第一話 騒がしい冒険者ギルド
森の中、ガタンと音をたてて馬車が上下に揺れた。
悪路ではないが、車輪が平坦ではない道を通ることで日本の電車を思い出す。
転移前では当たり前だった。気づかなかっただけだ。積み重ねてきた技術が裏にあったのだと思い知らされる。
「どうした、竜崎。酔ったのか?」
「?大丈夫だよ。少しお尻が痛いくらい。顔色が悪く見える?」
「ハハ、気持ちの悪い笑みを浮かべているからさ。気分でも悪いのかと。」
隣に座った虎の獣人のレストラーは、立てた片足に肘をおいて、にやけ顔で笑う。
虎の獣人だけあって、にやけた口から見える八重歯は僕のものより大きく発達し、皮の白い胸当てと黒い短パン以外は体毛で覆われている。ごわごわした髪?から短パンの部分までトレードマークの縞模様があって、尻尾が腰のあたりから飛び出ている。
「昔を思い出してた。・・・懐かしくなっちゃったんだろうな。」
「恥ずかしいよね」と笑った僕に、レストラーは不機嫌そうな表情を浮かべた。
「ジークフリート、が言っていたのを聞いただけだ。竜崎は元の世界に帰るのか。」
ジークフリートはこのバルハード王国の王国騎士団団長だ。
僕がこの世界にやって来た時から、厄介になっている。
「・・・帰る、つもりだよ。帰って会いたい人がいるんだ。会って言わなければならないことがある。」
「へ、そうかよ」とレストラーはニヒルに笑う。「そのために殺らなければならないのが、竜か。・・・不可能だな。未だかつて竜を倒したものはいない。あれは、災害だ。機嫌を損ねるだけで一国が滅び、琴線に触れただけで種族が根絶やしにする。触らぬ神に祟りなしだ。」
飄々と話していたレストラーだったが、最後辺りは苦々しい顔で、自分に言い聞かせるように吐き捨てる。
元の世界では頻繁に倒されている印象の竜だが、この世界では絶対的な存在らしい。
しかし、この世界の神は僕たち転移者たちに竜を殺せと言った。正確にはこの世界にいる5柱の竜を全て殺すと何でも願いを叶えてくれるらしい。
「そのために強力な仲間を探して、仲間にして竜を袋叩きにする。レストラーもその内の一人だから。」
レストラーの左手を取って両手で包んでみせると、手を取られた本人は嫌そうな顔を浮かべる。本人は約束したことを少し後悔してるらしいが、握り返す彼女の手は頼もしい。
「それよりまずはジークフリートの二つお使いを済ませないとな。これから行く街の領主に会って、国の書簡を届ける。できるなら、ロビンという名前の冒険者を徴兵する。僕の仲間集めは二の次だ。」
手を離して、リュックサック型マジックバックを触る。
見た目より多くのものが入るとは流石は異世界だ。それに軽い。恒久的には使えないらしいけど、その効果が有限だとしても元の世界に匹敵する素晴らしい技術だ。
***
無事、領主に手渡しで書簡を渡し終えた僕らの次のミッションは、ロビンに会うことだ。
領主によると彼は冒険者ギルドにいるらしい。
「はてさて、冒険者ギルドはどれなんだ?」
「この道を真っすぐ行ったらあります」と言われ、それっぽい建物を発見したが、問題なのはそれっぽい建物が3つある。
それぞれの建物にシンボルが描かれている。
一つ目は、剣を握った手に腕輪がついている。
二つ目は、蛇に槍が刺さっている。
三つ目は、盾とならんで人が立っている。
どれも冒険者ギルドのシンボルで可笑しくないと思うが、冒険者ギルド以外だった場合になんなのか気になる。
「何、ボケッと立ってる?さっさと入るぞ。」
僕の尻を叩くと、レストラーは迷いもなく二つ目のシンボルの建物に向かって歩く。
僕は慌てて後を追った。
***
空きっぱなしのドアを通過すると、ガタイの良い兄さん達が大テーブルに腰かけ、談笑している。
「レストラーはどれが冒険者ギルドか、わかってたのか。来たことあったの?」
やっとレストラーの横に着いた僕は小声で話しかける。
そんな僕にレストラーは一瞬怪訝な顔をして、「常識だぜ」とため息をついた。
「・・・冒険者ギルドのシンボルは世界共通なんだよ。アタシの国でも当然ある。ついでに言うと、冒険者ギルドのギルド証は世界共通だ。」
なるほど、最強の身分証明書。お約束だ。
時間があったら、作りたい。
「じゃあ」と前を向いた瞬間に、硬いものにガツンと、おでこをぶつける。
衝撃で一歩下がると、目の前に大柄の男が立っていた。おでこは男の胸ほどにあるプレートに当たったらしい。
