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第三話 希望なき戦乙女の淑女

蠅の群がる死体の横で一人の男が立っていた。

男の名前はロビン。ノッティムの街で最高の冒険者。歴戦の雄姿で、多くの冒険者から尊敬の念を抱かれた男。


そんな男が死体のそばで自分自身も生気を抜けて立っていた。

「ここにいたんですか。ロビンさん。」

私の声にゆっくりと、ゆっくりと顔を動かす。

「・・・ススキノか。」

ロビンさんは聞き取れるか聞き取れない声で、独り言をつぶやくように私の名を呼んだ。


腐っている肉の中でギルド証が光を反射している。そこにはセセラギと書かれている。

死体は“戦乙女の淑女”の一人、セセラギの死体だ。

私は涙が出そうになるのを堪えて、ロビンの肩を叩いた。


「見つけてくださったんですね、ロビンさん。ありがとうございます。後は、シラギとキラルガを探しましょう。」


だけど、ロビンさんは一向にその場を動こうとしない。

それどころか、一緒について来たレストラーですら、一歩として動いていない。彼女は冷めた目で私を見ていた。


「死体は燃やさないのか?」

レストラーは低い声で問う。

私は答えたかったが、声が出なかった。


遺体は放置していれば魔物になる。それはこの世界の常識だ。

ただし、教会の特殊な魔術や遺体そのものを焼却すれば復活することはない。

冒険者ギルドでは明示されていないが、冒険者の間の暗黙の了解として、仲間の遺体は仲間内で処理する。それは感謝と別れをする儀式だという。


だけど、そんなのできない。ロビンさんには出来ない。だって、やっと。

一呼吸を入れた私が口を開くより先に、ロビンさんはセセラギのギルド証を取ると、そのまま火をつけた。

胸ポケットから煙草を出して、遺体の火を使って、吹かす。

「・・・随分と時間がかかった。やっと、・・・心の整理がついた。」

火を見つめながら、彼は言った。


「トロールを倒したんだな。」

ロビンさんはレストラーに視線を送った。

戦いの音がここまで響いたのだろう。仲間と合流した時は、まず情報の確認を行う。

いつも通りのロビンさんに、私は胸を撫でおろす。


「ああ、もちろんだ。倒したのはアタシではないけどな。」

レストラーは半笑いで答え、疑念を持ってロビンさんは私を見た。

「わ、私じゃないです!竜崎っていう黒髪の男がトロールを倒しました。彼は今、力を使い果たして同行はできる状態ではなかったので、テントのある場所で休んでいます。」

ロビンさんの眉が中央に集まった。レストラーと私を交互に見て、何度か軽く頷く。


「・・・そうか。俄かには信じ難いが、ギルドにいたあの少年が倒したのか。そこの獣人。なぜ、自らの手でトロールを討たなかった。お前ならトロールごときは瞬殺だっただろう。」

特に抑揚なく、淡々と話すロビンさん。

その言葉を聞いてレストラーは声高に笑った。


「雑魚だと思っていたが、中々見どころがある奴だな。アタシの強さがわかるのか?」

ロビンさんはレストラーの問いに、静かに首を振った。

「虎の一族の姫、レストラーの勇名はこの国にも響いている。」

「それなのに、ギルドであの態度か。気に入らないな。」

ロビンさんの薄っすら笑みを浮かべる。


ギルドで何があったかわからないが、ひと悶着でもあったのだろうか。

吹かせた煙草がもうじき終わる。もう一本の煙も次第に小さくなっていく。

その煙を婚約者は名残惜しく見る。

死んだ者は帰って来ない。その事実を受け入れるため、私たちは最後の別れを見届ける。


***


焚火の前でじっとしようとするが、全身の痛みでくねくねしてしまう。無理をし過ぎたせいで身体の悲鳴が止まらない。応急処置をしてもらったが、所々が折れているせいで、一人ただ座って気を紛らせることなんて出来ない。

集中すればいいと思い、石を積み上げているが、失敗の連続でイライラする。


けが人をおいて捜索に出たレストラーとススキノが恨めしい。

どっちかは寄り添って介抱してくれても良かったじゃないか。

正直、森の中で一人という状況が嫌だ。魔物除けがあるとはいえ、突破する魔物がいるかもしれないし、効かない人が襲ってくるかもしれない。風が出す音に反応して振り返ってしまう。マジで怖い。疲れているのに眠れない。


