第四話 ノッティムの男
姿を現したのはレストラーだった。
「竜崎!その女から離れろ!」
開口一番に、凄い剣幕でレストラーは吠えた。
え?
頭が働かず、僕は動くことが出来なかった。
だけど、シラギは動いた。僕の後ろに回り、右腕を掴んで組み伏せ、頭に足を乗せた。
口の中に冷たい土が入ってくる中で、首にも冷たいものが当たる。
地面にあったはずのススキノの槍が消えている。
「アタシはお前の敵じゃない。」
レストラーは低く唸るように言う。
「そう?そんなことないって顔をしているわ。ああ、もしかしてこの男と親密なのかしら。なら良いことを教えてあげる。彼、どうやら私の方がいいみたい。私の裸を見て、獣人とは違って綺麗だって魅力的だって言いながら、獣のごとく情熱的に私を求めていたの。あら失礼、獣って言ったらあなたに失礼かしら。」
何処か楽しげな声でシラギは言った。
なんで?馬鹿なことを。
僕が何かを言おうとすると前にシラギは体重をかけて、口を塞ぐ。
「獣と言って、自らが進化前である事実を称するのは旧人類の特権だからな。立場に関する自己認識の高さに免じて、許してやる。・・・だが、アタシの男に手を出した。下劣な女め。殺してやるよ。」
?!!お前は何を言っているんだ?!
「近づけば、この男を殺すわよ。」
「近づかなくてもお前を殺せる。」
ヒュン、と空気を割く音。それが、何かに当たって消える。
次の瞬間、シラギは大きく空を仰ぎながら倒れた。
***
「きゃああああああああああ!!」
遅れて現れたススキノが大きな悲鳴をあげた。
無理もない。仲間の遺体を見たんだ。ショックは大きいだろう
毛布が掛けられたシラギの遺体は、顔だけが出ている。眉間に大きな穴を空けたシラギは安らかな表情をして眠っている。
さっきまで話していたのが、嘘みたいだ。
最後にと伸ばした手を見て、僕は自分の体が震えていることに気付く。
「どうして、シラギがここで死んでいるんですか?おかしい、おかしいよ!!なんで誰も助けられなかったんですか?」
「シラギはアタシが殺した。」
動揺しているススキノにレストラーが口を開いた。
ススキノの泳いでいた目はレストラーを捉える。目と口が同時に限界まで開いていき、口からは怒気が漏れ出ている。
「お前も言っていただろ。アタシとこいつは男女の仲だ。この女はアタシのいない間に、ちょっかいをかけ、唾をつけた。この女は、死んで当然だ。だから、手を下した。それだけだ。」
「死んで、当然って。それだけって。人の命を何だと思っているんですか?ロビンさん、こんなのおかしいですよ。ギルドに報告しましょう。正しい制裁を行わないと。」
縋るようにススキノはロビンを見るが、ロビンは首を横に振った。
「残念だが、それは出来ない。俺たちでは勝てないことは、お前にわかるだろ。こいつに逆らえば、街の人間も皆殺しだ。飲み込んでくれ、ススキノ。」
重々しくロビンは頭を下げ、ススキノを諭す。
その姿にススキノは絶望した表情を浮かべ、歯を食いしばる。
だが、それでも頭を上げないロビンに、涙が零れ落ちた。
「わかりました」と短く言って、ススキノは受け入れてみせた。
この馬鹿馬鹿しい嘘を。
***
シラギの遺体を焼いた後、出発した。
ギルドの報告は早い方が良いと、レストラーはススキノを抱えて駆けて行った。取り残された僕とロビンは馬を買い、ゆっくりと帰ることになった。
あまり会話はなかった。
正直、ロビンとはあまり話したくなかった。疲れたし、何だかいっぱいいっぱいだ。
何度もあの日を思い返す。その度に自己嫌悪に負われる。
最近は眠れていない。同じ夢を見る。もう一人の自分が出る夢。
夢に出て来る自分があの日、何を言うべきだったかと問い詰めて来る。どんな答えを用意しても、納得しない。次第に僕は何も言えなくなる。
そんな僕に興味を失い、横を通り過ぎて、シラギのいる場所で立ち止まる。
夢の自分は遺体となったシラギに石を投げる。
「辞めてくれ」と頼んでも、返事はない。ただ、その光景を見せつけられる。
起きると全身から汗が噴き出している。
