辞めたら人生、めっちゃ楽になった件について
「こないだ会った◯◯さんが好きなんです。なんとかもう一回会えませんかね……?」
私が小さな勇気を出して言った言葉に、女先輩はあっさりと笑った。
「そっかー、じゃあゲロブサイクな△△君無理やりストーカーさせて送りつけるねー」
またか、と思った。
別の女先輩も続く。
「そういえば、◯◯君付き合ってる人いるんだよ。あなたにだけ伝えてないけどねー」
「前もあったよねー。あなただけ⬜︎⬜︎さんが付き合ってるの知らなかったよねー」
「あなた、それで発狂してたじゃん。面白かったわねー」
──笑い声。
それは、朝の会議よりも、取引先との対応よりも、何より私を疲弊させる“日常”だった。
電車の中で泣いたことは数えきれない。
トイレで吐いたこともあった。
“辞めたい”なんて思ってはいけない、そう思っていた。
けれど──
その日は違った。
帰り道、コンビニの前で立ち尽くしたとき。
ふと空を見上げたら、月が綺麗だった。
「あ、もう無理だ」
ぽろっと言葉が出た。
それは、敗北でもなんでもなくて。
ただの、限界のサインだった。
次の日、会社に行って、静かに言った。
「退職します」
引き止めも、引き継ぎも、何もかもがどうでもよかった。
私はただ、逃げた。
──そう、これは“逃げ”だった。
でも、それでいいと思った。
数週間後。
毎朝5時に目が覚める習慣が残っていて、布団の中で虚空を見ていた。
でも、少しずつ変わっていった。
朝、コーヒーの匂いが好きになった。
昼、知らない街を歩くのが楽しくなった。
夜、自分の作ったごはんを「美味しい」と思えるようになった。
SNSを開くと、あの女先輩たちは今も会社で“楽しく”やっているらしい。
──でも、もう関係ない。
私はもう、あそこにいない。
「私、辞めてよかったな」
そう呟いた声は、なんだか少し笑っていた。
これは、誰にも知られない、小さなエンディング。
誰もざまぁされないし、誰も不幸にならない。
だけど私は──私だけは、確かに自由になれた。
“せいせいした”。