第六話 化け物
城を出発して一つ二つ山を越えた頃、目の前に動く紫がかった青色の液体が現れる。
ドロドロの見た目で、大きさは高さと横幅が一メートルとかなり大きい。中に赤い色の拳ほどの球体が浮かんでいるだけでの体は薄っすら向こう側が透けている。
ゲームで出て来るスライムみたいだ。一旦スライムと呼称しよう。
試しに軽く石を投げてみると、身体に当たった瞬間に凹み、石がスライムの足元?に落ちる。
のそのそとした動きで液体が石の上に動くが、特に何も起きることない。
今度はもっと強く投げてみる。
今度もまた、凹む。ただ、今度はかなり大きく凹み、遂に石は向こう側に到達した。
強すぎる衝撃は受け流すのか。どういう構造をしているんだ?面白い体だな。
あの赤い球体が弱点だったりするのだろうか?
城で貰った剣を鞘から抜く。
結構重くて剣先を一度、地面に置く。両手で柄を握って、軽く空を切る。
重心が定まらず、足が滑ったが数度振ったおかげで、感覚を掴めた。
スライムはゆっくりと進んでいる。
「ふんっ!」と力任せに剣を振る。
シュッ、とスライムの体に剣が滑り込んだ。スライムの中は粘性があって少しの抵抗があった。ただ、剣はそのままスライムの体を通過して外に出る。
少し距離を取って、スライムの様子を確認するが、相も変わらずゆっくりと動いている。
効いていないのだろう。
ただ、剣を見るに腐食液を出している様子もない。
今度は、あの赤い球体を狙ってみるか。
もう一度、剣をスライムの体に滑り込ませる。
今回の剣筋には赤い球体があった。だけど、身体に剣が食い込めば食い込むほど、押し出されるように赤い球体は動く。
そして、剣はまたしても何の成果もなく、スライムの外へと出る。
同じように数度剣を振ってみるが、スライムを倒すことはできない。
剣に慣れてきて、二連撃、三連撃と間髪入れずに剣を振ってみる。だけど、スライムは依然としてゆっくりと動いている。
どうすれば倒せるのだろうか?
「なぁ、お前。そんな雑魚も倒せないのか?」
不意に後ろから声をかけられる。
振り返るとおよそ人間とは思えない獣のような毛並みをした存在が人間のように立っていた。白い胸当てと黒い短パンを服のように身に着けたそれは、にやけた顔で八重歯を見せる。
妖怪か?
「アタシの名前はレストラー。百獣連合の虎の一族族長のレストラーと言えば、聞こえはいいか。随分と目を丸くして、アタシが目の前にいるのが信じられないか?」
「えっと、初めまして。僕は竜崎隆って言います。会えて光栄です、レストラーさん。」
彼女のいい方からして、有名人みたいだ。ここは話を合わせた方がいいだろう。
だけど、流石、異世界。獣人もいるんだ。感動だな。
「・・・おい。いいのか?スライムが後ろまで迫っているぞ。」
レストラーは僕の背後を指さす。
振り返るとスライムが二メートルほどの大きさになって、影を作っていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
叫びながら、急いでレストラーのもとまで下がる。
すると、スライムは先ほどと同じ大きさまで戻る。そして、またゆっくりと動き始める。
「スライムは相手の疲れたところを狙ってくる。ゆっくりと動いて油断させ、反撃をせずに疲れさせ、動かなくなった相手を殺す。スライムは捕食者を食う捕食者だ。」
気付かなかったら、食べられていたってことか。
というか、声をかけられていなかったら、確実に疲弊してたし食べられていただろうな。
「ありがとうございます。レストラーさん。」
僕がお礼を言うと、レストラーはごわごわした頭を掻いた。
苦々しく、舌打ちをして僕の手を掴む。虎と言うだけあって、触れた手のひらが異常に柔らかい。そのまま、僕の背後に回り、僕は抱きかかえられる形になる。
お日様の匂いがする。良い匂いだ。いつもならこの匂いに心が穏やかになるのに。
胸が、胸が背中に当たってる!
全神経を背中に集中している。気にしないなんて、できない!