眠りが浅く、夜のうちに何度も目を覚ます。もうずっと十分に寝れてない。
馬に揺られる。手綱をしっかりと握ってないと落ちる。
ただ、今日はいつもより体が揺れる。握りが悪いのかもしれない。だから。手綱を握り直そう。
一度、体を低くし、片方の手綱を離す。
!タイミングが悪かった。馬が跳ねた。体は衝撃を吸収するために激しく上下する。
重心がぶれ、掴もうとした手綱が指をかすめた。
体が馬から離れていく。落ちる。
と、思った瞬間に体が横から支えられる。いつの間にか先行していたロビンが並走している。
おかげで、落ちることなく、手綱を握り直すことが出来た。
感謝を述べようと横を見ると、ロビンが馬の足を止めていた。
Uターンをしてロビンのいる場所に戻ると、「今日はここで夜を明かす」と言った。
いつもならもう少し走っていただけに、僕は一度首を捻ってロビンに従った。
食事は乾燥したものばかりだったが今日は違うようだ。
テントを立て終え、山菜と兎のスープの下ごしらえが出来た段階でロビンは口を開いた。
「竜崎、お前は大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。」と答えた僕にロビンは頭を掻いた。
「シラギのことを引きづっているのか。あいつに何かを言われたか?」
「別に。」
「下手くそと言われたか。それとも、意気地なしか。」
は?!
僕が顔をあげると、ロビンは火をつけながら、優しい笑みを浮かべていた。
「・・・そんなことを言われてませんよ。」
「そうか。それは良かった。そこまでヘタレじゃなかったか。」
・・・。
沈黙がキツイ。
「僕とシラギとの間に何もなかったですよ。シラギの名誉のために言っておきますけど。」
「そうか、やっぱりヘタレだったか。」
声を出して、ロビンは笑った。この人は駄目な大人なのかもしれない。
火が強くなったのを見て、僕は足元にある薪を追加する。
「・・・僕から、聞きますけど。なんでシラギを撃ったんですか?」
「聞きたいか」と聞いたロビンに僕は強く頷く。
ため息をついた後、ロビンは「ススキノには内緒な」と僕を目で脅す。首筋に一粒の冷汗を流して、僕は再び頷く。
「シラギは仲間の一人を食っていた。ただ、お腹が空いて、空腹を満たすために食ったんだ。最初は葛藤があったはずだ。シラギは“戦乙女の淑女”をAランクパーティにするのが、ずっと夢だった。だけど、心が折れたんだろう。先に仲間が死んだのを見たか、トロールの強さにやられたのか知らないが、あいつは隠れた洞穴から出られなかった。」
火の上に鍋を置き、スープを煮込み始める。
このタイミングで?この人に倫理観は。
倫理観?もしかしたらこの世界では仲間殺しは大罪なのかもしれない。
「倫理観が喪失したから、彼女を撃ったわけか。でも、生きて帰すことだってできたはずだ。街に連れて帰って、裁判をして罪を償わせて。それで、元通りの生活に」
僕は言葉が詰まった。
彼女の夢は“戦乙女の淑女”をAランクパーティにすること。
トロールを倒せば、それに近づく。だけど、失敗した。仲間を失って夢が叶わぬものになった。街に戻ったところで、彼女は元には戻らない。
「ん?ああ、勘違いしているのか。俺がシラギを撃ったのは、あいつが死にたがっていたからだ。最後の瞬間、笑っていただろ。」
ロビンとレストラーはシラギの意思を汲んだ。
挑発したのも、それに乗っかったのも。僕だけが理解していなかった。
なら、最後の質問の意味は。
「・・・彼女が最後、僕に聞いたんです。夢を壊した人間はどうしたらいいか、って僕ならどうするかって聞いたんです。僕は、僕はなんて答えたら良かったのでしょうか?」
声が震え、涙が地面に落ちていく。
あの時、上手く答えることができたのなら、彼女はまだ生きていたかもしれない。
そうすれば、僕は異世界ライフを楽しんでいた。もしかした、シラギを仲間にして冒険をしていたかもしれない。ああ、きっと楽しい冒険になっただろう。
それだけに悔しい。答えを持っていなかった自分が。
「知らん。だが俺なら、キスで有耶無耶にしただろうな。」
