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繋留者、1名、越者化

「正直、死越細胞を使わない手はないと思ってる。3人のうち、誰かは生き返らせる」

 氷銀は言葉を一つ一つ、選ぶように呟いた。

「あたしにできることは、何だってするつもりだ...。だから、その、考えすぎないようにな」

 重荷を背負わせている罪悪感からか、水無月の発言は逃げ腰になっていた。

「でも…...」と氷銀が言葉を区切る。

「この細胞で蘇らせるってことは、人間であることを辞めてもらうってことだ……」

「それも、自分の意思じゃなくて他人の意思でね」

 氷銀と水無月、そして黒野の3人は昨日と同じ部屋に集合し、神妙な面持ちで話し合っていた。

「ちなみに伝えておくと、綾奈ちゃんは焼死、黒奈ちゃんは溺死、楓ちゃんは感電死だよ」

 重苦しい空気の中、黒野の非情にも聞こえる説明が響く。

「要するに、綾奈は炎使い、黒奈は水使い、楓は電気使いになる可能性が高いってわけか」

「そう考えるとRPGの相方選びみたいでわくわくするね!」

 不謹慎な発言に、水無月と氷銀の目つきが険しくなる。

「マスター……余計な気を遣おうとしてるなら、必要ないよ」

「ありゃ、ごめんね?」

 水無月の発言を受け、黒野は口をチャックする仕草をした。

「でも、言い得て妙だな。俺らがやろうとしてんのは、そういうことだろ」

 吐き捨てるような氷銀の台詞に、水無月が俯く。

「この中の誰が一番、生き返ったことを喜んでくれるか……違うな」

 氷銀は首を傾げた後、意を決したように視線を正面に据えた。

「この中の誰なら、俺たちの最低な行為を受け入れてくれるか、だな」

「そう、だな……。選ばれなかった残りの2人に、どう顔向けしていいのかわかんねえ……」

 重く、淀んでいく空気の中、再び黒野が明るい声を出した。

「そう悲観的に考えなくていいんじゃない?だって、死んだと思ったら、なぜか生き返れたんだよ?生きて、かつての友達とまた会える。死ぬ前には会えなかった人に、生き返った後に会えたりさ!そ、例えば千早君とかね!」

 裏返しにした人差し指で氷銀を指さす黒野。場違いなほど甲高い声は、しかし氷銀たちの心を軽くした。

「そういう面も、あるにはあるけど……」

「選ばれなかった2人がさぁ、選ばれなかったことを恨むと思う?そんな子たちだったっけ?綾奈ちゃんも楓ちゃんも黒奈ちゃんも。日奈はそう思わなかったけどなー」

「マスター……」

 両手を後ろ手に汲み、ゆらゆらと歩き出す黒野。

「たしかに生き返った1人が重たい業を背負うのは事実かもねー。でもその判断を下さなきゃいけない千早くんたちも、充分辛い立場だと思うよ?全員が全員、何かしらの罪悪感に苛まれてる。生き残れなくて力になれないと感じる2人。自分だけが生き返ったと負い目を感じる1人。その1人を生み出した2人……」

 だよね?と振り返る黒野に、氷銀と水無月は力なく頷く。

「罪悪感ってさ、相手を思いやるから生まれる心であって……なんていうか、すごく人間的だよね!だからこんなに仲間意識が強いし、黒奈ちゃん達も命をかけて戦えたんだろうな、って思うよ」

「……マスター?」

「でもさぁ1人だけ命がけしてない人物がいます。気づいてる?ここに、安全圏から情報を伝えるだけの、指揮官気取りのクソ野郎がいるってこと」

「なに、言ってんだ……?」

 すると黒野は、氷銀のすぐ傍まで近づいた。上目遣いに氷銀の手元を指さしながら、

「それ、渡してくれる?」

 今までで最も明るい声を出した。

「え……これ、死越細胞の事、か?」

「そ!日奈が独断で決めま――」

 直後、凄まじい速度でカプセルが氷銀の手元から消える。

「この……ばかぁ!!そんな重荷、マスターに負わせられるかぁぁぁ!!」

 乱暴にカプセルを握っているのは水無月。目尻に涙を浮かべ、キョトンとする黒野に詰め寄った。

「いっつも無神経なふりして辛い役回りばっかり引き受けて……ちょっとは自分の気持ちも大切に―――」

 そこまで言いかけたところで、水無月は何かに気付いたように口を閉ざした。

 氷銀もまた水無月と同じ思考に至り、ただ一点、黒野の顔を見つめていた。

 黒野はその言葉を待っていたとばかりに、相好を崩した。

「……そーだよね。星奈は良い子だから、気づくと思った。逆に、こうでもしないと気づかないとも言えるんだけどね」

 黒野は姿勢を正し、微笑を湛えて言った。

「今、星奈が日奈に対して怒ったみたいに、人の善意は伝わるもんだよ。例え言葉で取り繕っても、表情で蓋をしても、行動でごまかしても。自分が矢面に立って傷つくより、自分を庇った誰かが苦しむ方が辛いんだよ。それと同じでさ、死越細胞を誰に使ったとしても君らは絶対にお互いの立場を同情し合う。どんな選択をしようと、どんな結末を迎えようと」

