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正義が人を壊すとき、俺は選ぶしかなかった  作者: 慈架太子


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第28章:涙

静かだった。


耳を震わせていた魔力の咆哮も、古代機構アストラの不気味な駆動音も、一瞬にして遠のいたかのように錯覚するほど、聖堂の深部は非現実的な静寂に包まれていた。

崩れた床の破片が時折立てる乾いた音だけが、ここが戦いの場であったことを辛うじて思い出させる。


さっきまでの言葉が、まだ残っている。

カイが突きつけた「壊した数」という問い。

ミーナが流した、静かで、けれど誰よりも重い涙。

アリア自身が口にしてしまった、千を超える犠牲の告白。

それらが、目に見えない灰のように空間を漂い、肺の奥にこびりついて離れない。


誰も、動かない。

カイは短剣を握りしめたまま、彫像のように硬直してアリアを見つめている。

ミーナは祈るように手を組み、その震える指先を隠すことさえ忘れていた。

仲間たちの視線が、一筋の光の矢となって、中央に立つ一人の少女を射抜いている。


アリアは、立っている。

白銀の法衣は汚れ、綻び、かつての神聖な威厳は見る影もない。

その細い両足は、今にも折れてしまいそうなほど激しく、絶え間なく、揺れている。


だが。

倒れない。

倒れることさえ、今の彼女には許されない贅沢のように思えた。

背負わされた「正義」という名の呪縛が、鉄の杭となって彼女の五体を床に縫い付けている。

ここで膝を折れば、自分が切り捨ててきた何千もの魂が、永遠に救われない闇に沈んでしまう。その恐怖だけが、彼女を垂直に保たせていた。


「……」


声が出ない。

反論しようと開いた唇は、ただ虚空を食むだけで、意味のある音を結ばない。

知性は、すでに限界を超えていた。

何万通りの未来を演算し、最適解を導き出してきたはずの頭脳は、今やたった一人の「痛み」さえ処理できずにショートを起こしている。


何も、言えない。

正しさを叫ぶための言葉は、すべてカイの放った「責任」という刃に削ぎ落とされた。

謝罪の言葉を口にするには、自分が犯した罪があまりに巨大すぎて、それはかえって冒涜にすら思えた。


ただ。

呼吸だけが、乱れている。

肺が酸素を拒絶し、心臓が肋骨の内側を不規則に叩く。

生きているという実感が、かつてないほどの激痛となって彼女の全身を駆け巡っていた。


手が、震える。

指先から力が失われ、掌に刻まれた紋章が、主の動揺に呼応して狂ったように明滅する。

視界が、歪む。

聖堂の白、床の灰、仲間の影。それらすべてが、水底から見上げる景色のように揺らぎ、混ざり合い、形を失っていく。


「……あ……」


小さな音。

それは言葉になる前の、魂の軋み。


頬を、何かが伝う。

熱い。

冷徹なことわりの世界で、一度も許されなかった、不純な熱。


涙。


止まらない。

それは堰を切ったように溢れ出し、彼女の白磁のような肌を汚していく。

これまで「効率」という名で押し殺してきた感情。

「仕方ない」という言葉で封じ込めてきた後悔。

それらが数年分、数十年分の重みを持って、彼女の瞳から溢れ出していた。


一滴。

また一滴。

透き通った雫が、砕けた大理石の床に落ちる。

その小さな波紋が、鏡のようにアリアの絶望を映し出していた。


落ちる。

それは彼女のプライドであり、神としての偽りの座であり、守り続けてきた脆い世界そのものだった。


アリアは、理解する。

逃れようのない、あまりにも遅すぎた覚悟を持って。


自分が何をしたか。

救済という名の免罪符を掲げ、ただ自分の孤独を埋めるために、街を凍りつかせたこと。


何を壊したか。

