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場違いな初登校

静かな空間に租借音だけが聞こえる。

 そう思う私も用意された料理を口に運ぶ。

 自分が別の誰かになっていたという事実に直面した直後、部屋に突入してきた女性に連れられて食卓にやって来た。

 そこには年配の男性も座っており、何故か三人で一緒に食事を行っていた。

 「全く貴方ったら……。朝だって言ってるのに何時まで経っても」

 「まあまあ良いじゃないか母さん。初登校日なんだから緊張してるんだよ」

 人の好さそうな笑みを浮かべた男性が年配の女性を宥める。

 見たところ夫婦といったところだろうか?

 そう思っていると男性が私の方へと顔を向けた。

 「エリー、学校の準備はどうだい?」

 「……えっ?」

 まさか私に話しかけているとは思わずに間抜けな声が出てしまう。

 学校?

 「今日から帝国学習院へ登校するんだろう? 遠いから両暮らしになると聞いたけど大丈夫かい?」

 「えっ……あの……うん」

 言葉が出てこず、曖昧な返事を返してしまう。

 静かな一軒家に三人で囲む食卓。……まるでこれは。

 「あの……私って……」

 そう言い淀む私に対面の二人は何事かとこちらをじっと見つめてくる。

 「誰?」

 絞りだした声は場違いではないかとさえ思う言葉だった。

 その言葉に二人は顔を見合わせた後、女性は呆れたように溜息を付いた。

 「……貴方ね、まだ寝ぼけているの? 自分のことさえ分からなくなったの?」

 額に手をやり疲れたというジェスチャーをする年配の女性。

 それに対して男性は変わらず微笑んだまま代わりに答えてくれた。

 「簡単なことだよエリー、君は私達の『娘』だよ」

 「……」

 やっぱり……。

 状況から見てそうじゃないかと思った。

 軽い手足に透き通るような声が私本来の体ではないと告げていた。

 それだけじゃない。「家族」までもが周りにいた。

 それに気になることがある。

 朝聞こえた怒鳴り声に覚えがある名前が出て気がする。

 鏡に映った顔も知っている。

 何度も繰り返し見た表情に似ているのだ。

 「『エリザベス・リリー』目が覚めたかい?」

 優しい表情で言い聞かせるように言う男性に小さく頷き返す。

 アルビオン戦記の主人公、エリザベス・リリー。

 私がよく知る人物そのものになっていた。


 「ほら早くっ! 初登校で遅刻するわよ! 馬車の人を待たせるんじゃない!」

 「ちょっと……まだ私……」

 何も分かっていない。

 この世界がどういうものなのか、貴方達と「今の私」に何があったのか。

 知りたいことはたくさんある。

 しかし母親を名乗る女性は有無を言わせずに、私を迎えの馬車まで連行した。

 「では娘をよろしくお願いします。……ほらっ貴方もちゃんと挨拶しなさい!」

 背中を力強く叩かれて咽そうになる。

 その様子に馬車の騎手の人は帽子に手を掛けて頷いた。

 私は混乱したまま馬車の会談に足を掛けると背中が気になり振り返る。

 するとそこには私を見送る「両親」の姿があった。

 「気を付けていくのよエリー」

 「学校生活を楽しむんだぞ。手紙を送るからな」

 その表情、その言葉は昔どこかで聞いたことがある。

 かつて小学校に行く際に祖父母が言ってくれた言葉だ。

 あの時はその言葉がある生活が当たり前だった。

 いつしかその言葉が非日常となっていった。

 今私が目にしているのはまぎれもない「家族」の姿だった。

 「……うん、行ってきます」

 上手く笑えただろうか。

 そう思いながらも馬車へと乗り込み、行く先を知らない旅が始まった。


 「うわぁ~! 凄い……」

 馬車から降りるとそこには広大な敷地が広がっていた。

 緑豊かな庭園が敷地を彩っており、身なりの良い生徒達と何度もすれ違う。

 「私がここにいていいのかな?」

 そう口に出した通り、場違いではなかろうか?

 思いを胸に秘めたまま先へと歩む。

 なんとなく来たものの行く先など知らない。

 名前を言えば誰かが教えてくれるだろうか?

 考えに没頭していると側を通り過ぎた生徒に声を掛けられる。

 「ごきげんよう」

 「えっ! あの……ごき……」

 しどろもどろになる私は言いなれない言葉が喉から出てこない。

 そんな私を置いて挨拶を行った「お嬢様」は去っていく。

 「……こんちゃっす」

 我ながら無様だと感じたが仕方がない。

 先ほどの気品の良い所作、軽やかな挨拶。

 庶民生まれであり、最底辺に近い人生を生きてきた自分にできる振る舞いではなかった。

 その後ろ姿を眺めていると周囲が騒めく声が聞こえた。

 「ちょっとあの馬車は……」

 「ルーベンシュタイン家の紋章よ!」

 周囲が見つめる方角に目を向けると、そこにいたのは……。

 「ちょっとこっちよ!」

 「押さないでくださる!?」

 足音を立てながら通り過ぎる人々にぶつかり、近くの茂みに転倒する。

 ……いくら夢中になってるからって押しのけることはないだろう。

 それに聞き覚えのある名前が出てきたような気がする。

 痛みをこらえながらノロノロと茂みをかき分け、立ち上がる。

 「痛たた……。酷いな~、ここは?……」

 周囲を観察すると、先ほどとは打って変わって静まり返った場が目の前に広がっていた。

 様子がおかしいとぐるりと見回すと、とある人物と目が合った。

 黒い髪に青い瞳、人形のように整えられた美少女に言葉を失う。

 同時にこう思った。

 (どこかで見たような……)

 「「貴方は?……」」

 間の抜けた声が重なり合って同調する。

 そう、遠い昔。よく似た誰かと出会ったように気がする。

 脳がズキリと痛む。

 一瞬どこかの湖が脳裏を過ぎると、体が騒めき少し眩暈がする。

 落ち着け、ここは知らない世界じゃない。

 アルビオン戦記の中だ。

 見知った人物かもしれない。

 そう思って必死に記憶を思い起こしていく。

 そうして一人の人物に思い至った。

 「……あっ! あな」

 ひらめきと共に声に出す。

 だがそんな私を一瞥して「彼女」は立ち去っていく。

 「あっ……」

 返事を返すことなく静かに去っていくその女性の名前は……。

 「アイリス・フォン・ルーベンシュタイン……」

 アルビオン戦記の悪役令嬢、主人公のライバルだった。

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