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生者と越者

ー生命の(しがらみ)からの解放を!!ー


 街中の掲示板、そのど真ん中に圧倒的な存在感を放つポスターが貼られていた。上半分には派手なフォントが、下半分には炎を纏う拳が掲げられ、ガッツポーズで笑う男の顔が載っている。この炎は編集でも合成でもなく、実際に燃えている。

 特殊能力を持つ人間、彼らは”越者(えつしゃ)”と呼ばれていた。生者でも死者でもなく、訪れた死を乗り越えた者。

ー政治家すら越者を公言しているのかー

 ポスターを眺めながら、白髪の青年ー氷銀千早(ひがねちはや)ーは、軽い眩暈(めまい)を覚えた。掲示板の空きスペースには、『煙火の底から蘇りし男!!』だの『鉄炎の拳が悪を焼く!!』だの、ポスターの男を賞賛する張り紙があちこちに貼られている。興味はなかったが、”加山たける”という文字が幾度も視界に入る所為で、男の名前を憶えてしまった。

 氷銀はため息を吐き、その場を後にした。少し目線を外に向ければ、あちこちで異能バトルが繰り広げられている。といっても、ここ近辺は炎を扱う越者ばかりだ。言うまでもなく、加山たけるの影響だろう。

 氷銀は手袋を嵌め、争いの渦中へと歩み寄っていく。氷銀は越者ではない、異能を持たないただの生者。身を守ってくれるのは、特殊な防護服と自身の戦闘力だけ。なるべく肌の露出を避け、なおかつ俊敏さは失われない装備で立ち向かう。

 温度の上昇を衣服越しに感じるころ、バトルを繰り広げている越者たちが氷銀の存在に気付く。彼らは視線を交わすと戦闘を辞め、近づいてくる生者を待ち構えた。

 いつからか、越者と生者は敵対するようになった。かたや特殊能力を有し、かたや丸腰の種族。力の差は歴然だった。地位も権力も関係ない、強い者が全てを手に入れる。非科学的な力でもって、気に入らないものは排除すれば良い。それだけの能力を越者は手に入れた。身の危険を感じた者、変貌する社会に恐れを抱いた者は皆、生者であることを辞めた。越者に成るのは簡単だ。一度死んでから、蘇れば良い。この国には死者をよみがえらせる技術が蔓延した、広まってしまった。生者から死者を経て、越者に成った者は死因に応じて異能を得る。

 拳に火を纏って突進してくる男二人の姿が、氷銀の視界に入った。

 ー燃えているのは拳だけ、飛び技は無いー

 迫る二人の攻撃をよけながら、氷銀は分析を進める。

 -素人の動き、成ったばかりかなー

 攻撃を透かされ体勢を崩した2人の鳩尾(みぞおち)に、氷銀は素早くアッパーと膝蹴りを打ち込む。

 声にならないうめき声を漏らし、男たちは倒れこんだ。

 治安などない世界で身を守るには、自分が強くなるしかない。警察や自衛隊といった頼れる機関は、異能の前に容易く崩れた。

 -こいつらも被害者だー

 ごめんな、と呟きながら気絶した二人をロープで縛る。越者に成ったばかりならまだ間に合うかもしれない。

 ーとにかくマスターのところへー

 氷銀が腰を上げた直後、ドオンと豪快な音が鳴り響いた。その方向へ視線を向けると、ビルの入り口が粉々に砕け、もくもくと砂煙を上げていた。

 さらに鉄が強くぶつかり合うような音が続き、バゴンッとドラム缶が潰れるような音を響かせて、ようやく静かになった。

 気づけば、周りにいた複数人の越者たちの姿が見当たらない。

 -何が起きたんだ?-

 氷銀は砂煙が上がっているビルへ素早く駆け付けた。するとそこには、覆面を被った男が白目を剥いてコンクリートの壁にめり込んでいた。半端な力ではない。特殊な機関で鍛錬を積んだ氷銀でさえ、ここまでのパワーは発揮できない。すぐに辺りを見回すが、人の姿は見当たらない。

 -そういえばさっきの音、自販機かな-

 周囲に乱立するビルの隙間道には、多くの自動販売機が並んでいる。それ以外にドラム缶がつぶれるような音が鳴るとは思えない。何者かの戦闘に巻き込まれたか、単に飲み物が欲しくて潰されたか。

 氷銀の背筋を緊張が走る。数年ぶりの恐怖、しかしそれ以上に、好奇心がはち切れるほどに膨らんでしまう。居ても立っても居られなくなり、氷銀はビルの隙間を1本1本見て回った。

 そして、3つ目の隙間道を覗いたところで潰れた自販機を発見した。その周囲には大量の缶やペットボトルが未開封のまま散らばっており、ここにも覆面男が今度は2人、うつぶせになって倒れていた。自販機は取り出し口に商品を詰まらせ、バチバチと危険な音を発している。その向かい側の壁に、青髪の少女がもたれかかって缶ジュースを飲んでいた。その少女のあまりにも落ち着いた佇まいに、一瞬幻覚ではないかと疑った。その場に氷銀が現れても、少女は気にも留めずに缶のラベルを眺めたり、飲んだりを繰り返していた。

