第八話 新しいメイド
「ということがあって、僕は五神龍の討伐の条件として、レストラーは停戦の条件として、この国のためにこうして働いているんだ。
・・・君の力が必要なんだ。だから、ススキノも国のために働こう!」
ススキノを袋から出して、ひと悶着あった。
勝手に連れてこられたススキノは怒って当然だ。だけど、僕らももう今更引き返したくない。
これまでの経緯を使って説得しようとしたが、つい思い出話に花が咲いてしまった。
バン、バンとススキノに叩かれる。しかし、叩かれるのもやむ無しだ。
彼女は勝手に僕の思い出話を聞かされただけなんだから。
「ぜん、ぜん、私関係ないじゃないですか!!今の話で、何で!私が誘拐される必要があったんですか?誘うなら、普通に誘ってくださいよ!!」
「え?普通に誘ったら、受けてくれるの?」
「いや、それとこれとは話が別ですよ!でも、私は断る理由がないと言いますか。亡くなったと言いますか。これからどうしようかなって思っていたのも事実ですし、でもまずは謝って下さい。」
僕は頭を下げる。
「ススキノさん、すいませんでした。」
「当然です」と言ったススキノは、続けて「レストラーも」とそっぽを向く獣人の名前を呼んだ。
しかし、ご氏名を受けた本人は外を眺めたままである。謝る気はないらしい。
その様子にススキノは鼻を鳴らした。
「どうやら、ジークフリートさんって言うのが恐ろしいみたいですね。冒険者ギルドでの振る舞い聞きましたよ。」
レストラーの耳がピクピクと動く。
「そんな仕事ぶりじゃ、お国の仕事をきちんと果たせているとは言えないと思いますけど。そのことを彼の耳に入れたら、どうなるんでしょか。もしかしたら、敷物になる日もそう遠くないかもしれないですね。」
「悪かった。謝るよ、ススキノ。申し訳ない。」
レストラーは頭を下げないが、ススキノと向き合い、口頭で謝罪を述べる。
ここが彼女のプライドとの境目だろう。
ススキノもそれが分かってか、それ以上の要求はしなかった。
彼女は謝罪を受け入れ、僕は頭をあげた。
後は帰るだけ、だけどしばらくして次第にススキノの顔色が悪くなっていく。
乗り物酔いかな。
「大丈夫?」と声をかけると、ススキノは僕の手を取った。
ススキノの手が冷たい。訴えるような目でススキノは僕を見た。
「私はきちんと王宮勤めできるでしょうか?不敬罪とかで殺されたりしませんかね?」
安心して欲しい。ススキノが不敬罪で殺されるようだったら、先に殺されるべき人間は他にいるし、討伐不可能な化け物もいる。そんなこと、誰も気にしない。
僕が微笑みかけるとススキノの顔はさらに引き攣った。
***
「いいですよ。」
ジークフリートの簡潔な返答で、ススキノの王宮勤めは許可される。
「はいぃ~?」と返事をしたススキノは、ジークフリートの返答にポカンと開けた口を閉じれない。
***
年季の入った城門を潜り抜け、僕らは宮中に入り、幾分か綺麗になった庭を通り抜け、見知らない衛兵に馬車を引き渡した後、城に入り、掃除をしているメイドを横目に僕らは歩みを進め、ジークフリートの執務室に入った。
ただ、途中「気持ち悪い」と言い残しレストラーはどっか行った。
ジークフリートの執務室は物が少ない。
絨毯が引いてあるが、遊びがない絢爛な椅子と机、暗くなった時の照明と必要なものだけを揃えたと言った様子である。
僕たちがノックして部屋に入った時、彼はいつも通り椅子に座っていた。
今回の仕事の報告を終えた僕らは続いて、ススキノのプレゼンに入った。丹精込めて考えたプレゼンの結果か、ジークフリートは二つ返事で了承する。
これでめでたく、ススキノは護衛メイドとして雇われることになった。
落ち着きが戻ったススキノは一度胸を撫でおろす。が、これからのことを考えてか、改めて背筋を伸ばし、「私、本当に王宮メイドになっちゃいました。どうしましょう。」とアイコンタクトを送ってくる。
コンコン、とノックがする。
ジークフリートが応じて、扉が開き、メイドが中に入ってくる。
「お向かいに参りました。ススキノ様。」
「ひゃい!」
急に名前を呼ばれたススキノが情けない声をあげ、僕の方まで飛ぶ。