ズズッとお玉ですくったスープの味を確かめながら、ロビンは言い放つ。
スープは白い煙をあげながら、キノコの良い匂いがする。
「それでも彼女は答えを求めていたんです。そんなことをしたら逆効果じゃ?」
「俺だったらそうするってだけだ。どれだけ素晴らしい答えがあったところで、相手が、シラギが納得するかはわからない。難しく考え過ぎても無駄に終わるだけだ。結局のところ、他人の考えていることなんて真に理解することはできん。俺たちにできるのは過去を受け入れて、次に生かすことだけだ。死んだ女のことは忘れろ。」
僕は最後の瞬間も、彼女の意図が分からなかった。そんな僕に、シラギを納得できる答えが出せるはずがなかった。
やってしまった後悔を知るのは、やった本人だけだ。
彼女の痛みを知らない僕があの瞬間に何を答えても耳障りでしかなかっただろうな。
いや、違う。
そうじゃない。僕は彼女を言い訳にしている。
あの夢は、僕の迷いを顕わにしたものだ。無意識のうちに彼女を向こうに遠のけて、見ないふりをしているだけだ。彼女を言い訳にすることで、攻撃することで自分を守っていた。
「あ、あの。」
顔をあげると、ロビンが器を突き出していた。中には注がれた具沢山スープ。
受け取ると、ロビンは自分の分を注いで口をつける。
「どうした?さっさと食べないと冷めるぞ。」
目の前の食べ物にお腹が鳴った。
さっきまで食欲がなかったのに、不思議と涎が出る。
スプーンで一すくいして、口に運ぶ。
熱ッ。舌が火傷した。だけど、舌で転がしたスープの味は食べたことのないくらいに美味しかった。きのこと匂いの下に胡椒が効いている。
もう一すくい。もう一すくい。と口に運んで器が空になる。
「旨いか?」
「・・・美味しいです。」
「あったけぇもんは旨いよな。時間はかかるが、身に染みる。」
ロビンは照れたように笑って、僕の器にお代わりを入れる。ついでに乾パンを投げてよこして、「浸して食べろ」と教えてくれた。
美味しかった。
追加で出てきたミルクも相まってお腹が十分に満たされる。
「お前は別の世界から来て、元の世界に戻りたいらしいな。ススキノから聞いた。シラギの件で迷っているんだろう。元の世界に戻ったところでと。」
隣に腰を下ろしたロビンが僕の頭を撫でる。
「まだ、帰るか。どうか決めるまで時間があるだろう。ゆっくりと、時間をかけてお前なりの答えを見つければいいさ。なんなら、元の世界で居場所がなければ、こっちの世界に戻ってくればいい。旅は始まったばかりだ、必要以上に焦って決める必要はない。」
「・・・はい。」
その夜も夢にシラギが出た。夢に出た彼女は優しく僕に微笑んだ。
***
街はいつも以上に活気づいていた。
トロールの存在が物流を停滞させていたが、その心配がなくなった今、反動で物流が活発になったらしい。嬉しいことだ。
冒険者ギルドは英雄の帰還と言わんばかりに盛大に竜崎を祝った。
一日を通して祝い通しで主役の竜崎も少しうんざりとしたような困った表情を浮かべていた。街に帰ったばかりで疲れているというのに馬鹿な奴らだ。
まぁ、わからなくもない。大物食いは冒険者にとっての憧れだ。
ただ、こっちも疲れている。途中でパーティを抜け、ギルドを後にした。
自宅は静かだった。
二人掛けのテーブルの上に荷物を置き、椅子に座る。
指を滑らすと、埃がつく。長い間、家を空けたと思い知らされる。
ここ数年、こんなに埃が溜まることはなかった。
テーブルの上にある傷をなぞる。これはセセラギが鍋を落としてできた傷。
壁を見ると壁紙が削れた部分がある。あれはセセラギが新調した武器を見せびらかそうと振り回して削った場所。
あれは、あれはとセセラギとの思い出が蘇ってくる。
俺がセセラギに言っていない傷もある。俺が知らない傷もある。
セセラギは死んだ。
これからは、知らない傷は増えない。
竜崎とあの獣人は俺をスカウトしに来たと言っていたな。
いい機会かもしれない。冒険者として限界を感じていたし、新しい場所で心機一転と言うのも悪くない。
コンッ、コン。ドアがノックされる。
こんな時間に誰だ?
