異世界転生したから将来安泰だよね………? ~3万人に一人の才能(ギフト)を授かった俺、努力する凡人に勝てず、詰む~
次に自我をはっきりと認識できたのは、俺が再び14歳になった時のことだった。昔と言っていいのかわからないが、俺は一度死んでいる。トラックにはねられたのだ。
その時の俺は齢18。高校からの下校中、雪が降り積もるアスファルトの上、静寂に包まれる中で俺は生涯を閉じた。青春真っ只中で、まだまだやりたいことがたくさんあるし、人生はこれからだというのに
……ここで終わりだなんて、悔しかった。
――――だが、俺の人生はここで終わりではなかった。天地開闢の時代から生きている神から、新たな道を与えられたのだ。そう、それこそが異世界転生だった。
再び前世の自我が定着する頃、俺、‘ジャック・バルブ'は14歳になっていた。そしてその日は丁度、教会で自分の属性とクラスの鑑定をして貰うことになっていたのだ。俺はその教会へと向かって歩いている。この世界では数少ない盛大な祭典のうちの一つで、神の生誕を祝う日に14、5歳の子供を対象に行われるものだ。
属性には火・水・土の三種類が存在する。この世界には魔力と神力の2つの力が存在し、属性とは魔力を変質させる際に表れる性質のことで、今回の鑑定で自分がどの属性に適性があるのかが判明する。
クラスは言い換えると‘役割’という意味で、その人の能力的特性を表し、適性のある分野で著しい成長を遂げる素質があることを示す。
属性を持つ者は全体の約9割で、クラス持ちは全体の1割にも満たない。基本はどちらか一方を持つ者がほとんどだ。しかし、ほんの一握りではあるが、中には属性とクラスどちらも併せ持つ者もいれば、いずれも持ち併せていない者もいる。属性とクラスを併せ持つ者は将来の安泰がほぼ確約され、非常に優遇される。しかし、一方で何も持ち合わせていない者、所謂‘無能力者’とそうでない者とでは明確な差別があり、彼らは特別な才能がない限り一般的な職業に就くことは難しい。
生前、俺は何をやっても凡人だった。勉強もスポーツも自分なりに頑張りはしたが、所詮それは凡人の域を出るものではなかった。今回もきっと普通に生きて普通に死んでいくのだろうと、転生前の記憶がない時は思っていた。
だが、実際の俺は普通では有り得ないであろう‘異世界転生’を果たしたのだ。きっと運を使い果たしたはずだ。
――――正直、俺は属性もクラスも、どちらも持っていないだろうと予感している。
もし鑑定で自分には何もないことがわかったら、みんなに見下され、一生惨めに生きていかなければならないのだろう。そんな想像をしている俺の身体は恐怖で震え、足取りはひどく重かった。
「どうしたジャック、まさか怖気づいてんのか?」
と、そんな俺を見て隣を歩く煙草を咥えた女性が、ハスキーな声で話しかけてきた。
「だって母さん、もしどっちもなかったら僕の人生は詰みなんだよ……」
そう、彼女は今の俺の母さんだ。名前はイザベル。イザベル・バルブ。俺は力なく、不安げにそう答えた。
「そんなこと言うんじゃねぇ、ジャック。お前はまだ女を知らない乳臭ぇガキなんだ。お前はまだなんにも知っちゃいねぇ。人生は長げぇんだから、そんな考え込まなくていいんだよ」
「でも――――」
「大丈夫だ。どんな結果だろうと、アタシはアンタの母親なんだ。ガキのうちは守ってやるからさ」
そう言って、母は不器用な笑顔で俺を励ましてくれた。
俺の母は自身が水属性であることを活かして、日本でいう風俗嬢のようなことをしてお金を稼いでいる。スタイルは標準で顔も普通、テクニックも申し分ないのだが、いかんせん胸が大きくないため人気は真ん中より少し低いくらいだ。父親もいるが、土属性の非正規雇用の土木作業員であるため収入はあまり良くなく、ややアル中気味である。そのため二人の関係性には少しヒビが入っている。
家庭環境は決して良いとは言えない。だが、俺はこの二人の両親からたくさんの愛情を受けてここまで成長してきた。
……すっかり忘れていた。
その事実を思い出した俺の心から、不安なんてものはすっかり消え去っていた。
「うん! そうだね母さん。僕は母さんの息子だ。僕だって属性持ちに違いない!」
「おっ、そうだそうだ! アンタはいいこと言うね! 親冥利に尽きるってもんだ」
自信を取り戻した俺を見て、母は俺の背中をバシバシと叩き、頭をくしゃくしゃと撫でた。
「それじゃあジャック、早くいくぞ!」
そうだ、そうだよ! 俺は一度目の人生と引き換えに、異世界転生というイレギュラーな運命を引き当てた。それで実質チャラになったんだ。だから今の第二の人生、俺の運はまだ使い果たしちゃいない! だから大丈夫だ!!
