表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9

炎の進化と瞳の神秘

 3か月前、都内某所。

 赤も青も光の付かない交差点、そのど真ん中で木刀を構える女が一人、息も絶え絶えに歩いていた。元は麗しい赤と白の錦の髪色が、今は焼け焦げ煤を交え、触れるだけで血が出そうなほど硬く、軋んでいた。その女の整った顔に、滲むような火傷の跡がじわじわと広がっていく。

 そしてその女――高峰綾奈――に向かって拳に火を纏う男が2人、同時に殴りかかる。しかし、

「ぐっ!!」

「がはっ!!」

 その拳が届く前に、高峰の振るった刀が2人を一斉に跳ね飛ばす。アスファルトに転がり、痛みに悶える男たちを飛び超えてまた別の男たちが向かっていく。

 高峰の赤い瞳に、屍の山が映る。視界が揺れているのは蜃気楼の所為か、はたまた疲労の所為か。人も道も地面も燃え盛っているこの景色は、少なくとも見間違いではない。高峰は短い息を深く吐いて、視線を正面に据える。その先には元気な男たちが、悪を討たんといきり立っていた。

 高峰の後方には幾百人の男たちが倒れこんでいる。全く反応を示さないものもいれば、ぶつぶつと呻いているものもいる。この数時間、全く同じ光景が繰り返されてきた。複数人が高峰を襲い、返り討ちに遭ってはべつの男たちが向かっていく。その繰り返し。

「……どいて…そこを………通して」

 高峰はいまだ一撃も喰らっていない。しかし、長時間の戦闘、繰り返し浴びせられる熱波によってその身体は限界を迎えていた。

「あと少しだ!!数で押し切れ!!」

「拳を燃やせ!!!悪を討て!!!」

 息を切らした高峰の姿を見て、男たちのボルテージが上がる。文字通り、熱に浮かされている状態だった。

 再び、男たちが喜び勇んで高峰へと襲い掛かっていく。今度は2人ではなく、5人同時。申し合わせたかのようにその息はぴったりだった。

「いいから…………どいて!!」

 高峰は空を裂く勢いで刀を横に振るった。あわよくば5人同時に、そうでなくとも返す刀で打ち漏らしを始末する予定だった。しかし、

 ――ギィィン――

「っ!?」

 その刀は硬い何かに引っかかり、振り切ることなく封じられた。一人の男が鉄パイプを縦に構え、衝撃に備えていたのである。腕が痺れる感覚、不覚を取られた高峰は同時に振り下ろされた4つの拳を捌ききれず、初めての打撃を喰らう。

 体勢を崩した高峰に、男たちは勝利を確信する。

 「今だ!!畳みかけろ!!」

 時間にして4秒間、その間に十数発の拳、蹴りが高峰を襲った。1人は木刀を奪い、1人は鉄パイプを振りかざし、1人は一撃を貯め、残る二人はがむしゃらに暴力を振るった。

「これで終わりだ!!!」

 拳に炎を貯めていた1人が、燃え盛る拳で高峰の顔面を捉え、派手な血しぶきが舞い――

「あ……ああ?……ああああああああ!!!!!!」

 しかし痛みに号哭したのは殴った側。男は齧られた自身の拳を眺め、痛みと恐怖に絶叫した。

「いてぇ!!いてぇ!!手が、手がああああああ――ごふっ!!?」

 高峰の蹴りが叫ぶ男の顎を捉え、悲鳴が途絶える。

「てめ――――」

 何かを言いかけた時には既に、顔面を殴りつけられていた。瞬きの合間に2人が倒れ、3対1の構図。うち二人が怯んで立ちすくむ中、木刀を奪った1人が切りかかる。

がむしゃらに振るわれた刀はしかし、平然と掴まれ威力を失う。

「な――うおっ!?」

 そのまま強い力で刀を引っ張られ、男は吸い寄せられるように高峰の元へ。そして拳の一撃が男の鼻っ面を叩き、口を縛っていない水風船のごとく、液体をまき散らして吹き飛んだ。

