表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

AIのくれた最後の詩

作者: 月蜜慈雨



 日傘が欠かせない季節になったな、そう思いながら、私は折り畳みの日傘を指す。途端に息がしやすくなって、歩くのも幾分か楽に感じた。



 毎日の通勤時間は、一時間半、その大部分を電車に揺られて通勤している。

 余りに遠くて不便じゃないの?

 そう、巻き髪の可愛い同僚に問われた事がある。

 わたしにとって、通勤時間よりも職場の人間関係の方が大事なのだ。仕事が忙しいのも構わないし、給料も生きていける程度でいいが、人間関係ばかりは、実際に働いてみないと分からない。

 その点、今の職場、部署は当たりだった。気前の良い人が多いし、ミスしても大体フォローしてくれる。変に気難しい人もいない。

 問題が一つあるとすれば、電車に乗っているとき、何をすれば良いか分からないことだ。

 ながらでスマホでも見たり、音楽でも聞いたりすればいいと思うが、あまりギガを使いたくない。

 一時期読書をしていたが、酔うので辞めた。電車の中で本を読める人は凄い。



 そんな些細な悩みともいえないモヤモヤを抱えていたわたしに、巻き髪の可愛い同僚の、美希ちゃんが光明を指してくれた。


「これ、知ってる?」


 スマホの画面に表示されていたのは、今流行りのAIを使ったアプリだった。


「AIでしょ?ゲームか何か?」


 わたしがそう聞くと、美希ちゃんは首を横に振った。


「ううん、これ、AIが詩をつくるアプリなんだって」

「へぇー、音楽だけじゃなくて、詩まで作れちゃうんだ。そっか、歌詞だってAIだし、詩なんて楽勝かー」


 美希ちゃんが少し誇らしそうに言った。


「これ、わたしの弟が作ったアプリなんです」


 わたしはびっくりして、危うく飲んでいたお茶を零すとこだった。


「えっ!すご!」


 美希ちゃんが満面の笑みで言う。


「ね!すごいでしょ!」


 ひとしきりはしゃいでいたら、休憩時間が終わってしまった。

 それぞれの業務に戻っていく。

 仕事をしながらわたしは、好奇心がムクムク膨らむのを抑えきれなかった。


 AIの書く詩ってどんなのだろう。





 家に帰って、早速アプリをダウンロードしてみた。

 チュートリアルがあって、画面の真ん中の欄にお題を入れたら、AIが詩を書いてくれるらしい。

 わたしは早速、夜、というお題を入れてみた。

 少しロード時間があって、文字が出力される。


お題:夜


夜は

名前を持たないものたちの

集まり場所だ


傘を忘れたまま帰れなくなった人

すり減った靴を脱げないまま歩く人

言葉の行き場をなくした誰かの声


月は静謐さを保っている

星はちょっとだけ笑っている


誰かがつぶやいた

「このまま、夜に沈んでもいいかな」


するりと風が吹いて

ポケットの中の切符が震えた


まだどこかへ行けるよ

そんな気がして

名前を思い出すまで

もう少し歩いてみようと思った



 わたしは唸った。詩の上手い下手なんて分からない。でも、これは良いと思った。

 通勤時間のいい暇つぶしを見つけた。


 それからわたしは電車に乗るたびに、AIに詩を書かせ続けた。

 これは!と思うものもあったし、なんだこれは、と思うものもあった。

 なんだかそれが楽しくて、前から通勤は苦ではなかったが、なんとなく楽しくなっていった。



 休憩時間中、美希ちゃんが話しかけてきた。


「美月さん、最近元気ですね!何かいい事でもあったんですか?」


 わたしはにんまりと笑った。


「実は美希ちゃんが紹介してくれたアプリで遊んでいるんだ。これが面白くて、ハマってしまったよ」


 そう言うと、美希ちゃんは、パァっと顔を明るくした。


「そうなんですか!弟の作ったアプリで美月さんが元気になるなんて嬉しいです!」


 わたしは美希ちゃんに、アプリでこんな詩が作られたんだよ、と詩を見せた。美希ちゃんは初めて見たらしく、始終笑っていた。



 仕事で疲れたときは、こんなお題を出した。


お題:仕事滅びろ


仕事滅びろ

明日こそ、地球が寝坊しますように

PCのコード全部ちぎれて

クラウドが雨降らしてログインできませんように


