり、
喜んだり、怒ったり、
まるで天気みたいに表情がころころ変わる子なんだ。
僕とは正反対の、光のような人。
空野さん。君のことだ。
初めて出会ったその日から、僕は君に惹かれていた。」
彼女の肩がぴくりと震えた。
「惹かれていた、なんて言ったけど、
僕の気持ちは今でも変わらない。君が好きなんだ。
だから……僕にだけは本音を隠さないでほしい。」
僕は、精一杯の気持ちを込めて、
彼女に本音を伝えた。
そして、しばらく沈黙が続いたあと――
「君ってさ。
ほんと、ずるいよねー……」
振り向いた彼女の頬には、一筋の雫。
でもそれは悲しみの涙ではなく、
夏の日差しを受けて、きらりと、ひかり輝いていた。
最初は、ころころと表情を変える彼女が気になるだけだった。
でも、彼女の笑顔が曇るのを見て、気づいた。
――彼女を好きだと。
――守りたいと。
これから先、僕たちの関係は変わり、
嬉しかったり、
悲しかったり、
時には不安に揺れる日もあるだろう。
それでも彼女となら、
――その全部を好きになれる気がした。
X(旧Twitter)で「好きな雨を教えてね」という投稿を見かけたのが、
この物語を書こうと思ったきっかけでした。
「霧雨じゃ、涙は隠せない」
そんな想いを込めてみましたが、いかがだったでしょうか?
こんな恋や、こんな季節を過ごしてみたいな――
そう思っていただけたら嬉しいです。