「うるさい。・・・敬語もさん付けもいらん。少し稽古をつけてやる。いいな?」
耳元でレストラーが言う。息が吹きかかる。
背中がぞわぞわとして、柔らかいものが当たって、耳がとろけそう。ああ、だめだ。
僕は頷くが、さっきから頭が言うことを聞かない。
「もっと、アタシに体重を預けろ。そう、剣をあげる。良い感じ、剣を下す。」
僕の体が動かされ、ゴッっ!と剣が空気を殴ったような音をした。
瞬間、手首に信じられないほどの痛みが走る。
「痛ぃぃぃいいいいいいいいいいいいい!!!!」
余りの痛さに手が勝手に開いて、剣を落とす。
膝が折れ、痛みに蹲る僕から、レストラーが離れた。
だが、知ったことではない。
僕は蹲った姿勢のまま、口が閉じられず、唾液が落ち続ける。体中から汗が吹き出すような感覚で、弱音が出そうになる。
首を傾け横目でレストラー、僕の傍らでお腹を抱えていた。
「あっはは、やっぱり慣れていないな。もしかしてお前、剣を持ったのも今日が初めてなんじゃないか?」
「そうだよ!これまで剣とは無縁の人生でね!剣の扱い方なんてわからないよ!」
切れ気味に叫ぶ僕を、楽し気に見ながらレストラーは僕の手に剣を戻す。
「だからか。剣に魔力を乗せれてない。体のほとんどを魔力で補っているスライムみたいな魔物は、こっちも魔力を使わないと無駄だし、簡単に再生するぞ。」
剣を握れたことに、手首は折れてないことを確認し、安堵する。
そして、剣を二度振ってみても、やっぱり理解できず、実践できず、僕は首を振った。
「でも、魔力を乗せるって言ったって、やり方が分からないよ。」
レストラーはまたしても八重歯を見せて笑った。
「血の流れを感じろ。そして、剣もお前の体の一部だ。剣にもお前の血が流れている。イメージだ。血が通っているのなら、魔力が通って当然というイメージをしろ。やれなかったら死ぬだけだ。」
「僕は魔力なんて持ってないよ。」
トンッ、と僕の胸を拳で叩いて、レストラーは僕の横を通り抜けた。
「いや、お前は魔力を持っている。既に体は魔力で覆われている。後は剣にも同じようにするだけだ。・・・さぁ、スライムが攻撃の機会を伺っているぞ。」
振り返ると、いつの間にか再び大きく広がったスライムがいた。
大きく影ができ、その影の中に自分がいる。
大きな波のようなスライムが僕に向かって倒れこむ。
躱せない。止まらない。止められない。斬らないと!次第に近づくスライムに剣を上げる。
心臓が高鳴った。手に血が通ったのが分かる。これを剣まで!
そう思った瞬間には、剣を振り終わっていた。
斬った感触が手に残っている。スライムに触れ、体の中を通り赤い球体に通過し、スライム外に出る。一連の感触が全て違うものだと感じた。
確かにスライムを斬った。切り捨てたスライムは動かなかった。
やった!とレストラーの方を振り返ると、不機嫌そうな顔をしていた。
「・・・今、斬った赤い球体。あれが、魔物の核だ。全ての魔物には核があり、魔核と呼ばれるそれは全魔物の共通の弱点だ。魔道具の原材料であり、大きければ大きいほど良いとされる。弱い敵なら、普通は傷つけずに体を削って殺すのだが。・・・まぁ、斬ってしまった物は仕方がない。これでも幾らか値打ちがある。」
レストラーは崩れたスライムの死骸から、割れた魔核を拾って、僕に投げた。
宝石な見た目だ。魔核を太陽に透かして見ると、屈折率が高く、光が乱反射している。
綺麗だ。素直にそう思った。
「ガキだな。そんなに初討伐が嬉しいか。」
そう言って、レストラーは呆れたように笑う。
「嬉しいよ。ありがとう、レストラー!」
頬を指で掻きながら、レストラーが振り返る。その視線は先ほどまで僕が通って来た道を見ていた。
「お前、どこかに行く途中だったのか?」
「ん?うん、聖都に行こうと思って。僕は別の世界から来たんだ。だけど、元の世界に帰りたいから。聖都で情報収集をするつもりなんだ。」
僕の言葉に、レストラーは一度首を捻る。
「・・・俄かに信じたいが、信じてやるよ。だが、聖都か。少し遠いな。近場なら、送ってやろうと思ったんだが、アタシはこの国の王城に用があるんだ。残念だが。ここでお別れだな。」
王城になんの用があるのだろうか?