 一瞬の出来事に怯える男。その正面に、頭から血を流して尚倒れない高峰が、虚ろな目を浮かべていた。そのさらに向こうから、鉄パイプを振りかざした男が飛びかかっていく。

 怯えていた男は、再びいやらしい笑みを口元に張り付けた。だが、すぐに怯えた表情へと戻る。

 高峰は自身の脇を通して、木刀を後ろに突き上げていた。その切っ先が鉄パイプ男の鳩尾を捉え、声を漏らすこともなくその場に倒れこんだ。

 「ば、ばけものがぁ!!」

 残った一人の男は、尻もちをついたまま後ずさる。高峰は、後を追う。男は四つん這いになり、カエルのようにように逃げまどう。

「ひ、ひいいぃ――ぅあ……?」

 その男の眼前に、黒いズボンが現れた。光沢のある靴に、折り目のぴっしりとしたスーツ。巨木を思わせる二対の足に、山のように大きな肩幅を、ゆったりと包む黒いジャケット。ぴっちりと分けられた頭髪に、濃い眉毛の下に伸びる吊り目。反り立つ鼻が自信をのぞかせる、その男の名は――

「か、かか、かやまさん!!!」

 九死に一生を得たと言わんばかりに、大声を上げる。

「まったく、恐ろしい話だ。私はね、慎重に慎重を重ねる男なんだ」

 加山は足に引っ付いた男を払いのけ、遠くを見据えた。

「私がここに来る頃には、既に君が倒れている予定だったのだが……」

 加山の視界に、男たちの屍が映る。

「よもや返り討ちに遭っているとは。情けない」

「かやま……ああ、あなたが……」

 うわ言のように呟いた高峰の視界に映る、加山たけるの姿。血なまぐさい戦場に似つかわしくないスーツを着込み、皮膚が焼けるような灼熱の中に立って、涼し気な表情を浮かべている。

「おや、わたくしの事をご存じで?」

 加山はアメリカ人を思わせる大袈裟なジェスチャーを携え、高峰へと近寄っていく。木刀を支えに何とか立っている高峰を見下ろす構図になった。

「あなたに……言いたいことが……あって……」

「ほう、何でしょう」

 吊り目をさらに細め、興味深そうに高峰の言葉を待った。

「単純で、難しいこと……。あなたにしか、できない……」

 息も絶え絶えに高峰は言葉を綴る。やっとの思いで顔を上げ、加山の視線を下から見据える。

「越者を……解放して…!」

 様々な思いが、高峰の胸中に渦巻いていた。言いたいこと、伝えたいこと、聞きたいことが噴水のように湧き上がる頭で、たった一つ。今、自身が伝えられる最適な言葉を選んだ。痛みや怒り、不満や後悔と言った負の感情を押し殺して、未来のために、みんなのために、その一言に願いを込めて。

 ――しかし、加山の心には何一つ届かない。

「それだけですか?」

 加山は右腕の腕時計に視線を落とし、時間の無駄だと言わんばかりにため息を吐いた。

「君は何一つ分かっちゃいない。口を開けば解放だの命だの道徳だの人権だのと……。猿の一つ覚えにもほどがある」

 加山はありったけの侮蔑の目を高峰に向けた。

「繋留者、だっけ?我々の躍進を阻む臆病者の集団。君たちはね、進化を恐れているだけだ。太古の昔に魚類が地上に進出したように、サルがヒトになったように、生物は進化を遂げていくものなんだよ。そしてその進化に適応できなかったものは滅んでいく。簡単な話じゃあないか。今がまさにその転換期だ」

「あなたたちの変化は、進化じゃない……。ただの、改造だよ」

「捉え方の問題かな?君たちはそうして変化を拒む。不変であろうとする。人間は停滞を望む、現状維持を過大評価する。この国は衰退した。発展途上国と先進国。日本は先進国でありながら、誰一人として満たされた者がいない。なぜだかわかるかい?変化を拒んだからだ。進化に適応できなかったからだ」

