里での異常
朝。
人里は静かに目を覚ます。屋台が軒を開き、遠くから祭囃子の練習音が微かに聞こえていた。
その中に、“ひとりだけ”空気の違う男がいた。
白髪を後ろで結い、薄く色の抜けた外套を羽織り、視線を低くして歩いている。
彼──元戦場のプロトタイプ、半分が機械の男は、昨日壊れた存在感制御装置の影響で、目立たぬよう振る舞っても徐々に周囲の意識に浮かび上がっていた。
「……あれ、こんな人いたっけ?」
通り過ぎた商人が、ふと立ち止まって振り返る。
彼は顔を伏せて早歩きになった。
---
古本屋・鈴奈庵。
彼はいつものように情報を集めるため店に入り、棚を眺める。
しかし中にいた女性──本居小鈴が怪訝な顔を向けていた。
「……ごめんなさい、お客さん。以前に来たこと、ありましたっけ?」
「…………いや、ない」
彼は即答し、何冊かの資料を手に取る。妖怪とその弱点の特集本、幻想郷の地図、にとりの記録など。
小鈴はわずかに眉をひそめながらも、本を黙って彼に差し出した。
---
里の休憩所。
椅子に座って本を開く彼。だが背後から、声。
「なあ……お前、どこの村の出身だ?」
振り向くと、複数の里人が立っていた。
その表情には、明らかに警戒と不審が混じっていた。
「前からここにいたか? いや、絶対いなかったよな?」
彼は視線を合わせない。
内部で、小さく警報音のようなノイズが走った。
「……“観察対象に不信感発生”。」
彼はかすかに呟いた。
(早急に、カラクリとの再接続が必要か)
そのまま本を閉じ、席を立つ。
「お、おい待てよ! 名前くらい──」
だが彼は答えず、通りを抜けてその場を離れていった。
里人たちの疑念が、その背に突き刺さる。
---
路地裏。
壁にもたれ、目を閉じる。
「……存在感制御装置。損壊率:78%。再起動、失敗」
携帯端末が無感情に告げる。
「=/ 悪くない」
口の端だけがわずかに持ち上がる。
「このまま、観察を続けるのは……難しいかもしれないな」
だが彼の目は冷えていた。
どこか“楽しんでいる”ようにも見えた。
---
彼の姿は、次第に幻想郷の住人の記憶に焼き付いていく。
これまでは、風のように。
今からは、“影”として。
そして──
彼の足は、再び旧都方面へと向かっていった。