 その言葉を聞き、水無月はばつが悪そうに下を向いた。その水無月から、氷銀がカプセルをゆっくりと取り返す。

「……一緒に苦しんでもらおうって、そんな身勝手が許されるのかな」

「かつての仲間を、仇敵である越者にしてまで蘇らせること。その覚悟を綾奈ちゃんたちは喜んでくれるんじゃないかな。一緒に苦しむなんて、思わないよ。千早君が横に居て、星奈ちゃんがその手を離さない限り」

 地獄から解放された人を、再び奈落に呼び戻すような行為だと、氷銀は考えている。異能を扱う化け物と生身で戦う悍ましい世界へ連れ戻す。それも、”死”という人生最大の恐怖を味わったであろう仲間に対して。

 しかしそれは当人たちの捉え方次第だと、黒野は言う。

「星奈はどう思う?さっき自分で口走った内容が、まんまブーメランになってること、気づいたでしょ?」

 ――無神経なふりをして、辛い役回りばっかり引き受けて、自分の気持ちも大切にしろ

 決断できない2人の身代わりになろうとする黒野に対して感じたことだ。しかし、その黒野を制して自分がその役を買って出るなら、それは自分自身にも言えることになる。

「あたしはもう……よくわかんねぇ……。生き返らせてまた会いたいって思うのが人なのか、休ませてやるのが人なのか……結局、どれを選んでも、エゴなんじゃねーかな……」

 目頭を押さえ、頭痛にこらえるような仕草を見せる水無月。そんな彼女の頭を黒野は優しく撫で、その体勢のまま、今度は氷銀へと顔を向ける。

「千早くんはどう思う?」

「俺は………」

 氷銀は唾を飲み込み、息を整えた。

「俺は、やっぱりあいつらに会いたい……。倫理に反する行為だとしても、それは俺たちにとっては当たり前にしてきたことで……必要な決断だったんだって、信じたい、かな……」

 黒野は満足そうにうなずいた。

「よし!じゃあもっとシンプルに考えよっか!」

 突如張りのある声を挙げた黒野。驚きと戸惑いの視線が向けられる。

「結局、2人ともあの子たちには会いたいんだよね?」

「……うん」

「……そりゃあ、そうだよ」

「だったらもう、欲求に従うしかないよ!どーせこれ以上考えたって同じだよ」

「い、いや、そんな言い方――」

「はい!じゃあ千早君、誰を生き返らせますか?」

「え、だから、それを、これから――」

「察しが悪いねー。決まるわけないでしょ?ついさっき――3人のうちだれかは生き返らせる――ってはっきり言ってたよね。でもその5分後、――そんな身勝手が許されんのかな――って。一度決断したことですら、実行できてないんだよ?」

 黒野の歯に衣着せぬ物言いに、氷銀だけでなく水無月も顔を顰めた。

「マスターそれは――」

「はい星奈!生き返らせるかどうか、今決めて?」

「う……急にそんなの、選べるかよ」

「おかしいなぁ。星奈もさっき――あたしにできることなら何だってする――って蘇生に賛同してたよね?あれはなに?ただの同調圧力?」

 水無月は唇をかんだ。自分の言葉を拾われて矛盾を突き付けられると、今更何を言っても薄っぺらいだけだ。

「難しく考えない!黒奈ちゃんでも、綾奈ちゃんでも、楓ちゃんでも、誰でもいいから会いたい!会って話がしたい!生き返ったら戦力も増える!そうでしょ?」

「それはそう、だけどさ……」

「じゃあとっておきの情報を1つ、教えてあげる」

 黒野は人差し指を立てて、可愛くウインクした。

「死越細胞は、今後も手に入る可能性があります」

 俯いていた水無月が、ばっと顔を上げる。

「それって……!」

「極端な話、細胞が三つあれば全員復活させるでしょ?今回は1つしかないから迷っちゃうけど、近々別の死越細胞を入手する予定です」

 氷銀たちを悩ませていた問題は大きく分けて二つ。1つ目が、本人の意思なく死者から蘇らせて良いのかどうか。ただしこれは、そこまで大きな問題ではないという結論が固まりつつある。齢17の少女たちが、何の未練もなくこの世を去ったとは思えないためだ。そして2つ目が、生き返らせるのは1人だけという制約。選ばれなかった2人の立場を思えば、簡単には決断できなかった。そしてこの問題も、黒野の発言によって解消される。

「それなら”誰が生き返るか”じゃなくて”誰から生き返るか”ってことになるな……」

「最終的にはみんなと会える……しかも、復活する3人は前よりも強くなる……!」

 氷銀と水無月は顔を見合わせ、その瞳を輝かせた。

「もちろん、3日4日で手に入る代物じゃあないけどさ。全員生き返らせるとしたら、少しは罪悪感も軽くなるんじゃない?」

 暗礁に乗り上げかけていた話が、徐々に目的地に近づきつつあった。だが氷銀は、新たな不満を黒野にぶつける。

「でもそれなら、何で最初にそう言ってくれなかったんだ?もっと早く言ってくれればこんなに悩むこともなかったのに」

 水無月もハイタッチの姿勢を戻し、たしかにと頷いた。

「随分ナーバスになっちまったよ。危うくあたしが越者に成るとか言い出す所だった」

 軽口も叩けるようになった2人を眺め、黒野は一息ついて話し出した。

「死越細胞を使うってこと、その重大さをちゃんと考えてほしかったからさ。自分の命を他人に好き勝手されるのは、普通じゃ許せないだろうし、認めたくもないはずだから。ま、それでちょっと意地悪しちゃったってワケだよ。ごめんね?」