「・・・おい、獣人類!旧人類の街をおめおめと歩くなよ。知らねぇようなら、教えてやるよ。戦争は、終わった。お前たちの軍は撤退したのさ!子猫ちゃんはお家に帰りな。それとも発情期、で男漁りにやって来たのかなぁ?可哀想だから、俺が相手してやるよ!」
ギルド内の視線が一斉に集まる。
数多の男の視線に嬲られるレストラーはうんざりという表情を浮かべて僕を見た。
雑魚は相手しない。彼女のスタンスだ。
だけど、流石に相手が多すぎると答えるみたいだ。
僕はリュックサックから王家の旗を取り出すと、ギルド内にどよめきの声があがる
この旗を一国民がいたずらに掲げれば極刑らしい。
ジークフリートのセリフを思い出しながら、復唱する。
「我々は王命により、ここに来ている。ここにいる獣人レストラーは我ら王の盟友となった。侮辱は王家への侮辱と同義である。しかし、先の戦争により、獣人類に禍根がある者もいるだろう。それ故に、一度は見逃す。」
獣人連合国と友好を築きたいから、極力レストラーを暴れさせるな。オーロラ姫の命令である。王様が今不在で、オーロラ姫が代理らしいので、効力を発揮するとかしないとか。そこら辺はよくわからない。
僕が言い終わると、ギルド内は静かになった。
沈黙に耐えかねてか、目の前の男がすり足で下がろうとして、躓いて倒れた。
「まぁ、そういうことだ。今回は見逃す。次はないと思え。」
そう言って、レストラーは男を蹴った。
男は2、3m上に飛んで背中から落ちたが、流石は冒険者。背中の痛みに悶絶しながら、飛ぶように巨体を揺らせてギルドの外に消えていった。
彼が消えたギルド内で一人部屋の隅のテーブルで作業している男に気が付く。
茶色の髪と髭が生えた中年くらいの男。服は濃紺のマントに茶色の皮と金属のプレートが織り交ざった兵装をしている。服にはシミなどの他に細かな傷が見える。
テーブルの上には銀色のナイフと羽が付いた矢を置き、本人は手元にある弓の弦の調整をしている。
「お前がロビンか?」
先に声をかけたのはレストラーの方だった。男の前にドカッと座った表紙に机が揺れ、ナイフが音を鳴らす。
男は静かに声の主であるレストラーを認識し、再び弓に視線を落とす。
「ああ、そうだ。」低い声で男は唸るように言った。
「王都に来い。王命だ。」ロビンに向けてレストラーは不躾に言い放った。
ロビンは静かに目を閉じて、再び開く。「無理だ。」
そう一言、吐き捨てるように言い、ロビンはテーブルの上の武器の類いを回収し、ギルドの外へ出て行った。
ロビンが見えなくなっても、レストラーの視線はロビンの後を追っている。
「レストラー。おい、レストラー!」
レストラーの肩を掴み無理やり顔を合わせると本人は口を横一文字にして目を逸らす。
「いや~?お前たちの王も人望がないにゃぁ?王命だぞ、普通逆らわないだろ。旧人類と獣人類の文化的な違いだな。今回のことを教訓として、次に行こうぜ。時間は有限だ。急がねぇと。」
ふらふらとしながら、レストラーの目はいつもより潤っている。
確か、獣人類は弱肉強食の絶対王政だったか。レストラーはそこで姫をやっていたらしい。断れるという経験が無かったのか。ショックが大きいらしい。
「いや、レストラー。まだ事情を説明してないからね。説得できるかもしれない。今すぐ追いかけて、話を聞いてもらおう。」
焦点の合わなかったレストラーの目に正気が戻り、やっと目が合った。
僕は頷き、レストラーは鼻を鳴らして笑う。
よし、行こう。
「ちょっと!いいですかねぇ!!!」
僕がレストラーの手を掴もうとした瞬間に、伸ばした手を叩かれる。
手を叩いたのは、黒いロングスカート、白いシャツに黒いベストとネクタイをした女性だった。僕の身長よりも少し低いくらいだが、大人の色気を醸し出している。
僕があっけにとられた次の瞬間に、女性は襟元を掴まれ、レストラーに持ち上げられていた。
「お前、死ぬか?アタシたちの邪魔をすれば、殺すと言ったはずだ。」
言ってない。
言ってないよね?!
「レストラー!何をしてんだよ!?早く、その人を放してあげてよ!」
顔は動かず、黒目だけがこっちを向く。
「?何を言っているんだ、竜崎。アタシたちは王命で動いている。行動の阻害は反逆罪だろ。」
・・・そう。なのか?わからないけど!
目つきがもう、人を殺す目だ。とにかく、止めないと!