ガサガサ。茂みが音を立てる。


大丈夫、茂みが音を立てているだけだ。振り返っても誰もいない。大丈夫、大丈夫。

振り返っても魔物はいないし、凶器を持った大柄の男はいない。風の音だ。安心しろ、竜崎。


「あの!!!」

え!?人の声?しかも柔らかい、女の声だ。・・・知らない声。


振り返ると赤い髪のボロボロの兵装の女性が茂みの中に立っていた。


「あの!私、“戦乙女の淑女”のシラギと言います。あなたは、誰でしょうか?」

距離を開けてシラギは質問をする。


警戒しているのか?こんな森の中でテントを張っている男には警戒して当然か。

そういえば、戦乙女の淑女はススキノが所属しているパーティの名前だったか。シラギも聞いていた話に登場した名前だ。赤髪で、腰に剣を携えているという外見も一致している。


「僕は竜崎。君たち、“戦乙女の淑女”を捜索しに来たロビンの協力者だ。」


立ち上がって言った僕に対して、何かに気付いたのか、シラギは険しい顔をする。

視線の先には荷物になると置いて行ったススキノの槍がある。

シラギは剣を抜いた。その剣先を僕に向けながら、ゆっくりと近づく。


「あなたの傍らにある槍、それはススキノの物よ。なんであなたが持っているの?」


距離が二メートルほどの場所でシラギは止まる。

シラギは何かしら誤解しているようだ。それを晴らすために両手をあげる。


「ススキノは無事だよ。今、僕の仲間と君たちを探している。それに、彼女の槍は二つあるだろ。ここには一本しかない。これは彼女が置いて行ったんだよ。捜索するだけなら二本もいらないってね。それに僕は今、酷く疲れているんだ。君に危害を与えることは出来ないよ。」


僕が服をめくって血のにじんだ包帯を見せると、シラギの眉が動く。

数秒の間、目が合ったまま膠着状態が続いた。


「わかった。竜崎、あなたを信用するわ。」

そう言って、シラギは剣を収める。

僕は安堵の息を吐きながら、腰を落とすと、その隣にシラギは座った。


「ねぇ、さっきまでこの辺りで轟音が響いていたんだけど、知らない?」

僕の太ももの位置に手を置き、シラギは首を傾げる。

近い。気を許すと距離が近い人なのだろうか?

意味もなく、背中に力が入る。


「轟音っていうのは、トロールとの戦闘の音だと、思う。ああ、大丈夫!安心して。トロールは倒したから、ここに来ることはないよ。」

きょとんとした顔でシラギは僕の顔を覗き込む。嘘を言っているかを判断しているのだろう。

だけど、目と鼻の先で見つめ合っている状況に僕は耐えられず、目を逸らした。

そんな僕の行動にシラギは手を口に当てて、「照れているんだ」と言って笑った。


そこからは僕らの会話は、街の話とか、好物の話とか、そんな他愛もない雑談になった。

一時間ほど話したところで、僕は前の世界の話をしていた。


「へぇ、竜崎は異世界から来たんだ。」

警戒が解けたのか、僕の肩に頭を乗せて身を任せている。

数分程どぎまぎしたが、シラギは疲れているんだと自分に言い聞かせて壁に徹する。


「そうなんだ。だけど、前の世界でやり残したことがあって、それをするために帰らないといけないんだ。幸いなことに帰る手段があるらしい。人聞きの手段だから、確実ではないかもしれないけど、信じてみようと思って。」

「そう。いいわね。・・・目的があるのは、良いことだわ。やり残したことって、女の人?」


うっ。棘のある言い方。

何か間違ったか?


「・・・まぁ、そうだね。」

「私と一緒にいるのに、別の女の人の話をするんだ。竜崎は男前だねー。」


シラギは棒読みで言った。

なぜか、心が痛くなる。僕が悪いみたいに感じる。いや、僕が悪いのか?


