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(ガワだけ)胡乱なカードゲームおじさん  作者: 十田心也


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20/20

20枚目 下準備を怠るなかれ

「何だかまだヌルヌルしている気がしますわ……」


「ふふ、豊かな感受性は優れたプレイヤーの証ですよ」


 対戦後、安治(あんじ) (ゆい)仕換(しかえ)、それに御園(みその) (しげる)は応接室へと戻ってきた。

 今はお茶を飲みながら、先ほどのバトルの感想戦をしている最中。

 結は自身のトドメに使われたカードの影響か一度着替えており、それでも粘液が絡みついているような感覚が肌を這っている。

 オープンセンス(五感体感装置)なしの対戦なので実際は映像と音のみであり、繫はそんな結の様子を微笑まし気に見ていた。


「視界全てが粘液滴る触手ですのよ? ちょっとわたくしには刺激が強すぎましたわ……」


 迫真の映像技術は伊達ではなく、結の乙女の尊厳を削ぎ心胆寒からしめるには十分であった。


「しかしお嬢様、これはある種の貴重な体験と言えるのではないですか?」


「仕換さんは良いことを仰います。1度体験したのなら次への備えに、これで今後の対戦へ生かすことができますね」


「……うーん、バトルワールドのプレイヤーとしてはそうなんでしょうけど。いち女性としては、いやでもお姉様も同じことは言いそうですわね」


 1人の乙女としては辱められたも同然の決着に文句を言いたいが、一介のバトルワールドプレイヤーとしては正式な対戦の結果に異議を唱えるような見苦しい真似はしたくない。

 自身の側面、そのどちらかに徹することはいまだ学生の身である結には難しかった。


「うぅ、心が2つありますわー」


 揺れる己の内面に悩む結を見ながらお茶を飲んでいる繁。

 感想戦も終えそろそろお開きといったタイミングで、仕換が包みを持ってくる。

 中身は対戦前に食べたレモンのクロスタータ。


「御園様、本日は急なご依頼にも関わらずお越しくださりありがとうございます。こちら、先ほどお約束していたクロスタータでございます」


「ご丁寧にどうも。私こそ、おいしいお茶と楽しいバトルを堪能させていただきありがとうございます」


 新しく焼いたのか、包みを受け取った繁の手へ柔らかな温かさが伝わってくる。


「もうそんな時間ですの? まだお茶もお菓子もありますし、繫プロさえ良かったらもう少し」


「お嬢様、残念ながら本日の予定はもう埋まっております。この後の御当主様と出席されるパーティーへの支度も既に準備済みです」


「……分かってますわ。軽い冗談を言ってみただけ」


 それまでの年相応の表情から一転し、名家の令嬢としての顔に切り替わる結。

 お付き合いの大切さはそれこそ幼少の頃より叩き込まれ、結自身もこれまでの人生の中で実感していた。

 自身のわがままで父に、そして家に泥を塗るわけにはいかないことは充分理解している。

 ……そこに一抹の寂しさや窮屈さを感じないと言えば嘘になってしまうことも、結は充分自覚していた。


「ふむ」


 そんな結を見て、おもむろに自身のデバイスを操作する繁。

 デバイスからの通知音が鳴った結がその内容に目を向け、思わず目を見開く。


「繫プロこれ、フレンド申請っ! 間違えてわたくしに送られて」


「いえ、間違いではないですよ。業務用のメールよりはこちらの方がスムーズですし、気が向いたら受理してやってください」


「え、でもプロの方とフレンドなんて。恐れ多いというかなんというか」


 嫌ではない、嫌なわけがない。

 しかし繫からの申し出は結にとって嬉しさ半分、恐縮半分といったところであった。

 この場合のフレンド申請とは、よくあるSNSのものとそこまで大きな差はない。

 大きく違うのはフレンド申請してきた者の立場、御園 繫がバトルワールドの公式プロプレイヤーであるという事実だ。

 いかに名家の令嬢といえど結は現状ただの一般人であり、この世界で花形の職に就いている繁からのフレンド申請は分不相応ではと彼女は考えてしまっていた。

 先ほどの対戦を経て繁を少々過剰に評価してしまっている結の、それが彼女なりの葛藤である。


「先ほどの対戦で挨拶は済んでいます。プレイヤーとして、カードの応酬に勝る相互理解はありませんから」


 だがそのような少女の葛藤など、バーバリアンこと御園 繫には何ら関係なかった。

 今の繁の一番の関心事、というより心配していることは結がバトルワールドに一線を引き続けるうちにいつかバトルワールドそのものへ無関心になってしまうのではないかという推測であった。