 満足げな表情を浮かべた加山は、ゆっくりと右手を高峰に向けてかざした。

「今から君に、私の神秘をお見せしよう」

「神秘……?」

「そう、神秘だ。進化が獲得した、次元を超えた現象。それを君は、その身をもって目の当たりにできる、幸運な人間なのだよ」

 高峰に向けてかざされた手に、炎が渦を巻いて形を成し始めていた。

「これは……」

「異能の真骨頂。よくあるだろう?バトル漫画にはお決まりの、魔法攻撃だよ」

 言い終えると同時、一際まばゆい光を纏った炎球がゆらゆらと放たれた。そして――

「――死を乗り越え、生命の柵から解き放たれた我が肉体。正しき世を照らし永劫の命猛る、炎の柱とならん」

 炎球が高峰に着弾した直後、天を衝く勢いの炎柱が立ち上った。その勢いは技を放った本人すら後退させ、近くにいた手下の男たちは軽々と吹っ飛び、ある者たちは乱立するビルの中段へと激突していった。炎を纏ったハリケーンが、まるでスケート選手を真似ているかのようにその場にとどまり、すべてを巻き込まんとばかりに高速回転をつづけた。

「お……おお………おおおお!!!…なんて……なんて美しい炎なんだ!私は今、生きている!!猛烈に、命を、燃やしている!!!これこそが神秘、これこそが名誉!!!!私は今!!!!ここに――」

 大きく腕を広げ、高々と自己陶酔を始めた加山はその瞬間、心臓が痺れるほどの痛烈な違和を感じ取った。すぐさま振り向く加山が感じ取った、痛覚が働くほどの違和、その正体。それは高峰がぶつけた、澄み切った殺意だった。

「――ばかなっ!!??」

 加山の目に、高峰の姿が映った。その生物はすでに、人間と認識できるほどの様相を保っていなかった。顔面の半分以上は炭と化して、吹きすさぶ強風にぼろぼろと崩れてさえいた。

 しかし、唯一無傷――に見える――片方の赤い瞳が、たしかに加山を戦慄させた。高峰の振るう刀が、加山の首を狙っていた。

 加山は硬直し、ガードの体勢を取る動きすらできなかった。

 真っ黒に焦げた手に握られた真っ黒な刀が、加山の首筋に触れた。

 

 獅子のように滾る赤い瞳と、縮こまる濁った瞳が交差した。

 

 加山はヒュッと息をのみ、無意味を自覚しながら目をつぶった。

 

 ――神経を剥がれたような鈍痛が、加山の脳内を駆けた。

 

 死神の振るう鎌が首にかかる感触を、加山は長い時間味わった。

 

 だが、意識がなくなることは終ぞなかった。

 

 加山は目を開けた。正面に、あの瞳はもうない。恐怖を刻み込んだ忌まわしき赤い瞳は、そこになかった。

 その生物は、加山より先に地面に伏していた。その姿に、加山は2度驚く。

 高峰には、片足がなかった。左足は焼き切れているのか、灰すら残っていない。

 そして、高峰は刀を持っていなかった。倒れた衝撃で崩れた手の個所には、黒ずんだ炭のような物質が積もっているだけだった。

 加山は自身の首に触れた。

「……ぃっ!!」

 傷口に触れ、神経を刺激した痛みがあった。触れた指先に血がついた。

「……なん……なんだ……なんなんだ今のは……!……私は……っ!?」

 加山は歩き出そうとして、尻もちをついた。感覚が遮断されたように、足が固まって動かなかった。

「ありえない……ありえないありえない!!この私が!!……こんな劣等種族に怯えるなど……あっていいはずがない!」

 加山は大声を張り、高峰だった()()を睨んだ。

 ――直後に、赤い瞳が脳裏をよぎる。

 ヒュッ、と息が漏れた。加山の瞳に涙がにじんだ。生まれたての小鹿のように4つんばいになり、その場から逃げ出した。

 高峰の魂は灰になって尚、加山の心を威圧した。

 景色一帯を燃やし尽くしていた炎柱もやがて収まり、その場には200を超える男の屍と高峰の遺体、そして瓦礫と炭だけが残った。

 高峰の遺体が回収されるまでの約5時間の間、誰一人その場に近づいた者はいなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