隣人を信じるという、人間が人間であるための最も尊い権利を、正しさという名の暴力で踏みにじったこと。


アリアは、涙に濡れた瞳をゆっくりと上げた。

その視線の先には、自分を終わらせるために立ち塞がる、かつての友の姿があった。

彼女は初めて、自らの意志で、自らの「間違い」をその胸に抱き締めた。


物語は、正解を求めた少女が、最大の過ちを認めることでようやく「人」へと戻る、その一瞬の静寂に留まっていた。

カイは、彼女の瞳に宿った新しい光――自分を殺してくれという、最も残酷で切実な願いを、真っ向から受け止めた。





何を守れなかったか。


その問いが、アリアの脳内で幾千もの残響となって鳴り響く。

平和を守った。秩序を守った。生存率を守った。

そう自分に言い聞かせてきた盾が、今や自分を切り刻む無数の刃へと変貌している。

守ったのは数字だけで、その数字の中に息づいていたはずの、名前のある一人ひとりの「生」を、彼女は自らの手で握りつぶしてきた。


「……あ……あ……」


喉が、熱い鉄を飲んだように焼けている。

言葉を紡ごうとしても、声にならない。

知性という名の鎧が剥がれ落ちた後に残ったのは、ただ震えるだけの、無力な一人の少女の肉体だった。


膝が、激しく震える。

立っていること自体が、物理法則に反しているかのような重圧。

全身の筋肉が悲鳴を上げ、視界は涙に滲んで白く濁っていく。


それでも。


倒れない。

ここで崩れ落ちることは、犯した罪から逃げることだと、彼女の魂が本能的に理解していた。

どれほど無様に揺れようとも、自分を断罪しようとする者たちの視線を、正面から受け止め続けなければならない。


「……なんで」


やっと、掠れた音が唇の間から漏れ出た。

湿り気を帯びた、脆い、あまりにも人間的な響き。


「なんで……こんな……」


絶望。

自問自答を数万回繰り返してきた彼女にとって、それは意味のない問いのはずだった。

だが、感情という濁流に呑み込まれた今、その言葉を吐き出さずにはいられなかった。


答えは、分かっている。

誰のせいでもない。古代機構アストラのせいでも、時代の潮流のせいでもない。


自分が選んだから。

「仕方ない」と呟き、冷徹な計算式に身を委ね、隣人の温もりを切り捨てたのは、他ならぬアリア自身の手だった。


それでも。


言わずにいられない。

叫ばずにはいられない。

自分が築き上げてきた「正解」が、これほどまでに冷たく、救いのない地獄であったという事実に。


「……なんで……」


聖堂の冷たい床に、彼女の涙が絶え間なく落ちる。

その一滴一滴が、彼女が守れなかった人々の、声なき叫びのように思えた。


ミーナが、一歩前に出る。

迷いのない、確かな足取り。

アリアを拒絶するためでも、攻撃するためでもなく、ただ一人の友として、その深淵を覗き込むために。


ゆっくり。


二人の距離が、縮まる。

かつて同じ夢を語り合い、同じ未来を信じていた二人が、今、血と涙に濡れた廃墟の中で対峙している。


「……アリア」


優しい声。

かつて放課後の教室で、陽だまりの中で聞いた、あの頃と変わらない音。


だが。


軽くない。

そこには、ミーナがこの街の地獄を見てきた重みが、そして友を失いかけていた悲痛な覚悟が、すべて込められていた。


「やっと、分かったね」


ミーナの瞳からも、涙が溢れ出していた。

それは、アリアがようやく「人」としての痛みを取り戻したことへの、安堵と、あまりにも残酷な共感。


アリアは、重い頭を上げ、顔を上げる。

涙でぐちゃぐちゃになり、神としての威厳など微塵も残っていない、無防備な少女の顔。


「……遅い」


かすれた声。

自分の愚かさを、傲慢さを、取り返しのつかない過ちを。

この期に及んでようやく理解した自分への、痛切な自嘲。


「……遅すぎるんだ。私は……もう……」


