表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

既視感、距離感、第六感。

高峰綾奈に死越細胞が打ち込まれてから3日後、水無月と氷銀は施設周辺のパトロールに当たっていた。

「つっても、もう人の気配すらしないな」

「……星奈が初日からとばすからでしょ」

「ああ?あんだけ越者が暴れてりゃあ、ぶっとばすだろ」

「とばすって言うのは、何ていうか……。最初から全力、みたいな意味です」

「千早お前、手ぇ抜いてたのか!?」

「いや、何でもない。手は抜いてない」

「ふーん、ならいいけど。な!今日はちょっと遠出しようぜ!いいだろ?」

「え、まあ別にいいけど…」

「っしゃあ!!んじゃ走ろうぜ!!」

「いやぁ走らなくても……あ、ちょ、待って!!」

 爆速で街中を駆けていく水無月。まるで疲れ知らずなのか、彼女が息切れしている姿を見たことがない。味方としては心強い限りなのだが、一緒に行動するとなると苦しいものがある。

 あの日、高峰綾奈を復活させると決めた日から、水無月は思うがまま暴れまわっている。といっても悪い意味ではなく、施設周辺にいた荒くれ者たちを片っ端から制圧していたのである。強盗中の越者をぶっとばしたり、ひったくり犯をぶっとばしたり、煽り運転車両をぶっとばしたり、戦闘中の越者たちをまとめてぶっとばしたり……。おかげでここら一帯はかなり静かな町になった。水無月がいることで他の越者達は逃げ果せて、一般市民が1人で買い物している姿も見られるようになった。少し前の惨状では考えられなかったことだ。

「おーい、遅えぞ千早ー!!なまってんじゃねーのー!?」

「ほっといてくれーー!!」

「えー!?なんてー!?」

「ほっといて!!くれーーー!!」

「あーー!?聞こえねーーー!!!」

「だから、あの、止ま、止まれぇぇぇ!!!!」

 聞こえないと言いつつ距離が開いていくため、一向に会話が成り立たない。ようやく追い付いたのは、水無月が長めの赤信号に引っかかってくれた時だった。

「おっせぇなぁ千早。昔はそんなことなかったろ」

「もう……いいんだ……昔の……ことは……!」

 荒れた呼吸が整い始めたころ、信号が青に変わる。

「あたしまだあっちの方角に行ったことないんだよ」

「ああ、たしかに――」

 その時、どこからか視線を感じた。すぐ近く、そこにいる誰かから。不思議なことに全く不快感はなく、むしろ温かい気持ちが湧いた。

「ん、どーした千早」

 横断歩道上で氷銀は足を止めた。そしてもう一人、氷銀の視線の先、右斜め前に位置する女性も同時に立ち止まった。2人は見つめ合ったまま動きを止めた。

「お、おいどうした、信号変わっちまうって」

 信号が点滅を始めた。

「あ、あの……おかしなこと、聞きますけど、どこかでお会いしませんでしたか……?」

 氷銀は自分で言って、自分で驚いた。いつもなら勘違いだと無視する感情が、なぜか今だけは無視することが出来なかった。そして――

「私も、同じこと、思いました……」

 斜向かいの女性もまた、氷銀と同じ表情をしていた。

「な、なあ信号変わるって!とりあえず渡ろう、な!?」

 信号が赤に変わり、クラクションが鳴らされ始めた。

「でも、思い出せない……あなたは――がっ!?」

「うあっ!?」

 なおも会話を止めようとしない2人を、水無月は強引に引っ張った。

「横断歩道で見つめ合うんじゃねえ!!迷惑だろうが!!」

「待ってくれ星奈!!何か、大事な記憶を思い出せそうな気がする!!」

「すみません!!私もなんです!!」

「だとしてもここじゃねえだろ!――お、ちょうどいいとこに喫茶店があるじゃねーか!」

 水無月は2人を引きずったまま喫茶店に入った。店内は比較的空いており、奥側のテーブル席に案内された。周りに他の客がいる様子もなく、3人で話をするにはうってつけの場所だった。

