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死越細胞研究所

――都内某所ーー

 のべ5万平方メートルを超える広大な敷地に、白一色に統一された巨大な建物がそびえたっている。もとは”越者”を造り出すために建てられた施設だったが、今日では”越者”に対して対策を講じる最前線の施設として機能している。

 その入り口に、氷銀と水無月は到着していた。

「新幹線が動いててよかった」

「だな。千早が券も買わずに改札通過しようとした時はビビったけどな」

「仕組みを忘れてた」

「知らなかったんだろ。まあ、あたしらは無賃乗車してもへーきだろうけどな」

「そうなの?」

「ああ、ほんっとなんも知らねーのな」

「ごめん…」

 睨む視線に耐え切れず、氷銀は目を逸らす。

 エントランスへ通じる扉には厳重なセキュリティが敷かれており、力づくで通ることはできない。関係者は扉横の壁についている機械にコードを打ち込み、静脈認証を通すことで通過できる。その際、センサーにて半径50m内のサーチが行われ、データにない人物がいた場合は開かない。

 水無月は慣れた手つきで数字を打ち込んでいく。すると数秒して鍵の外れる音が鳴り、重そうなゲートが素早く開いた。

「ほら、行くぞ」

 水無月に急かされ、氷銀はそそくさと後を追った。

 少し歩いたところで右手側に受付がある。そこではオペレーターが手元のPCに向かって、何やら忙しそうに作業に勤しんでいた。

 「おつかれ」と水無月が声をかけると、一瞥したあとすぐに業務に戻った、が、すぐにバッと顔を上げ立ち上がった。

 「み、みなづきさん!お疲れ様です!」

 「ご無事でしたか!」

 事務員は慌てて一礼し、驚きの表情を浮かべた。

 「まあな。それより今日はビッグゲストが来てるぜ?」

 水無月は両腕を大きく伸ばし、氷銀の存在をアピールした。氷銀は促されるまま軽く頭を下げた。

 「どうも、お久しぶりです」

 「…………」

 エントランスが静寂に包まれた。

 氷銀千早という男が戻ってきた衝撃、本物か偽物かという懐疑、違和感しかない言葉遣いによる混乱、硬直したオペレーターを他所に、

 「マスターに繋いでくれよ。水無月と、氷銀が来てるってさ」

 と、氷銀の頬をつっつきながら乱暴に肩を組んだ。

 

 2人が通されたのは、6階の応接室。扉を開けると、正面のロングテーブルを挟んで巨大なソファが6つ視界に入る。内装はモダンチックに統一され、大きな振り子時計が軽やかに音と時間を刻んでいる。

 水無月は向かって右側の、3つ並んだソファの真ん中に陣取り、脚を組んで寛ぎ始めた。テーブルの上に小さな菓子が沢山置いてあることに気付くと、その中の1つを掴んで千早に飛ばした。

「それ食ってみろよ、超まずいから」

「まずいもん渡すなよ」

 飛ばされた菓子を受け取った氷銀は、様々な角度から袋を眺めた。そのまま袋を開けようとしたが、何かを思い出したように手を止め、

 「……後で食べるよ」

 そう言ってポケットにしまった。理由を聞こうと思った水無月だったが、氷銀の頬の辺りが膨らんだり引っ込んだりしている事に気付き、

 「ああそっか。そういや吐血してたっけ」

 と、にやけ面を浮かべた。

 「鉄の味がする」

 氷銀は無気力に言葉を零すと、水無月の左隣のソファに腰を下ろした。

 それから数分後、応接室の扉を開いたのはマスター、ではなく別の男性職員。男は「研究員の広田です」と軽く会釈すると、「ご案内します」と白衣を翻しながら部屋の外へと歩き出した。水無月は氷銀の目を見て頷くと、広田の後を追った。

 長い廊下を黙々と進んでいくと、やがて鍵付き扉の前にたどり着いた。入口同様、今度は広田が壁の装置にコードと静脈を通し、ロックを解除した。開かれた扉の向こうに部屋は無く、代わりに大きめのエレベーターが設置されている。逆に言えば、エレベーター以外には何もない。2人が中に入ったことを確認すると、広田は内側から扉に鍵をかけた。