疑心暗鬼に陥った僕を笑いながら、シラギの頭は僕から離れる。立ち上がりながら、伸びをして、川の方へと歩いていく。

どうしたのだろうか?目で追っていると、川の手前で立ち止まってこちらに振り返った。


「竜崎!あなたもこっちに来て!!一緒に入ろ?」

大きな声でそう言うと、シラギは大胆に上着を脱ぎ捨て、胸がさらけ出す。そのまま手は腰のベルトに触れた。


「えっ、エッ、えぇーー!!!なにしてるんですか!」

咄嗟に掌で顔を覆いながら、僕は叫ぶ。

だけど、指の隙間から見える景色。

多分僕は、この世界に来てから一番興奮している。


***


セセラギの最後を見届けた私たちは、残ったものを埋葬し残りの二人の痕跡を探す。

ロビンさんの経験とレストラーのおかげで、時間がかかったが一つの洞穴にたどり着いた。


洞穴には蓋がしてあり、それを開けると、まず焦げた匂いと共に腐臭が鼻につく。

意識を失いそうな匂いに鼻をつまみながら、遺体を引っ張り出す。所々欠損しているが、まだ形を保っていた。

遺体の所持品を検品するが、ギルド証はない。持ち物にパーティの思い出の品があったことや所持品の構成から、キラルガだと推測できる。


なら、ギルド証をもって言ったのはシラギだ。シラギは生きている。

そう思って笑顔で振り返った私と対照的に、ロビンさんとレストラーの二人は難しい顔をしていた。


「良くないかもしれんな。」

「もしかしたら、竜崎のいる場所にシラギは向かったかもしれない。引き上げるぞ。“烈火”」

ロビンさんの呟きにレストラーは頷きながら、火属性の魔法を使う。

一瞬でキラルガの遺体を消し炭になってしまう。


私は悲鳴を出しそうになる口を覆って、声を抑えた。力の抜けた足を無理やり動かす。

一歩目が出せた時には、既に二人は十メートルも遠くに行っていた。


なんだか、心がざわめく。嫌な予感がする。


***


水浴びをし終え、濡れた髪を絞りながら、こちらを歩く。シラギの引き締まった体にある柔らかい部分が揺れるのを僕は茫然と見ていた。

結局、僕はご一緒しなかった。理由は立ち上がれなかったからだ。

自分を情けなく思う。


ついでに服を洗ったらしく、火の近くに干し始めた。ズボン、上着、パンツと並べて、手にある布類がなくなると、裸のまま僕の隣に毛布を広げ、そのまま腰を下ろした。


冒険者はこうもオープンなのか。

ダメだな。僕は未だ前の世界を基準に生きているのだ。アップデートしていかないと。

彼女はBランクパーティの冒険者だ。もしかしたら、羞恥心を捨てないと上に行けないのかもしれない。

相手に恥じらいがないのに、こっちが恥じているのは失礼に値するのではないか?

男になれ、竜崎。

いや、だがしかし手を出せば犯罪か?それならば、見るだけでも駄目じゃないか?


「ねぇ」

下を向いて葛藤している途中で、シラギの声が入る。


「私って、そんなに魅力ないかな?」

顔を上げると、シラギは膝を抱えて上目遣いでこっちを見ていた。


えっ?!


「ぷっ。あっははは。冗談だよ!」

噴き出して笑って、シラギは遠くを見つめる。


「ねぇ竜崎。あなたは元の世界に帰る希望を語ってくれたけど、もし元の世界に帰れないとしたら?元の世界に帰ったとしても、あなたが求めるものがないかもしれない。それでもあなたは希望に向かって歩めるの?」

「さぁ、それでも。それでも帰ってみないとわからないから。結果がどうだとしても、そこに向かう思いは僕から出たものだから。やり遂げないと、きっと後悔すると思うから僕は進むよ。」


自分で言っていて少し格好をつけた。少し照れくさい。


そんな僕の返答に一瞬だけ目を見開いて、シラギは「そう、私もよ」と笑った。消えそうな声は少し震えていた。


沈黙が続く。嫌な間だ。


「ねぇ」また、シラギが口を開く。「もし、自分が台無しにしたら、あなたはどうする?」


やっと僕は気づく。彼女はトロール討伐で自責の念に負われているのだと。

それなのに、僕はベラベラと自分のことばっかりを考えていた。

ダメな人間だ。頭が悪く、察しが悪い。


彼女に僕は何を言えばいい?


僕が答えられないでいると、森の方が次第に騒がしくなる。

何かが勢いよくこっちに近づいているような音だ。

だけど、ここには魔物除けがある。どこかで逸れるだろう。


しかし、予想に反して音はいつまでも鳴りやまず、目の前に正体を現す。

「ごめんなさい」とシラギは優しく笑った。





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