「いてて……すみません、うちの星奈が乱暴で」

「いえいえ……私は頑丈ですから」

「……そこじゃねえだろ」

 水無月は紅茶を、氷銀と女性はホットココアを注文した。

「いきなり引きずったりして悪かったな。あたしは星奈、水無月星奈だ。よろしく」

「よろしくお願いします!えと、空音です。空音、ゆかっていいます!」

「僕は千早です。氷銀、千早。いきなり引きずらせてごめんなさい」

「大丈夫です!健康体なので!」

「こいつら……」

 ひとしきり自己紹介を終えたところで、水無月が口を開く。

 「それで?何が起きたら横断歩道で見つめ合う事になるんだ?」

 水無月は頬杖を突きながら2人の顔を見比べた。

「それが、僕にもよくわかんなくて………」

 氷銀はもう一度女性の顔を見た。頭に着けたカチューシャに倣うように白い髪が靡き、その毛先は仄かに青味掛かっている。垂れ目気味の瞳は深紫色に彩られ、吸いこまれそうなほど煌びやかだった。

「わたしも不思議な感覚で……よくわかりません」

「なんだそりゃ……そういや千早さっき、どこかで会った気がする、みたいなこと言ってなかったか?」

「ああ、そんな気がして……でも」

「ありえねーな」

 きっぱりと言いきった水無月に、空音が怪訝な表情を浮かべる。

「あの、どうしてそう言い切れるんですか?」

「あたしらの境遇は特殊でな、物心ついたころには一般社会とは断絶されてたんだよ。あんたは普通に生きてきた身だろ?」

「普通に……まあ、そうですね、義務教育を終えて、高校にも通いました」

「だろ?こっちは幼稚園にも通ったことが無いからな」

「え!!」

「代わりに特殊な施設で10数年過ごした。数えたことないから、自分の年がいくつかも分かんねえ」

「それは、特殊ですね……」

「一応秘密機関で育ってるから、施設外の人間とは関わるはずがないんだ」

「そう、ですか……」

「たぁだぁし!!」

 水無月は氷銀と乱暴に肩を組んだ。そして人差し指で氷銀の頬をドリルの要領でつつく。

「こいつだけは施設を逃げ出した空白の5年間がある。その間に遭ってるんだとしたら、話は別だ」

「5年間……ですか」

「ああ。だとしても覚えてないのはおかしいけどな」

「たしかにそうですね……」

 女性の視線が氷銀に向けられる。

「逃げ出したんですか?」

「まあね……色々こじらせまして」

「そういうことも、ありますよね!」

「え、うん、そうかも…?」

「そうですよ!」

 拳を握って元気づける空音に、氷銀は照れ臭そうに頭を掻いた。その様子を、水無月はつまらなそうに眺め、

「なんか、千早が弱くなった理由が分かった気がする」

 と呟いた。

「弱くなった?」

「いや、なんでもねえ。それより2人の違和感は勘違いってことでいいのか?それならさっさと茶飲んで出たいんだけど」

「ちょ、ちょっと待ってください!やっぱり気になるんです、氷銀さんの事」

「気になるってなんか……大胆だな」

「僕も、他人だとは思えない」

「千早は乗っかってるだけじゃないよな?」

 水無月を除く2人は再度見つめあう。謎に顔に力を入れて、お互いの顔を凝視する。

「なあ……そんなに睨んで何もないなら、なんもねーんだろ。何か、根拠とかあんのか?」

「温人君を思い出したんです」

「はるとくん?」

「あたたかいひと、で温人です。わたしの友達で、急にいなくなっちゃったんです」

「行方不明ってやつか……もしかして今も?」

「はい……」

 氷銀と水無月は顔を見合わせた。

「そんなに似てんのか、千早と温人ってやつは」

 空音は首を振った。

「いえ、全然似てないです。だから驚いたんです……横断歩道ですれ違ったとき、温人がいるような気がしたことに」

「ふーん、だってよ千早、残念だったな」

「別に残念では……。その温人って人は同じ学校の人?」

「はい、幼馴染で幼稚園からずっと一緒でした」

「だったら尚更関係ないように思えるけどな」

「そう、ですよね……温人は一人っ子でしたし、いとこもいないはずです」