「多分、その人も何かわけがあってのことだろうし。一回、下ろして話を聞こうよ。ちゃんと対話をしないと。言葉が少ないから、さっきロビンに断れたんだよ。王命なんだから、その辺りは、ちゃんとしようよ。」
レストラー目を大きく見開いて、こっちを向いた。
何かを言いたげに口を動かしたが。結局、何も言わずに口を尖らせて、女性を解放した。
「た、助かりました~。」
解放された女性は地面にへたり込む。
「何で僕たちの行動を遮ったか、聞いていいですか?」
「えっと、それは。」
女性は僕の手を支えに立ち上がる体は少し震えていた。しかし、その視線は先ほど首根っこを掴んだレストラーに向かっている。その瞳には恐怖と言った感情ではない。どこか凛々しさがあるような眼差しで言葉を続ける。
「ロビンさんは当冒険者ギルドの緊急依頼を受注したからです。国際法上、緊急依頼は国家の法律よりも上に位置します。ロビンさんの行動を阻害した時に、処罰をされるのはあなた方です。冒険者ギルドの受付として、忠告するため引き留めました。」
一呼吸で言い切った受付嬢は胸に手をおき、視線の先にいるレストラーが舌打ちをして、目をそらし、それから罰が悪そうに顔をそらしたのを見て、微笑んだ。
レストラーの反応を見るに彼女の言っていることは正しいらしい。
だとすると、僕らにできることはロビンが返ってくるまで待っていることなのか?
そうだとするといつ帰ってくるか。長期だと嫌だな。
「・・・その緊急依頼は、僕たちは手伝うことは出来ないんですか?」
受付嬢は僕の方を向いた。先程の勝ち誇ったような笑みは消え、間の抜けた顔をしている。
僕が投げかけた質問が可笑しいのか、僕の存在が可笑しいのかはわからないが、あっけにとられた受付嬢は数秒固まったまま動かなかなくなった。
そこで、僕が異世界から来た非常識人だと知っているレストラーが代わりに口を開く。
「竜崎。お前は馬鹿なのか?緊急依頼って言うのは、冒険者ギルドが発する最上位命令だ。命令を受けた人間は拒否権無く、依頼への参加が義務付けられる。別の言い方をすれば、強制労働だ。基本は誰もやりたがらない仕事だ。冒険者はそのことを分かっているから、仕事を手伝う奴なんていない。暗にあいつは一人で言っただろ?」
レストラーは手のひらを上に向けて肘を上下させながら、「人望がないからなのかもしれないが」と付け加える。
そのセリフが気に障ったのか、受付嬢は顔を真っ赤に染まった。
「そ、そんなことはありません!ロビンはこの街で一番の冒険者です。緊急依頼を一人で行うのは、彼一人で行うのが最も成功率が高いからなんです!!」
彼女の怒声が建物の中で響く。
後に続くように、冒険者たちが口々にヤジを飛ばす。
ロビンはかなりの人気者らしい。
「レストラー、僕にはよくわからないんだけど。一人でやった方が成功率の高い仕事ってあるの?」
「そんな仕事、基本はないな。ただ、そうなる状況は存在する。一人の冒険者のレベルが高すぎる場合。後は・・・」楽しそうに周囲を見回しながら、言葉をためる。一度、建物内が静かになる。そして、レストラーは笑顔たっぷりに口を開く。「一人以外が全員腰抜けだった場合だ。」
ヤジが罵声に変わる。剣や防具、木の実やスプーン、物が飛んでくる。
その中で、受付嬢は涙目になって大声で叫ぶ。
「だったら、あなたたちが、トロールを倒して見せてよ!!!」
体が宙に浮き、視界が目まぐるしいスピードで後ろに遠のく。
気付けば、建物の外に出ていた。
レストラーが僕を抱えて、飛び出したらしい。本人は、とても爽やかな笑顔だ。
「さて、どうする?竜崎。」
僕を抱きかかえたままレストラーは走っている。回答を待つまでもなく、彼女は既に駆けているのだ。
だけど、こういうのは雰囲気が大切だから。言葉にしないとな。
僕はレストラーに負けないくらいの笑顔を浮かべる。
「ロビンの手助けをしよう!緊急依頼をとっとと終わらせて、帰ろう!」
スピードが一段と速く、抱きしめる力は一層強くなった。左右に体が振られる。
乗り心地は最悪だ!
だけど、心地よく心臓が高鳴る。
僕は今、異世界にいる!
***
洞穴の中。
「ススキノは上手く逃げてくれたかな。」
パーティ最年少の女の子を思い浮かべる。
最近パーティに加入した少女は目覚ましい才能を持っていた。この状況をどうにかするとしたら彼女だろうと4人パーティのリーダーは確信していた。
五体満足だったのはリーダーである自分とススキノだけだ。
それぞれが負傷したメンバーを抱えて二手に分かれ、自分は安全な洞穴を見つけ、入口を塞いだ。
後は救けを待つだけだ。
ススキノが助けを呼んでくれたら生きて帰れる。
トロールがいつ出現するかわからないこの森を負傷した仲間と抜けられる自信はない。
後は逃げたススキノが助けを呼んできてくれるのに希望を持つしかない。
幸い、まだ食料はある。大丈夫、まだ耐えられる。




