第七話 異世界で出会った幼馴染は幼馴染だろうか
空が青い時間が終わり、橙色から黒色に変わり始める夕暮れ時。
僕は公園でブランコに座っていた。
空になったベコベコ缶を両手に包み、白い長袖シャツと黒のズボンを着ている。
これはあの日の光景。
僕の隣にはセーラー服に身を包む女の子が並んでブランコに座っている。
女の子の名前は南世良。
昔、この公園を一緒に駆け回った僕の幼馴染。
「今の時代、遠くに行くって言ってもさ。インターネットがあるんだから、いつでも連絡できる。便利な時代になったよね。」
明るい声で世良は笑った。
それに合わせて僕も笑う。
僕の父さんの転勤が決まり、家族会議の結果、僕も付いて行くことになった。
これは、出発の前の日の記憶。
僕は彼女が好きだった。
でも、思いを伝えることで関係が終わると思うと怖くて、先延ばしにしてた。
それも終わる。
だからせめて最後には、と決心したのに結局いつも通りの僕だ。僕に気概があるなら、既に行動を起こしていただろうと、心の中で現状を苦笑する。
もう夜になる。
お別れの時間が迫っている。
「ねぇ、覚えてる?」
その横を向くと、黒いセーラー服と対照的な白い首筋が髪の隙間から見えた。
世良は下を向きながら、地面に描いた絵をちょんちょんと指す。
地面に描かれているのはリンゴの絵。
「え、・・・何?」
首を傾げる僕を、世良はクスクスと笑う。
そして、そのままブランコを揺らし始めた。ギコ、ギコと古いチェーンが軋む音がする。
「覚えてないんだ。」
「リンゴだけじゃわからないよ。もう少しヒントを頂戴。」
「えー、どうしようかな?」と彼女は無邪気に笑って言った。
ギーコ、ギーコとチェーンが軋み続ける。
僕の返事を待っている。こういう時は大体、先に僕が折れていた。
きっと、今日もこのまま黙っていると、話は進まなかっただろう。
そういうやり取りも今日で最後だと思うと、寂しくなった。
「わかったよ。」と僕が笑うと、やっと世良はブランコを揺らすのを止めた。
世良の顔が僕に向く。
「じゃあ、あっちに行っても、ゲームを一緒にやろう。ドラニクル。この間、一緒に買ったでしょ。あれ、やろうよ。」
もう、すっかりと暗くなってしまって彼女の表情はわからない。
だけど、彼女の声はいつも通りの茶化したような声色。
ドラニクルは最近発売されたゲームソフトのタイトルだ。
ゲーム内容は仲間にしたNPCと一緒に敵を倒すRPGゲーム。
仲間にするNPCや討伐順番によってストーリーが変化するマルチエンドのゲームで、ストリーマーを中心にゲーム動画が作られ、若い世代から高い評価を得ている。
彼女の言葉に僕は机の上に転がっているパッケージを思い浮かべる。
買っておいてよかったという安堵と喜びに、息を吐く。
「いいよ、一緒にやろう。もう夜も更けてきたし、帰ろうか。」
そう言って、僕は先にブランコを降りて、荷物を担ぐ。カリン、カランとチェーンを揺らして、世良は横に並んだ。
少し間の空いた僕らの距離を夜風が通る。
「約束だからね。」
「ああ、約束だ。」
念を押す世良に、照れくさくなって笑って答えた。
***
懐かしい夢を見た。
そう思ったのもつかの間、頭が何か柔らかいものの上に乗っていることに気付く。
人肌の温かさ。膝枕をされているな。
誰だろう。いい香りがする、甘い香り。
目を開けると、黒い丘の向こうで眼鏡をかけた金髪の美人が僕を見ていた。
「え、誰?」
驚いて、身を翻した僕は二回転ほどして体勢を持ち直し、姿勢を正して彼女に向かいあった。
先の折れた白いとんがり帽子に目が行くが、お腹の辺りにひし形の穴が開いたドレスを着ている。丘と思った二つの実りはかなり大きい。えっちなおねぇさんだ。
僕の様子を見て、女は愉快そうに笑う。
「そんなに驚かなくていいよ。私はサラ。よろしくね。」
「僕は竜崎。・・・よろしく。」
辺りを見渡すと、見覚えのある彫刻がある。ここは城の庭だ。
そういえば、ジークフリートが僕を迎えに来たんだっけ。
なんで、僕とサラで二人きりなんだ?