 水無月は前髪をかき上げ、しかめっ面をした。

「それじゃあいよいよ無関係じゃねーか。まあ、ゆかの感覚は人違いだったとして、千早。お前は?誰か思い出しのか?」

「いやぁそれが……空音さんの顔を見た瞬間に、空音さんを思い出した、というか」

 水無月の顔が曇る。

「何言ってんだお前」

「僕もよく分からないんだけど、そんな感じ……」

 その後、数十分ほど会話を続けたが、結局2人が覚えた違和感の正体ははっきりしなかった。

「ま、偶然が重なったってことだろ」

 水無月のこの発言を最後に、3人はカフェを後にした。

「飲み物一杯だけで随分長居しちゃったな」

「そうですね…何かスイーツでも頼むべきだったでしょうか」

「別にいいだろ。気になるならまた来ればいいだけだ」

 何気ない発言に、空音は瞳を輝かせた。

「そ、そうですよね!!また来ればいいですよね!!」

 空音は提げていたバッグの中を意気揚々と探り、スマホを取り出した。

「あの、良ければ連絡先教えてください!何か思い出したら、いえ、そうでなくてもまた会えるように!」」

 名案とばかりにトーンを上げた空音。しかし、水無月と氷銀は困ったように顔を見合わせた。

「申し訳ないけど、僕らに携帯は与えられてないんだ」

「え……携帯、持ってないんですか?」

「ああ。本来なら一般人と接触すること自体タブーなんだ。今は外がこんなだし、律儀に守ってねーけど」

「そう、だったんですか……」

 がっくりと肩を落とした空音を見て、氷銀は慌てた。

「で、でもしばらくは近くにいるし、その、偶然会うこともきっとあるはず……ね!せな!」

「そんな頻繁に接触してたら、空音の方に迷惑がかかっちまうぞ」

「あ、そうか……」

「迷惑……?」

「あたしらは国に極秘で雇われてる身だからな。あたしらに関する情報はすべて国が管理してる。そこに異分子の空音が関わって来れば、お偉いさんの調査が空音の家にまで及ぶ」

「でも、それくらいなら私――」

「だけじゃない」

「え?」

「あたしらは真っ向から越者たちと対立してる。奴らにとっての脅威、宿敵、攻撃対象そのものと言っていい。今頃、あたしらを殺すための計画があちこちで生まれてる頃だろうぜ。そんな中、一般人の空音があたしらと親しい人物だと知られたらどうなるか、分かるよな」

 考えうる最悪のケース。越者は基本、氷銀や水無月と言った戦闘のエリートに歯が立たない。だが、一般人の空音には負ける要素がない。仲間を拘束された腹いせに空音を襲う、あるいは人質に取ってくる可能性もある。水無月は何としてもその状況だけは避けたかった。

「言われてみれば、その通りだな……」

 氷銀は肩を落とし、落胆を露にした。

「千早、お前は把握してなきゃおかしいぞ」

 やがて空音がゆっくりと顔を上げた。

「すみません…そんな大変な立場だとは分からなくて……」

「はは、そりゃ分かるわけねーよ。まあでも、久しぶりに外の人と話ができてあたしは楽しかったよ」

「それは私も!……楽しかったです、ほんとうに」

 寂し気に視線を落とす空音。そんな彼女を見て、水無月は微笑んだ。

「そっか。ほら千早も、いつまで項垂れてんだ。しっかりしろ」

 氷銀は髪の毛を乱暴に掴み上げられ、ようやく顔を上げた。

「ああ……あの、またどこかでお会いしたら……きっと、何か伝えられると、思います……」

「大丈夫かお前。意味わかんねーぞ」

 しかし空音の表情は明るくなった。

「そうですよね!私も何か、思い出せそうな気がします。……お仕事、頑張ってくださいね!」

「おう!ありがとな!」

「……お元気で」

 片手を上げて去っていく水無月と、名残惜しそうに歩き出した氷銀。その双方が遠ざかる姿を眺め、

「きっとまた、会えますよね……温人君……」

 と、小さく呟いた。微かに震える唇に、流れた涙を自覚しながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