物語は、正しさを追い求めた少女の、最も純粋な自己嫌悪へと至った。

聖堂の白さは、彼女の罪を隠すことはもうせず、ただ無慈悲に、その汚れを照らし出し続けていた。





「全部……終わった後だ」


アリアの声は、もはや聖域を震わせる威厳を失い、乾いた砂が零れ落ちるような虚無感に満ちていた。

その視線の先にあるのは、破壊された床でも、動かなくなった古代機構でもない。

自分が「正しい」と信じて積み上げてきた、死者たちの山だ。

一通の告発で引き裂かれた食卓。

疑心の果てに凍りついた街の街灯。

それらすべてを犠牲にして辿り着いたこの場所で、ようやく手にしたのは、救済ではなく、取り返しのつかない静寂だけだった。


「遅すぎたんだ。……私は、もう……取り戻せない。失ったものは、二度と……」


ミーナは、静かに、けれど断固として首を振る。

その瞳には、アリアへの怒りでもなく、ましてや同情でもない、もっと根源的な「生の熱」が宿っていた。


「終わってない。アリア」


その一言が、冷え切った聖堂の空気を僅かに震わせる。


「まだ、あなたは息をしてる。心臓が動いてる。……まだ、生きてる」


「だから、まだ終われる。……間違いを抱えたまま、ここから歩き出すことができるんだよ」


沈黙。


アリアは、笑う。

それは、かつて放課後の教室で見せたような、無邪気で柔らかな微笑みではなかった。

自らの愚かさを、傲慢さを、救いようのない過ちを、ただ無様に晒すための。


弱く。

微かな、糸が切れるような響き。


壊れた笑い。


「……終われないよ。ミーナ」

「止まれない。私がこの手で動かしてしまった歯車は、もう、私の声なんて聴きやしない」


アリアの視界には、今も街の至る所で、隣人を疑い、指を差し合い、怯えながら生きる人々の姿が焼き付いている。

彼女が与えた「正しさ」という名の毒は、すでに街の隅々まで回ってしまった。


「私がやったことは、消えない。……千を超える犠牲も、壊してしまった信頼も。どれだけ涙を流したって、事実は一文字も書き換わらない」


ミーナは、まっすぐにアリアを見つめ、答える。


「うん」


「消えないね。……あなたが殺した人も、あなたが壊した心も。それは、一生消えない。あなたが死ぬまで、ずっとあなたの背中に張り付いて離れない」


否定しない。

安易な慰めや、罪の軽減など、ミーナは口にしなかった。

そんな言葉は、今のアリアにとっては、最も残酷な欺瞞でしかないと分かっていたからだ。


「でも」


一歩、近づく。

二人の間にあった、光の結界という名の断絶を、ミーナは自らの意志で踏み越えた。

泥を被り、傷を負い、それでも「人」として立ち続ける少女の足音が、静寂を打つ。


「それでも、生きるしかないんだよ。アリア」


沈黙。


アリアの目が、激しく、痛切に揺れる。

彼女にとって、生きることは「正解を出すこと」と同義だった。

正解を出せない自分、間違いを犯した自分に、果たして生きていく価値などあるのか。

その問いが、彼女の魂をギリギリまで締め上げる。


「……生きて。……生きて、どうする」


それは、アリアが生まれて初めて口にした、行き先のない問いだった。

神としての演算を失い、一人の無力な少女に戻った彼女が、暗闇の中で縋るように発した、魂の喘ぎ。


「こんなに汚れて、こんなに壊してしまった私が。……生きて、何をすればいい」


ミーナは、ゆっくりと、けれど確かな確信を込めて言う。


「償うんだよ。……一生かけて。誰にも許されなくても、自分自身を許せなくても。それでも、あなたが壊したものの重さを、その肩に背負ったまま」


「昨日までは、あなたは神様として、数字で世界を救おうとした。……でも、今日からは違う。一人の人間として、目の前にいる一人のために、泣いて、迷って、間違えながら、生きていくんだよ」