 「性質悪いぜほんとに……」

 呆れのため息を零しつつも、ベロを出しておどける黒野を責める気にはなれなかった。

 「でもまあマスターのおかげで、責任の重さってのを理解できた気がするよ。ありがとう、マスター」

 「さっすがマスター。だてに歳重ねてねーよな」

 「星奈ぁ?もういっぺん言ってごらん?」

 やっべ、と零して千早の背に隠れる水無月。じりじりとにじりよるマスターの顔も、どこか晴れ晴れしているようだった。

 だが、依然として問題は残っている。

「結局、細胞を使うことが確定しただけで、誰に使うかって話は決まってねーんだよな」

 氷銀の言葉に、水無月の頬を引っ張っていた黒野が反応した。

「それなら、綾奈ちゃんがいいんじゃない?」

「あやな?」

「うん。いずれは全員生き返るとしても、最初に生き返る人はやっぱり怖いだろうし、罪悪感も少なからず感じると思う。それに、異能も使えちゃうわけだしね。そんな境遇に耐えられる鋼の精神を持ってるのは、綾奈ちゃんじゃないかなって、思ったの」

 氷銀は奥歯を噛んだ。そこに気付かない自分の迂闊さが情けなかった。氷銀は今まで、自分が周りにどう思われるか、しか考えてこなかった。生き返らされた人物がその時に何を思うか、まるで考えていない。今回のケースで言えば、誰が辛いか、誰が悪いか、誰の責任か、を考えるばかりで、人として気にすべき点を見逃していたことに気付いた。

「やっぱ、マスターはすごいな……。俺は、自分の事ばっかりで、そこまで気が回らなかったや……」

「ま、そんなもんだろ。気にすんなよ」

 頬が赤くなっている水無月が、乱暴に肩を組んだ。およそ男女間の距離とは思えない近さに顔があるが、既に氷銀は慣れている。

「あたしもマスターの意見にさんせー。綾奈なら、後から復活する黒奈たちの面倒まで見てくれそうだしな!」

「こーら。それは全員で背負う責任でしょ?逃げないのー」

 じっとりと睨む黒野の視線を、水無月は少年のような笑顔で受け止めた。

「それじゃ、まず生き返らせるのは綾奈、ってことでいいな」

 氷銀の最終確認の言葉に、水無月と黒野は首肯する。

 ――ようやく話が進んだな。そう、深く息を吐く一方で、氷銀は得体の知れない違和感を覚えていた。何か見落としているような、何かが潜んでいるような、そんな漠然とした不安が渦巻いていた。

「どーした?疲れちまったのか?」

 氷銀の僅かな表情の変化に気付いたの水無月。

「いや……まあ、そう、だな。考えすぎて、疲れたのかも」

 違和感の正体がはっきりしない以上、氷銀としてはそう答えるしかなかった。

「昼寝でもしてきたら?日奈が使ってる高級枕貸してあげようか?」

「それは大丈夫。まだ安心はできないし」

 ある意味尤も重要な問題が残っている。

「そうだね。99%生き返るとはいえ、1%の不安は残ってるもんね」

「なあ、その細胞ってどうやって使うんだ?飲ませりゃいいのか?」

 水無月が疑問を呈する。それに対し、黒野はジェスチャーを交えて答える。

「注射だよ。呑み込ませるとあんまり効果ないから」

「そっか……やっぱり腕から?」

「脳だけど」

 血の気が引いていく水無月の表情を見て、氷銀は慌てて話題を変えた。

「さ、細胞を打ち込んでからさ、何日くらいで目覚めるんだ?けっこー時間かかるのか?」

「どうかなー、大体1週間くらいかなぁ。綾奈ちゃんは損傷激しいから、もうちょっとかかるかも」

 損傷が激しい、そんな言葉を平然と語る黒野が、少し怖かった。

「とりあえず、その、注射はマスターに頼んでいいのかな。俺たちは、なにかすることは……」

「んーーーない!寝てるか、外でごろついてる悪越者をしばいてきてよ」

「おっけー任せろ!!」

「あ、おい星奈!!」

 逃げるように部屋を飛び出た水無月を追いかけようとした時、千早君、と呼び止められた。

「何だよマスター、今星奈が――」

「今度は1人にさせないであげてね」

 愁いを帯びた表情で、静かに零した。返答に窮して固まる氷銀に微笑むと、隠された奥の部屋へと消えていく。

「なんだよ、マスター……」

 廊下を駆ける水無月の足音が遠ざかる中、黒野が零した言葉がずっと耳の奥で鳴り響いていた。

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