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09.縁談

ルスランと別れてから2か月が過ぎた。


王都に戻ってからの日々は、それまでと変わらないものだった。

アンナとともに食事の用意をして家を整え、個人教師の仕事に出向き、祖母とゆったりした時間を過ごす。


粛々と暮らしていくうちに、ルスランのことも忘れていくだろう。


ミシェルがそう思えば思うほど、あの日別れ際に抱きしめられた感覚がまざまざと思い起こされた。

けれども、それはどうにもならないことだと自分に言い聞かせるしかなかった。

 


一方、イルゼは孫娘の元気がないことを心配していた。

さりげなく聞き出そうとしても

「大丈夫です。」

「少し疲れが溜まっているのかもしれません。」

と笑うばかり。


イスカでいい人ができたのだろうということは、ミシェルが肌身離さず身に着けているネックレスを見ればわかった。

気持ちが通じ合ったり、先の約束があるのなら、今頃ミシェルが思いつめた顔をしているはずはないのだ。


おそらくミシェルは、想い人と別れて、ひとりで生きていく決意をしたのだろう。

仕事を増やそうとしている様子から、イルゼはそう推測してためいきをついた。


自分は想い人と結ばれることはなく、政略結婚の駒となった。

娘は親の決めた結婚相手を拒否して、好きな相手と駆け落ちをした。

孫のミシェルだけは本当に幸せになって欲しいのに。


「ままならないものね、ルネ。」

イルゼはひとり呟いた。


 

「以前話していた甥のパトリックのことだけど、もう一度考えてくれないだろうか?」


晩餐を囲みながら、家長のロジェ・アルトーはミシェルにそう尋ねた。


その日、ミシェルは家庭教師先のアルトー商会で夕食をご馳走になっていた。

12歳の教え子マリアンヌの必死の誘いを振り切れなかったのだ。


こういう席で縁談を持ち出されるのはこれが初めてではない。

その度にやんわりと断ってきたが、アルトーはひかえめながらも諦めきれない、といった様子で甥の近況をミシェルに聞かせた。


アルトーの話には身内びいきも含まれているだろうが、それを差し引いても甥のパトリックは自分にはもったいないくらいの好青年だとミシェルは思った。


才覚溢れる経営手腕に似合わず、非常に穏やかで人格者のアルトーの親族というだけでも評価が高かった。

生涯一人で生きていくことを決意していたミシェルが、どれだけ話を聞いたところで断ることに変わりはない。

でも以前だったら「自分には過ぎたお話ですので。」とやんわり線を引いていた。


今、心に思い浮かぶのは陽だまりのように温かく笑うルスランの顔だった。


ミシェルは音を立てずにナイフとフォークを置いて、アルトー夫妻をまっすぐ見つめた。


「ありがたいお話ですが、忘れられない方がいますので、どなたと結婚するつもりもないのです。」


まあ、という夫人の感嘆の声に続いて、アルトーも驚いた。

「立ち入ったことを聞くようですが、その人と結婚する予定は?」


ミシェルは困ったように笑いながら、無言で首を横に振るだけだった。


「…そうですか。もったいないお話だと決まり文句で断られるなら、外堀から埋めていこうと思っていたのですが。まさかそんな本心を聞かせていただけるとは。これでは我々の出る幕はないようですね。いや申し訳ない。」


「こちらこそ、せっかく素晴らしいお話を紹介してくださったのに申し訳ありません。」


ミシェルは家庭教師として申し分のない女性だとアルトー夫妻は常々思っていた。

この頃、娘のアンナはミシェル先生のようになりたいと、マナーやダンスの勉強にもよりいっそう身が入るようになった。


美しい容姿や伯爵家にルーツがあることを鼻にかけることもなく、ただ子どもたちのために何が最善かを尽くしてくれる聡明な女性。


もう貴族ではないのなら、ある程度結婚の自由だってあるはずだ。

彼女を妻に迎えたい男なんて、王都に山といるというのに。そんなミシェルが、なぜ幸せになれないのだろう。


夫妻はなにか彼女の力になれることがあればいいのにと思ったが、ミシェルは穏やかに笑いながら隣席のアンナの話に相槌を打つだけだった。

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