――――――――――――
俺と母は暫く会話を楽しみながら歩き続けた。そして漸く教会が見えてきた。
周りには俺と同じくらいの年齢の子供がたくさんいた。奴隷、平民、貴族、王族。多種多様な身分の者が、大理石のようなもので出来た、まるで‘白亜の殿堂’とでも呼ぶべき壮大な建物の前に集っていた。
めっちゃ金かかったんだろうなー、と場違いなことを考えていると、ふと素朴な疑問が湧いてきた。この世界の文明は電気もガスもなく、俺の生きていた21世紀より低く、地球で言う中世ヨーロッパと同じくらいだ。だが魔力等の力により異世界特有の発展を遂げており、建築技術や衛生管理、医療等に於いては現代に準じるか、下手すれば上回るものが見られる。
だが俺が気になったことはそこじゃない。
「そういや母さん、神って存在するの?」
疑問とはそう、この世界の宗教と神に関することだ。俺が向かっている先は教会、つまりこの世界には宗教が存在するのだ。そしてこの世界の教会は日本の仏教等とは違って、教皇を頂点とする強大な組織を持ち、土地や法、そして精神的にも人々を支配する圧倒的な権威を持っている。なぜそうなっているのか、その原因が神によるものなのかが気になったのだ。
「あ? いるわけねーだろ。アタシは『神なんていない』って言っただけで奴隷判定されて、糞みたいな人生送ることになったんだからな。本当に神がいるなら、私の発言に罰じゃなくて、真実を見せてくれるはずだろ? アタシの価値を勝手に決めるなっつーの」
何気なく喋っているように見えるが、その瞳からは明らかにトーンが消えていた。なるほど、神に関しては大方日本人と同じ認識なんだなと俺は思ったが、
「え、知らなかった………」
それよりも、母の半生をあまり聞いたことがなかったためショックだった。確かに他の人よりも人間らしい扱いをされていないことが多いから、何かあるとは思っていたけど、まさかそんな過去があったとは……。
「そうだな、言ってなかったからな。大人の世界は嘘で穢れている。そしてお前は今日、ここで大人の階段を登る。これから色々と主祭壇の連中とこの世の闇を知ることになるだろう。だから――――」
イザベルは一呼吸置いて、その肩まで伸びたダークブラウンの髪をかきあげて俺の目を見た。その瞳には確かな光があり、先程の虚ろな目とはまるで別物だった。
「どんな結果になってもちゃんと受け止めろ。それが大人になるってことだ。そして今日は大人への第一歩になる! 今日は酒でも買って、家族3人で夜を飲み明かすぞ!!」
イザベルは笑ってそう言った。
俺は今まで生きていて一度も酒を飲んだことがない。初めての酒なのだ。やはり俺は恵まれた環境で生きているのだと実感した。どんな結果だろうと受け入れて前に進もうと、俺は密かに誓った。
――――――――――――
俺たちは身分ごとに分別され、それぞれ祭壇がある「聖堂」へと移動した。支配階級に属する貴族や王族は主祭壇に、それ以外の者はサブの祭壇に回され、そこにいる神父たちによって俺たちの属性とクラスが鑑定される。
やり方としては、まず神父が俺たちの身体にある精孔をこじ開け、体内に巡る魔力を意図的に外部へ放出させる。そうして溢れ出たオーラを鑑別器具に注入し、そこで起きた反応を見て神父が結果を告げることで、初めて自身の属性とクラスが明らかになるのだ。
「C662、火。C663、土。C664、無し。C665、水。―――――」