 まごうことなき邪推であるし、バトルワールドに関しては極端に近視眼的になる繁とて人様の教育方針に口をはさむ気は毛頭ない。

 だが将来有望なバトルワールドプレイヤーがいなくなってしまう、そんな芽はなるべく摘んでおきたいと考えるのも繁だ。

 故のフレンド申請、結をバトルワールドにつなぎ留めておくための繫なりの一手である。

 ……もちろん1人の大人として、目の前の寂しそうな表情をした子供に何かできないかという感情が先にあったのは間違いない。

 おそらく。きっと。たぶん。そうだといいな。

 今はただ御園 繫が闘争のみを求める修羅でないことを願うばかりである。


「で、では失礼して」


 若干震える手でフレンド申請を受理する結。

 そうして自身のフレンド欄に御園 繫の名前が確かに追加されるのを見て、いかなる感情か小さくぶるりと全身を震わせる。


「確かに。これからは気軽にバトルへお誘いください、いつでも足を運びますので」


「え……、次も……対戦してくださるんですの?」


「? ええもちろん、次もその次もいつまでも歓迎しますとも。結様とのバトルは楽しいですから」


 繁のその言葉に、また小さく結の体が震える。

 ただ、1人のバトルワールドプレイヤーとしての結に向けられた言葉。

 結が持っている一般的なプロのイメージから外れた気安さ、いやこの場合は貪欲さだろうか。

 そうした真っ直ぐな繁の姿勢は結にとって新鮮であった。

 幼い頃より周囲を思慮深い者たち、もう少し踏み込めば心の内を容易に明かさぬ者たちに囲まれて育った結ならではの感想。

 だがその真っ直ぐさに対する彼女の反応は──


「ええ、わたくしも同じ気持ち……。次の対戦、楽しみにしておりますわ」


 まだそこまで安い女ではないと、結はとりあえずはしかのような自身の気持ちに蓋をして繫に微笑む。

 そして退室する繁に執事の仕換が付き添い、応接室にて1人になった結はソファーから立ち上がり窓辺へと近付く。

 窓から外を見ればいつの間にか晴れており、庭園全体が雨粒でキラキラと光っていた。

 しばらくすると屋敷から出てきた繫が庭園に、そして応接室からの結の視線を感じたのか振り返る。

 何やら楽しそうに微笑みながらこちらへ一度会釈し屋敷の出口へと向かう繁。

 釣られたのか無意識に笑みを浮かべながら、去るその背中が見えなくなるまで手を振る結。

 そうして繁が門を超え屋敷から見えなくなると、振っていた手を頬に当て結が呟く。



「…………お兄様もありですわねぇ」



 吐息と共に意図せずもれた言葉。

 それはさっきまで降っていた雨を思わせるように、どこか湿り気を帯びて結1人だけの応接室へ響く。

 見送りをしていた仕換が戻ってくるまでの数分、結はじぃっと先ほどまでの触れ合いに浸っていた。








 休日の衛征(えいせい)学園、食堂にて3人の学生の姿があった。

 競技科2年生の門地(かどち) 界斗(かいと)炉井(ろい) 鷹介(ようすけ)

 普通科2年生の五色(ごしき) (とおる)