「どこに向かうんだ?」

 氷銀の質問に広田は振り返らずに答えた。

「地下研究室に向かいます」


 エレベーターが向かう先は地下深く、階層にして5階に位置するフロア。応接室とは打って変わって工場のような見た目だ。黄緑色の液体の詰まったタンクや、大蛇のようにうねる配管、触れるだけで感電しそうな機械があちこちに配置されていた。それらの器具を横目に見ながらまっすぐ進んでいくと、またもや扉が現れる。ここの扉はこれまでと様相が違い、扉そのものにセンサーやらロック解除装置やらが取り付けられている。

 施錠を外して扉を開ければ、迫力の割に物静かな電子音が鳴る。

 「マスター、お二人をお連れしました」

 広田に続いて中へ入った氷銀は、その奇妙な空間に圧倒された。研究室というにはあまりに殺風景で、床も壁も天井もただただ白い。部屋の中央に這うように位置する巨大な水槽のようなものを除いて、道具らしきものは何一つ存在しない。

 「ここは……なんだ?」

 思わず質問が飛び出てしまう。

 「あたしもこの部屋は知らねーな…」

 氷銀よりは内情に詳しい水無月も、未知の世界だと言わんばかりに周囲を見回した。

 「遅かったじゃないか、2人とも」

 部屋の中央、水槽らしきものを眺めていた白衣の女性が、振り返りながら声をかけた。2人、とは勿論水無月と氷銀のことだ。

 「久しぶりだなぁマスター!」

 いち早く反応を示す水無月。その女性こそマスターと呼ばれる人物、その人である。

 「ほら行くぞ」

 氷銀は水無月に腕を引かれ、マスターの元へと歩いていく。どんな顔をすればいいのか、迷っている暇などない。

 「しばらく見ないうちに、大人になったな」

 目の前の白衣の女性ー黒野日奈ーは、柔らかい笑みを湛えた。

 「お久しぶり、です」

 ぶふっ、と吹き出す水無月を横目に見ながら氷銀も挨拶を返す。

「なるほど、オペレーターが混乱するわけだ」

「な?きめぇだろ?」

「気持ち悪いとは思わないさ。むしろ、星奈も少しは見習った方がいいんじゃないかと思うね」

「誰が言ってんだよ」

 水無月は定期的にこの施設を訪れていたのだろう、水無月とマスターの会話は学生の昼休みを思わせるような、そんな和やかさだった。そして穏やかな表情のまま、マスターがゆっくりと氷銀の方を向いた。

「言いたいこと聞きたいことは山のようにあるが、まずはおかえり。千早」

 改まって言われると気恥ずかしかったが、無視するわけにもいかず、「ただいま」と小さく返しておいた。ここでも水無月は笑いをこらえるのに必死なようだった。

 「では私はこれで」

 広田は場違いだと感じたのか、会話が途切れたタイミングで遠慮がちに口を挟んだ。

「ああご苦労。助かったよ」

 その言葉を聞き届けると、広田は頭を下げて部屋を出ていった。その直後、マスターの様子がおかしくなった。

「はあ……あ……ああ……」

 胸に手を当て、肩を揺らして深呼吸を始めた。

「マスター、大丈夫、か?」

 一応声をかけてみるも、反応はない。異変に気付いていないはずはないが、水無月は気にしたそぶりもない。

「……かった……」

 マスターがボソッと何かを呟いた。

「ど、どうした?」

 一歩近づいてみると「よかった」と言っているらしいことが分かった。何が「よかった」なのか、さらにもう一歩近づいた時、不意に肩が重くなった。

「ほんっとうに良かった!!生きててくれてよかったぁ!!」

 マスターは水無月と氷銀の肩を同時に抱き、力強く抱きしめた。

「いてっ、いててて!」

「ぅぐっ!く、苦しっ」

 毅然とした態度はどこへやら、マスターこと黒野日奈は子供のようにわんわん泣いた。

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