神父が単調な声で、俺たちの属性とクラスについての結果を淡々と伝えていく。‘C’とは俺たち平民(Commoner)のことを指し、番号は先頭から順につけられただけのものだ。
時間が経過するにつれ、俺の前に並んでいた人たちの鑑定が次々と終わっていく。1400人もの長蛇の列はその長さを着実に縮め、やがてその先頭は俺となった。
目の前に立つ、白髪交じりの無精髭を生やした棒のように痩せている神父は、手慣れた手つきで俺の下腹部を親指で強く押し、精孔を開いた。
刹那、今まで感じたことのない脱力感に襲われて身体の力が抜ける。なんとか体勢を保ち、神父の方へ目を向けると、彼はその手に握られた緻密な術式が刻まれた球体の鑑別器具を、まるで信じられないものでも見るかのような目で凝視していた。傍らに立つ補助司祭達も同様に動揺している。
――――次の瞬間、黄土色に光ったその球は神父の手元からふわりと離れ、重苦しい金属音を奏でながら、あたかも確固たる意思を宿したかのように、精緻な幾何学模様をなぞりつつも、未知の変数を読み取ったがごとき、異端の舞踏を空間に描きだした。
「これは……まさか上位クラス?!」
補助司祭の1人が驚愕の声を漏らした。
上位クラスとは、クラスのなかでも複数の分野で非常に高い素質を示すもののことで、中には史実に登場する英雄が所持していた伝説的なクラスも含まれているのだ。
「ギヨーム、記録装置を起動しなさい」
神父は努めて冷静に補助司祭にそう指示した。
彼は携帯していた本の形をしたその記録装置に魔力を流す。すると瞬く間にその装置のページに文字が焼き刻まれ、ページが埋め尽くされていく。そしてその度に紙のページが自動で次々とめくられ、それが幾度となく繰り返された。
やがて記録装置が動きを止めると、補助司祭は震える手でそれを神父に渡した。神父は書かれた内容を、一言一句漏らさずに読み進める。
「ふむ……」
神父は緩慢な動作で顎に手をあて、生えているその髭を撫でた。そして、鑑定結果を言い渡す。
「C―666。属性、土。そしてクラス――――」
補助司祭達は、目の前のただの平民にどんなクラスが言い渡されるのか、その結果をまるで大学受験の合否を確認しようとする受験生のように息を呑んで待ちわびていた。
判定結果を溜めに溜めた神父は、カッと目を見開き、沈黙を破る。
結果――――
「クラス、上位クラス『鍛冶師』!!」
「え? 俺が…マ、マジかよ……」
――――なんと俺は、属性と上位クラスの両方を併せ持つ、特異な才能の持ち主だったのだ。
「C―666はあとで聖堂の裏へ来るように」
神父はそう俺に伝えると、すぐに他の者の鑑定を再開した。
どうやら俺は、とんでもないものを引き当ててしまったらしい。
――――――――――――
少年が去った後、神父はカソックから眼鏡を取り出し、その奥の瞳を鋭く光らせた。手元のリストにある『C―666』という平民の通し番号を、確認のために一度だけ指先でなぞる。
「およそ3万人に一人、この地方の鑑定では数年に一度あるかどうかの希少クラス『鍛冶師』……。これほどの逸材は、6年前の『結界師』持ちの異端審問官殿以来だな。ふむ、どうやらこの町にも新たな風が吹き始めたようだな」
神父は、何やら意味ありげにそう呟いた。
――――混沌の世は密かに、その胎動を始めるのであった。