 見ればこの男女3人組は周囲の生徒と同じようにカードを広げ、デッキ構築談義に花を咲かせていた。

 ただその3人組を見る周囲の雰囲気はどこか異物を見るようである。


「どうかな透、ここはやっぱりエネルギーを操作や支援できるカードたちをもうちょっと増やした方がいいと思うんだけど」


「いやもう十分だろ。これ以上それ系のカード増やしてもダブつくだけだ」


「うーんこれがこうで……」


 競技科の男子2人から助言を受けながら、あーでもないこーでもないと悩む透。


「……む、難しい。あはは、やっぱりそう簡単に組めるものじゃないね」


 困ったように笑う透へ、最初は皆そんなもんだとこちらも笑う界斗と鷹介。

 和気藹々とした雰囲気が流れるそこへ、生徒の誰かの言葉が降ってくる。



「普通科が勘違いしてんじゃねーよ」



 一瞬、3人の空気が凍る。

 だが次の瞬間には、凍った空気を溶かすように明るい声が上がった。


「でも諦めないよわたし! 絶対この子を活躍させられるようなデッキを作るんだから!」


 意外にもその空気を元に戻したのは透である。

 あのイベントでバトルワールドのプレイヤーになると決意した日から、透は変わった。

 それまでは常に周囲と合わせ、強く出られればすぐに譲る性格だったと透。

 だがあの日以降、性格の大部分はそのままだがあまり物怖じしなくなり、他人に自身の譲れない一線を越えさせることはなくなった。

 それこそ透が引き当てたカードの希少性に惹かれ多くの生徒が自分に譲れと迫ったが、その全てに彼女は毅然とNOを突き付けた。

 だがそのような態度が多くの生徒からは調子に乗っていると反感を持たれてしまっているのが現状である。

 競技科からは分不相応なカードを手にして舞い上がっている愚か者として。

 普通科からは自分たちと同じくせに特権階級へ昇ろうとしている裏切り者として。

 針の筵の状況にこの年頃なら心を病んでもおかしくない。


「あ、2人ともこのカードとかはどう!? これと組み合わせればすっごい強いと思うんだけど!」


 だが2人から見て、目の前の友達が無理して虚勢を張っているようには見えなかった。

 透が絡まれ出した当初はいちいち2人は反応していたが、次第に相手を威嚇するよりも友達である彼女に付き合った方が建設的であることに気づき2人も反応しなくなっていったというわけである。