レストラーが出した右手に応じながら、考える。嫌な考えが、頭に過ぎる。
「あの城には、小さな姫と一人の騎士しかいないよ。」
レストラーの目が細くなる。握る力が強くなったが、ため息の後、手を離した。
そして、再び城の方向に目を向ける。
「兵の数が少ないとは思ったが、・・・逃げたのか。・・・王は・・・国を捨てたか。それでも・・・アタシは」
!?「レストラー!!」
僕は手を伸ばし、レストラーを突き飛ばす。
バシュッ。伸ばした腕が千切れ、急速に力が抜けた全身は風圧で吹き飛ばされる。
顔を上げる。
突き飛ばしたレストラーは、無事か?
視線を向けた先にレストラーはいなかった。
ドンッ!大きな鈍い音が響く。
気付けば、レストラーは僕の横に立っていた。いや、立っているというよりも屈んでいる。前傾姿勢で視線を前に、牙を剥きだしにしていた。
その視線の先にいるのは、先ほど僕とレストラーの間に飛び込んできた白い怪物。陶器を思わせるような白い肌、地面まで伸びた艶のある髪、背中には大きな羽が生えている。
その怪物は茂みに顔を沈めて倒れていた。
さっきの音はレストラーの攻撃の音だったらしい。
「あいつは、一体何なんだ?レストラー!」
「見たことがない。初めて見る魔物だ!竜崎、お前はアタシの後ろに隠れて、さっさと止血しろ!」
そこで気づく。なくなった腕の場所から血が落ちている。
僕は手に力を入れて、締め付ける。血が落ちる量が減った。だけど、ここから先はわからない。
布をちぎって、腕にやるのか。でも、片手で?レストラーの手を借りないと?
だけど、そんなことを考える余裕はなくなった。
怪物は茂みに刺さった頭をゆっくりとあげて、こちらを見る。
「来るぞ、竜崎!」
レストラーが叫んで僕の前に出た。動けない僕を庇ったと直ぐに理解した。
次の瞬間、ビュオウと轟音が鳴った。
そして、ぶちゅっと言う嫌な音が、嫌悪感が走る音だ。何かが潰れたのだと理解した。
「竜崎、お向かいにあがりました。」
男の声がした。聞いたことのある声、最近聞いた声だ。
だけど、どうしてここで?
その疑問を晴らすために、身体を横にずらして声の主の顔を見る。
!????
「先ほど、オーロラ様が目を覚ましましてね。どうしても謝りたいから、連れて来るように命令されました。申し訳ありませんが、竜崎。ついてきてください。」
そのセリフで城に残った騎士ジークフリートだということが推察できた。
確かに、黒い軍服には金色の刺繍という格好は、彼の物だ。
その格好をした人物?が、口を動かして声を出していた。
信じられない光景だった。
白い怪物とレストラーの間に入ったジークフリートが、顔の大部分を欠損した状態で立っていたのだから。そして、口元には爽やかな笑みを浮かべている。
「・・・ば、化け物。」
レストラーが一歩を引いて、そう呟いた。
彼女の目線からしたら、知らない男が急に割り込み、あまつさえ顔を吹っ飛ばした状態で笑みを浮かべて喋っているのだ。
そして、顔を貫いた白い怪物さえ、躊躇ったように数歩下がった。
「おっと!顔が。あの程度で潰れるなんて、この体は脆いですね。」
そう言うと、ボコボコと顔が再生され、端正な顔立ちが再現される。
「おや、おや。これは、虎の一族の姫。無視をしていましたが、・・・こうして顔を合わせてしまっては、無視できなくなりますね。ただ、先にあっちを片付けましょうか。」
ジークフリートは振り返る。
振り返ったジークフリートに白い怪物は怯えている。
「“八つ裂きになりなさい”」
そうジークフリートが命令した瞬間、白い怪物の体はコマ切れになった。
そして続けざまに、次の命令を口にする。
「“吹き飛びなさい”」
白い怪物は風の轟音と共に、塵一つ残すことなく、消え去った。
何事もなかったように、ジークフリートは僕たちの方へと振り返る。
「ここで立ち話もなんですし、城へお招きします。いいですね?」
呆気にとられた僕らは首を縦に振る。
あんなものを見せられて、拒否権なんてあるものか。
と考えた後、瞼が落ちた。
思えば、腕が取れて血が出っぱなしだ。血が足りなくなったのだろう。
二人の声が聞こえる。
その声の中、僕は逆らうことなく、眠りについた。




