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再会と鈍痛

 感動の再会も束の間、2人は慣れ親しんだ友人のように並んで座り、世間話を始めた。

 「ざっと7年ぶりかな」

 「もうそんな経つのか」

 「越者もずいぶん増えたよな」

 「うじゃうじゃ湧いてるよ」

 水無月星奈(みなづき せな)が持ってきたジュースを飲みながら、2人はリラックスした。

 「星奈はあんまり変わらないな。顔つきが大人びたくらいで」

 すると水無月は缶を持った手で氷銀を指さし、

 「それ。千早おまえ、変わりすぎだろ」

 そんなことを言った。それは氷銀自身も自覚していることで、あえてとぼけるような真似はしなかった。

 水無月はサイダーの入った缶を開け、グイっと勢いよく飲んだ。

 「第一に弱くなりすぎ。あと一歩気づくの遅れてたら、首折ってたからね?」

 氷銀が気絶するに至った水無月の蹴り。直撃する寸前で”氷銀千早”だと気づいたから力を緩め、気を失う程度に留められたのだと言う。戦いの最中にそんな配慮をさせたことに、氷銀はただただ申し訳ないと感じた。

 「かたじけない…」

 「そ、れ、も!第二に穏やかになりすぎ。かたじけないって何!?誰だよお前!」

 次に水無月が指摘したのは氷銀の性格。昔はこんなに女々しくなかったと付け加えた。じっとりと睨む水無月の視線に耐えられず、氷銀は視線を下に逸らした。

 「これだけ時間が経てばな、人は変わるよ」

 「……変わっていいわけねーだろうが」

 少し怒りを含んだように、水無月は吐き捨てた。俯き加減の氷銀に、さらに言葉を浴びせる。

 「あたしらが数年間、何の目的で鍛えられたのか忘れたのか?」

 それも氷銀は覚えている。

 -理不尽な暴力に打ち勝てるのは、理不尽な強さのみだ……すまない、君たちのような若い子供に追わせるべきではないのにー

 感情の無い指導者が、たった1度だけ見せた苦しみに満ちた表情。当時は、全くその意図を汲み取れなかった。

 ただひたすらに、強さを求めた。孤独に、盲目に、機械的に。

 だから、1人で施設を飛び出した。

 氷銀は缶の飲み口を覗き込んだ。そこには暗闇が広がっているだけで、中身の色までは特定できない。

 「それともう一つ、千早があたしの名前を覚えてる事もなんつーか……解釈違いだ」

 「解釈違い…」

 水無月は缶を飲み干すと、未開封の全く同じ缶を掴んでブルタブを引いた。プシュッと爽快な音が鳴る。

 「千早はもっと冷酷だった。まるで別人だ」

 「普通の暮らしを知ったんだ。それだけだよ」

 氷銀は飲みかけの缶を残し、コーラの入ったペットボトルに手を伸ばした。その動きに気付いた水無月が、代わりに取って手渡す。

 氷銀は「ありがと」と小さくお礼を言い、開けることなくラベルを眺めた。

 「知らない事ばっかりだった。外の世界は平和で穏やかで、温かかった」

 「ふーん?」

 「こんなおいしい飲み物も、どこに行ったら飲めるのか、何をしたら貰えるのか、見当もつかなかった」

 「飲んでから言えよ」

 「飲まなくても分かる。これはおいしい」

 パシュッと軽快な音を鳴らして、キャップが外れる。その飲み口を口に運び2、3回喉仏を上下させた後、「やっぱり」と呟いた。

 「そうかい、なら良かったよ」

 口元を綻ばせて、水無月は氷銀の横顔を眺めた。

 -でもこいつ、ほんとに同一人物か?-

 言動、雰囲気、口調の全てが水無月の記憶と照合しない。記憶にあるのは、無口で無表情、淡々と徒手空拳を交わし、一方的に攻撃を叩きこむ鬼の如き姿。少なくとも、謝罪や感謝を述べるような人物ではなかった。

 だから、これから水無月が話す内容を聞いた氷銀がどんな反応をするのか、少し楽しみだった。

 と同時に、畏怖、後悔、不安といった恐怖心が、それ以上に膨らんだ。

「千早」と短く声をかける。

 氷銀はキョトンとした表情のまま顔だけを動かした。

「ん?」

「…………」

 だが水無月は言葉を続けない。

「どうした?」

「…………」

 言葉が、続かない。

 「おいせな?どうしーー」

 眼前の少女の顔を見て、氷銀はぎょっとした。その表情から、なにか重要なことを話さんとしていることだけは伝わった。だがそれ以上に、ひどく苦しんでいるように見えた。幼い子供が知らない大人を前にして怯えているような、親友の宝物を壊してしまったかのような、そんな表情だった。

「千早は……」

 ようやく、唸るように声を発した。

「千早はさぁ、あたしが……」

 身を乗り出し、抗議するように声を発した後、何かに気付いたように動きを止めた。そして、再び座り込んで俯いた。

「どうしたんだよ」

 要領を得ない水無月の言動に、氷銀は困惑した。

「ごめん、何でもない」

「なんだそれ………いてっ」

 軽く笑ったつもりが、折れたあばらを刺激したのか氷銀は顔をゆがめた。

「あたしがここに来たのはさ、千早を施設に連れ戻すためなんだ」

 水無月は俯いたままで、ぽつりと呟いた。

「施設かぁ。なつかしいな」

 その響きを聞くのも数年ぶりだった。一切の感情を捨てたような指導員のもとで、厳しい訓練を重ねた場所。その過去があるからこそ、氷銀や水無月は異能を持つ越者達と渡り合える。

「でも、なんで今更――」

「決断できないから、あたしじゃあ……」

「決断?」

水無月はこくりと頷いた。続けて「お願い」と小さく零した。相変わらず視線は下向きのままだ。

「話しが見えない。何を決断したらいいの?」

 だが水無月は答えない。これでは埒が明かないと思い、氷銀はひとまず承諾することにした。

「分かったよ、とりあえず施設に戻るよ」

 その言葉を聞いた途端水無月はバッと顔を上げ、「言ったな!?」と目を輝かせた。

「あれ、元気……」

「よし、歩けるか千早!」

 水無月は勢いよく立ち上がり、まだ座っている氷銀に手を貸した。さっきまでの暗い雰囲気はどこに、と思いながらその手を取る。そのまま力強く引き上げられ、全身の痛みに呻きながら立ち上がった。立ち上がらされた、というべきか。

「情けなくなっちまったなー、弱すぎんだろ」

そんな憎まれ口をたたきながらも、水無月は氷銀に背を向けてしゃがんだ。

「……?」

「歩けねーんだろ?おぶってやるから早く乗れ」

「ほらほら」と急かし、後ろ向きに両腕を伸ばす水無月。

「お、おう」

 氷銀は戸惑いつつ、その細い背中に自身の身体を預けた。

「やっぱ軽いな!千早は!!」

「痛っ!!」

「あーごめん」

 バランスが崩れないように態勢を整える動きが、氷銀にとっては激痛だった。

「なるべくゆっくり目で頼むよ…」

「おっけー!じゃ、飛ばすぜ!」

「いやゆっくーーぅおおああぁぁぁぁ!!!!」

 水無月は爆速でビルの隙間を駆け抜け、氷銀の絶叫が響き渡った。

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