「うん、発想はいいね。確かにコンボが決まればとんでもなく楽しいことになる、けど」


「お気に入りのカード入れた上でこいつも入れるとなると軸がぶれるぞ。両立させようとしたらどっちつかずになりそうだ」


「むむむ、やっぱりそう上手くはいかないかー」


 周囲の雰囲気を気にしていないその様子が、ますます他の生徒の機嫌を急降下させていく。

 そしてついにある生徒、先ほど本人の認識では忠告をした競技科男子生徒の閾値を超え行動を起こさせた。

 透の背後よりつかつかと近付く男子生徒だったが、あと数歩という距離で界斗と鷹介にその進路を阻まれる。


「どうも、何か御用ですか? そのバッジ、競技科の先輩ですよね」


「勘違いでなけりゃさっきなんか言ってたよな。その続きでも聞かせてくれんのか?」


 歓迎していないどころか、明らかに敵意丸出しで男子生徒へ話しかける2人。

 基本この手の相手は無視することにしているが、わざわざ向こうから絡みに来るのなら話は別である。


「な、なんだお前たち、競技科のくせに……! そんな落ちこぼれの肩持つのか!?」


 想像以上に最初から敵意全開で対応され、思わず男子生徒の声が上ずる。

 色々良からぬ噂のある2人も実際は大したことないだろうという楽天的な考えは、いざ目の前で対峙され凄まれたことで瞬く間にひびが入っていった。

 分かりやすく喧嘩腰の鷹介、言葉だけ丁寧で明確に拒絶の雰囲気の界斗。

 同じ競技科で先輩という肩書に少しは怯んでくれると期待していたが、そんなものまるで存在しないとばかりに振る舞う2人に大いに慌てる男子生徒。

 そんな彼を救うことになったのは、意外なことに透であった。


「すみません先輩、わたしまだデッキ完成してないんです! 自信作のデッキが完成したらまた声かけてください」


「……は? な、何言って」


「あれ、バトルしようってお誘いじゃなかったんですか? この前から、わたしが少し珍しいカード引いたから同じようにバトルしようって人たちがよく来られるので」


 もちろん同じように絡んできた生徒たちは全て、同じように界斗と鷹介の歓迎を受けている。

 そして同じように透に助け舟を出されていた。

 自分が透に情けをかけられようとしていることに気付いた男子生徒。

 競技科たる自分が、普通科の生徒に哀れみの感情を抱かれている。

 凝り固まった特権意識が男子生徒に歪な形で現状を認識させ、思わずあらん限りの罵声を浴びせようと口が開く。


「っが、あ……。もう、もういい、悪趣味な馴れ合いずっとしてろ」


 だが寸前で己の身を案じる理性が働き、男子生徒は捨て台詞を言い終わるやすぐに食堂を出て行ってしまった。


「さ、2人とも。まだまだデッキ作りに付き合ってもらうからね!」


 つまらないものを見る目をした界斗と鷹介は、透の言葉に気持ちを切り替え席に戻る。

 今のようなことがここ最近はずっと続いているため、2人があのような態度を突っかかってきた者に向けるのも無理ないことなのかもしれない。


「でも透、本当に毎回毎回よくあんな大人の対応取れるよね」


 相手に不満の1つでもぶつけても問題ないのにと、透へ感心する界斗。

 自身も学園に眠るカードで日頃因縁をつけられている身のため、透の驚異的な忍耐力には驚くばかりだった。

 不思議がられた透は、常と変わらぬ調子でその答えを口にする。



「だって、教えてもらったから。私の胸にはバトルワールドの道を歩むための、灯火が宿っているって」



 いつもと同じ、だが心底にはこの言葉は誰にも否定させないという強き意思を滾らせている。

 そんな透に2人は一瞬だけ意表を突かれ、その後腑に落ちたとばかりに笑った。


「さすが、プロの言葉は含蓄がある」


「ああ、確かにそれは言えてるな。正直あの時の絵面だけなら、邪教の教祖と信者による託宣って感じだけどよ」


「ちょっと、そんな風に見えてたわけっ!?」


「あはは、ごめん少しだけ……」


 学生らしい、いつもの調子に戻った3人組。

 その後数十分、透のデッキ完成に向けて奮闘するが少々行き詰ってしまった。

 初めてのデッキならやはり悔いのない完成度で組みたいという若者特有の空気感で、とりあえずの仮組みなどは選択肢に上がってすらいない。

 そもそもデッキを組めるほどのカードがドが付く初心者である透にあるのかと思われるが、その解決策は意外なところからやってきた。

 透が両親へバトルワールドを始めたいと連絡したところ、後日ダンボール数箱に及ぶカードが送られてきたのである。

 学園のカードレンタル申請の書類に3人で頭を悩ませていたタイミングでの、降って湧いたカード資産。

 何故これほどのカードがあるのか親へ確認した透だったがどうにも回答は曖昧であり、そんな彼女を尻目に界斗と鷹介はこれだけあればと目を輝かせ持ち主の許可を取るとすぐにカードの確認にかかった。

 そうした理由で透本人の意図しないところだが、デッキを組むためのカードは十分というわけである。



「そういえば2人はあの7月のイベント大会、抽選申し込んだ?」


 デッキ作成の息抜きにと界斗が雑談を振る


「ああ、あの島でのやつだろ。とりあえず申し込んだが、かなり倍率高いって話だぜ」


「わたしも一応、申し込んじゃった。先生に確認したら、大会当日までにデッキがあればいいってことだったから」


 3人が話しているのは、いま全国の学生バトルワールドプレイヤーが注目しているある大会。

 高校生以下の全てのプレイヤーが参加対象であるその大会は、ある孤島にて開催される。

 主催は全国競界協会が務め、協賛に名を連ねるのはいずれもが大企業。

 日程は1週間、島全土を用いての大規模なものとなるらしい。

 賞品などは当日発表とのことだが、主催者や大会規模からいってみすぼらしいものでないことは確かだろう。





 その大会の名は、バトル・サンクチュアリ。

 数多のバトルワールドプレイヤーが集い数々の名勝負を生み出したこの大会は、後年こう呼ばれることとなる。

 『最も多くのプレイヤーを狂わせた大会』

 孤島にて、煌びやかな栄光で塗りたくられた巨大な策謀に全てが集う。


 競会も、企業も、結社も。

 界斗たち多くの学生プレイヤーも。

 繫たちプロプレイヤーも。

 全てを孤島という大釜に入れ、成される結果とは何なのか。

 今は黙して語らず、この大会に夢見る多くのプレイヤーの希望を薪として。

 大釜はただ、沸々と煮えていた。





バトルワールドにおいて使用するデッキ、更に言えばカードからある程度プレイヤーのことを知ることができると言われています。

正確に言えばそのプレイヤーがよく使っていたり愛着を持っているカードの世界などから、ある程度の性格や本質を図ることが可能だとする説です。

ここから発展してバトルワールド占術なども生まれており、プロの中でもゲン担ぎの意味で一部注目されていたりします。


では私のデッキ調整に付き合ってもらおう。



各世界毎の傾向診断


・赤

直情傾向

(挑発に乗り毒蛇の巣へと突撃。数日後生還、巣の毒蛇はのたうち回り全滅)


・青

完璧主義

(国一番の頭脳と将来を有力視された者は、しかし自ら命を絶った。過ち、その僅かな可能性さえも許すことはできなかった)


・緑

継続力

(格闘家の親の教えに従い、毎日地面に向かって拳を振り下ろす。数十年後、血相を変えて学者や軍隊が必死に止める事態となった)


・黒

自己実現

(肥溜めに沈められ死ぬ寸前だったが生き延び復讐を決意。某国の副大統領にまで登り詰め法と権力で固めた鉄槌で復讐を完遂)


・黄

博愛

(20人以上の恋人と同棲し全員に平等な愛で接した。この生活を辞めたいと言った者も1日経てば訴えていたことを取り下げ元の生活に戻っていった)



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