加山たけると炎の越者
「私の炎は死を乗り越え、あらゆる罪を自身で禊ぎ、淀んだ穢れをすべて焼き払ったものの肉体、いや魂にこそ宿るもの。私からの恩寵に賜りたいと言うのなら、大前提として理解していなければならない内容だ」
きれいな折り目のついた青いワイシャツに、グレーのベスト。ポマードで固められた前髪が自信の表れか、男は微笑を絶やすことなく弁舌を振るっている。その話を、さほどおしゃれに気を配っていない男女の高校生2人組が固唾をのんで聞き入っていた。
「君たちの決意表明、読ませてもらったよ」
男は胸を張り、畳張りの広い空間で正座する高校生を上座から見下ろした。
「自身が積み重ねてきた小さな罪、そして穢れや後悔を全て清算する決意を固めてきた。そうだろう?」
「は…はい!!」
「そうです!」
2人は怯え混じりな大きな声で返事をする。その反応に、男は顎を引いて、軽く息を吐いた。
「敢えて言葉にしようーー」
男は目一杯空気を吸いこむと、空間を揺らすほどの大声を出した。
「すばらしい!!!!」
脳が揺れるような衝撃を味わいながら、2人は歓喜の表情を浮かべた。
「まさに私の炎を託すにふさわしい人材だ。特に、橘くん!」
「はい!」
向かって右側の少女、橘あかねに男は焦点を定めた。
「君は、私が授かった人智を超えた力の使い道を、正しく理解している。私利私欲のためではない、よりよい社会の発展のために使おうとするその心意気、見事だ!!」
「ありがとうございますっ!!」
橘は座ったまま深々と頭を下げた。
「そして、大山君」
「はい!」
「君の決意も大したものだ。だが、心の内側に揺らぎがあるように感じてしまった」
「い、いえっ!決してそんなことはーー」
「まだ私が喋っている」
「っ!すみません…」
「私はね、心配しているんだ。魂に穢れが少しでも残っている者、そして迷いがある者は私の聖炎に焼かれ、その身を滅ぼしてしまう。嘆かわしいことだ、当人の気持ちに嘘はないというのに……」
男はゆらゆらと頭を振り、頭痛にこらえるような仕草をした。
「大山君、君は胸を張って言えるかい?私の炎を醜い欲に溺れることなく、正しく扱えると」
「ち、誓えます!!この身をかけて、証明して見せます!!」
大山のまっすぐな視線を、男は見定めるように受け止める。やがて、静かに目を閉じた。
「そうか、ならば無粋なことを言うのはよそう。君たちの決意は、間違いなく”炎選の儀”を受けるに値している」
そう言葉にすると、男ーー加山たけるーーは立ったまま瞑想をするように目を閉じた。すると、軽く握った両手の拳に炎が宿った。
おお、という歓声を浴びながら、ゆっくりとその両手を開いた。
「鏡を持ってきなさい」
加山は傍らに控えていた秘書らしき人物に声をかけた。そして手のひらの炎を消すと、再び高校生2人組と向き合った。
「さあ、これから炎選の儀を執り行う。与えられた私の炎に穢れを焼かれ、なおもその肉体を保てた者にのみ火は灯る。そのためにはまず、自身を再度見つめなおす必要がある」
加山が話をする間に、秘書と思しき女性が橘と大山の前に鏡を置いた。
「何度も自身に問い続けなさい。犯した罪、重ねた嘘、見て見ぬ振りも同様に。しっかりと過去を振り返り、鏡の自分と向き合えたものから手を上げなさい」
間髪置かずに手を上げたのは大山。指の先までピンと伸ばし、まっすぐ加山を見つめている。
「問い続けろと、言ったはずだが」
「わたくしは常に自身と語らいながら日々を過ごしています。その心に、嘘も迷いも一切ありません」
大山は堂々と言い放った。本人は本気でそう思っているのだろう、加山の蔑視に臆することなく手を上げ続けている。
「そうか……では大山君、君から炎選の儀を行うとしよう」
「ありがとうございますっ!!」
「座ったままでいい」
立ち上がろうとしていた大山の肩に手を置き、その動きを制止する。
「肩の力を抜いて、鏡の中の自分から目を離すな。そして強く願え、聖なる炎に穢れを燃やし、新たなる肉体に命の灯を宿すのだと」
「はい……」
大山は胸に右手を置き、深呼吸をした。すぐ後ろには肩に手を置いたままの加山が片膝をついて鏡を覗いている。
数秒の沈黙。
「始めるぞ」
次の瞬間、加山の言葉を皮切りに大山の身体が勢い良く燃え上がった。
「ああああ熱い!!!!熱っ、かっっは!!かやぃやあぁぁがぁぁぁぁぁ!!!」
静寂をかき消す獣のような叫びが、20畳の広さを誇る室内に木霊した。
「君が積み重ねた穢れの数だけ苦しみは続く……ああ、できることならその苦しみ、私が代わってあげたい」
加山は燃え続ける大山を強く抱きしめ、負けるな、頑張れ、と鼓舞し続けている。
一方の大山はその場から逃げ出そうともがくが、加山に体を押さえつけられその場から動けない。
響き続ける断末魔。見慣れた光景であるのか、秘書は表情一つ変えることなく佇んでいる。炎選の儀が始まる前に、橘を部屋の隅へと誘導していた。
橘はこの世の光景を見ているとは思えず、ただ茫然と立ち尽くしていた。
やがて、燃えていた肉体がぼろぼろと崩れ去り、灼熱に喘ぐ声も聞こえなくなった。大山の身体はもはや原型を留めていない。だが、そこに大山の細胞だった何かがある限り、その炎が消えることは無かった。
「だから何度も確認したんだ。迷いはないか、見過ごしている罪はないか、揺らぎはないか、とね。だがもう遅い、彼の犯した罪はその身を焼くだけでは治まらなかった。非常に残念だ、彼の無念は私が継ごう。彼が遺してしまった罪も、私が被ろう」
演説をしていた時とは打って変わって、加山は静かなトーンで大山の死を悼んだ。だが、その表情に悲壮感は感じない。
「さあ、準備はできたかい?橘くん」
迫る加山の顔を見上げ、橘は意識を失いかけていた。