 「何者だ?お前」

 意を決して氷銀は声をかける。

 「…………」

 しかし少女は答えない。

 「お前も越者か…?」

 「……くどいな」

 少女はラベルを眺めたまま、吐き捨てるようにつぶやいた。

 「なあ、ちょっと話をー」

 そこまで言いかけたところで、何らかの物体が視界を塞いだ。間一髪で避けた氷銀だったが、物体からまき散らされた液体が顔面を濡らした。そこでようやく、飛んできた物体が缶ジュースだったのだと気づいた。顔をぬぐったその一瞬に、大鎌のような蹴りを喰らった。腕でガードを挟み込んだものの、その勢いは凄まじく、2度地面でバウンドした後に向かいのビルへ激突した。

 ーこいつ、視界に入らない!ー

 痛がる暇もなく、氷銀はその場を急いで離れる。直後に缶や瓶、鉄パイプがミサイルのように飛んできた。それらは壁にぶつかると共に、手榴弾の如く爆散した。その場で気絶でもしようものなら頭が潰れていたかもしれない。とにかく開けた場所へ移動しようと駆け出すが、左腕が思うように動かない。先程の蹴りで骨にひびが入ったか、最悪折れていてもおかしくない。それほどまでに強烈だった。

 どうにかビルの裏側まで回り込むと、壁に背を預けて呼吸を整えた。冷汗が頬を伝い、全身が鈍く痛み始めた。

 -やばい奴に声かけちゃったなー

 氷銀は左腕を押さえながらあたりを見渡した。武器になりそうなものを探すが、室外機以外には何もない。分解してみようかとも思ったがそんな悠長な時間は無いと、すぐに思い直す。

 今は距離を置こうと一歩を踏み出した時、後方でガラスが割れる音がした。

 -ビルの中から…!-

 気づいた時にはもう遅い。今度はガードする間もなく、生身で強烈な蹴りを喰らった。

 金属バットで殴られたような衝撃を味わいながら、氷銀の意識は暗闇へと呑み込まれた。


 ぼんやりとした景色が徐々に明瞭になっていく。灰色の壁、散らばったガラス、見覚えのある室外機。

 首を動かすだけで、うっ、と声が漏れるほどの痛みが襲う。痙攣する両手を眺め、氷銀は考える。

 -俺は…生きてんのか…?-

 今氷銀は、壁にもたれかかり、項垂れるようにして座っている。壁に打ち付けられた後、バランスよく着座する形になった。そのため、背中と尻にジクジクとした痛みが残っている。

 さっきの戦いを振り返れば、並々ならぬ殺意を向けられていた事は疑いようがない。であれば、意識を失っていた時間にとどめを刺されていてもおかしくないはずだ。しかし、追撃を喰らった形跡はない。そもそも、気を失っていた時間はどの程度なのか。

 -さっきの人はどこだ?-

 首だけを動かし、周囲を見回す。が、不意に喉元に何かがこみ上げ、咳き込んだ。赤黒い液体が飛び散り、地面を染めた。

 -内臓もいかれたのか…-

 気道に詰まった異物を全て吐き出すまで、激しくせき込んだ。呼吸を落ち着けると、今度は口の中に広がる鉄の味を、唾液に織り交ぜ吐き出した。

 幾度か深呼吸を繰り返し、両手両足が問題なく動くことを確認すると手をついて立ち上がろうとした。が、左腕に激痛が走り、バランスを崩す。咄嗟に右腕でカバーし、倒れこむには至らなかった。氷銀はもう一度壁に全体重を預け、空を見上げた。

 その時、微かに近づいてくる足音に気付いた。ただ歩いているにしてはゆっくり目で、カコン、カコンと軽やかな音も不規則に聞こえる。音の聞こえる方向へ首を傾けると、曲がり角から青髪の少女が顔を出した。正確には、脚と腕と飲料物が同時に視界に入り、次いで横顔が見えた。大量のペットボトルや缶を抱え、崩れないよう丁寧に丁寧に歩いていることが窺える。顔が隠れるほど山積みのペットボトルたちが、曲がり角を曲がってこちらにまっすぐ向かってくる。 やがて氷銀の元にたどり着くと、「よいしょー」と景気の良い声を上げながら、ごろごろと散らばった。

 ところどころ黒みがかった青い髪に、透き通る青眼、寝転がれそうなほど長い睫毛に勝気な目つき。氷銀はその少女に見覚えがあった。

 「お前、星奈か……?」

 ここにきて初めて氷銀と顔を合わせた少女は、

 「久しぶりだな、千早!」

 と、嬉しそうに白い歯を覗かせた。


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