僕の顔に手が当たったことに気付かず、ススキノはメイドを凝視する。
「さっそくですが、ススキノのメイド服の採寸をさせて頂きます。私に付いてきてください。また、ジークフリート様から仕事の指導を申し付けられております。」
ポカンとしたススキノの首根っこが掴まれ引きずられる様子を、僕は眺めることしかできなかった。
扉が閉まり、部屋の向こうで「え、え、一体どういうことなんですか!!」と叫び声が遠のいていく。
「何か質問がありそうですね。竜崎。」
未だ、扉を見つめる僕にジークフリートが声をかける。
振り返ると、ジークフリートがいつもの笑みを浮かべていた。
その顔を注視し、疑問が自分の中で固まる。
「彼らはあなたなんですか?」
このメイドも、あの馬車を受け取った兵士も、廊下を行き来する人たちも皆ジークフリートと同じ見た目。多少髪型や、表情に違いは作っているが、根本的な顔の配置は全て同じ。
聞きながら、恐怖を覚える。
「全て、私ですよ。私が魔力で作った私です。人数不足ですからね。アリスに言われて、実行した応急処置です。丁寧に使って下さいね。傷をつけたら、私への攻撃と見なしますから。」
ジークフリートいつもの笑みで平然と答える。
聞きたかったけど、聞きたくなかったな。
名前が出たアリスは僕の師匠だ。僕に剣と土魔法を教えてくれた。
この城に帰ってきて師匠を見ていない。そして、師匠の彼氏である男もまた、見ていない。
「そういえば、師匠とオルファームさんは帰ってきてないんですか?」
「アリス達は評議会の再編のため、追加召集すべき人物への説得に尽力してくれています。かなり国営が出来る程度には集まっているので、いつ帰ってきてもおかしくないのですが。お堅い人物がいるのか、寄り道をしているのか、随分とゆっくりですね。」
含みを持たせたような言い方をしながら、ジークフリートは楽しげに言う。
師匠とオルファームさんとジークフリート、この三人の間には特別な何かがあるのだろう。
「話は変わりますが、竜崎。次の仕事について先に説明させてもらいましょう。次の仕事ではダルシュタの街に行ってもらいます。そこいる吸血鬼討伐者をスカウトしてきてもらいたい。」
吸血鬼。よく聞く名前だ。この世界にもそう言った存在があったのか。
討伐者ということは倒されてしまったのか。残念、見てみたかったのに。
「その人の名前は?」
「それはわかりません。冒険者登録を行っていない人物が討伐したらしいのです。向こう側でもまだ混乱しているようですが、貴方が着く頃にはその混乱も落ち着いているでしょう。」
冒険者登録していないってなると、もしかしたら転生者かな。
殺人鬼だったら嫌だな。
「その人って強いの?」
「弱くはないでしょう。吸血鬼をたおしたのですから。そうですね。何が分かりやすいですかね。冒険者ギルドの魔物の討伐対象のランク制定について話しますか。このランク制定は討伐するのに訓練をした兵士がどれだけ必要かという数で決まります。Dランクの一人から、討伐対象のランクは一つ上がるごとに十倍ずつ必要な兵士の数が変わります。」
そういうシステムなのか。
Dランクが一人だとすると、Cランクが十人、Bランクが百人。
ということは、僕が倒したトロールはAランク討伐対象だったから。
ジークフリートはいつも通りの表情で僕を見る。
「そうです。貴方が倒したトロールは、だいたい熟練した兵士が千人必要だと言われています。まぁ、相性もあったりなど、正確な数ではなかったりしますが、貴方はこの国にとって重要な戦力です。」
そうなのか。
じゃあ、僕はこの世界では一騎当千ということになるのか。
嬉しくて、発覚した事実に嬉しくて頬が綻ぶ。
「ただ、吸血鬼はそのさらに上のランクなのです。」
「訓練した兵士が一万人相当ということですか?」
ジークフリートは首を振る。
「それをSランクというのですが、吸血鬼はもう一つ上。討伐におよそ十万人以上が必要と見られるSSランク討伐だったのです。彼は眷属を作ることもできましたが、何よりも私よりも長寿でしたから。ただ、討伐に余りの死傷者が見込まれることと、彼自身が争いを好む性格ではなかったので、冒険者ギルドでは討伐依頼は下げられていたようです。」