仕事滅びろ

会議という名の地獄に

詩を読み上げて反抗したい

「報連相じゃなくて、花鳥風月を語れ」ってね


仕事滅びろ

でもそれがないと

お茶を入れる理由がないんです

コンビニの新作スイーツも、言い訳がなくなるんです


仕事滅びろ

だけどどうか、

帰り道の風だけは

そのままでいてほしい



 その日の帰り道に見上げる月は、いつもより綺麗に見えた。夜風が髪を揺らす。確かに、この時間は、この瞬間は、そのままでいて欲しい。



 後輩のミスを庇って上司に叱られたときは、こんなお題で詩を書かせた。



お題:上司禿げろ


部下の手柄はすぐに自分のもの

ダジャレと説教を織り交ぜる

パワポのフォントは謎に明朝体

ネクタイの柄は奇抜が過ぎる

会議では話が宇宙旅行

でも出世は止まらない


だからせめて

天の恵みをひとつ

その頭頂に

お日さまが降り注ぎますように


朝礼のたびに眩しくて

みんなが黙祷するようになる

いいじゃないですか

ちょっとだけ

風通しのいい人生


――それがあなたの

真の“開き直り”になりますように



 このときばかりは、本当に風通しのいい人生になることを上司に願った。




 今日、美希ちゃんが冴えない顔している。                   心なしかいつもより巻き髪も緩めだ。

 休憩時間になって、わたしは美希ちゃんに声をかけた。


「具合悪い。大丈夫?今日早退する?」


 美希ちゃんは力無く首を横に振った。


「そうじゃないんです。ただ…」

「ただ?」


 美希ちゃんは今にも泣いてしまいそうな顔で言った。


「弟の作ったアプリが配信終了になるんです」

「えっ」


 わたしは驚いて、そんな言葉しか口に出来なかった。


「あんなに一生懸命作ったのに….。ダウンロード数が思ったより伸びなかったから、打ち切りなんですって」


 美希ちゃんは、やはり沈んだ声で悲しそうに呟いた。


「あんなに完成したの喜んでいたのに…」





 それからのことはあまり記憶にない。何か当たり障りのないことを言った気がする。

 わたしはスマホの画面の中にあるアプリを見つめた。

 そうか、もう終わっちゃうんだ。

 アプリを開くと、確かにサービス終了のお知らせがあった。


 あまり見たくない事実だった。





 最後の夜、わたしは何をお題に入れようか悩んだ。

 迷った指は彷徨うばかりで、時間だけが過ぎていく。

 時間が刻々と迫る中、ある言葉をタップした。





 その文字は掠れてよく見えなかった。わざとそういうフォントにしたんだと思う。題名は「最後の詩」。まんまその通りで笑ってしまう。

 私はそれを読み上げた。文字と同じように掠れた声で。


 その詩はまるでこれまでの詩を、バラバラにして細かくミキサーに砕いてブレンドしたようなものだった。

 言葉たちがまるで一斉に立ち上がり、無秩序に整列しているかのようだった。全然最後の別れのような切なさはなくて、祭りのようで、読んでいて楽しかった。



 今までの詩が頭の中に蘇る。

 上司に怒られたときに、書かれた詩は禿げたヅラって言葉が出てきて思わず笑ったっけ。



 そして読み上げた後、そばに置いていたウーロン茶を飲んだ。

 これで最後なんだ。本当に。

 時刻はそろそろサービス終了を迎える。



 私は最後の詩をメモ帳にコピペした。このはちゃめちゃな詩がいつでも見れるように。

 アプリに行ったらもうすでに閉鎖されていた。

 意味もなく液晶を指でなぞる。

 君の詩が好きだった。

 AIらしく筋が通ってなかったり、破綻してたりしていたけど、それを見て、詩ってこんな自由でいいんだって思えた。

 サービス終了時間は、午前4:00、もう日が上り始めている。

 私はベッドに潜って、最後の詩を反芻した。



思い出すまで待つよ。記憶の海の底に沈めて、待っていて。



 まるで波のように絶え間なく、それでいて穏やかだった。

 意識が霞のようになっても、耳から最後の詩が聞こえてくる気がする。


 ありがとう。


 一瞬の感謝が湧き上がり、その後夢も見ずに深く眠りに落ちた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