ミーナの手が、ゆっくりと伸ばされる。

震えるアリアの指先を、その温かな掌で包み込む。


「……一緒に。……一緒にいこう、アリア。地獄だろうと、荒野だろうと。私たちが始めたことなんだから。最後まで、一緒に」


物語は、正しさを捨て、汚れを認め、再び「人」として泥濘の中を歩き出すための、最も苦しく、最も尊い再出発へと至った。

カイは、短剣を下ろし、その二人の背中を、静かな眼差しで見守っていた。

聖堂の白さは、ようやく訪れた「本当の朝」の光に、ゆっくりと塗り替えられていった。





「背負う」


ミーナの声が、冷たい聖堂の空気に染み込んでいく。

それは救済の言葉ではない。むしろ、アリアという一人の少女を、一生消えない後悔という名の重石に繋ぎ止めるための、あまりにも残酷で誠実な宣告だった。


「逃げないで。……正しさに逃げるのも、死に逃げるのも、もうおしまい」


ミーナはアリアの震える肩を、折れてしまいそうなほど強く掴む。その指先から伝わる体温が、機械のようだったアリアの心臓を無理やり動かしていく。


「ちゃんと苦しむんだよ。あなたが奪った人たちの分まで。あなたが壊した日常の数だけ。……胸が張り裂けそうになっても、息ができなくなっても、それがあなたの負うべき報いなんだから」


「ちゃんと覚えてる。……数字じゃない。一人ひとりの顔を、名前を、その人たちが笑っていた時間を。それを全部、あなたの記憶の中に刻みつけて」


「それが、人間でしょ」


沈黙。


その一言が、アリアの頭上にあった偽りの王冠を、粉々に砕き散らした。

完璧な計算、無機質な秩序、汚れなき神域。

それらすべては、傷つくことを恐れた少女が、人間のごうから目を逸らすために作り上げた巨大な虚構に過ぎなかったのだ。


アリアは、何も言えない。

反論するための論理も、自分を正当化するための統計も、もはや霧散していた。

ただ。

涙が、止まらない。

白磁のような頬を伝い、汚れなきはずの法衣を濡らし、砕けた大理石の床に吸い込まれていく。

それは、数千年の「正解」が、一人の少女の「痛み」に敗北した証だった。


カイが、背後から低く、静かに言う。


「許されねぇよ」


その声は、ミーナの優しさを切り裂くように冷酷で、鋭利だった。

ミーナが、一瞬、動きを止める。

アリアも、心臓を直接掴まれたかのように、呼吸を止める。


カイは、一歩、前に踏み出す。

血に濡れた短剣を提げたまま、アリアの瞳の奥にある深淵を、逃がさぬように射抜く。


「何人壊したと思ってる。……お前が良かれと思って下した判断の裏で、どれだけの夢が、どれだけの明日が、ゴミのように捨てられたか分かってんのか」


「何人殺したと思ってる。……お前の作った『正しい世界』からはみ出したっていうだけで、冷たい土の下に沈められた奴らが、どれだけいると思ってるんだ」


沈黙。


聖堂の天蓋から降り注ぐ光さえも、カイの言葉の重みに耐えかねて歪んでいるように見えた。

アリアが最も恐れていた、剥き出しの真実。

数値化され、最適化される前の、生々しい怨嗟の叫び。


「全部、お前のせいだ。……アストラがどうとか、過去がどうとか、そんなの関係ねぇ。お前が選び、お前が引き金を引き、お前がこの惨状を作り上げたんだ」


重い。

その言葉の一つ一つが、アリアの魂に一生消えない焼印を押していく。

逃げ場がない。

正義という名の高い壁はもう崩れ、彼女はただ、広大な荒野に一人、剥き出しの罪人として立たされていた。


アリアは、ゆっくりと、深く、頷く。


「……ああ」


否定しない。

その一言を絞り出すために、彼女はすべての魔力を、すべてのプライドを使い果たした。

もう、鏡のような無機質な目はどこにもない。

そこにあるのは、血を流し、泥を啜り、自分の醜さに絶望する、一人の哀れな人間の瞳だった。


「……私のせいだ。私が、みんなを……壊した」


涙が、止まることなく落ちる。

大理石を叩くその音だけが、崩壊した聖堂の中で、新しい時間の刻みを告げていた。


物語は、全ての言い訳を焼き尽くし、罪という名の十字架を背負った少女と、それを許さないまま共に歩むことを決めた少年たちの、救いのない、けれど「本当」の夜明けへと向かって動き始めた。