少し寂しそうにジークフリートは語る。
ジークフリート、もしかして吸血鬼と知り合いだったのか?いや、流石にないよな。
「特権を用意しますが、スカウトできなくても、構いません。ただ、吸血鬼討伐者の情報だけは持ち帰って下さい。もし、この国に害を及ぼすつもりなら、対処しますので。」
ジークフリートは不敵の笑みを浮かべる。
僕はその笑顔に安心よりも恐怖を覚えた。
その後、ジークフリートから休息や細かい話を聞き、僕はジークフリートの執務室を後にした。
***
「お疲れさまです。」
そう言って、ちょこんと僕の膝の上に座る少女は笑う。
このクリクリしたくせ毛が揺れる少女、名前はミラク。オーロラの小さな専属メイドだ。
ススキノの先輩に当たるこの少女を登用したのは、オーロラなのだが僕にも懐いてくれるいい子だ。
「ちょっと、ミラク!何勝手にメイドがくつろいでるの!」
オーロラが指さしをしながら、怒るがミラクは無視をしたまま、僕の口にクッキーを運ぶ。
「これ、私が作ったんです。味はどうですか?」
ミラクは僕の開けた口にクッキーを入れる。
美味しい。
甘いけど、甘すぎない。薄くバターが香る良い味だ。お店に置かれてもおかしくない。
「美味しいよ。ありがとう、ミラク。」
「うふふ、良かった。実はオーロラ様も手伝ってくれたんです。オーロラ様、竜崎さんが美味しいって言うか。すっごく心配してて、可愛かったです。」
「そうなの?ありがとう、本当に美味しいよ。」
「そ、そう。・・・それは良かった。」
耳の先まで真っ赤にしてオーロラは答える。
オーロラの執務室は壁一面が本棚となってびっしりと本や紙が詰めて並べら、先ほどオーロラがいた机の上の山積みの書類で息がつまりそうな閉塞感がある。
談話ができるように中央にある大机も半分が使われている。
ソファに置かれたぬいぐるみが唯一の癒しポイントぐらいで年頃の女の子がいる部屋とは思えない。
ただ、こんな部屋にいながらもオーロラの顔色は良い。初めて会った時に比べたら、雲泥の差だ。
ミラクが色々と気晴らしをしてくれているんだろうな。
そう思って、ミラクを見ると頭を差し出してくる。
ミラクは賢くて優秀だ。それに、人を思いやる気持ちを持っている。
頭を撫でると、ミラクは嬉しそうに笑った。
「ミラクばっかりずるい。」
ここで私もと言わずに頭を差し出すのが、オーロラの可愛いところだ。
オーロラを抱き寄せて、頭を滅茶苦茶にする。
軽く悲鳴をあげながら、オーロラは楽しそうに笑う。
年齢相応のオーロラの姿に安心する。
ただ、こんな少女が国の業務を全て背負わなければならないことに、少し呆れる。
「オーロラ、辛くなったら手伝うから。」
弱弱しく聞く僕に、オーロラは強い目で答える。
「私の仕事だから、それに最近はアリス達のおかげで仕事が楽になったの。お父様たちが帰って着たら、きっと褒めてくれるわ。」
そう、無邪気な笑みでオーロラは答えた。
たよりのない父を彼女は未だに待っている。
だけど、これは僕のエゴだ。彼女には関係ない、か。
「ススキノって女冒険者が新しくメイドになるんだ。オーロラと、ミラクも、仲良くしてやってね。」
僕が笑って呼びかけると、二人してそいつは誰だと問い詰めて来る。こういうところ、本当に仲が良いよな。
***
ダルシュタの街、郊外。
少年が走る。手には赤い液体の入った小瓶。それを大事そうに抱えながら、その足は古城に向かっている。
「その古城には、吸血鬼がいる。危ないから近づくな。」
数日前であれば、この少年に対して誰かが言ったであろう。
この古城に近づくものは興味本位に近づく若者か、死にたがりの狂人しかいなかった。
しかし、少年の形相はその二つとは全く違う。
吸血鬼は討伐された今、その古城には何もいないはずである。
それでも彼は古城に消える。
少年の目的は定かではない。ただ、彼が去った街である噂が広まる。
そして、それはある者の耳に届いた。その者は首を捻って呟いた。
「吸血鬼が、また現れた?」