「私は日本からの転生者なの。あなたもそうでしょう?あなたを見た時はビックリして、ジークフリートさんにお願いしたの。あなたと話をする時間を設けさせてもらいたいって。情報交換をしましょう?」
僕の両手を取って、彼女は笑いかける。
その行動に僕は胸がどきどきして、顔が紅潮する。
首を縦に振って何とか受け答えをすると、彼女は続ける。
「ありがとう。まず、ここはドラニクルってゲームの世界なの。」
「ゲームの世界?」
首を捻る僕に、サラは頷く。
「そう。あらすじくらいは貴方も知っているでしょ。旧人類、獣人類、海人類、森人類、岩人類、竜人類。六種類の人種がいる世界。仲間と一緒に五神龍を討伐するゲームよ。実はゲームの世界は現実にあって、私たちはこの世界の神様から要請を受けてここにいるの。」
そうだったのかと驚きはしなかった。
腑に落ちたのは、レストラーの様相を何処かで見た気がしていたから。レストラーはゲームのパッケージイラストに載っていた。だから、既視感があったのだ。
自分の中で、合点がいった。
「要請って五神龍を討伐すること?」
「そうよ。でも、私たちもただ要請を得たのではなく、餌を垂らされているの。五神龍を討伐したら、何でも願いを叶えるっていう餌をね。ただ、一人では絶対に無理なの。だから、強力な仲間が欲しいの。他にも転生者がいるから。」
「他の転生者に、何か問題があるの?」
「・・・転生者の中に、実は殺人鬼がいるの。その人たちが暴れると、善良なこの世界の住民までもが犠牲になってしまう。そうならないように彼らをけん制し、最悪の事態を防がないといけない。あなたが、その一員になってくれた嬉しいのだけれど。」
そう言ってサラは真っすぐと僕を見た。
彼女の言っていることは間違っているのか。どうなのか僕にはわからないが、嘘を言っているようには見えない。色々と疑問は残るけど、信じてもいいと思った。
まぁ、転生者の中に殺人鬼が混ざっているのなら、僕も怖いので仲間が欲しい。
「わかった。」
僕がそう言うと、彼女は僕の体に手を回した。
「ありがとう!相談して良かった。じゃあ、私は他のところにスカウトに行くから。竜崎もよろしくね。」
サラは抱きついたと思ったら、直ぐに離れ、大きく手を振りながらそのまま場から去っていった。
僕は回しかけた腕をそのままに、数秒固まった。
いつの間にか、腕が治っている。動かしても違和感が全くない。
腕の確認を十分にした後、胸の感触と共にサラの言葉を思い出す。
何でも願いが叶う。
僕の頭に、一人の女の子の顔が浮かぶ。もう一度、会いたい。会って、話がしたい。
他にも転生者がいるなら、彼女もいるかもしれない。いなくても、元の世界に帰れば彼女に会える。
そう思うと、心が高揚する。
「おーい、竜崎!話が終わったら、帰ってこい!」
城の中からレストラーが叫ぶ。遠くから僕たちの様子を見ていたのか。
そうだ、レストラー達も仲間になってもらう。きっと快く引き受けてくれるだろう。そう思いながら、僕は彼女たちのもとに向かった。
***
先程まで自分がいた城を後にし、活気のない城下町を通りながら、私は笑った。
竜崎隆に言ったことは全てではない。
この世界はドラニクルの世界である。だが、彼が知っているゲームではない。
個人ゲームだったドラニクルの二作目。前作を基に世界観を広げたオンラインゲーム。ドラニクルMMO。それがこの世界の舞台だ。
主だったストーリーも前作と引き継いでいるが、NPCを奪い、勝ち取り、自分がこの世界のシナリオの主役になる。ドラニクルMMOはそう言ったゲームだった。
このゲームでは、プレイヤーキルが認められている。
だから、奪い合い殺し合いが盛んに行われていた。言ってしまえば、全てのプレイヤーが殺人鬼なのだ。
竜崎、あなたはそんなことも知らないでしょ。
この世界に来た転生者は特典としてアバターの体とチートが与えられる。
私がもらったチートは万物を見通す目。
そこから得た竜崎隆の情報には、私が知っていた情報以上はなかった。
見た目もあの日、別れたあなたのままだった。
この世界に来た転移者はドラニクルMMOのエンドコンテンツ。世界よりも高き塔の上位ランカーだ。あなたの名前はそこにはない。
それに、竜崎隆は十年前に飛行機事故で死んだ。
ニュースであなたが乗った飛行機が墜落するのを私はこの目で見た。
どうして、今更。今更あなたは私の前に現れたの?
頭に上がったその考えを否定する。本物であるわけがないと。
だが、それでも彼を忘れられない。幼馴染として慣れ親しんだあの顔を。忘れることはできない。
分かる人がいるのなら聞きたい。私は唇を噛み、出ない答えに耐える。
異世界で出会った幼馴染は幼馴染だろうか。