ドアを開けるとギルドで騒いでいた馬鹿どもが集まっていた。
「「「お、お邪魔します!」」」
声を揃えて、亭主を押しのけて中に入る。
「ここがロビンさんの家か」「あ、俺たちの写真飾ってくれてたんですか」「ごはん食べました?作りましょうか」「見て下さい!武器新調したんですよ」「聞いてくださいロビンさん」
入って来た全員が全員、好き勝手に動き、発言する。
「もし私が死んだら、ロビンさんをかまってあげてって。彼、恥ずかしがりなのに寂しがり屋だからって。セセラギさんが。だから、皆してこうして押し掛けたんです。」
ススキノが耳打ちをする。
誰かが叫んだ。傷をつけたと。ドタバタと騒がしく、押したり引いたり。声が行きかう。
「・・・。ふははは、セセラギめ。迷惑な置き土産をしやがって。」
セセラギ、これからも傷が増えそうだ。
***
昨日は散々だった。まさか、昼夜問わずに祭りが行われるとは。
久々、宿屋で寝れたのに疲れが抜けない。
「なんで、もう出発何だよ。レストラー。」
「おいおい。随分とゆっくり帰って来たくせに何を言っているんだ。お前のせいで、三日も待ちぼうけを食らったアタシの気持ちがわかるか?暇すぎて、山賊を一つ壊滅したんだぞ。領主の依頼を一人でこなす羽目になった。」
「あー、はいはい。ごめんごめん。僕が悪かったよ。もうやり残すことがないわけね。」
僕らは王都行の馬車に乗り込む。
やっぱり、ロビンはこの街に残るらしい。正直、付いてきて欲しかった。
「俺はこの街の、ノッティムのロビンだ。残念だが、お前たちと一緒にはいけない。」
と胸を張って堂々と言われたんじゃ、こっちも引き下がるしかない。
成果は余りないけど、それでも帰って報告をしないといけない。
でないと、ジークフリートに殺される。
・・・怒られるだろうか。
いや、ポジティブに考えよう。
僕はCランク冒険者になった。トロール討伐の功績を認められ、特例での昇格らしい。
Cランク冒険者を手に入れたんだ。これはジークフリートも一考する価値はあるはずだ。
胸を張って帰ろう。
馬車が動き始める。
街中だからか、馬はゆっくりと走っている。
馬車が街角を曲がると、街道に人が並んでいた。
「竜崎!!」
拍手と歓声でで出迎える人々の中、ロビンが叫んだ。目が合うと、拳に親指を立て大きくあげる。
「この世界を楽しめよ!」
爽やかな笑顔でそう言った。
「!はい!!」
僕は大きく返事をして、見えなくなるまで彼に手を振った。
次第に見えなくなる街。
経験を振り返ると、自分が一回り大きくなったような気がする。
行きよりも帰りの荷物が多いのは良いことだ。レストラーの傍らにある人一人程が入りそうな袋を見て、見て。
「・・・レストラー。その動いている荷物は何?」
「いや竜崎、手ぶらでジークフリートに会うのは、アタシはどうかと。思えば、あの城は使用人が不足していた。なら、使用人になれそうな人間を探すべきだ、とアタシは思った。」
「まさか、領主の館から人をパクって来たのか?」
僕の質問に、レストラーは間髪入れずに首を振る。
「他人のものに手を出す趣味はない。それに、城勤めだ。そこそこの強さが必要だ。だが、あの街にはフリーのそこそこの強さの奴が中々見つからなかった。だから、仕方がなく壊滅したパーティから引き抜くことにした。」
僕に思い当たる人物は一人しかいないんだけど。そういえば、街道に並んだ人の中に姿が見えなかったな。
「ススキノの了承はとったの?」
「・・・まぁ、何とかなるだろう。」
「そうかぁ。」
貴族が用意してくれた馬車なだけ乗り心地が良い。きっとススキノも満足するだろう。
もう見えなくなったノッティムの街の幻影を見る。
先ほどの別れを思い出すと、今更引き返すのも気が引ける。
昨日の疲れが残っている。袋を開けるのは、もう少し先延ばしにしよう。
外の風景をながめながら、ため息をついた。