「全部」


その言葉は、アリアの唇から、壊れものを取り扱うような危うさを伴って零れ落ちた。

かつて彼女が扱ってきた、整然とした統計学上の「全件」ではない。

引き裂かれた家族の悲鳴、沈黙を強いられた街の孤独、そして、自分が「正しい」と言い聞かせながら切り捨ててきた、数えきれないほどの命の重み。

その一つひとつが、今、彼女の細い肩に容赦なくのしかかる。


受け入れる。


もう、計算式で薄めることはしない。

「不可抗力」という名の盾も、「最大多数の幸福」という名の免罪符も、すべて自分の手で粉々に砕き捨てた。

そこにあるのは、言い訳の余地がない、剥き出しの罪だけだ。


逃げない。


目を閉じれば、暗闇の中に犠牲者たちの顔が浮かぶ。

耳を塞げば、告発に怯える人々の吐息が聞こえる。

それでもアリアは、その地獄から視線を逸らさなかった。

逃げ出すことは、自分を信じて死んでいった者たちへの、最後にして最大の冒涜になると知ったからだ。


ミーナは、何も言わない。


かけるべき言葉など、この地上にはもう存在しない。

慰めは侮辱になり、励ましは残酷な皮肉になる。

ただ、嵐が過ぎ去るのを待つように、静かにそこに佇んでいる。


止めない。


アリアが自らの罪を数え、絶望の淵で身を焼かれるのを、ミーナは黙って見届ける。

それが、親友として、そして被害者の一人として、彼女に課した最低限の義務だった。


ただ、そばにいる。


手の届く距離に。

アリアが孤独の闇に飲み込まれそうになった時、その輪郭を繋ぎ止めるための、唯一の境界線として。


許さない。


その感情は、消えない。

街から奪われた時間は戻らず、死んだ人間は蘇らない。

ミーナの心に刻まれた傷跡は、アリアがどれほど涙を流そうとも、決して滑らかにはならない。


でも、見捨てない。


許すことと、共に歩むことは違う。

犯した罪を一生許さないまま、その罪を背負って歩く背中を、最後まで見届けようと決めていた。

それが、ミーナなりの、最も過酷で、最も誠実な愛情だった。


沈黙。


聖堂の空気は、鉛のように重く、冷たい。

崩れた天蓋から差し込む月光が、泥と血に汚れた二人を、無慈悲なほど白く照らし出している。


アリアは、ゆっくり立つ。


震える両手に力を込め、砕けた床を掴み、泥に塗れた膝を押し上げる。

白銀の法衣は無残に破れ、かつての神々しさはどこにもない。

ただ、一人の少女が、重力という名の現実に抗おうとしていた。


足は、震えている。


筋肉が悲鳴を上げ、関節が軋む。

これまでは魔力という名の「正解」が彼女を支えていた。

だが今は、自分の足で、自分の重さを支えなければならない。

それは、途方もない苦痛を伴う、生命の営みそのものだった。


それでも。


一寸先は闇かもしれない。

明日、この街の誰かに石を投げられるかもしれない。

それでも、彼女は立ち上がることを選んだ。


立つ。


倒れ込むことよりも、死を選ぶことよりも、ずっと困難な「生」の姿勢。


人間に戻った。


全能の座を降り、数字の檻を抜け出し、一人の罪深い、愚かな少女として。

完璧な正解を失い、代わりに、一生消えない痛みを手に入れた。

アリアは、涙に濡れた瞳で、目の前の荒野を見据えた。

そこには、正しさなんて一つもない、けれど、確かに誰かの体温が漂う、人間たちの世界が広がっていた。






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