表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

かつてのエリザベス

「……また駄目だったな」

 30歳を迎えて早数年。

 アルバイトや海外での出稼ぎを繰り返した私は追い詰められていた。

 正直、こんな状況に追い詰められていたのは高校卒業後の数年間ニートとして過ごしていたからだ。

 「ああやっぱりユーリ君はいいなぁ…」

 最早日課となった乙女ゲームに没頭している中、心の中でこんなことをやっている場合ではないとの声聞こえる。

 だがそれを無視して再びモニターーに向き直る。

 アルビオン戦記。高校時代から好きだった乙女ゲームだ。

 定番と言える幾人かの美少年に主人公であるエリザベス・リリーが好意を寄せられる物語だ。

 だがこのゲームを好きな理由は何といっても濃厚なストーリーにある。

 多くの災厄を主人公が攻略対象と協力して乗り越えていく描写が好きだった。

 なぜかマイナーゲームとして終えた本作にはまった私はずっと繰り返しプレイし続けて、気が付けば全ての攻略ルートを何十回もクリアしていた。

 薄暗い部屋でひたすらボタンを連打する音が聞こえる。

 ゲームに逃げようとしているのに脳裏を過ぎるのは、これまで出会った人々の姿だった。

 周囲を見ると同じ会社で長年働きそこそこの地位を築いた同僚や、海外での企業に夢を抱く若者がいた。

 かつては私もその若者だった。

 しかし進学先での担当教授によるいじめや事故等を経てすっかり人間不信となった。

 「次はどうしよ……。また工場勤務かな……」

 貯金はまだある。しかし豊かであるとは到底言えない。

 早めに次の仕事を探す必要がある。

 ……こんなことを考えるのは何度目だろうか?

 何時まで経っても何も変わらなかった。

 友人もいない、家族とは死に別れた。

 幼いころはこの境遇を嘆いたことは無かった。

 しかし大人となり自分の人生に責任を持つ立場となってからは何度も嘆いたものだ。

 何故私は一人なんだと。

 何故私は何をやっても上手くいかないのだろうかと。

 「……ああ」

 冷蔵庫を開けると買い溜めていたビールが切れていた。

 やむを得ず外を買い出しに行こうと置いてあった財布に手を伸ばして外へ出た。

 「寒っ……、やだなぁ本当に」

 誰からも必要とされなかった。

 誰かを必要とはしなかった。

 一人でいる方が気楽だったはずなのに。

 気付けばこんな状況に身を墜としていた。

 そんなことを考えていたからだろう。

 迫りくる車に気が付かず、そのまま前へと進み出たのは。

 突然歩み出た私にクラクションが鳴らされる。

 そしてブレーキ音が聞こえた私は場違いに声を出した。

 「……えっ?」

 それが最後の言葉だった。


 「……ー、……リー、エリザベス!」

 「!? えっ?」

 飛び起きた私の視界に入ってきたのは質素な部屋だった。

 何が起きたか分からずに自分の身なりを確認する。

 恐らく、いや確実に車に轢かれた。

 無事であったとしても骨の一本は折れているはずだ。

 しかし痛みすら感じない。

 扉が力強く叩かれる。

 「エリザベス! 早く起きなさい! もう時間よ!」

 年配の女性の声が聞こえる。

 言いたいことを終えた女性は床を踏み鳴らしながら何処かへと去っていく。

 「……エリザベス」

 思わず口ずさむ。

 ベッドから立ち上がり歩き始めた。

 痛みもない、足はついている。

 それどころかここがどこかも分からない。

 窓を開けるとそこには見たこともない自然が広がっていた。

 鳥が鳴く音、風が草をなびかせる光景に目を点にしてしまう。

 振り返って再度部屋を確かめると机の上に綺麗に整えられた一式の服が目に入った。

 近寄って手に取ってみると……。

 「制服?」

 それは学生服であった。

 手触りの良い感触によほどの高値の物品だと感じる。

 暫く身いていると再び声が聞こえた。

 「エリザベス! いい加減にしなさい! いつまで寝てるの!」

 状況が掴めないが、いつまでも留まるわけにはいかない。

 知らない部屋に知らない名前。

 窓から飛び降りようかと思ったが、まともな金銭すら見当たらない状況では危険だ。

 ともかく事情を聴きに行こうとした時、ふと机に置いてある鏡が目に入った。

 そこには綺麗な女の子が映っており、初めは写真かと思っていた。

 しかし心なしか動いており鏡を手に取ろうとすると鏡の女の子も手を伸ばしてきた。

 一瞬、私の動きが停止する。

 同時に鏡の女の子も動きを止めた。

 その表情は引き攣っており、両手を顔を張りつかせてべたべたと何かを確かめていた。

 ……私と同じように。

 「ええええ!!!!!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